83話
抱え上げて立ち上がるとアンが驚いて声を上げる。
「リュート様?」
「戻ってゆっくり休もう」
「申し訳ありません」
「いや、アンが悪い訳では無いだろう? むしろ原因は俺に有るかも知れない」
別に乱暴な事はしていないが、体力に差が有るハンターと一般人の情事だ。
女性の内臓が驚いてしまった可能性は当然有る。
ならばケアは必須だと思うのだ。
女性にとって男は「何が有っても異物」でしかないのだから。
まあ、それを受け入れられるのが女性の生命体としての偉大さでもあるのだが。
抱え上げたアンを出来るだけ揺らさない様に意識しながら娼館に向けて歩く。
隣を歩くエミリーもアンの頭を撫でている。
動作としては「気遣わしげに」と言う感じだろうか?
表情が見えないと誰かの不安も不調も気が付けない。
それが我ながら苦い気分に成る。
「エミリーもアンも、苦しい時には言ってくれ。俺には君達の表情が見えないから、自発的に労わる事が出来ないんだ……」
「もう十分過ぎる程労わられて居ますし、甘やかされて居ますが」
「十分かどうかは分からないが、こう言う事に関しては手を抜くべきでは無いだろう?」
「ありがとうございます、申し訳ありません……」
二人とのやりとりをしながら、ゆっくりとしたペースで歩みを進めて娼館に到着する。
アンから立ち上る微かな血の匂いに眉を顰める。
出血が落ち着いたらポーションを飲ませる事にしよう。
怪我以外の体調不良には効果は無いが、どうやら造血効果は有るらしい不思議薬品だ。
入れ替わる血液で貧血には成るのだから、その分を補えたら怠さは軽減するだろう。
娼館に入るとエミリーが素早く奥に行き下働きの少女に何か指示をする。
俺はそのまま階段を上がり、三階の定宿にした部屋に向かう。
後から追い付いてきたエミリーが廊下で俺達を抜かしていち早くドアを開ける。
アンの頭をぶつけない様にドアを潜ると、
エミリーがベッドに走り寄り白っぽい何かをシーツの上に敷く。
多分、血を吸わせる為の布を追加で敷いたのだろう。
追加された布の上に腰が来る様に高さを合わせてアンを横たわらせる。
ここからは出来る事など無いので一旦ソファーに下がる。
エミリーはアンの傍らで何かしているが多分、服を緩めて休める様にしているのだろう。
致命的な怪我や疾患では無いが、重たい生理は女性にはやはり辛いだろう。
辛いだろうが、鎮痛剤が有る訳でも無いこの世界で俺にしてやれる事はほぼ無い。
気遣わしげにベッドを眺めているとドアがノックされる。
不思議に思うとエミリーがドアを開けて誰かを部屋に招き入れる。
桶と瓶を持った二人の少女がベッドの傍らに立つと荷物を置いて退出する。
瓶? 桶? と首を傾げるとエミリーが瓶に何かを浸してアンを拭き始める。
どうやらお湯を手配していたらしい。
太腿を這う血を拭っているのだろう。
全て終えるとアンに掛け布団を掛けてエミリーがソファーの隣に腰掛ける。
「お疲れ様、色々押し付けて済まないな」
「いえ、男性でお客様のリュート様のお手を煩わせる事の方が問題ですから」
「それもそうなんだが、もう客でも無い気もするんだがなぁ……」
男の俺が生理中の女性のケアを前面でするのは憚られるが、独占し続け、数日後には身請けする俺は客の範疇なのかはかなり疑問では有る。
「そうですね、私達はもう直ぐここから出られるのですね」
「後数日で、な。四人で一緒にここから出る、慌てる必要も無い、決定事項だ」
もう不特定多数の相手をしなくて良い、その事実は多分娼婦の彼女達には大きな違いだろう。
どんな時代背景が有ろうと、時代によって忌避感の大小の違いしか無いと思う。
当たり前に公然と存在していても、忌避感が低くても辛い物は辛いだろう。
そこからの脱出は多くの娼婦の悲願だろう。
それがもう目の前なのだから……。
エミリーが頭を俺の肩に預けてくる。
そしてベッドから微かな啜り泣きが聞こえてくる。
首を傾げて、アンが何故泣くのかを考えてみる。
もしかしたらアンは自分の生理が身請け前に来るのが分かっていたから、不評を買わない様に必死だっ
たのか?
だとしたらまた考えが至らずにアンにプレッシャーを感じさせていたのか。
アンの場合は妹も一緒に、一人で抱えていたのだ。
妹を守ろうとするその健気さに、アンの頭を撫でてやりたくなる。
が、エミリーを振り解くのも避けたいと思う。
「エミリーとアンとアンの妹と俺とで、新生活だな」
明確に言葉にしてアンに投げかける。
視線を窓に向けると外からは赤く染まった空が見える。
「もう一日が終わる、夜が明ければその日がまた近づくな」
そんな事を言いながら頭の中に流れたのは「もういくつ寝ると」の正月の童謡だった。
あまりの下らなさに我ながら呆れて溜息が零れそうになる。
プレッシャーに泣く女と解放を待ち望む女と、間抜けな脳内リフレインでげんなりする、温度差の違い過ぎる面々に苦笑しか浮かばない。
俺だけ真剣味と言うか、現状に重みが無いのが空気で分かる。
なんだか申し訳無くなるのは俺が空気を読む日本人だからだろうか?
「しかし、休日を満喫出来て良かったよ」
「そうですね、外食も久しぶりでしたし、沢山服も見られました」
「服を仕立てたの、生まれて初めてです……」
エミリーの満足げな声と、泣いて鼻声のアンの言葉に二人も羽を伸ばせたのが分かる。
「しかし、お昼が遅かったから、全くお腹が空かないな」
そう言って笑うと二人も釣られて笑った。
穏やかな休日は、時間も穏やかに経過するのだろうか。
「今夜は湯浴みだけしてたっぷり寝よう」
大して疲れている訳では無いが、気が緩んでいるのか眠気が時折押し寄せてくる。
「そうですね、寝そべってリュート様のお話を聞かせて下さい」
「俺の話とは?」
「なんでも良いです、リュート様に関する事なら何でも」
「まあ、構わないが、大して面白い話は無い気がするのだがな……」
エミリーの頭を撫でながら苦笑する。
取り敢えず、アンの痛みの波が落ち着いた段階で湯を浴びて、思い切り寛ぐとしよう。
正直話をするより、アンをゆっくり休ませてやりたいとは思うのだが、まあ、それは湯浴みの後考えれば良いか。
しかし、本当に一回も戦闘の無い一日と言うのが、少し落ち着かない様な、贅沢をした罪悪感に似た感覚を覚える。
まあ、ゲーム染みた一日だったのは、結局同じなのだが。
「でも、ドット絵」




