82話
肉と根菜のキッシュを食べながら、二人の華の咲いた話に耳を傾ける。
時折客の話に成り何とも言えない居心地の悪さを味わう。
半ば聞き流しながらキッシュの味に意識を向ける。
柔らかく煮られた肉は牛肉に類する物だろう。
ビーフシチューの肉並みに柔らかく味が濃い。
対照的に根菜の方は控えめな味で微かに甘い部分と歯応えの強い部分が有る。
歯応えの有るのは牛蒡か何か、か?
日本以外の国では余り好まれない食材だが、こちらでは一般的に使われるのだろうか?
甘いのは蕪だろうか、淡い甘味と舌で潰れる程柔らかい辺り同類の野菜だろう。
塩味や甘味等のバランスが良い。
キッシュに無かった酸味や苦みはワインと合わせると旨さが一層高まる。
納得しながら次の皿に手を伸ばす。
こっちは葉野菜のキッシュだったか、定番のほうれん草だろう。
ナイフで切って口に運ぶとこちらはシンプルな味だった。
シンプルなのに物足りなさは無い。
ほうれん草の弱い苦みと気持ち強い塩加減が旨い。
基本的にモンスター退治で身体を動かす分、気持ち塩分が足りなかったのかも知れない。
黙々と食べ続けるとほうれん草の弱い苦みの中に極々弱い甘味を感じる。
何か違う葉野菜も混じっているのかも知れない。
まあ、葉野菜が入っていてもドットの色は黄色だった時点で判別は不可能なのだが。
眼では分からないけど旨いのだけは分かる、それで良いのだろう。
一、二度頷いて残りのキッシュも平らげる。
空の皿に気が付いたエミリーが追加で料理を取り分けてくれた。
礼を言ってキッシュとワインを楽しんで、満腹に成るまで食べる。
追加で熱々のデザートキッシュが運ばれてくる。
甘い香りがテーブルに広がるのが分かる。
パイの器にスライスした林檎を敷き詰めて、そこに甘い溶き卵を注いで焼く感じか。
正解かは分からないが、大きく外れてはいないとは思う。
アップルパイに似た系統の味だろうが、食感はだいぶ違うのだろう。
アンが嬉々として新しいキッシュを切り分けて、取り皿に乗せていく。
ナイフで切り分けて一切れ口にする。
甘くしっとりとした食感の加熱林檎の味が口一杯に広がる。
甘味が強い、喉が渇く種類の甘さだ。
ワインを一含みしてもう一口キッシュを頬張る。
エミリーとアンの足元からパタパタと音がしている。
甘くて美味しい物を食べると、何故女性は足が踊ってしまうのだろうか?
満喫しているのが表情ではなく雰囲気で伝わってくる。
喜んでいるのが素直に嬉しく感じる。
「リュート様、取り分けますか?」
アンが俺の皿を見て声を上げる。
「いや、もう十分だ、二人で食べると良い」
「はい!」
嬉しそうな声色で返事をすると二人はデザートに専念する。
先程からエミリーとアンはお互いに声を掛けあっているのに、会話が成立していない。
もう互いに「美味しい」「甘い」と言葉を相手に投げているだけに成っている。
二人の様子がおかしくてついつい笑ってしまう。
小さな笑いには気が付かない位エミリーもアンも楽しんでいる様だ。
「平和だ、平和過ぎる位平和だ……」
小さく呟いてワインを口に含む。
戦闘に追われない、賑やかな休日にだらけそうに成る。
目を閉じて満腹感に浸ると眠気がゆっくりと頭をもたげる。
穏やかな時間が漂う様に流れていく。
隣では食べ過ぎたのか、満足げな呻き声が聞こえる気がする。
これは直ぐには歩けそうに無い。
ワインを傾けながら腹が落ち着くまで三人揃って寛ぐ。
三十分位経過しただろうか、動ける様に成ったのを確かめて店を出る。
「さて、次は靴屋だな、こちらはそう時間も掛からないだろう」
そろそろ色が変わり始めるだろう空を見上げる。
「では、靴屋にご案内しますね」
エミリーに手を取られて歩き始める。
慌てた様にアンも俺の腕を取る。
数分くっついて歩くと一件の店に到着する。
見上げるとドットで分かりにくいが、靴の絵が描かれた看板が目に入る。
二人に頷いて店に入る。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょう?」
「どう説明したら良いのか分からないのだが」と前置きをしてから説明に入る。
「それなら、こう言う物が有りますが」
そう言って店員が出して来たのは、茶色い板だった。
受け取って指でなぞると靴底は革で、革紐が数本括り付けられているのが分かる。
ローマサンダルみたいな感じらしい。
「この紐で括るよりも、踵は開いていて簡単に履けると尚良いのだが」
「それなら踵の革紐を外してやれば……」
あれこれやり取りをして楽なサンダルが出来上がる。
出来上がると言っても革紐を省いただけなのだが。
銀貨1枚と銅貨50枚を支払って三足購入してインベントリに仕舞う。
これで今日の予定は完遂した。
「帰るか、それとも寄りたい所は有るか?」
「いえ、私は有りません」
「私も大丈夫です」
頷いて、手を取り合って娼館に戻る。
暫く歩いているとアンが少し遅れ気味に成る。
少し歩くペースを下げるとエミリーも合わせてペースを抑える。
それからまた少しすると、再度アンの足が遅れるのが分かる。
エミリーに合図をして、立ち止ってアンに尋ねる。
「どうした? 足でも痛いか?」
「いえ、すいません…少しお腹が……」
腹部を押さえたアンが呟く様に声を上げる。
一瞬トイレかと思ったが、そう言う感じでも無い。
少し考えて女性の月の物だと察した。
「やけに突然来たな……歩けるか?」
「服を見てる時から気配は有ったのですけど……」
「思いの外、痛むのが早かった、か……」
アンが呼吸を整えてから歩き出す。
俺等も付いて行くが数分もしない内にしゃがみ込んでしまう。
男の俺には想像すら出来ないが、かなり痛むのだろう。
蹲るアンの膝裏に左腕を通して肩甲骨の辺りを右腕で支えて立ち上がる。
所謂、お姫様抱っこと言うヤツだ。
こう言う恥ずかしい事も、周囲の目が実感出来ない時にはありがたい気もする。
流石に公衆の面前で注目されながらやるのは勇気が要るが、
周りの人間がドット絵だと「気にするだけ無駄」だと思えてしまうのが不思議だ。
「でも、ドット絵」




