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女騎士にうっかり手を出したら、責任取れと追いかけてきた  作者: 銀月
“一攫千金の町”

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君はほんとうに馬鹿だなあ

 部屋の扉を閉じると、エルヴィラがびくびくと僕を伺いながら立ち尽くしていた。


「さて、じゃあ」


 エルヴィラの身体が震える。


「まずは、鎧を脱いで貰おうか」

「え」


 弾かれたようにエルヴィラの顔が上がる。

 そこでどうして信じられないという顔になるのか、僕のほうが信じられない。


「え、じゃないだろう? 顔の見えない相手とこのまま話せって言うつもり?」

「だ、だって」

「だってじゃないってば」


 有無を言わさず、エルヴィラの羽織っていたマントを剥ぎ取った。

 鎧の傷は増えていても黒い艶を保っているのは、きちんと手入れは欠かさなかったからだろう。

 そういうことばかりきちんとできるのに、と僕は少々呆れてしまう。


 ゆっくりと留め金を外し、兜、肩当てに胸甲――と、順番に取り去っていく。エルヴィラは、どうにも心許ないという表情を浮かべて、そっと僕を見上げた。


「――ああもう」


 思わず出てしまった舌打ちに、エルヴィラがぎゅっと目を瞑る。


「なんだよ、この髪」


 エルヴィラの髪は、肩よりも上でばっさり切られていた。

 しかも、適当に束ねて短剣か何かで適当にざっくり切ったままなのが伺える、雑にもほどがあるくらいざんばらだ。

 一生懸命手入れをしながら伸ばして、やっと艶が出てきたところだったのに。


「どうしてこんなに短くなってるんだよ。しかもめちゃくちゃ適当じゃないか!」

「だ、だって、兜被ったままだから、長いと邪魔で……」

「君、ほんとうに馬鹿なんだね」


 目を眇めて手を伸ばす僕に、エルヴィラはまた震える。

 髪を掻き混ぜるように頭を撫でると、エルヴィラの髪の感触は前と変わらなかった。ただ、短くなって、軽くなっていたけれど。

 僕は小さく溜息を吐いて抱き寄せる。


「……君、雑なくせに髪の手入れはがんばってたじゃないか」

「だって、黒くなっちゃった……」

「馬鹿だな。色なんて些細なことじゃないか。黒なら僕と同じだって喜んでればいいんだよ。どうしてこういう時ばっかりそんな余計なことを考えるんだ」


 う、と唸るような声を出して、エルヴィラの頭が僕の身体に押し付けられる。


「手甲と腕当も外すんだよ。手袋も取って。一日中この格好のままだって聞いてたけど、どれだけ付けっぱなしにしてれば気が済むのさ」


 少し乱暴に留め金を外していく。ようやく全身鎧(フルプレート)の全部のパーツを取り去って、騎士服の上着とその下に着ていた鎖帷子(チェインメイル)も脱がせてしまう。

 鎧下もすべて、エルヴィラはおとなしく脱がされるままだ。

 エルヴィラはどうしたらいいのかわからないという顔でもじもじとしている。

 視界に入ったその手を取って、僕は指先を……鉤のように曲がって尖った爪をそっと撫でた。それからもう一度、頭を撫でて手を滑らせて、「ほら、よく見せてみなよ」と、エルヴィラを身体ごと引き寄せる。


「でも」

「でもじゃないよ」

「でも、私は、変わっちゃって……」


 この期に及んでまだそんなことを言うエルヴィラの唇を塞ぐ。見た目が変わったからなんだと言うんだ。キスをさらに深くすると、エルヴィラは何か言うのをやめて、またおとなしくされるがままになった。

