巫女
――― …どのようにすれば、オレは記憶を取り戻す事ができるのだろう… ―――
オレは今、幼馴染である優奈と異世界のカフェにいる。普通に生きていて、何がどうなると、こんな状況が生まれるのだろう。ただでさえ、この世界や自分の事すらわからないオレは更に混乱していた。
「なぁ、優奈。
そもそも、なんでオレたちはこの世界にいるんだ?
優奈も召喚されたのか? 」
「召喚?? 何のこと? 」
「だって、さっきも昔話をしてたけど、オレたちって日本にいたよな? 」
「… 日本?? …そっか… 、
風ちゃんの願いは叶ったんだね… 」
「はぁ?? 願いが叶った??
なんの事か全く意味がわからないんですけど…
それに、大体オレは何を願ったんだ? 」
「風ちゃんはね…
自分の記憶が無くなる事を願ったんだよ。」
「オレって、なんか、そんな記憶を無くしてしまいたい位、嫌な事でもあったのか?
もし仮に、百歩譲ってそうだとしても、なんでオレは優奈とのことを覚えてるんだ?
それにオレの知っている優奈は… 」
オレはそう言いかけて、咄嗟に話を遮った。
「風ちゃんの知っている優奈は死んじゃったんでしょ。」
表情を変えることなく普通に優奈はそう言った。
「!!! 」
オレは気まずさの余り何を言っていいのかわからなかった。
「でもね、風ちゃん。
こうやって優奈がまた風ちゃんとお話できてるのは、実は風ちゃんのおかげなんだよ。
だからね、すごく感謝してるんだよ。」
「いや… 優奈… 、
そんなこと言われても全然理解できないんで、ちゃんと説明してほしいんですけど…
…
あ! わかった!
オレも死んでしまって、ここは死後の世界だろ?! 」
「ふふ、風ちゃんって相変わらず面白い事言うね。
風ちゃんは死んでなんかいないし、優奈もちゃんと生きてるよ。
さっき優奈のほっぺ触ってたでしょ。」
「じゃあ、今オレの中にある記憶って実は間違っていて、実際とは違うのか? 」
「う~ん…
間違っていると言えば、間違っているし…
間違っていないと言えば、間違っていないかな… 」
「なんだそりゃ?? 」
「まぁ、とにかく、風ちゃんの願いは叶ったんだから過去の事は教えてあげない!
それよりも、どう? この巫女服? 似合ってるでしょう? 」
優奈は得意げに言った。
「話逸らしたな…
でも、まぁ、なんだ…
すごく似合っててカワイイと思うよ。」
オレがそう言うと優奈はオレの額に手を当てて言った。
「風ちゃん???
熱でもあるの?
… 風ちゃんが優奈の事を褒めてくれるなんて… 」
「………
もう二度と優奈に会えないと思ってたからな…
久々に会えたから正直に言っただけだよ。
それとも、いつもみたい馬子にも衣装とか言って、からかった方が良かったか? 」
「そんな事ないよ! すごく嬉しい! 」
優奈はとても喜んでいる。小さい頃から見た目も可愛く天真爛漫な彼女は非常に魅力的だ。ただ、住んでいた家が隣同士であり、小さい頃からの幼馴染だった為か、何だかオレはずっと素直になれないでいた。そんな彼女が四年前に突然死んでしまったことにオレは大きなショックを受けた。そして、もっと素直に優奈の気持ちに応えてやっていれば、と、ずっと後悔していたのである。
「それはそうと… 何で巫女の格好してるんだ? 」
オレは素朴な疑問をぶつけた。
「それは内緒だよ。」
「それすらも教えてくれないんだな。」
「別に教えてもいいけど、そのうちわかるよ!
