85話
さて、俺の今の言葉でどれだけ納得して貰えただろうか、甚だ疑問だ。
と言うか、エミリーも援護射撃してくれたら良かったのに、と恨みがましくそちらを向く。
エミリーが表情を変えたかは分からなかったが、何か言ってくれるだろうと思う。
「まず、君にもアンにも謝らなければならない。俺の機嫌を損ねたら、と不安にさせて無理をさせてしまった、申し訳ない」
ソファーから立ち上がってアンの妹に向かって頭を下げる。
「お客様は本当に姉とワタシを身請けするつもりなのでしょうか?」
「ああ、エミリーも一緒に三人共身請けするよ」
「これから数日お相手出来ない姉や客をまだ取っていないワタシを、でしょうか?」
「少し声を抑えなさい、アンが起きてしまう。そうだ、俺の好意とは別に。二人には心を救われた、だからその恩の部分で身請けすると決めた」
「恩……ですか?」
「恩だ、二人が居なければ良くて廃人、悪ければモンスターの餌に成っていただろう」
「良く分かりません、どの様な恩なのでしょう?」
「二人は俺を抱き締めて……心が砕けない様に温めてくれた」
「やっぱり分かりません、お客様が何を仰りたいのか……」
視線を上に向けて言葉を探す。
ストレスで心が割れていたらPTSDで周囲に危害を加える獣染みた人間に成っていたと思う。
なんと説明すれば伝わるかが難しい。
「人間は追い詰められ過ぎると、獣の様に他者を敵だと思い込む。そうなった人間は殺されるか隔離されるまで止まらないし止められない、そう言う事だ」
「好意とは別、とはどう言う意味でしょうか?」
「そのままの意味だ、身請けと俺と恋人になるかは別問題だしな」
「え?」
エミリーが驚いて声を上げる。
何故そこで驚く?
「どうしたエミリー? 何故驚く?」
「だって、私達を身請けするのはリュート様の妻か愛人にする為ですよね?」
「何故そうなる? むしろそんな事をしたら俺は君達を奴隷にするのと変わらないぞ?」
「でも、身請けするって、お金が、え?」
「俺達がそう言う関係に成るかは、身請けした後ちゃんと想いが芽生えてからだろう?」
「あの、リュート様? 何故私達を身請けなさるのですか?」
「ん? 言った通り恩だが?」
「恩に着て頂けるのは嬉しく思いますが、身請けは過分です!」
「エミリー、声が大きい。過分かどうかは俺が決める物だ、恩の大きさを決めるのは受けた俺が決める事だ」
「でも……見合いません、リュート様は私達を銀貨10枚で買い、一夜を共にしただけです」
「それでも、俺は救われたんだよ、だから見合うんだ」
価値観の相違と言うか、常識の違いだろう。
奴隷文化に触れて来なかった日本人には理解出来ない距離感だと思う。
だから理解出来ない、そして理解しない、してたまるかとも思う。
出来るだけ穏やかに、言い聞かせる様に言葉を選ぶ。
「では私達は身請けされた後、どうなるのですか?」
「話した通り、自衛出来る程度にLvを上げて貰うし、ワイナリーを営む為に魔法が必須になるから覚えてもらうが?」
「それは行動方針ですよね? 違います、私達の立場の事です!」
「エミリー、落ち着いてくれ……。立場と言われると表現に困るが、友人や仲間に含まれるんじゃないか?」
「リュート様のお考えが分かりません! 金貨何十枚必要だと思っているのですか? その大金を払う為
に私達がどれだけの期間……」
「金貨5、60枚は必要だろうな、でもな? 俺の魂は金貨じゃ買えない」
「何でそんな簡単に言うのですか? 言えてしまうのですか!?」
「君達のお陰で戦えたし、生き延びられた。
収入の大半は俺の知識を売った対価だが、それも生き延びられたからこそだ」
困った、どう言葉を選んでも嫌味にしか成らない……。
金の為に売られ、金の為に体を売っている彼女等に、稼ぎの話をするのはむやみに刺激するだけだ。
深く息を吸って胸一杯に満たす。
「エミリー、アン、そしてアンの妹さん……、金貨は稼げる、でも人間の魂は金貨では買えない、ましてや癒す事も出来ないんだよ。だから君達の魂は俺の魂でしか釣り合わないし見合わない」
綺麗事だ、詭弁に過ぎる。
それでも言葉にするとこれ以外に思い付かなかった。
我ながらズルい口上だと思う。
このしこりは身請けした後、盛大に喧嘩しなければ心の置き所も定まらない類の物だ。
ベッドからアンが控えめに声を上げる。
「リュート様、私は妹と一緒ならそれだけで良いです、お願いします、私達を身請けしてください」
「アン、起こしてしまったな、すまない。ああ、俺にも意地が有る、ここまで君達を泣かせて傷付けたんだ、後には引けないし引きたくない」
「ありがとうございます、リュート様。ジュリア、余りリュート様を困らせては駄目よ?」
「お姉ちゃん……はい……、失礼な物言いお許しください」
「謝らなくて良い、誤解を招いたのは俺の方だ、そして互いの常識に大きな差が有るのも分かっている。つまり悪いのは俺だよ、すまなかった」
「ジュリアとお呼び下さい、リュート様」
「改めて、初めましてジュリア、いつも湯を運んでくれてありがとう」
「い、いえお仕事ですから……」
ジュリアの声が固い。
なんと言うか、嫌われては居ないが不信と言った感じだろうか。
今はこれが精一杯の歩み寄りだろう、お互いに。
「エミリー、君も今は了見してくれるか?」
「あの、リュート様……好意とは別にとはどう言う意味でしょうか?」
一番説明したくない部分に食い付いてくるのは「女の勘」と言うヤツだろうか?
とは言え、誤魔化せばきっと破綻のきっかけに成る、そんな予感がする。
「出来ればそれは身請け後に互いに負い目が無くなってから心に従うべきだと思う。そう考えてしまう位には想い始めている…、これで勘弁してもらえるか?」
「リュート様……そのお言葉が本心なら……、リュート様は可愛らしい初心な方ですね」
エミリーの言葉に思わず喉を詰まらせる。
この歳に成って「可愛い」と評されるのも「初心」と言われるのも是非勘弁してほしい。
とは言え、それを口にすれば結局肯定する事に成る訳で。
やっぱり男は「女には敵わない」のだろうか。
眉を顰めてエミリーを恨みがましく見るが、やはりそこに有るのはもう見慣れた物だ。
「……でも、ドット絵」
今回は特に難しかったです。
女性心理の描写が特に。
おかしな点が有ったらご指摘下さい。




