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75話

「明日、二人の服と一緒に俺の服も選んで貰えるか? どんな服が良いか分からなくてな……」


 人に依っては「自分の服を買って貰うだけ」だと気詰まりする人も居る。


 表情は読めないが、そんなストレスを感じて欲しくも無い。


 それに、店員に見立てて貰うより、二人に見立てて貰う方が多分嬉しいと思う。


 根拠は無い、確証も無い、挙句二人の表情も見えない。


 それでも不正解では無い気がするのだ。


 正解でもきっと無いのだろうが。



「畏まりました」


「分かりました」


 二人の肌に指先で触れる。


 柔らかくて心地良い。


 安堵感に感触が有るとしたらこんな感じかも知れない。


 小さく笑うと二人が体を捻る。


 俺の顔を覗き込んでいるのが分かる。


「いやな、俺の故郷には硬さや柔らかさを音として表現する文化が有ってな。逆に何かを硬さや柔らかさに例える事も有るんだ」


「えっと、リュート様は今何を言葉にしようとされたんですか?」


「ん? 安らぎって言葉はきっとこんな柔らかさなんだろうなって、な」


 そう言って二人の頬を掌で触れてみる。



 愛では無い。


 恋にも成っていない。


 それでも触れていたいと思う。


 指が離れるのも惜しいと感じる。


 輪郭を持たない、名前も持たないこの感情はいつか俺を焦がすだろうか?


 もし戻れないのなら、楽しみにしても良いかも知れない。


 頬に触れたまま、親指で二人の頬を撫でる。


「リュート様……」


 両側から二人が強く抱きついてくる。


 とても甘い雰囲気に成る。


 火に掛けた蜂蜜を連想する程甘い空気に照れ臭さを感じる。


逆上(のぼ)せそうだ、そろそろ上がるとしよう」


「はい、お身体拭きますね」


 頷いて二人の頬から手を放す。


 心に小さな感情が生じた。


 名残惜しいとも寂しいとも取れる微かな心の動きに不思議な気分になる。


 バスタブの縁に手を掛けて立ち上がる。


 湯から上がり掌で身体の滴を払って落とす。


 肩口から腕に向けて掌を滑らせると余り意識していなかったが、肌の盛り上がりに違和感が残る。


 首を傾げて胸に手を当てると胸筋が張っているのが分かる。


 下に滑らすと腹筋も複数に割れている。


 たった一週間でここまで鍛えられるとは普通考えられない。


 Lvやステータスの向上の影響だろうと思う。


 手で触れて感じるのは「戦闘用の肉体」と言う印象だ。


 自分の目で見られないから実感は伴わないが、もしかしたら自己認識以上に動けるかも知れない。


 人間はイメージの生き物だ。


 認識不足で出せる出力を出していなかった可能性も有る。


 明日、買い物が終わったら全力の素振りをして確認してみよう。


 ここは違う世界か夢の中だ。


 ならば物理法則や常識に拘るのは足枷でしかない、そんな事も起こり得る。



 そんな事を考えているとエミリーかアンに大判の手拭いで頭を拭かれる。


 頭を下げて、髪が含んだ水分が拭われ、もう一人には身体を拭かれる。


 二人がかりで拭かれるとGSの自動洗車機で、もみくちゃにされている気分になる。


 全身を拭かれて差し出されたバスローブに袖を通す。


 新しい手拭いを使って今度はエミリーとアンを交互に拭ってから浴室を出る。


 浴室から出る時にインベントリからブーツを取り出して履く。


「しかし、風呂上りにブーツを履くのも気持ちが悪いな」


 室内を靴で歩く習慣の無い日本人には慣れない感触だ。


「でも、リュート様、部屋を裸足で歩くのは流石に……」


「いくら毎日お掃除をしていても汚いですから…」


「いや、スリッパ……じゃ伝わらないか。室内履きの軽い靴でも有れば違うとは思わないか?」


 実はスリッパの発祥は日本だ。


 諸説有るが、開国の後ヨーロッパ人が靴で歩き回られて閉口した当時の日本人が、


 靴の上に履く靴を作ったのが始まりだったと記憶している。


 今では室内用の軽いサンダルと言う感覚で認識されているが。


「良く分かりませんが、そんなに違いますか?」


「まあ、君達みたいな靴ならそこまで不快じゃないとは思うが、ブーツは蒸れるからな」


 バスローブに脛まで有るブーツと言うビジュアルを頭に浮かべて、その違和感と言うのか不格好さに苦笑してします。


 可能なら明日服の後、履物も買うのも良いかも知れない。


 イメージとしてはローマサンダルのヒモの短い物でも有れば良いのだが。


 二人にも協力して貰えば見つかるだろう、多分。



 テーブルを見ると既に料理らしき物が並んでいる。


 手回しの良い事だ。


 そのままソファーの真ん中に座り、二人を促す。


 右にアン、左にエミリーが座る。


「温かい内にお召し上がりください」


 エミリーに促されてフォークとナイフを手に取ろうとするが、先ず呑みたい欲求が湧きあがる。


 エールかビールが注がれた素焼き陶器のタンブラーを手に取る。


「一日お疲れ様、だ」


 一言、言葉にしてタンブラーを軽く持ち上げる。


 少し待ってから一口エールかビールかを口に含む。


 薄い泡の向こうから甘い香りを含んだ苦みが舌の上を踊る。


 炭酸の刺激で強くなった苦みと、バナナの様な甘い香りが面白い。


 苦みを押し出す日本のビールともコクを求める英国のエールとも違う。


 優しくて深い味がする気がする。


 ラガーとかエールとか色々な種類が有るが、これは何に含まれるのだろう?


 馴染みは無いが旨いのは分かる。


 湯上りの火照った身体に冷た過ぎない麦酒が心地良い。


 二口、三口と喉を潤してから料理に手を付ける。


 フォークで茶色い物を刺すとプツッと言う音がして皮が弾ける。


 随分中身の詰まったソーセージ? フランクフルト?


 まあ、結局茶色い棒にしか見えないので、食欲は見た目では湧かないのだがな。


「でも、ドット絵!!」

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