87話
ご機嫌な声でサンダルを褒めるアンの声が途切れた所でエミリーも同意の声を上げる。
「本当に心地良いですね、いくら拭いても入浴直後は湿っていますから」
湿った足で靴を履く事の不快感を初めて意識したのだろう、二人は口々に褒める。
「俺の故郷では室内で靴は履き替える文化が有ってな。室内でわざわざ重たい靴を履く意味も無いからサ
ンダルみたいな物を用いるんだ」
室内でスリッパに履き替える文化なんてここ百年以内の話だが、細かく説明する意味も無いのでザックリした説明で終わらせる。
やれ文明開化だの、やれ幕末の南蛮渡来だのの説明に意味など無い。
そんな事を考えていると二人が左右に腰掛ける。
ふわりと寄り添う二人の体温が布一枚を通して伝わってくる。
「アン、横に成らなくて良いのか?」
「一人で寝てるのは寂しいです」
「それもそうだな、横に成るとするか」
「はい」
短く返ってくる返事に、やはり痛みの波が来ているらしい事を察する。
ソファーから背中を離して一杯だけワインを飲んで立ち上がる。
火の灯った燭台に歩み寄って振り返るとエミリーがベッドで何かしてからアンが横たわる。
敷物でもしたのだろう。
アンに毛布を掛けてからエミリーが合図をする。
二つの燭台の火を吹き消すと部屋は真っ暗に成る。
肩の力を抜いて、躓かない様に気を付けながらベッドに向けて歩く。
掲げた指先がエミリーに触れ、ベッドの正確な位置を把握して横たわる。
エミリーも続いて横に成り、毛布を被る。
足を延ばして横に成ると湯上りの身体は一気に力が抜ける。
力が抜けて吐息が漏れる。
今日は面白い一日だった。
買い物を楽しいと素直に思えた。
アンの妹に盛大に噛み付かれるのは予想外で驚いたが。
「リュート様、今日はご迷惑をお掛けしました」
「ん?体調は女性なら当然の事だ、気にするな」
「あ、いえそれもですが、妹が失礼な事を……」
「いや、誤解を招いた俺に責任が有る。俺の故郷には既に娼婦と言う職業が公には無いんだ。知識としては知ってるが、だから俺には分からずに君達を傷付けてしまったんだと思う」
「良い国なんですね……」
「そうだな、多分凄く恵まれた国だったんだと思う……」
治安に関しては最上位で、経済的にも上位に在り、文化的にも歴史的にも一目を置かれた国だったと思う。
恵まれ過ぎて気が付かない、思いもよらない地雷を踏み続けてしまった。
アンの髪を撫でようと手を伸ばすと横を向き、多分膝を抱える様に体を丸めている様だ。
アン、それは痛みの為か?それとも不安の為か?
右手を伸ばして髪に手を置いてゆっくりと撫でる。
暫く続けて、アンの力が抜けるのを確認してから手を放す。
まさか数分で寝入ったとは思わないが、声を抑えてエミリーに話し掛ける。
「エミリー、ドロップした食材を持ち込んだら、ここの厨房で料理して貰う事は可能か?」
「はい、可能ですが手が込んだものは時間が掛かりますが」
「いや、手の掛かる料理では無いのだがな、アンの貧血に良さそうな料理を作って貰えるか気に成ってな」
「貧血に効く料理、ですか?」
「ああ、好みの判れる料理だが、臭味をワインや牛乳で取り除けばなかなか旨いしな」
「どんな料理なんでしょう?」
「レバーソテーだ、小麦粉をまぶしてバターで焼けば良い簡単な料理なんだがな」
「レバーは貧血に良いのですか?」
「俺の故郷ではそう言って良く食されるな」
医者でも無い俺には詳しく分からないし本当かも知らないが、あれだけ食われているならマイナス効果
は無いだろう。
本当はほうれん草も良いのだが、有るのかも分からない。
視覚がまともなら市場で探す事も出来るのに、それが出来ないのが悔しい。
明日はヘビーカウを含めて色々と食材モンスターを狩ってから熊狩りに成りそうだ。
今日一日羽を伸ばした分、真面目に稼がなければならない。
三人を一度に抱えて狩りのペースも下がる。
今の内に稼げるだけ稼ごう。
まあ、ゲームみたいな世界で、ゲームさながらの生活だけれど。
熊か、きっと怖いんだろうな……。
でも、怖いのと同時に笑えちゃうんだろうな……。
「……でも、ドット絵」