それよりも、風ちゃん。
この世界の文字がわからないんじゃない?? 」
「なんでオレが文字読めないとか、わかったんだよ! 」
「だって、風ちゃんが覚えてる記憶って日本の事だったし、それに、あれだけ甘いものが大好きな風ちゃんが、カフェに来てブラックのコーヒー飲んでるとか珍しいなぁ、って思ってたんだ。」
さすがは幼馴染とオレが感心していると、優奈は店員を呼び、ペンとメモを借りていた。優奈は紙にアルファベットのAからZを横一列に書き、それぞれの文字の下に変な文字を書き出した。どうやら、この世界の文字はアルファベットが変形したものだそうだ。そう教えてくれた優奈は例題だと言って単語を書き、これを読んでみろと言ってきた。そこに書かれていた文字を解読するとこうだった。
『D・A・I・S・U・K・I』
見慣れない文字を、優奈が教えてくれたメモに書いてあるアルファベットと照らし合わせていたので、文字を解読するのに時間がかかった。言葉の意味がわかったオレが顔を上げると優奈は立ち上がっていた。
「そろそろ時間だから、もう行くね。」
そう言ってオレの頬に軽くキスをしてきた。優奈がこんな大胆な行動をとるなんて考えてもいなかったオレは、狐につままれたような感じで呆然としてしまった。
「大好きだよ、風ちゃん」
優奈は笑顔で言った。
「行くってどこ行くんだよ? 」
「ふふ、内緒だよ。
じゃあ、またね~! 」
そう言うと優奈は足早にカフェから出ていった。
オレは急いで優奈を追いかけて外に出てみたが、すでに優奈の姿は見当たらなかった。街の中心部にそびえ立つ大きな時計台は十一時を指していた。そういえば、昼食を用意しているので十二時までには王宮に戻ってくるように、と言われていた事を思い出した。街に出かける前にユリアナがそう言っていたので、そろそろ王宮に戻ることにした。
王宮に戻ると、エカチェリーナはオレの事をとても心配していたようで、いきなり抱きついてきた。なんか凄い罪悪感に駆られてしまう… 。
「フーガ様、どちらに行かれていたのですか? 」
「ちょっと街の様子を見てきたんだ。オレ、この世界の事あまり知らないし… 」
「街に行くのは構いませんが、一言仰って頂かないとすごく心配になります。」
「いや、街に出るくらいでそんな心配しなくても…
オレ、子供じゃないんだから… 」
「そういう意味じゃなくて… 」
エカチェリーナは顔を赤くして目をそらした。その姿見たオレは再び罪悪感に駆られた… 。
「とにかく、これからは必ず一言、仰ってください。」
「ああ、わかったよ。ゴメンね、エカチェリーナ… 」
すでに昼食の準備ができていたようで、オレたちは食堂に案内された。みんなが食事を終えると、オレはいろいろと素朴な疑問を聞いてみることにした。
「ところで… 、なんで、ミウはオレが世界を支配するにふさわしいと思ったんだ? 」
「だって風牙くんは『伝説の魔神』だからね。」
「じゃあ、なんで、『伝説の魔神』が世界を治めるのにふさわしいと思ったんだ? 」
「だって、神様が言ってたから! 」
ミウはいつもの笑顔で答えた。
「神様??? 」
なんか、また、ど偉い単語が出てきたな… と思った。オレには嫌な予感しかしなかった… 。そう思っているとエカチェリーナがオレに言ってきた。
「フーガ様… 、その事については後ほど、私から改めてご説明させて頂きます… 」
「… そっか… わかった… 。
あ! それとっ!
話変わるけどさ、この世界って神社とかあるの? 」
オレが神社の話題に触れると、急に全員の雰囲気が変わり、なんとなく重い空気になった気がした。
「フーガ様、なぜ突然そのような事を聞かれるのですか? 」
「いや、なんとなく…
街で巫女さん見かけたから…
この世界にも神社があるのかなぁ… なんて…
何かまずかったのかな??? 」
「!!!! 」
エカチェリーナは凄く驚いた表情で急に立ち上がった。
「巫女を見たのですか!!!
