66話
食事を終えて、エミリーに勧められたワインを楽しんでいると、アンが果物を勧めてくる。
「リュート様、よろしければこちらもどうぞ」
「頂こう」
頷いて切り分けられた果物を口に含む。
唇の端から果汁が零れる。
汁気の多い甘みの強い果物だ。
繊維が多いがこれは桃だよな。
日本でも季節物だから食べる機会が少ない物だが、まさかこのタイミングで食べられるとは思わなかった。
難点は果汁が溢れる所か。
インベントリから手拭いを出して口元を拭う。
「旨い桃だな、ワインにも合う」
甘みも強く、ワインの味の強さに負けてない所が良い。
ワインと交互に口に含み目を細める。
食事に不安要素が無い環境は今の俺には安らぎの時間だ。
ワインと果実を三人で食べ終えて暫く寛いでいると、アンが風呂の用意をさせると言って席を立つ。
その手に持ったお盆に何か黄色い物が見えた気がしたが触れずに送り出す。
瞼を閉じて目を休ませる。
昨日程では無いがやはり目が疲れている。
目頭とコメカミを揉んで血行を促す。
酒も入って促進しなくても血行は良くなった気もするが。
少しの間指の腹で緩く解していく。
マッサージに飽きたのでエミリーに確認事項を尋ねる。
「エミリー、幾つか教えて欲しい事が有る」
「はい、なんでしょう? リュート様」
「この辺りは冬に雪は降るか?」
「そうですね、数年に一度降る位で、雪深い冬には成りませんね」
「そうか、話題が変わってしまうが、君達は魔法は使えるか?」
「私達、私とアンがでしょうか? いいえ。モンスターを倒してLvを上げなければ使える様には成りません」
「重ねて尋ねる、使える様に成る魔法の中に氷の魔法は有るか?」
「はい、一言に魔法と言うより、属性の有る魔法を選択したら、ですが」
「つまり魔法だけで戦うハンターは複数種類の魔法を選択しているのか」
エミリーの言葉に納得して考え込む。
幾つかの問題さえパスすれば良い方向に向かうかも知れない。
雪が駄目なら氷の魔法で閉じ込めてやれば恐らくは……。
「リュート様? リュート様?」
「ああ、済まない考え事をしていた」
「考え事、ですか?」
「ああ、新しい商売の種を考えていた」
「成功すると良いですね、リュート様」
「俺一人では不可能なのが問題なんだがな」
苦笑してエミリーに笑い掛ける。
本当にあれこれ余計な事ばかり考えつく頭だと我ながら思う。
慌てず、必要な時に必要な札を切れる様にしておくだけで良い。
そうこう考えている内にそれなりに時間が経過したらしい。
ドアがノックされアンが戻ってくる。
アンに続いて湯気を立てる瓶を抱えた女の子達がゾロゾロと入ってくる。
そのまま浴室に直行してバスタブにお湯を移していく。
「1、2、3……6人か、エミリー今日も頼む」
そう言って銀貨6枚をエミリーに渡す。
「リュート様、多いですってば……」
「構わないさ、俺が居る内は、な。ああ、それと追加分は幾らだ?」
「リュート様が良いと言うのでしたら……。はい、銀貨3枚です」
「分かった、あのワインは料理に合う時には一緒に頼む、俺も気に入った」
ワインと桃の代金の銀貨3枚をエミリーに渡す。
「リュート様、エミリーさんお風呂の用意が出来ました」
「ああ、今行く」
浴室に移って鎧下の上下を脱ぐ。
裏返しに広げて内側の汗を手拭いで拭う。
「リュート様、新しい服ですか?」
「ああ、服と言うより防具なのだがな」
いつも着ているチェインメイル以上の防刃性能が有る事を説明する。
拭い終えた鎧下をインベントリに仕舞ってバスタブに寄る。
「次々強いモンスターと戦っていくと装備の更新は必須だからな」
「私には分かりませんが、リュート様の狩りのペースが早過ぎる気がしますが……」
「その指摘はされたのだが、狩り以外日中する事が無いのがな……。この部屋を定宿にしたからのんびりしたり休む日にゴロゴロしていて良い場所が出来たが」
アンが驚いた様に話に参加してくる。
「え? リュート様もしかして朝起きて慌てて出て行くのは、追い出されてると思っていますか?」
「ん? いや追い出されてるとは思わないが…」
「他の方は昼過ぎまで居座る方は珍しくありませんよ?」
「あ~、そう言う物だと思ってた」
正直、朝起きたら出て行くのがルールだと思っていた。
実の所、時間制限の類は無いらしい。
慣習として昼には出て行く決まりが有る程度。
同時にギリギリまで相手を求めると嫌がられ、悪質だと出入り禁止にされるらしい。
「ですから、無理なペースで狩りに行く必要はありませんよ、リュート様」
「ああ、迷惑に成らない範囲でゆっくりさせてもらうよ」
バスタブ脇のお湯が入った瓶の前に立ち、二人にお願いをする。
「湯に浸かる前に、バスタブの外で体を洗って欲しい」
どうにもこの中世西洋風のバスタブで体を洗うと言う習慣に慣れない。
見えないとは言え、自分の体の垢が浮くお湯に浸かるのは気が進まない。
二人は短く返事をすると左右から湯を掛けてから、濡らした手拭いと無患子の粉で洗われる。
甘酸っぱい香りを振りまいた泡が全身の汗と汚れを洗い流していく。
その場に屈んで髪も洗ってもらう。
誰かに髪を洗われるのは無防備で、そして心地が良い。
俺の場合、目を閉じているから余計に視覚異常を遮断出来る事も有るかも知れない。
でも、ドット絵。




