巧の火曜日
「くそ、こんな時間か。」
時計を見ながら悪態をつくのは、志筑巧。
彼は、総合病院前の門前薬局の薬剤師だが、夜勤のリズムにまだ慣れない。
社長の平が、色々試行錯誤しているようで、今回は、夜勤勤務を前と後の二つに分けてみると言いだした。
今回初めて、その前夜勤を経験する巧は、昼の2時から夜の11時までの勤務についたのだ。
飲みに行かない日にはバイクで通勤するが、雨が降り出すとは思わなかった。
初めての変則勤務だったので、引き継ぎ等で、結局、夜中を回ってしまった。
交替の薬剤師が、ささやいた。
「絶対、元のシフトに戻るって。」
巧もそう思う。
眠さと寒さに耐え、ようやく、自宅マンションに戻った巧は、エントランスに入って、エレベーターが閉まりかけようとしているのに気が付いた。
「すみません。」
一刻も早く、帰りたい。
エレベーターに飛び込むと、中には、二人の男女がいた。
ああ、3階のミニ。
半年前くらいまでは、朝のエレベーターでよく一緒になっていた女だ。
3階という高さは微妙で、ほとんどの3階の主は、荷物の多い時でない限り、降りる時は階段を使うことが多い。エレベーターを待つより、その方が早いからだ。
けれども、この女は、どんなに急いでいても必ずエレベーターを使う。
そして、履いているのは、必ずミニスカートだ。
よほど、足が自慢なのだろう。
確かに、すらりとしたきれいな足をしている。
彼女が、ミニ以外を履いている姿を見たことがない。
それで、巧の中で3階のミニというあだながついていた。
その3階のミニが連れているのは、若い大学生のような男。
初めて見る顔だった。
このマンションの住人ではなさそうだ。
服は、極めて軽装で、唯一冬ものに見えるジャケットのパーカーを深々とかぶっていたが、着ているTシャツに、血のようなあとがあった。
思わず
「大丈夫ですか?」
と、聞いてしまう。
あまり、面倒くさいことに、関わりたくないが…。
「多分…。」
答えたのは、若い男の方だった。
何だ?多分って。
男の返事の奇妙さに、思わず笑みがこぼれる。
そして、3階で、先に降りる二人に、
「お大事に。」
と、仕事でやってるいつもの挨拶といつもの顔を送りつける。
けれども、エレベーターのドアが閉まると、すぐに、巧は、
「疲れた。」
と、ため息をついて、エレベータ―の壁にもたれかかった。
もう、彼等への興味は失っていた。




