報告
執務室の扉を閉めると、空気が一段と冷たく感じられた。
机の上には、スタンピード調査の報告書が広げられている。
だが、その中心に書くべき内容は、常識では説明できないものだった。
クラウスは深く息を吸い、筆を取る。
●報告書
「遺跡地下にて、魔物の異常集中を確認。
その中心に、単独行動中の少年冒険者(名:リオン)を発見。
周囲には魔物の死骸が多数存在したが、少年に外傷はなし。
現場には強い“聖属性反応”が残留しており、魔物が恐怖反応を示した形跡あり。
少年本人は力の自覚がなく、危険性・利用価値ともに不明。
よって、当面は帝国騎士団長クラウス・ヴェルナーの監督下に置くことを提案する。」
筆を置いた瞬間、クラウスは眉間を押さえた。
「……危険性、か」
書類上はそう記すしかない。
だが、実際に目の前で見た光は、破壊ではなく“守護”の力だった。
椅子にもたれ、クラウスは静かに目を閉じた。
リオン──いや、あの少女は、
魔物を焼き払うような攻撃の光ではなく、
自分を守るためだけに、淡い光を放った。
それは、誰かを傷つけるための力ではない。
「……危険なのは、彼女ではなく、彼女を利用しようとする者たちだ」
教会、王国、冒険者ギルド。
どこも“聖女”の力を欲しがる。
あの光を見た者がいれば、必ず狙われる。
クラウスは拳を握った。
「彼女を公にすれば、奪い合いになる。
ならば……私が守るしかない」
報告書には書けない本音だった。
ノックの音がして、副官が入ってきた。
「団長、例の少年について……本当に保護下に置くのですか?危険性があるなら、拘束すべきでは?」
クラウスの瞳が鋭く光った。
「拘束は不要だ。彼は……いや、彼女は脅威ではない」
「……彼女?」
副官が目を見開く。
クラウスは短く頷いた。
「詳細はまだ伏せておく。だが、彼女を傷つけるような真似は、誰にもさせん」
その声音に、いつもの冷静さとは違う熱が宿っていた。
副官は息を呑む。
「……了解しました。団長がそこまで言うなら」
クラウスは報告書を閉じ、静かに言った。
「彼女は私が預かる。
帝国のためでも、騎士団のためでもない。
……彼女自身のためだ」
クラウスは報告書の末尾に、短い追記を加えた。
「危険性は未確定。
しかし、保護対象として扱うことを強く推奨する。」
それは、騎士団長としての最も穏当な表現だった。
だが実際には──
「彼女を誰にも渡さない」
その決意が、すでに胸の奥で静かに固まっていた。




