土曜日 2
「成哉!!」
車から降りてきたのは、まだ若いスーツ姿の男だった。
成哉より、遥かに背が高い。
いきなり、名前を呼ばれて、美織も成哉も振り返ったまま固まった。
「お前、いつ、帰ってきてたんだ?何で、連絡しないんだよ。」
「え?」
男は、怒っているようだった。
「死んでるのかと思ったぞ。お前の荷物、まだ、処分してないんだ。今、どこにいるんだよ?」
連絡しなかった?
死んでるのかと思った?
荷物、まだ処分してない?
「?」
当惑している成哉に、スーツ姿の男は、訝し気に目をこらした。
「お前、成哉だよな?」
「あんたは?」
不思議そうな成哉の表情に、その男も、更に不思議そうな顔をする。
「お前、俺のことがわからないのか?」
「悪いけど…。」
「双子の弟?」
首を傾げる男。若干、天然か?
「俺に、双子の兄弟がいるのか?」
「俺が聞いてるんだよ。成哉じゃないのか?」
「いや、多分、成哉だけど…。」
「多分?」
「あんた、俺のこと、知っているの?」
男は、成哉の頭の先から、つま先まで、凝視する。
「御堂成哉なんだよな?」
「多分…。」
「多分って?」
「記憶がなくなってて…。」
「え?」
男は、間の抜けた声を出した。
「まさか、記憶喪失ってやつ?」
「その、まさか。」
「ええ?」
男は、絶句した。
「あんたは、俺の何?」
成哉が聞くと、男は、動揺を隠しきれないまま「元ルームメイト」だと答えた。
聞くところによると、男は、榊恭平という高校教師で、成哉と知り合ったのは、大学時代。
立地条件のいいマンションをシェアしようと、持ちかけたのは、成哉の方で、成哉の友達の友達という関係で、話が回ってきたと言う。
大学は、去年、卒業したが、決まっていた就職口が、倒産という最悪の事態になり、卒業後、3年間は、企業が新卒扱いしてくれるという規約を前提に、成哉は、就職にも有利に働くからと、期限を決めない語学留学に行くことにしたのだという。
それが、ほぼ1年前のことらしい。
恭平には、いつ戻るかわからないから、マンションの、成哉の家具類は処分してくれと頼んで行ったらしいのだが、恭平は、しばらくは、成哉の帰りを待っていたと言う。
その間に、諸事情で、一人の生徒と一緒に暮らすことになり、成哉の残していたベッドや机などを使わせていたが、その生徒も、大学が決まり、卒業したので、また、その部屋は空いているという。
「お前、いつ、日本に戻ってきたんだ?」
恭平の質問に、成哉は首を振った
「記憶があるのは、月曜の夜からなんだ。俺のことを、もっと教えてくれ。」
「は?」
恭平は、戸惑いを隠しきれない様子だったが、時計を見て、いきなり慌てはじめた。
「今は無理だ。これから、大事な会議があるんだ。携帯は?」
「無い。」
「くそ。」
恭平は、舌打して、路上駐車している車の中から、メモを取り出し、自分の携帯番号を書きなぐると、成哉にその紙を押し付けた。
「絶対に、電話しろ。待ってるからな。」
恭平は、後ろ髪を引かれるように、成哉を見て、美織に軽く会釈して、慌てて車に乗り込んだ。
後部ガラスは、濃い色の遮光ガラスで、中の様子は、あまり見えなかったが、恭平の乗り込む車の助手席に一人いることに、美織は気が付いた。