ご無事なんですか!! お怪我はありませんか!! 」
「いや、別に何も問題無いけど、どうしたの??? 」
エカチェリーナがこんな動揺しているという事は、どうやら只事ではなさそうだ。
「事情は後で説明致します。
フーガ様、とにかく今すぐ私と一緒に『バベル』に戻って下さい。
リサ、可能な限り計画を早めて下さい。
ミウとカノンはここに残ってリサを補佐しなさい。」
三人は「わかった」という表情で彼女の言葉に頷いていた。何の事かさっぱりわかっていないオレは、慌てた様子のエカチェリーナに外へ連れ出されていた。城門を出ると彼女は魔法を唱えた。
「出でよ! バリオス! クサントス!
『バベル』まで急げ! 」
彼女がそう言うと、オレたちを『メイガダーヌ』まで連れてきてくれた馬二頭が駆る馬車が現れた。この馬たちは言葉が理解できるのか? オレたちが馬車に乗り込んだ後、猛スピードで大森林の中の一本道を駆け抜けていく。程なくしてログハウスに戻ってきた。
「ヨーコ、カレン 準備は進んでいますか? 」
そう言ったエカチェリーナの口調はいつもより少しキツイように感じられた。
「あ! エカチェリーナさん! おかえりなさーい!
とりあえず準備は順調に進んでますよぉ。
あと、一週間位あればなんとかなると思いま~す。 」
カレンはエカチェリーナとは対照的に呑気に答えた。
「できるだけ急ぐのです! 」
そう告げたエカチェリーナの威圧感にカレンは萎縮してしまった。
「なんじゃ?
何をそんなに焦っておる?
お主がそこまでカレンにキツいものの言い方をするなど珍しいのぅ 何かあったのか? 」
ヨーコは冷静にエカチェリーナに尋ねた。
「… 巫女が現れた… 」
「!!!!!
なるほど… そういう事か… 」
冷静そうに見えるが、ヨーコも巫女が現れた事には驚いていたようだ。みんなが何故、オレが巫女を見たと言っただけで、そんなに警戒しているのかが全くわからなかった。この世界の巫女ってどんな存在なんだ? オレはただ、巫女の姿をした幼馴染の優奈に会っただけで、しかも文字まで丁寧に教えてくれた。そこに敵意は全く感じられなかったのだが… 。
エカチェリーナは、ヨーコとカレンに何かを指示した後、オレを地下の寝室に連れてきた。
「暫くはずっとフーガ様のお側にいさせて頂きます。」
「まぁ、それはいいんだけど… 、急にみんなどうしたの?
オレが巫女を見たことに驚いているようだけど。」
「はい… 、巫女はフーガ様にとって天敵なのです。
彼女らも、こちらから仕掛ける事が無ければ何も干渉して来ないはずなのですが… 。」
「それって… ミウの宣戦布告が問題だったとか? 」
「いえ、それは無いと思います。
彼女らは世界などに興味はないはずですし、我々も敢えて巫女だけは、敵に回す事など致しません。
そのことは彼女達もわかっているはずです。
巫女は自分達の国で、穏やかに暮らしていきたいだけの集団なのです。
ただ、侵略してきた者には容赦がありません。
しかも、彼女達は皆、強力な力を持っています。
以前、巫女の国に侵攻した国がいくつかありましたが、その全てが強大な力の前で為す術もなく惨敗しております。
そういった歴史もあり、他国と接触すること自体を極端に拒んでいるので、彼女たちの方から他国に現れることなど今まで決して無かったのです。
それが… 、しかも首都『メイガダーヌ』に巫女の方から現れたという事自体が異常事態なのです。」
「そうなんだ…
でもオレの天敵ってどういう事? 」
「それは… 、巫女はフーガ様の力を持ってしても、唯一勝てなかった相手なのです。
戦闘能力ではフーガ様が圧倒しているのは間違いないのですが… 。
なぜフーガ様が彼女らに勝てなかったのか、という理由は私にはわかりませんが、とにかく危険な存在には間違いありません。」
「『闇の女帝』と言われていたエカチェリーナから見てもそんなに強いのか? 」
「はい… 、私が全力を出しても、巫女一人と互角かと… 」
なるほど… 、みんなが焦るわけだ。でも、あの優奈がそんな強力な力を持っているとはオレには信じられなかった。
とりあえず、オレは巫女の国に行って優奈に会ってみたいと思った。




