86話
照れ臭さとバツの悪さに音を上げて話題を変える。
「さて、そろそろ風呂に入ろうか」
「はい、用意致しますね」
「お湯が冷めない内に入りましょう。ジュリア、貴女も戻りなさい」
「はい、姉さん……」
ジュリアの声には姉を心配する色が含まれていた。
今夜は姉妹で休ませた方が良いだろうか?
「アン、今夜は妹さんと一緒に休むか?」
「いえ、ジュリアは相部屋なので……、他の娘が気詰まりしますから」
「今夜はソファーで寝るか……」
「リュート様? お客様にソファーで寝かせる訳にいかないのはお判りでしょう?」
「妹は部屋に戻らせますから……」
小さく呟いただけの言葉に、両側から叱られてしまった。
アン姉妹が安心するならそれも良いと思うのだが、どうやら駄目らしい。
流石に普通の宿とは違う為に、もう一部屋借りる事も出来ないとも釘を刺される。
二人とも俺の思考を良くお判りで、と苦笑を浮かべる。
やれやれと言わんばかりにエミリーが溜息を吐きながら燭台を片手に浴室に入って行く。
浴室の蝋燭に灯りを点しに行ったらしい。
「すまない、ジュリア。怒られてしまった」
肩をすくめてアンを気遣う妹に詫びる。
「いっいえ、リュート様に謝られると……困ります……」
歯切れ悪く口にした言葉には当初より刺々しさが微かに減っている感じだ。
アンに無体をしない事だけは納得して貰えただろうか。
とは言え、複雑な気持ちには変わりは無いだろうが。
「姉を買っている男」の部分は変わりがないのだから当然だ。
ただ、その忌避感と言うか嫌悪感が日本人の俺が想像するより弱い気がする。
「穢らわしい」とか「忸怩たる思い」と言う程の拒絶的な物よりも、「感心しない」とか「納得し難い」
と言う程度に聞こえる。
社会構造から来る常識の違いなのだろう。
命の値段、尊厳の価値が違う、と言う事だろうか。
俺自身、慣れた方が良いのか慣れない方が良いのか判断に迷う。
「アン、立てるか?」
膠着状態の気まずい状況を打破する為に、アンに声を掛ける。
「はい、痛みも和らいだので、今なら」
アンの返事に安堵しつつベッドに近づき手を差し伸べる。
手を握られたのを確認してから軽く引いてアンを立たせる。
「姉さんは大丈夫だから、ジュリアはもう戻りなさい」
アンは妹を促して部屋から退出させる。
ジュリアを見送ってから揃って浴室に向かう。
購入したサンダルをドアの前に並べて、ブーツを脱いで浴室に入る。
鎧下を脱いで、浴槽に掛けてある手拭いを濡らして裏側の汗を拭ってから仕舞う。
視界外ではエミリーとアンが互いのコルセットの紐を解いているらしい声が聞こえる。
手桶で瓶から湯を汲んで、頭から被る。
二度三度と繰り返してから頭を指先で揉み解して髪をしっかり湿らせる。
「リュート様、私達がお手伝い致しますから」
「リュート様、手慣れ過ぎてます」
「手伝って貰わないと風呂に入れない子供でもあるまいし」
「リュート様? こちらは娼館ですよ?」
エミリーが妙に威圧的に言葉を発する。
疑問形なのに、疑問形に成ってない高圧的な物言いに背骨をしならせて身を引く。
貴族でもあるまいし、奉仕を意識しない精神構造は持ち合わせていない。
返答に困って口をつぐんでいると脱ぎ終えた二人に体を無患子の泡で洗われる。
石鹸の泡立ちには当然負けるが、それでも泡の心地良さに目を細める。
髪まで洗われて、泡を流し終えると湯に浸かる様に促される。
何となく悪い気もするが、先に湯に浸からせてもらう。
どうやらエミリーはアンも洗ってやるつもりらしい。
目を閉じて体が温まるのを感じつつ、首を回して肩の凝りを解す。
今日も目が疲れて、肩に来てしまったらしい。
一日中狩りをしていても目は疲れるのだが、今日は色彩が豊かで目が疲れた。
まあ、良い息抜きには成ったとは思う。
二人の笑い声で和んだし。
そんな事を考えているとアンに話し掛けられる。
「何か考え事ですか?」
「考え事と言うか、今日は楽しかったなと思い出していた」
目を閉じたまま浴槽の縁に頭を乗せて応える。
正直、今日初めて生きる事に追われない時間が持てた気がする。
視覚的に楽しめたかと言われると肯定は出来ないが、それでも間違いなく息抜きに成ったと思う。
水音を立ててアンが湯船に浸かる。
「酷く痛むか?」
「いえ、そうですね……、痛みは強く成ったり弱く成ったりを繰り返してます」
「そうか……」
少し考えて右側に座るアンを抱えて、脚の間に座らせる。
「リュート様?」
怪訝そうな声を上げるアンの言葉には応えずに、アンの腰の筋肉を親指で優しく指圧する。
腰をマッサージしても生理痛に直接関係はしないだろうが、痛みで周辺の筋肉に力が入って疲れてしまう
のは少し考えれば分かる話だ。
アンのくびれを掴んで強張った筋肉を揉み解していく。
時折零れる嬌声に似たアンの声に、居心地の悪さを感じながら指を動かし続ける。
眉を顰めた顔がおかしかったのか、体を洗い終えたエミリーがクスクスと笑っている。
十分程マッサージを続けていると、筋肉の強張りもほぐれた。
手を止めて、アンを右側に移動させる。
両側に腰掛ける二人の腰に手を回して、ゆったりとした湯浴みを楽しむ。
頭から汗の滴が垂れる位に体が温まると立ち上がって浴槽から出る。
二人も暑い暑いと言いながら湯船から上がる。
手桶で瓶から湯をすくって頭から被って汗を流す。
二人に手拭いで髪から全身を拭かれてバスローブを着せられて浴室を出る。
真新しいサンダルに足を入れてソファーに腰掛けた。
風呂上りにスリッパ代わりのサンダルは心地が良かった。
やはり、暑い時のブーツは駄目だな、と痛感する。
さて、二人はどんなリアクションするだろうか?少し楽しみでは有る。
少しして二人が浴室から出てくるとサンダルを履いてソファーに来る。
「リュート様! この履物は良いですね!」
気に入ったらしく晴れ晴れとした声でアンがサンダルを褒める。
きっと良い笑顔で言っているのだろうな、見えないけど……。
「でも、ドット絵!!」




