76話
フォークで刺した腸詰を口に運ぶ。
開いた口に腸詰が引っかかる。
思いの外大きいらしい。
改めて大口を開けて齧り付く。
口の中でパリッパリッと薄皮が弾けて詰められた肉が舌に触れる。
濃厚な味が口一杯に広がる。
挽肉と言うよりも刻んだ肉を混ぜた感じだ。
肉片の大きさがバラバラで食感に変化が有るのが面白い。
良く噛んで飲み込み、エールを煽る。
「随分味が濃いな、モンスタードロップの肉か?」
「はい、ネイルボアとヘビーカウの腸詰です」
アンの返事に頷いてから隣の皿にフォークを向ける。
一口放り込むと、炒めたベーコンと馬鈴薯と玉ねぎ、チーズの味が広がる。
塩加減の違いは有るが、食べ慣れた味だ。
知っている味は心安らぐ物だと実感する。
パンを手に取り、千切って小分けにして交互に食べ進む。
「そう言えば、この街で一般的な休みの日ってどんな感じなんだ?」
「休日ですか?七日に一度安息日に大抵休むと思いますが」
「私達には無縁の話ですけれどね、体調に合わせて私達は休むだけですので」
安息日、つまり感覚としてはやはり中世ヨーロッパに近いのか。
そしてエミリーの言葉を聞くと女性の体調が崩れる周期以外に休みは無いと言う事らしい。
中世の休みの概念は知識としても無いが、現代人からすると厳しいと感じる。
後数日の話では有るが、俺の方でコントロールすれば良いだけか。
食事を終えて、エールを呑みながら三人で寛ぐ。
「狩りをしない丸一日の休日か……二人が居れば問題ないな」
「問題が有ったのですか?」
「ああ、街を歩いても何が売ってるかがまず分からないからな、
興味をそそられる機会が先ず無かった」
「確かにそれは不便と言うか……」
「屋台も食材が何か分からないから躊躇われるし、
匂いがしないとまず屋台なのか露天商なのかの判断がまず付かないしな」
二人が答えに窮したのか、口をつぐむ。
確かに、コメントのし難い話だな。
先天的な視覚に障害を抱えてる訳でも無く、怪我で目が悪い訳でも無い。
どの程度の深刻さで話題にすれば良いか、判断し難いだろう。
「だから誰かと買い物に出るのは実は結構楽しみではある」
「お付き合いしますから、欲しい物が有ったら言ってくださいね?」
「ああ、頼む。明日買う訳じゃないが、三いや四人分の生活雑貨も用意しないとだしな」
娼館を出た後の事にも触れて、俺の目の代わりに選んで貰う事を匂わせる。
両肩に温かい加重が来る。
この環境から抜け出す日を待ち望んでいるのが伝わってくる。
いや、娼婦を続けたい人間など居る訳が無い。
単に抜け出せない人間と、抜け出した後立ち行かない人間が居るだけだ。
極々稀に楽しんでいる女性も居ないとは言い切れないが、
どれだけの割合か想像も付かない位少数だろう。
二人にとって俺は奇貨なのだろう。
これは俺の想像だが、身請けした男は妻か愛人にする事は有っても、
何か生計を立てる技術を身に付けさせたりはしない気がする。
俺が珍しい部類なのだろうと思う。
それでも、「もしも」の可能性が高い俺の場合はそこまで考えて立ち回らないと、
余りにも無責任が過ぎる。
夢の世界なら気にしても大した意味は無いが、ここが異世界でいきなり俺が消えたら?
もし俺だけが死んだら?四肢欠損する大怪我をして稼げなくなったら?
二人、いや三人は詰んで娼館に逆戻りだろう。
本当に碌な事に成らないのが目に見えている。
ゆっくり、慌てずに身に付けて行けば良い、生きる術を。
「準備万端にして行こう」
そう言って二人の頭を優しく抱き寄せる。
余り意識してなかったが、女性の髪と言うのはやはり柔らかくて撫でていて心地が良い。
「「はい、リュート様」」
嬉しそうな、でも不安を隠せていない声で二人が応じる。
不安だよな、猜疑心だって強くなるだろうし。
親に売られて、見知らぬ男に買われ続ける日々で心が弱らない筈が無い。
何かを信じられる環境にも無い。
それでもその環境から抜け出したくて、辛いだけでは無いかも知れないが、決して幸多い日々では無いだろうから。
昨日エミリーに言った通り、疑う余地が無くなるまで疑って、それから初めて心から信じられるのだと思う。
人間の心は複雑で、迷路迷宮の様な物だと感じる事が有る。
出口を探して彷徨って、運が悪ければ出口を見つける前に諦めて蹲ってしまう様な。
揺らめく蝋燭の灯りよりは頼れる灯りで在りたいが、実際どうなんだろう。
「さて、そろそろ横に成るか」
食後からそれなりの時間が経過した。
眠たい訳では無いが、正直明日の自主休日を前にゴロゴロしたくなってきた。
観光には成らないが、羽を伸ばして買い物をして過ごすのも悪くないだろう。
昼位までゴロゴロとして良いと言うのは贅沢なのだと思う。
なんだろう、遠足前の子供染みた気持ちに成っているのだろうか。
そう考えると笑いが込み上げてくる。
「リュート様?」
「どうかされましたか?」
「いや、昼過ぎまでのんびりして、それから買い物と街歩きを思い浮かべたら、年甲斐も無く落ち着きが無くなった自分に笑えてしまっただけだ」
プッと吹き出す声が聞こえて、両側から可愛らしい抑えた笑い声が聞こえる。
「リュート様……可愛い」
「リュート様、本当に子供みたい」
ああ、言うんじゃなかったと後悔しつつ、まあ二人が笑っているなら良いかとも思う。
「それだけ毎日大変だと言う事だと思いますよ?」
「命懸けでモンスターと戦う日々から解放されたら、きっと気が緩んで楽しくなります」
「結局、そう言う事なんだろうな、気疲れはしているとは思うし」
気が張っているとは感じないが、モンスターと対峙するのはやはり怖い。
生活の糧を得る術がそれしか無いと言う意味では皆同じなのだろうが、
やはりモンスターは不気味で怖い。
巨大蜘蛛の口を思い出して身震いする。
不快感を思い出してそそくさとベッドに上る。
ブーツを脱いで横に成る。
ああ、早く優しい闇に包まれたい。
でも、ドット絵。




