91話
ドガンッ! 硬い音が廊下と、恐らく部屋の中に響いただろう。
だからなんだ? まだドアが開かない。
開かないなら開くまで蹴れば良いよな?
前蹴りだと力が入らない気がするから体を捻って横蹴りをドアにぶつける。
ドゴッと言う低い音が響く。
もう一発、と蹴り込んだ瞬間にドアが部屋の中に向けて倒れた。
ドアノブが壊れずに、蝶番がいかれたらしい。
まあ、この方が怖いだろうから良いか。
部屋の中からは怒声が聞こえてくる。
「なんだてめぇは!」
「そこのエミリーの男だが?」
今すぐ殴り倒してエミリーを連れ出したい所だが、こいつはこいつで金は払ったらしい。
つまり、断りきれなかった支配人が全面的に悪い。
悪いのだが、女性に強引に迫るのはいただけない、その一点は断じていただけない。
部屋に入ってしまえば、後は脅してでも賺してでも話をまとめるだけだ。
「それがどうした、俺は金を払ったんだ、邪魔するんじゃねえ!」
「ああ、そちらも金は払ったらしいな、だがエミリーは俺が先に金を払ってる。だから、エミリーは俺の女だ、単純な話だろう?」
「ユート様!」
エミリーが組み伏せられていたベッドから起きて飛び込んでくる。
鎧とチェインメイルを着込んだままだから、優しく抱き留める。
「大丈夫か? 間に合ったか?」
そう言って右手でエミリーの左頬に手を添える。
「いつっ」
そうか、間に合ったが抵抗して殴られたか。
ああ、そうか……、下衆だったか……。
「エミリー、アンとジュリアを連れて俺達の部屋に逃げ込んでおけ。俺が行くまで絶対に開けるなよ?」
そう言ってインベントリからポーションを出してエミリーに握らせて部屋から出る様に促す。
「てめえ、勝手な事するんじゃねぇよ!」
ベッドから男が降りてきて目の前にまで進んでくる。
なんだろう、俺は寛容さでも試されているのか?
それなら落第だな、この傭兵を許すつもりに成らないのだから。
女性の言葉を聞かずに、挙句殴るだと?
俺の女に手を出したのが運の尽きだと思って諦めて貰おうか。
「お前、エミリーを殴ったな? 身請けされるから嫌だと言い募る女の声を無視して、言う事を聞かないから殴ったんだよな?」
「それがどうした? 金を払った娼婦が逆らう方が悪いんだよ、なんだ? お前が相手してくれるのか?」
下卑た声で傭兵が挑発してくる。
「ああ、相手してやるよ、良い声で啼いてくれ、な?」
言い終えると、爪が食い込むまで握り込んだ左拳を目の前の不愉快な男の腹叩き込む。
耳障りな呻き声を上げる男の右腕を掴んで俺自身の身体を反転させて担ぎ上げて床に投げつける。
所謂背負い投げってヤツだ。
高校時代の体育で習った何種類かの投げが思わず出たらしい。
フローリングが軋む程の勢いで叩き付けたのだから、音も凄まじい。
多分一階でも聞こえただろう、廊下からザワザワと声が聞こえる。
殴って、投げた訳だが、気が晴れたかと言うと晴れていない。
なので、もっと痛くて怖い思いをして貰おうと思う。
腹を殴られて、背中を強打しているのだから、呼吸もままならないだろう。
謝罪させようにも無理だろうから、それならこの男の口には何の意味も無いな。
そう考えて取り敢えず痛い思いをもう一度して貰う。
右手で男の下顎を掴んで……、握り込んだ。
手の中で声に成らない声を上げて男は暴れる。
暴れるが、手を放してはやらない。
「取り敢えず、お前潰れとこうか? な?」
握力に物を言わせて顎を握り込んで嫌な音がするまで締め上げる。
瓶や壺に罅が入った様な音がして、手の中の男は大人しく成った。
痛みで失神したらしい。
良い声で啼け、と言ったが一声も上げられなかったな、と薄っすらと笑みを浮かべる。
手を放して部屋を出て一階に戻る事にする。
階段を下りていると注目が集まっているらしかった。
視線は読めないが、全員が俺の方に顔を向けているのだから大体合っているだろう。
支配人に話を付ける必要が有る。
前金を払っていてもこんな扱いをされるなら、今日この場で身請けした方が良い。
と言うか、我慢ならないと言うのが正直な本音だ。
「支配人、話がある、今直ぐにだ」
激情を出来るだけ抑えて支配人を呼ぶが階段の下に歩み寄ったのは別人らしい。
灰色の服を着た男だ、灰色の服は多分鎧なのだろう。
と言う事は傭兵の幹部か何かだろう。
「悪いが話は俺達の方が先に有るんだわ、分かるだろう?」
「ん? ルール違反して張り倒されたら面子が立たないって?」
「話が早いじゃねえか、その通りだ」
「で、俺が袋叩きに遭った場合、俺の面子はどうなるんだ?」
「まあ、それは命が有っただけ儲け物って事で納得しとけや」
「それじゃあ、俺が損するだけだな……」
取り敢えず、荒事はまだ終わらないらしい。
仕方が無い、外に出る事にする。
一番勝率の高い戦い方をするとしよう。
娼館のドアを抜けるとドアの脇で篝火を焚いている男に声を掛ける。
「悪いが松明を分けて欲しい」
そう言うと客引きの男が何か棒をくれる。
松明にする、松の薪だろう多分。
触ってみると切れ込みが入っていて先端だけが燃えやすく成っている様だ。
篝火から火を移すと弱々しく松明が光る。
後ろに複数人の足音がするのを確認して城門に向けて歩き始める。
数歩進むと後ろで何やら騒いでいるから、連中も松明を用意させているのだろう。
移動する数分の間に松明の光は安定し2、3mを照らす様に成る。
きっと連中は不審に思っているだろう。
わざわざ助けが入りそうに無い店の外に出た挙句、ズンズンとどこかへ向かう俺に。
苛立たしげに何か言っている連中を無視して城門を潜る。
街の外は灯り一つ無い暗闇だ。
そして、俺は凄く獰猛で、凄く悪い笑顔をしている自覚が有る。
鏡が有れば、自分で引きそうな位に。
まあ、鏡に映る俺の顔を俺は認識出来ないのだろうけれどな。
でも、ドット絵。




