88話
昔TVで見た熊の生態の番組を思い出す。
後ろ足で立ち上がった熊を見た時、筋肉の塊だと思った記憶が有る。
月の輪熊なのか羆なのかで話は大きく変わる。
熊としての大きさが違ったはずだ。
もし月の輪熊じゃ無かったら……厳しい戦いに成るかも知れない。
3mを超えた熊の筋肉量に剣で太刀打ち出来るのだろうか?
メイスで眉間を砕くのが最適解な筈だが、剣よりリーチが短い。
それならハルバードか?
森の中で振り回せるのか?
いかんな、今から緊張してきた……。
至近距離で熊の顔や牙を向いた所を見た事も無いのに、想像しただけで寒気がする。
全身に鳥肌が立ち、身震いする。
今は考えるのは止そう。
「リュート様?どうかなさいましたか?」
「いや、明日の狩りを考えたら憂鬱になってな」
不思議だ、エミリーに話しただけで恐れが緩和されて苦笑出来る様に成る。
本格的にエミリーに落ちている気がする。
困った事にエミリーもアンも居なければ精神的にガタガタに成るのが自分で想像出来てしまう。
「ありがとうな? エミリーやアンに救われてるよ……」
具体的にどうとは気恥ずかしくて言えないが、感謝だけは伝えておこうと思う。
本当は全部言葉に出来れば良いのだが。
「救われていますか? 私達に何が出来ているか分かりませんけれど」
「救われてるさ、どんなに怖くても身の強張りが抜けていくのが分かるよ」
エミリー達の存在でステータス面が向上する訳では無い。
訳では無いが、身の強張りとか過度な足枷を外せるのは彼女達のお陰だと断言出来る。
ベストコンディションを維持するカウンセラーみたいな存在なんだろう。
いや、カウンセラー役と毎夜、睦合ってると考えると輪を掛けていかがわしくなるが。
こんな馬鹿な事を考える余裕も結局彼女達がくれているのだと思う。
「リュート様……」
エミリーが俺の名を呼び、黙る。
エミリーの髪を撫でると唐突に唇を塞がれる。
そのままくすぐる様に唇を重ねて、気分が盛り上がった所でソファーに移動する。
声を殺す様に接吻をしながら一戦を行い、浴室で身を拭いてベッドに戻る。
余韻に浸りながらエミリーを抱き締める。
触れ合う熱い肌は優しさより、力強さを感じさせる。
右側に眠るアンの髪も撫でながら穏やかな気分に成り、ゆっくりと睡魔に、粘度の高い深い眠りに引き込まれる。
闇の中で眠りから覚める。
左側でエミリーが俺の腕を枕に寝息を立てている。
右側では、アンが背中を押し付ける様にくっつけて、こちらも寝息を立てている。
腰を温める様に触れている事から、寝ている間も痛みに晒されていたのだろうと分かる。
微かに血の匂いがする事から出血はしているらしい。
精の着く物を食べさせるしか無いと思う。
そう言えば、初期のモンスターに鴨みたいな奴も居た気がする。
道すがらレバー目当てで狩ってみるか。
窓枠の方を見ると隙間から細い光が部屋に射している。
完全に夜が明けているらしい。
昨夜はそんなに夜更かしはしていないので、たっぷりと寝られたらしい。
右手でエミリーの頭を浮かせて腕を抜く。
出来るだけ揺らさない様に頭を枕に乗せてベッドを出る。
暗闇の中でサンダルが分からなかったので、その場で下着を穿いて鎧下を着用する。
ブーツを履いて出かける準備を済ませると小声でエミリーに声を掛ける。
耳元で「行ってくる」の一言を囁くと、微睡んだ声で返事が返ってくる。
小さく笑って部屋を出る。
娼館を出ると一旦広場に行き、水筒に水を詰めてから城門を出る。
歩きながらチェインメイル等を着込んで装備する。
先ずはヘビーカウを狩って牛乳をいくつか手に入れる事にする。
街道を暫く歩くと視界に粗いドットの牛っぽいモンスターが映る。
横向きのヘビーカウに掛け寄ると首を両断する様に振り下ろす。
数秒して横倒しに倒れ、また数秒してドロップを残して消滅する。
ドロップアイテムを意識してそのまま回収すると壺入り牛乳が手に入る。
念の為もう一個位手に入れようと小走りに生息地を駆けると簡単に見つかった。
全力疾走して、体重を乗せた剣を横っ腹から心臓の辺りに突き入れる。
こちらも即死してアイテムを残して消滅する。
次は鴨を倒してレバーが出るか確認しよう。
街道を林寄りに歩くと意外と簡単に鴨的モンスターを発見する。
剣を鞘に戻して、全力疾走してサッカーキックを叩き込む。
蹴り上げた鴨は空中で死亡し、貨幣と茶色い何かが手の中にドロップした。
インベントリを確認すると貨幣と案の定肝臓がドロップしていた。
取り敢えず、出た肝臓は牛乳の壺に入れて蓋をする。
感触として大きくない物だった為、もう数羽倒してから熊の生息地に向かう。
出た肝臓は壺に入れて血抜き、臭み取りを行う。
移動の最中は壺は手に持って時折揺らして戦闘に入ると仕舞う、を繰り返す。
結局レバーを6つドロップした所で満足して熊狩りに向かう。
二時間近く歩いただろうか?
途中コボルトやネイルボアとの遭遇戦でドロップを稼ぎつつ、バイト・アリゲーターの生息地の横の森に到着した。
森には熊が、川との間付近はコモド大蜥蜴が居るらしい。
左腕のバックラーを確認し鎧や武器の確認をする。
一旦剣を仕舞ってメイスを装備し直す。
二、三度メイスを振ると軽くて頼りなく感じる。
ステータス向上で2、3kgの武器も軽く感じる様になったらしい。
頼りない分、早さと遠心力を乗せて振るえば良い、と気を持ち直して森に足を踏み入れる。
出来るだけ音を立てない様に、藪を避けて獣道を探して進むと黒いドットの何かが遠くに見える。
目を細めても変化は無いが、息を殺して観察する。
頭高を見る限り、大蜥蜴ではなく熊か猪に見える。
見えるがネイルボアより一回り大きい所を見ると熊なのだろう。
距離として20m程だろうか、弓の類は持っていないので初撃は槍で行く事にする。
メイスと槍を入れ替えて、助走が付けれる場所を探す。
助走が出来て、射線が取れる場所から熊を見ると右斜め後方に陣取る形に成る。
肩に担いだ槍を支えながら四歩程助走を付けて、全力で槍を投擲する。
助走の足音に反応して振り返ったモンスターの首元に吸い込まれる様に槍が食い込む。
痛みでか、怒りでか、熊は野太い咆哮を上げて向かってくる。
狼とも猪とも違う、巨大捕食者特有の鳴き声だ。
デカい! 何より速い! どう見ても3m級の熊が凄まじい俊足で駆け寄ってくる。
多分牙を向いて、唸りながら駆けてくる熊は恐ろしかった。
巨体から考えても大きく感じる頭部にはきっと動物特有の憤怒の表情が乗っているのだろう。
見えないけど。
「でも、ドット絵!!」