 あの時は暗くてはっきりとわからなかったけれど、エルヴィラの身体には鱗や尻尾までが生えていて……


「僕に見られるのが怖い?」


 おとなしくされるがままなのに、僕の顔色を伺うことをやめないエルヴィラの顎を取って、上を向かせる。

 どこか怯えた目の色に、僕はつい笑ってしまう。


「馬鹿だな。なんでそんなことを怖がるんだよ」


 だって、と言いかけたエルヴィラの瞼を、軽く啄むようにキスをする。


「君は君だって、あの時も言っただろう?」

「だって」

「ちゃんと顔を上げるんだ」


 キスをしながら、僕の手は確かめるようにエルヴィラの身体を撫でた。

 手のひらに触れる皮膚が、硬くざらざらとかさついている。


「鎧、長くつけ過ぎだ」

「ん……」

「肘と膝と足、洗った後にちゃんと香油をすり込まないと硬くなるって教えただろう?」


 こくんと頷くエルヴィラの肘を、指先で確かめる。


「身体にもこんなに跡が付いて……」


 胸甲が擦れて硬くなった場所には、痣までが薄く残ったままだった。

 小回復の魔法をかけながら、一度トゥーロのところで調整してもらわなくちゃいけないな、と呟く。

 それから、するりと背に回った手にも、さらさらと硬く乾いた感触があった。皮膚とは違う感触だ。

 くるりとエルヴィラの身体をひっくり返して背中を見れば、そこには細かい鱗が浮いていて……「赤いんだ」と呟いて、僕は鱗が浮いた背にキスを落とす。


「赤は君の色だしね」

「――私の?」

「そうだよ。赤は君に似合う」


 エルヴィラは「私に、似合う」と小さく繰り返す。


「赤は戦神の色だろう?」


 戦いに臨むエルヴィラは猛き戦いの神の灯した燃え盛る炎のように赤い。

 その赤が、身体に宿っただけなのだ。


「こっちを向いて」


 また、くるりと身体の向きを変えさせて、向かい合わせに抱き締めた。今度は抱き付き返してくるエルヴィラに、くすりと笑ってしまう。

 抱き付いて、胸に頭を押し付けたままじっと動かないエルヴィラの名前を呼んで顎を持ち上げると、今にも涙が溢れそうなくらい、目を潤ませていた。

 馬鹿だなあと笑って、僕は少し乱暴に、エルヴィラにキスをする。これまでよりも深く、貪るようなキスだ。


「なんで泣いてるんだよ」

「だって、また会えるって、思ってなかった……」

「君はほんとうに馬鹿だな。馬鹿で考えなしで、ほんとうにどうしようもない」

「だって」

「僕が来て泣くほどうれしいくせに、どうして離れたんだよ」

「だって、だって……」

悪魔(デヴィル)みたいに取り憑いてやるって言ってたくせに」

「だって……」


 しゃくりあげて言葉を詰まらせるエルヴィラに、さらにキスをする。


「僕がいつ顔も見たくないなんて言った?」

「だ、だっ……」

「自分で誓ったんだろう?」

「だ、でっ、でも……」

「勝手に撤回なんかするからだよ。馬鹿なんだから」


 こつんと額を合わせると、エルヴィラは少し恨みがましそうに口を尖らせた。

 僕はその唇をまた啄ばんで抱き締める。


「余計なことを考えて、ひとりで先走ったんだろう?」

「だって、私みたいなの連れてたら、ミケの評判……それに、“変容”が、感染(うつ)ったりしたら……」


 やっぱりな、と、僕はこれ見よがしに大仰な溜息を吐いてみせる。


「僕を何だと思ってるの。僕は詩人だって、何度も言ってるよね?」

「でも」

「でもじゃないよ。“評判”なんてものは詩人である僕が作るものだ。君なんかが心配しなくたって、どうとでもできるんだよ」

「それに、教会とか、王太子とか……」

「交渉ごとだって、僕の得意とするところだよ。材料だっていくらでもある。侮らないでくれるかな?

 それとも、僕を信じられない?」


 呆れて、もういっそ笑えてくるくらいだ。


「しかも、“変容”が感染るって? 君程度の“変容”から?

 君、悪魔(デヴィル)にでもなったつもりだった? そんなわけないだろ。中身がそのままなのに、悪魔なわけがあるか」

「だって……」

「悪魔が、こんな風に泣いて僕に抱き付くとか思ってる?」


 う、とさらに目を潤ませるエルヴィラの顔中にキスを降らせる。

 エルヴィラはほんとうに考えなしの馬鹿で、手間がかかって面倒くさい。


「これからは、勝手にひとりで思い詰めるなんて無しにして欲しいよ。

 どれだけ面倒だったか、わかってる?」


 こくんと頷いたエルヴィラは、涙を止めようとしてかぎゅっと目を瞑る。

 僕の身体に回ったエルヴィラの腕に、力がこもる。


「わかったなら、こういうのはもう無しだ」

「も、しない」


 ひくっと小さくしゃくりあげるエルヴィラの背を、ゆっくりと撫でる。

 なんだって、こんな馬鹿脳筋に振り回されなきゃいけないんだろうか。


「――君の最初で最後なのも悪くないって、考えたところだったんだよ。それなのに、ほんとうに、君は馬鹿だから」


 泣き続けるエルヴィラの唇を、僕はまた塞ぐ。

 頬を撫でて、濡れた目元を指でそっと拭う。


「こういう馬鹿をやらかすのは、これで最後にして欲しいな」

「……う、も、もう、離れ、ない」


 拭っても拭っても、エルヴィラの涙はぼろぼろとこぼれ落ちる。この調子では、明日はきっとひどい顔になるだろう。


「ほんとうだよ?」


 ひたすらこくこくと頷くエルヴィラに、僕は深くキスをする。



 * * *



 翌日、泣き倒してパンパンに腫れた顔を治した後、ざんばらの髪を整えた。

 約束の時間、鎧は付けず、騎士服とマントだけで冒険者たちの前に姿を表したエルヴィラに、唖然としたアールの第一声は「戦士ヴィンて女の子なの?」だった。

 おずおずと頷くエルヴィラの横で、ミーケルはぷっと噴き出す。


「彼女、ちょっといろいろあってね。変なこと気にして考えすぎて拗らせて、それであんな格好してたんだよ」

「う……」


 エルヴィラは顔を真っ赤にして目を泳がせている。


「ちょっと馬鹿でも、評判どおり腕がいいのは確かだから」

「もう、馬鹿って、言うな」


 うーっと唸ったエルヴィラは、僕の腹をぽこんと叩く。力のまったく入っていない拳で、軽く叩いただけだ。


「はいはい」


 そのことがなんだかとてもおかしくて、僕は笑いながらエルヴィラの頭を撫でながら、髪をぐしゃぐしゃと掻き回したのだった。



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