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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第三章 - 魔法の世界
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秩序の汚染

「あまり気を落とさないでください。精霊への適性は訓練によって伸ばしていけるものですから」


 ルークは僕を気遣うようにそう教えてくれた。


「でも僕、ほんとに秩序を乱す気なんてなくて……。そもそも〝汚染〟を起こした心当たりもないんですが……」


 僕が今までしてきたのは、モノを吸い込んだり取り出したり、それだけのはずだ。結果的にそれによって来襲者を撃退していたとしても、彼女の説明を聞く限りそれが秩序に離反する行為なのかは分からない。

 ワトチョがこちらに疑いの視線を向けているのを、僕は密かに感じ取っていた。


「……彼が嘘を仰っているようには見えません。アルドマリア様、そもそも彼が魔術を使い出してからまだ半年も経っていません。〝汚染〟はそこまで急激に進行するものではないですよね? そうでなければ我々が持つ四属信仰の思想に説明が付きません」

「その通りです。不思議ですね……」


 アルドマリアは困った顔をしながらワトチョの問いに答えた。

 人の善悪と精霊の善悪は異なる。

 言い換えれば、人として善良な心を持つ者だとしても、精霊の〝汚染〟は起こり得る。仮に些細な〝汚染〟によって多大な親和を失うのであれば、世の中に四属の魔術を扱える者は少数派になっているはずだ、というのがワトチョの考えだった。


「それに彼の契約者は《灼焔(メギュラス)》ですよ。火の精霊・アラギイェルへの適性を引き継いでいるはずです。それは一体どこに消えたというのでしょう」

「うーん……わからないです。ごめんなさい……」


 アルドマリアは力になれないことを申し訳なさそうに、完全に萎縮してしまっている。


「ワトチョ、そこまでにしておきましょう」


 興奮気味のワトチョを、ルークが制止した。


「お勉強の方針に関してですが、一般的なもので問題ないと思います。せっかくなのでお勧めの本を紹介しますね。ついてきてください♪」


 会議室を出て壁沿いに進むと、職員だけが利用できる倉庫のような部屋がある。そのさらに奥にある未使用の部屋を改築し、アルドマリアはそこに居住しているらしい。

 そして長い年月をかけて精霊の〝汚染〟について研究しているのだそうだ。


「ここで少し待っていてください」と彼女は言って、そそくさと自室の奥に行ってしまった。


「うう……大精霊様の私生活、覗いてみたかった……」

「ワトチョ、目的を見失っていますよ」


 ワトチョという男もまた、学生時代には精霊分野に関する研究に没頭していたらしい。彼女に執心するのも仕方のないことかもしれなかった。

 アルドマリアはすぐに戻ってきた。


「申し訳ありません、図書館に寄贈したのを忘れていました。こちらにタイトルのメモがあるので、探してきてくれませんか?」


 彼女はにこやかにそう言って、ワトチョにメモを手渡した。


「……随分な量ですね」

「手分けして探しましょう」


 僕も彼らについていこうとしたが、アルドマリアに手首を掴まれて止められた。


「アンドーくんは、少しお話ししておきたいことがあるのでこちらにどうぞ♪」

「あ、はい」


 促されるままに部屋に入る。

 綺麗に片付いた、女の子らしいパステルを基調とした部屋だった。あまり物色するのも失礼な気がするが、それ以外に目のやり場がない。窓の外から宝石を用いて外の光を集めているようで、部屋の中はほのかに明るい。


「適当な場所に座っててください。今お茶を出しますね」

「ありがとうございま――え?」


 全身に緊張感が走る。たった今僕の耳に届いたのは、扉の鍵を入念に閉める音だった。


「えへへ。あなたと二人でお話がしたくて、嘘をついちゃいました♪」


 彼女は向かい側に座って、僕のことをじっくり観察しながらそう言った。


「う、嘘とは?」

「本は実は部屋にあるんです。ただ、あなたの能力に関して、彼らの耳には入れない方が良いと思いまして」

「それって……」

「精霊への適性を失ってしまうほどの〝汚染〟を一度に起こす方法を、私は本当は知っているんです。あなたの中にいる、ヴェルくんも知ってると思いますが……そろそろ姿を見せてほしいなあ?」


