恐怖の深淵、その色
「アルケオン 第二章 感情の色を探して」
彩葉たちの活躍から、十年――。
世界は大きな戦乱もなく、静かな平和を取り戻していた。
日本・大阪府大阪市。
その街に、一人の守護者が存在していた。
イラストから生まれた守護者――ユズ。
絵を描くことを愛する彼女は、
しかしひとつの欠落を抱えていた。
それは――
“色で感情を表現できない”こと。
どれだけ描いても、そこに宿るはずの“想い”が分からない。
色が、ただの色にしか見えないのだ。
そんなある日、ユズは一体の想霊と出会う。
苦しみの上位想霊――
感情体「サファリング」。
感情から生まれる存在である彼女は、
ユズの“欠落”に興味を抱く。
そしてユズもまた、
“感情とは何か”を知るため、彼女と共に歩むことを決める。
タブレット端末を手に、
二人は旅に出る。
喜び、怒り、悲しみ、愛――
さまざまな感情から生まれる“想霊”を探すために。
これは、色を知らない守護者が、
“感情の色”を探し出す物語。
そして――
世界に隠された、新たな異変へと繋がる物語でもあった。
神奈川県の夜。
至上教と名乗る二人組を撃退した後——
その場には、静かな空気が戻っていた。
(すみません、取り乱してしまいました……)
フィアーの声は、どこか落ち着いていた。
(ううん、大丈夫だよ)
ユズは優しく返す。
サファリングが、ふと思い出したように言う。
(ん、そうだ、フィアー……感情石をユズに見せてくれない?ユズは感情の色を探してるの)
(そうなんですね……えぇ、いいですよ。では)
(はい!)
ユズはフィアーへと手を伸ばす。
触れた、その瞬間——
意識が、落ちる。
暗い。
どこまでも、暗い。
足場も曖昧なまま、落ちていく感覚。
やがて——
コツン、と。
地面に足がついた。
見上げても、何もない。
見渡しても、何もない。
ただ——
中央に、一つの台座。
そして、その上に浮かぶ宝玉。
恐怖の色をした——感情石。
(さぁ、触れて)
ユズは、一歩、また一歩と近づく。
手を伸ばし——
触れた。
——その瞬間。
「やめてくれ……来るな……!」
「暗い……怖い……誰か……」
「死にたくない……死にたくない……!!」
「音がする……どこから……どこから……」
「助けて……助けて……助けて……」
無数の声。
叫び。
震え。
絶望。
それらすべてが——
ユズの中へ、流れ込んでくる。
(っ……!)
息ができない。
心臓が、締め付けられる。
足がすくむ。
逃げたい。
怖い。
怖い。
怖い。
「やめてぇぇぇぇぇ!!!」
ユズの意識が、崩れかける。
その時——
(ユズ)
(ユズ!)
(しっかりして)
三つの声。
サファリング。
プライド。
フィアー。
(恐怖は……逃げるものじゃない)
サファリングの声が、静かに響く。
(見なさい……それが“恐怖”よ)
プライドの声が、導く。
(それでも……感じてください……)
フィアーの声が、優しく包む。
ユズは——
震えながらも、目を閉じなかった。
怖い。
それでも——
知りたい。
すると。
恐怖の声たちが、少しずつ変わっていく。
ただの絶望ではなく——
「生きたい」
「逃げたい」
「守りたい」
恐怖の奥にある、“願い”。
(……これが……恐怖……)
ユズは理解する。
恐怖とは——
ただの負の感情ではない。
生きようとする、本能。
その瞬間——
世界が、戻る。
「……はっ!」
ユズは現実へと戻ってきた。
少し息を荒くしながらも、しっかりと立っている。
「ユズ、大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
ユズは、ゆっくりとうなずいた。
そして——
タブレット端末を取り出す。
指を動かし、描き始める。
暗い背景。
揺らぐ影。
その中心に立つ、小さな少女——フィアー。
恐怖を纏いながらも、どこか静かな存在。
やがて——
「……できました」
ユズは画面を見せる。
フィアーは、それを“見る”ことはできない。
だが——
(……綺麗……ですね……)
その声は、確かに感じ取っていた。
(恐怖なのに……優しい……)
ユズは少し照れながら笑う。
(ありがとうございます)
そして、少しだけ真剣な表情になる。
(……あの、フィアー)
(はい……?)
(さっきみたいな人たち……また来るかもしれません)
サファリングも静かに続ける。
(ん、だから……少し警戒して)
プライドも肩をすくめる。
(面倒なのは嫌だものね)
フィアーは、少しだけ間を置いて——
(……わかりました)
静かに答えた。
別れの時間。
ユズは一歩下がる。
(それじゃあ……また)
(えぇ……また)
その時——
「じゃあ、私はついて行くわ」
プライドが、あっさりと言った。
「え?」
「気まぐれよ。面白そうだし」
サファリングはため息をつく。
「……ん、好きにして」
ユズは少し驚きながらも——
「よろしくお願いします、プライドさん」
プライドは楽しそうに笑った。
「えぇ、よろしくね」
こうして——
旅は、新たな仲間を加え。
再び、動き出すのだった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




