↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/179

74話

 二人がそれぞれ準備に席を立っている間に、目を休ませる事にする。


 瞼を閉じて無意識の内に輪郭を把握しようと動き続けた目の筋肉を休ませる。


 無意識の眼球の動きは、如何に無駄だと分かっていても制御出来る物でも無い。


「状況が変わらない限り、この目とは付き合ってかないと、か……」


 指先で目元をマッサージしているとドアが開く音がする。


 複数の靴音がする、湯の入った瓶を抱えた下働きの女の子達だろう。


 浴室でお湯を溜める水音がする。


 マッサージの手を止めて腕を下ろす。


「リュート様、お疲れですね……」


「どうしても目が疲れてしまったな……、諦めてる」


 エミリーの声のする方に目を閉じたまま顔を向ける。


 布ずれの音と共に太腿に柔らかい温もりが乗ってくる。


 暖かい吐息を感じたと思ったら閉じた瞼に何かが触れる。


 反対の瞼にも触れる温もりにエミリーの唇だと分かる。


 そのくすぐったさに眉が下がる。


 不思議と眉間に入った力が溶ける様に消える。


「リュート様は目に力が入ってる分、目を閉じていると可愛くなりますね」


 思わぬエミリーの言葉に咽て咳き込む。


 目を開けて多分笑っているのだろうエミリーに抗議する。


「流石に可愛いは言われて嬉しくないのだが……」


 クスクスと笑うエミリーは眉間に皺を寄せ、眉を下げる俺の唇を塞ぐ。


 軽く、薄く触れる唇は啄ばむ様に離れては触れてを繰り返した。


 ゾクゾクと背筋が震える様な快感が走る。


 不思議だ。


 女性の唇は何故軽く触れただけで、こんなにも全身が心地良いのだろう?


 両手をエミリーの腰に回して優しく引き寄せる。


 空間が切り取られたかの様な数秒の時間は咳払いで霧散する。


「アン、早かったわね……」


 目を開けると数人の人影がエミリーの背後側に見える。


 アンと下働きの娘達だろう。


 気まずい、非常に気まずい、キスに夢中だった事を見られていたのが恥ずかしい。


「エミリー、皆に渡してくれ」


 並んでいる娘達、人数分の銀貨を掌に出現させてエミリーに手渡す。


 膝から降りたエミリーがアンの後ろの娘達に駄賃を配って回る。


 銀貨を受け取った娘達が部屋を退出するのを見送ってからアンに向き直る。


 気まずさに負けて誤魔化す様に、いや誤魔化すつもりで言葉を紡ぐ。


「風呂、入るか」


 ソファーから立ち上がり浴室に向かう。


 二人も後ろから付いて来るのが靴音で分かる。


 浴室でブーツを脱ぎ、鎧下、下着を脱ぐ。


 湯を溜めた瓶で、瓶の淵に掛かった手拭いを濡らし硬く絞る。


 鎧下を裏返しにして、戦闘で掻いた汗を拭っていく。


 綺麗に拭けたかは分からないが、やらないよりは良いだろう。


 鎧下とブーツをインベントリに仕舞って、下着を洗濯桶に入れる。


 下着と一緒に銅貨も数枚一緒にしておく。


 鎧下を拭っている間に二人も入浴の準備は出来ていた様だ。


「リュート様、汗を流しましょう」


 声でアンだと分かった。


 アンは手に何かを持って俺の正面に立つ。


 瓶に何かを出し入れする事から手桶か何かだと分かる。


 頭から背中、脚に熱めの湯が掛けられる。


 胸元から体の前面にも湯を掛けられる。


 柑橘類とは違う微かな酸味の有る香りがする。


「お背中洗いますね」


 エミリーが手拭いと無患子の泡で体を擦って行く。


 そのまま全身と髪を洗われて、促されるまま湯船に浸かる。


 バスタブにたっぷりと溜められた湯は胸元辺りまである。


 湯に深く浸かれるのは素直に嬉しい。


 目を閉じて、じんわりと汗が出ている事を実感する。


 身体が疲れとストレスを絞り出している様な気がする。


 風呂にきちんと入れて、二人が居て。


 満ち足りた様な気がする。


「ん? 満ち足りた? 俺今何を考えた?」


 慌てて自分の思考を思い返してみる。


 稼げて、喰えて、風呂に入れて、抱き締めてくれる人が居て…。


「ああ、そうか……俺もう諦めかけてるんだ……」


 諦めても諦めなくても、気が付いたらこうなって居たのと同じ様に、気が付いたら戻って居る可能性は有る。


 でも、それがいつかも分からず、そんな日が来ない可能性も有る。


 考えない様にしているつもりが、心が傷付かない様に静かに諦めようとしていたのか。


 結局、ここがパラレルワールド的な世界なのか、ゲームの世界に精神が取り込まれた的な展開なのかも分からない。


 分からない事だらけで、考えても答えが出なくて、出ない答えを探すのに疲れて。


 考えないって言う「無自覚の諦め」をしていたのか。


 明日で丁度七日、一週間が経過する。


 一週間で何の答えが出るか分からない、日数、数字の問題でしかない。


 それでもやはり大台に乗った気分には成るものだ。


 結局気分でしかなく、落ち込んでも落ち込まなくても現状は変わらない。


 そして元に戻る事が有るなら、それも落ち込んでいるか否かは関係が無い。


 全ては成るがままに任せるしか無いのだと思う。


 湯船に漬けた手で顔を拭って、頬を伝う物を誤魔化して上を向く。


 俯いていたら、声に出てしまう気がする。


 感情が落ち着くまで、目を閉じて天井に顔を向ける。


 何も考えず、何も思い浮かべず、身動きも取らず、静かに動悸と動揺を静まるのを待つ。


「お待たせしました、リュート様」


「熱くありませんか?」


「ああ、大丈夫だ、気持ち良い」


「リュート様は本当に入浴がお好きですからね」


 クスクスと笑う二人が肌を寄せてくる。


 再度顔を拭うと二人の腰に手を回して引き寄せる。


 どちらがどちらか分からず、二人の頭上の名前を確認する。


 本当にゲームか、ゲームに似た世界なんだと痛感する。


 進退窮まった、訳では無い。


 単純に未知が未知のまま居座っているだけで。


 未知が未知じゃ無く成る時も多分見えないのだけれどな。


 でも、ドット絵。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。