木谷の金曜日
コールセンターの仕事はクソだ。
コールセンター幹部社員、木谷真知子にはわかっていた。
クソだということは、わかっているけど、自分をここまで評価してくれる会社は、ほかにはないだろう。
営業能力のみを買われた人選だ。
若い幹部は、皆、木谷と同じ電話での営業力だけで昇進した。
人心掌握能力なんて欠片もない。
誰も、そんなことを教えてくれもしない。
ただ、数字だけあげてくれれば、いいというのが、上の方針であり、幹部である木谷たちが求められていることだ。
数字をあげるためには、足手まといの社員は斬り捨てる。
この非情さがないと、ここでは、やっていけない。
試用期間内に、ほとんどは辞めるが、しがみついている奴等もいる。
能力があればよし。
数字をあげる能力のないものは切る。
その人選は、グループを担当する幹部によって個々になされる。
自分の担当する社員の、試用期間の間に、評価をして、切る人間を決定し、そのあとの補充人数を総務に報告しなければならない
自分のことだけでも精一杯なのに、同僚幹部の浅野が、火曜から無断欠勤している。
上司に、浅野の担当も一緒にみてくれと、昨日、頼まれた。
うんざりする。
この会社では、無断欠勤は少なくはない。
幹部クラスでは、めずらしいかもしれないが、人間関係の希薄なこの会社では、信頼できる友人関係が構築されるはずもなく、幹部として優遇されていても、皆、孤独を抱えている。
数字に一喜一憂し、数字だけで判断される世界の中で、プレッシャーにおしつぶされる者も少なくない。
けど、こんな決算時期に、他のグループの面倒みる余裕なんてないってば。
同僚の浅野に、軽い殺意を感じながら、しかたなく浅野担当の資料に軽く目を通す。
試用期間内で、能力のない社員をいつ切るかは、担当幹部に任されている。
木谷は、比較的早い段階で、その判断をする。
顔なじみにすらなっていない方が、お互い、離れやすいだろうという木谷なりの判断だ。
浅野の資料を見ると、試用期間ギリギリまで、判断を待っているようだ。
化ける社員も時々はいる。
こいつは駄目だと思っていても、ある一定以上の期間から、突然、開花する社員だ。
浅野がそうだった。
自分がそうだったから、人にも、それを期待しているのかもしれない。
はーっと溜息をついて、ファイルを見ていると、受注成績が極端に低い社員がいる。
数をこなせない社員だ。
入社当初から調べてみると、少しずつ、少しずつ、数は上向いてはいる。
ミスは少ない。いわゆるスロースターターなんだろう。
あと、半年くらい在籍してれば、追いつくだろうけど、私なら切る。
そんなに待てない。
受注ばかりの仕事じゃないのだ。
おそらく、どの業務に入っても、この調子だろう。
全ての業務がこの一人のために、数字がとれなくなる。
浅野はどうするつもりだったんだろうと、ファイルを確認して、彼女が、火曜日までが試用期間であったことに気づく。
昨日、来週からのシフトの交替を伝えた彼女だ。
水曜から、本採用になっている。
木谷は頭をかかえた。
こんなお荷物、いらないのに。
浅野の奴、とんでもないもの、残してくれたわね。
本気で殺意がわいたところで、電話が鳴った。
「はい。木谷です。あ、はい。浅野の担当を昨日から任されました。え?何ですって?浅野が?」




