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73話

「今日も一日終わった……」


 ソファーに背中を預けて、肺に溜まった溜息を吐き出す。


 帰宅後のサラリーマンの風情で一気にだらける。


「一日、お疲れ様でした」


「今日は、お怪我はされませんでしたか?」


 エミリーの労いとアンの身を案じる質問が飛んでくる。


「ああ、背中を打ち付けた位で怪我はしていない」


 結局、今日は一撃貰っただけで、怪我らしい怪我はしていない。


 今日一日の戦闘を思い返すと、やはり森林の中で無音移動が出来る蜘蛛は厄介だと思う。


 BGMが切り替わってもどこに居るかを瞬時に判断出来ないと一手遅れる。


 その良い例が今日の苦戦だろう。


 相性と言うよりも適正の問題なのだろうが、早々に違うモンスターにターゲットを移す事にする。


 熊なら咬み付きさえ対処出来れば、爪の切り裂きはワイバーンの皮膜で防げる。


 牙での咬み付きは貫通するかも知れないから、本当にそこだけは気を抜けないとは思うが。


「リュート様、どうかお気を付けて下さいね?」


 アンの真剣な言葉に頷いて返す。


 本気で案じられると嬉しいやら気恥ずかしいやら、リアクションに困る。


 安全マージンは取っているが、ゲームと違ってHPが0に成らなくても、頸動脈を切られたり、頚骨を折られたらどうにも成らないのも事実だ。


 もう素直に頷くしかない話だと思う。


 アンの言葉に真逆の「ガンガン行こうぜ」が浮かんで笑ってしまう。


 同時にアンの言葉を狩りの時に思い出したら慎重に進める気がする。


「そうか、これがお守りの概念か……」


「お守り、ですか?」


「ああ、俺の故郷では誰かの身を案じる時に神社、ああ、教会か神殿になるのかな? そこで身に着けられる小物を貰って贈るんだ」


 少し説明が難しい、と言うより考えた事も無い類でもある。


「それには誰かが自分を案じている想いが籠ってるから、慎重になろうって考えが浮かぶ。単純に言えば泣かせたくない誰かを思い出して慎重さを促すって物なんじゃないかな?」


 上手く説明できないが、と付け加えると二人は納得した様に頷く。


「旅人のアミュレットみたいな物でしょうか?」


「どちらかと言うと子供の成長を祈るアミュレットの方が大きな枠組みでは近いのではないかしら?」


 アンの言葉にエミリーが微修正した意見を口にする。


「家内安全、子宝祈願、無病息災、と色々な種類が有るって意味でも近いかも知れないな」


 思い出せるいくつかのお守りの種類を口にする。


 自発的に思い留まらせるお守りと加護を与えるアミュレットの違いも面白い。


 異文化交流みたいで興味深い物が有る。


「話は変わるが、二人共明日の被服店は行けるかい?」


「「はい、行けます! 楽しみです!」」


 綺麗にハモった二人の期待の籠った声が返ってくる。


「明日はどんなデザインが良いかとか、何色に染めるか、もしくは在庫で有る色で気に入った物が有ればそれでって所だな」


「リュート様はどの様なドレスがお好きですか?やっぱり胸元が開いた物ですか?」


「君等が好きなデザインで良いと思うぞ? 俺には見えないのだし、な」


 苦笑して繰り返し自分の視覚異常を説明する。


「だから、君等が周りに自慢したくなるデザインを選ぶと良い」


 そう言い切ると横からエミリーがしがみ付いてくる。


 今の会話のどこにしがみ付いてくる要素が有ったのか分からず首を傾げる。


「どうした? エミリー」


「リュート様があまり私にリアクションをして下さらないので、アピールを」


 ああ、これが俗に言う「当ててんのよ」ってヤツか。


 視覚情報が無いとエロさが湧かない事を実感する。


 さて、反応しようが無いのだが、そのまま言うと拗ねるだろうし、どう返したものか……。


 少し考えてエミリーの耳元で囁く。


「温かくて、柔らかくて、幸せな気分になるよ」


 言葉が見付からず、単純な事しか言えないが、しがみ付く力が増したので満足はしたらしい。


「あ、リュート様はエミリーさんにだけそう言う事言うんですね」


 今度はこっちが拗ねたか。


 困った、こう言う事は得意では無いのだが。


 と言うか、どんな生活をしていたら日本でこんな距離感の体験するんだか。


 溜息を我慢してアンの肩を抱き寄せて囁く。


 アンの耳元でエミリーとは違う言葉を口にする。


「今夜も沢山幸せにしてくれると嬉しい」


 今の言葉で納得してくれたのか、アンも頬ずりする様にくっ付いてくる。


 一夜限りの娼婦との関係が、どこをどうしてこうなったのやら。


 嫌な訳では無いが、事の展開に理解が追いつかないでいる。


 馴染み客になるとこう言う風に成る物なのだろうか?


 疑似恋人と言うのか、疑似夫婦と言うのか分からないが。


「後は俺の服も二人に選んでもらえるだろうか?」


 綿やリネンだと狩りに行くとどこかしらが解れてしまう。


 防刃シルクならその心配も減るのがありがたいが、どんなデザインかも分からない。


「分かりました」


「畏まりました」


 二人の返事に感謝して、さらに話題を変える。


「先に風呂にしたいが、今日の食事はなんだろうか?」


「はい、お湯の用意をします」


「今夜は腸詰を炙った物とパンと茹でた馬鈴薯と燻製肉、チーズを混ぜて焼いた物です」


 最後のメニューがいまいち分からないで想像する。


 馬鈴薯? ああ、ジャガイモか。燻製肉はベーコンか何かだろう。


 チーズを加えて……、その組み合わせで作る料理?


 玉ねぎを合わせて炒めるとジャーマンポテトみたいな物が頭に浮かぶ。


 どうにも料理の一貫性は無いらしい。


 フランス料理的な物、イギリス料理的な物、今回はドイツ料理的だ。


 それなら合わせる酒はビールだろう。


 キメ細かな泡の奥の苦みとフルーティーな香りが脳裏を過ぎる。


 まあ、キメ細かい泡なんて見えないのだけれどな?


 でも、ドット絵。

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