荷物持ち、見捨てられる
薄曇りの朝、森の奥にある古びた遺跡は、冷たい気配をまとって静かに沈んでいた。
その入口で、ひとりの“荷物持ち”が黙々と縄を結び直している。
痩せた指先は慣れた動きで、余計な音ひとつ立てない。
彼女──いや、周囲の誰もが“彼”だと思い込んでいるその人物は、フードを深くかぶり、表情を隠していた。
パーティーの戦士が舌打ちしながら言う。
「おい、荷物持ち。もっと手早くしろよ。男のくせに非力なんだよ、お前は」
返事はない。
主人公はただ、静かに頷いたように見えるだけだった。
魔法使いが鼻で笑う。
「ほんと、なんで連れてきてるんだっけ? 戦闘じゃ役に立たないし、荷物も重そうに持つし。足手まといじゃない」
「まあまあ。せめて荷物くらいは持ってもらわないとね」
僧侶が軽く笑いながら言うが、その目に温かさはない。
私は何も言わない。
言葉を返す必要も、価値も感じていなかった。
ただ、彼らの背にそっと視線を落とす。
その瞬間、空気がわずかに揺れた。
気づく者はいない。
周囲に、淡い光が生まれては消え、パーティー全員へと染み込むように広がっていく。
筋力が増し、反応速度が上がり、魔力の巡りが滑らかになる。
幸運すら、彼らの肩にそっと降り積もる。
それは、無意識に発動させている**強力な加護**だった。
だが、誰も知らない。
彼女自身すら、その力の正体を理解していない。
「よし、行くぞ! 今日こそこの遺跡の主を倒してやる!」
戦士が胸を張って進み出る。
その背中は、主人公の加護によって軽く押されていることに気づきもしない。
私は静かに荷物を背負い直し、誰よりも遅れて歩き出した。
その足取りは弱々しく見えるが、彼女の存在こそが、このパーティーの“強さ”の源だった。
そして、この日を境に──
彼らは初めて、主人公のいない戦いを経験することになる。
その意味を、まだ誰も知らなかった。
遺跡の奥へ進むにつれ、空気は重く湿り、魔物の気配が濃くなっていった。
パーティーは緊張しながらも、いつも通りの調子で敵を倒していく。主人公の加護が、彼らの動きを自然に整えていた。
だが、深部に差しかかったとき、突然、床が沈むような音が響いた。
「……っ、罠か!」
石畳が崩れ、主人公の足元だけが大きく落ち込んだ。
荷物の重さに引かれ、彼女の身体はそのまま暗い穴へと滑り落ちる。
「……!」
声にならない息が漏れたが、助けを求める叫びは上がらない。
私はいつも通り、静かに手を伸ばしただけだった。
だが──
「うわ、危なっ……! おい、荷物持ちが落ちたぞ」
戦士が覗き込むが、その顔に焦りはない。
魔法使いが肩をすくめる。
「どうする? 引き上げる? でもロープもったいなくない?」
僧侶がため息をついた。
「戻って助ける時間が惜しいよ。ボスまであと少しなんだから」
戦士はしばらく考えるふりをしたが、すぐに面倒くさそうに言った。
「……まあ、いいだろ。荷物は重いだけだし、戦力にもならねぇしな」
魔法使いが笑う。
「むしろ軽くなって助かるよね。あいつ、男のくせに非力だし」
僧侶も同意するように頷いた。
「帰り道で余裕があったら拾えばいいんじゃない?」
三人はそれだけ言うと、まるで何事もなかったかのように背を向けた。
私の手は、まだ穴の縁に向かって伸びていた。
だが、その手を取る者はいない。
足音が遠ざかる。
加護の光が、彼らからゆっくりと剥がれ落ちていく。
暗闇の底で、主人公は静かに目を閉じた。
痛みよりも、胸の奥に広がる冷たい空白の方が、ずっと深かった。




