89話
もう少しで物語の序盤が終わります。
インベントリからメイスを取り出して、腰を落として構える。
ハウリング・ベアの攻撃は体当たり、噛み付き、両フック位か?
後ろ足で立たれると頭部に攻撃が当たらない位背が高くなる。
つまり、数歩下がって常に立たせない距離で戦う必要が有る訳だ。
何百kg有るか見当も付かない巨体が頭から突っ込んでくる。
その迫力に慌てて横に飛び退く。
全身に鳥肌が立つ位に怖い、恐ろしい。
ネイルボアの突進も怖かったが、ハウリング・ベアの突進は輪を掛けて怖い。
数m先で方向転換するハウリング・ベアとメイスを交互に見てメイスを思い切り投げ付ける。
どう考えても武器のリーチが足りないなら一瞬でも怯ませるのに使う。
回転して飛んだメイスがハウリング・ベアの鼻っ面に直撃する。
ギャン!と一声鳴くと怒りの籠った唸り声を上げ始める。
怖いと思いながら眼だけを動かして周囲を確認する。
幾分開けた場所に居たおかげでハルバードは何とか振るえそうだ。
インベントリからハルバードを取り出して握り締める。
腰を落として横薙ぎに振るえる様に構える。
「タイミングがシビアだな……」
そう独り言を零して目を細める。
目に力を入れてドットのハウリング・ベアに熊の幻視を重ねる。
距離を取る為にハルバードの柄の握りの位置をずらす。
突進する為に力を溜めている熊に唾を飲み込んで覚悟を決める。
数百kgの巨体に弾き飛ばされて内臓を喰われるイメージが脳裏に浮かぶ。
頭を振ってそのネガティブなイメージをかき消すと熊が向かってくる。
再度横に飛んで、着地と同時にハルバードを眉間に叩き込む。
両足が土に食い込み引き摺られるのが分かる、それだけの勢いだったのだと納得もする。
歯を食いしばって全身に力を入れる。
喰いしばった歯の間から呻き声とも唸り声とも言えない声が溢れる。
横目で刃先を確認すると、ハルバードの斧刃は目を割いて頭蓋に食い込んでいる。
刃を抜く為に上下に揺らすと声も無く熊は倒れ伏した。
数秒して熊が消滅し、アイテムが地面に散らばらずにインベントリに収まる。
「あぁ、腕が痺れた、上体持ってかれるかと思った……」
武器が当たった瞬間に生じた衝撃は結局何百kgだったのだか……。
溜息を零しながら、それでも割と簡単に終わって安心する。
跳ね上がった心拍数が落ち着くまで深呼吸を繰り返す。
「あ、槍とメイス……」
投げ付けた槍とメイスの回収に向かう。
真逆の方向に投げたので少しだけ面倒だった。
どうやら遠くに投げたアイテムはインベントリに遠隔回収は出来ないらしい。
試してみると10m以上離れると駄目らしい。
取り敢えずリーチと重量の問題で、メイスで戦うのは無謀だと判断する。
偶然目にでも当たれば話は別だが、槍も効果は薄そうだ。
やはり深くは刺さらなかった様だし。
もう少し重たい物に入れ替えるべきかも知れない。
メインウェポンと言う訳でも無いから優先順位は低いけれど。
今は防具の更新を進めていきたい所だ。
鎧も明日には出来上がるし、外套も防水防寒、出来たら防刃な物が欲しい。
あれこれ考えながらインベントリに収まったドロップアイテムを確認する。
ハウリング・ベアの毛皮と銀貨6枚が新たに入っていた。
「おっ? 意外とデカい毛皮だな……」
縦横1m×1mの大判の毛皮だった。
長く固い毛で毛皮のコートには向かなそうでは有るが、革としては量が取れそうだ。
「これがエミリー達の革鎧の材料に成る訳だ、よし! 出来るだけ集めるとしようか」
気合を入れ直して獣道を進んで行く。
暫く進むと視界にまた黒いドットの何かが見える。
目を細めて見るとハウリング・ベアと名前が表示される。
今度は随分近い所に居た。
周囲は木々に囲まれていて戦い難いが、ハウリング・ベアの周辺は開けている。
戦うなら向こうの方が良さそうだ。
インベントリにハルバードを仕舞い、槍を取り出すと肩の上で構える。
狙うは横を向いている首、こちらを振り向いたら顔面に当たる所に狙いを定めて投擲する。
助走の音に振り向いたハウリング・ベアの顔を掠めて首に突き立つ。
巨大な体躯を揺らして無理矢理、首に刺さった槍を払い落とす。
怒りの籠った咆哮を上げてハウリング・ベアが向かってくる。
こちらも迷わず、全力で向かっていく。
走りながらインベントリからハルバードを手の中に出して、すれ違いざまに叩き付ける。
移動しながらの攻撃で狙いが定まらずに、頭を殴るだけで不発に終わる。
そのまま走り抜けて開けた場所に陣取って構える。
躓いても困るから、足元に転がる槍をインベントリに回収する。
ハウリング・ベアは警戒してゆっくりと近寄ってくる。
流石に同じ手は通用しないらしい。
こうなると一撃必殺は難しい、少し考えて脚を削る事にする。
四足で噛み付いて来れば前足に、立ち上がれば爪を躱して後ろ足に斧刃を打ち込む。
樵気分で繰り返し削って行く。
ハルバードの刃が食い込む度に咆哮が徐々に弱まった所で頭蓋を割って終わらせる。
初撃で決められると早いが、決められないと時間が掛かってしまう。
数を稼ぐ為にも、出来るだけ初撃で倒して行きたい所だ。
獣道は実に便利だ。
モンスターが移動して出来る道だから必ずモンスターに行きつく所がありがたい。
山菜取りだと獣に出くわさない様にするが、狩りでは逆だから楽だ。
それでもモンスターに先に見つかるのは困るので、慎重に音を立てない様に移動する。
獣道を辿ってハウリング・ベアを見付けては狩っていく。
五匹六匹狩った所で空腹で腹が鳴る。
インベントリからチキングリルを取り出して辺りを見回す。
ハウリング・ベアを排除して、しばらくは安全地帯になった所に腰掛けて昼食にする。
「若干は慣れたが……やっぱり怖いな……」
鶏肉と牛乳で腹を満たしながらぼやいた。
戦闘の最中に観察した所、ハウリング・ベアの頭部は人の頭より一回りは大きい。
口のサイズまでは分からないが、骨を噛み砕く顎は持っているだろう。
突進を躱し損ねて倒されて、爪と牙で鎧を破壊され、腹を食い破られて、腹腔を生きたまま食い荒らされて、口から血の泡を吹きながら息絶える自分……。
「うわぁ!」
最悪な状況を想像して身震いをする。
こんな時だけリアルな想像が出来てしまうのが困る。
一気に食欲が失せて食事を中断する。
「気を取り直して、集中……集中……」
声に出して、言葉にして気力を振り絞る。
それでも、熊は怖い……、リアリティの無い外見でも怖い物は怖い。
「でも、ドット絵……」




