リオネッタ
薄暗い地下へ落ちていく一瞬、私は声を上げることすらできなかった。
喉が固まり、息が詰まり、ただ視界が揺れていくのを見ているしかなかった。
石の床に背中を打った衝撃で、肺の奥から空気が漏れる。
痛みはあったが、叫ぶほどではない。
私はいつも通り、静かに息を整えた。
上から、戦士たちの声が聞こえる。
「……荷物持ち、落ちたぞ」
「どうする? 助ける?」
「いや、いいだろ。足手まといだし」
私は目を閉じた。
驚きも怒りも湧かなかった。
こうなることは、どこかで分かっていた気がする。
彼らは私を見ていない。
“リオン”という名の、非力な荷物持ちの影だけを見ている。
私が何をしてきたか、何を与えてきたか、誰も気づいていない。
石壁に手をつき、ゆっくりと身体を起こす。
暗闇の中、冷たい空気が肌を撫でた。
上から聞こえる足音が遠ざかっていく。
そのたびに、胸の奥で何かが剥がれ落ちていくようだった。
――ああ、そうか。
私は、見捨てられたのだ。
それでも、涙は出なかった。
泣くほどの価値を、私は彼らに見ていない。
ただ、静かに立ち上がる。
足元は不安定で、荷物の重さが肩に食い込む。
けれど、動けないほどではない。
暗闇の奥へと視線を向ける。
どこかへ続く細い通路が、かすかに口を開けていた。
――進むしかない。
誰も助けてくれないのなら、自分で歩くしかない。
それは昔から変わらないことだ。
私はフードを深くかぶり直し、静かに一歩を踏み出した。
その瞬間、胸の奥で微かな光が揺れた気がした。
自分では気づかないまま、私はまた“加護”を発動させていた。
誰のためでもなく、ただ生き延びるために。
リオネッタは、帝国でも王国でもない小さな辺境領で生まれた。
その血筋は古く、代々“祝福をもたらす者”として知られていたが、力はあまりにも淡く、本人が自覚できるものではなかった。
- 生まれつき身体が弱く、よく熱を出した
- しかし周囲の人間はなぜか怪我や病が軽く済む
- 家族はそれを「リオネッタの優しさが守ってくれている」と信じていた
彼女の力は、幼い頃からすでに“他者を強くする”方向に働いていた。
リオネッタが十歳の頃、教会の一派が彼女の存在に気づいた。
「奇跡を起こす子がいる」
「触れただけで病が癒える」
「あれは聖女の器だ」
噂は瞬く間に広がり、彼女の家は監視されるようになった。
家族は恐れた。
聖女は“国の道具”にされる。
自由は奪われ、心も身体も消耗していく。
その未来を避けるため、家族は決断した。
「リオネッタは死んだことにしよう」
彼女の髪を切り、男物の服を着せ、名前を変えた。
その日から、彼女は“リオン”として生きることになった。
男装は、ただ身を守るためだけではなかった。
荷物持ちという立場なら、誰も自分に興味を持たない。
だからリオネッタは、必要以上に話さず、目立たず、ただ静かに存在を薄めて生きてきた。
生き延びるために、彼女は冒険者パーティーに紛れ込んだ。
戦えない。
魔法も使えない。
ただ荷物を運ぶだけの存在。
それでよかった。
リオネッタがそばにいるだけで、パーティーは強くなった。
彼女の加護は無意識に発動し、彼らの力を底上げしていた。
だが、誰も気づかない。
リオネッタ自身も気づかない。
そして、彼女は見捨てられた。
リオネッタは、自分が何者なのかを知らない。
暗い長い道をただただ歩いていく。