 右腕がざわついた。


「あの……あなたとヴェルガって一体どういう関係なんですか?」

「先生と生徒、ですよ。ヴェルくんがこんなに小さい時に、わたしが先生をしてたんです〜」


 彼女の手振りから察するに、小学生くらいか。


「えっ、ちょっと待って。ヴェルガが教え子? てっきり逆かと」

「ヴェルくん会いたいなー。ほんとに死んじゃったと思ってたのよ?」

「なんかヴェルガがあなたに呼ばれるたびに右腕が疼くんですけど……」

 

 彼女はにこやかな表情のまま、しばしの間を黙った。


「……そうだ! 少しアンドーくんのチカラを見せてください。ヴェルくんと同じ能力が使えるんですか?」

「ヴェルガが居る場所と接続してモノを吸い込んだり出したりできるだけですよ……」

「基礎的な空間魔術に似ていますね。それでヴェルくんを召喚できますか?」

「……わかりました」


 ――やめろ。会いたくない。


 意識外のどこかから、ヴェルガの声が響いた。

 そんなことが出来るなら、普段から助言をくれればよかったのに。ほんの少しの憤りが、僕のためらいを払い除けた。


 開けた場所に右腕を向けて、念じる。

 現れた《白窓》は回転を始め、ヴェルガを召喚しようとした。……が、結果はナロウの前でもやった時と変わらない。

 ヴェルガが出されないように踏ん張っている。この根比べに僕は勝てないのだ。


「はーい、少しそのままでお願いしますね♪」


 アルドマリアが僕の前に立ち、そう言った。

 そして何をしでかすかと思えば、彼女は自身の右手を《白窓》の中に突っ込んだ。彼女の手は窓を貫通していない。不可逆のはずの〝次元の通路〟に干渉している。


「ぐああ……」


 遠くから悲鳴が聞こえてきた直後、ヴェルガが襟元を掴まれた状態で引きずり出されてきた。


「やっと会えた〜。久しぶりね、ヴェルくん?」

「はぁ、はぁ……殺す気か……。老人に無理をさせるな……」

「大きくなりましたね。旅立ってから一度も手紙をくれなかったんですもの……心配した日々もあったんですよ? しくしく」

「ぐっ……重力が強すぎて腰が……」


 本当に彼が伝説なのか疑問に思ってしまうくらい、ヴェルガの姿は悲惨なものだった。

 床に這いつくばって、ぷるぷるしている。考えてみれば彼が数百年もの間とどまっていた『アリュート』ではあらゆるものが浮かんでいた。つまり無重力のような空間だ。

 そんなところから降臨すれば、自分の体重を支えるのもやっとな状態になってしまうのも頷ける。


「……大丈夫?」


 心配になり、思わず僕は声をかけた。哀れなものを見る眼差しを向けながら。


「侮るな……。たとえ身体を起こせなくとも、その気になればこの森を消すことくらいは出来るぞ……。だから起きるのを手伝え……」

「とりあえずソファーに運びましょう♪」


 アルドマリアはヴェルガの物騒な物言いなど気にも留めずに彼との再会を喜んでいる。ある意味残酷だ。

 僕は渋々ヴェルガに肩を貸したが、彼の腕は細く、触れただけで折れてしまいそうなくらいだった。


「ヴェルガ、しばらく俗世に出て運動したほうがいいんじゃない?」

「余計なお世話だ。調子に乗るなよ若僧。『アリュート』の維持にどれだけの神経を使うと思っている……」


 ヴェルガは肩で呼吸しながら、ソファーに全体重をかけて休んでいる。もはや彼に対しては恐怖心も抱かないくらい、親しみを感じていた。


「うわ、その口の悪さリュードにそっくりだ……。やっぱ同じ血が流れてるんだなぁ」

「はぁい。喧嘩はめーっ、ですよ? 時間もないですしアンドーくんのことについて話しましょう」

「ちいっ……」


 アルドマリアがそう言うと、ヴェルガは不満そうではあるが黙った。


「まず、アンドーくんの精霊に対する適性が無くなってしまった件について、ヴェルくん老師の見解をうかがいましょうか」

「老師……――まあ良い。こやつは先日、魔法(・・)を使った。自分もろとも巻き込んだようで、当人は何も覚えていないがな……」

「まあ、魔法を? 素晴らしい才能です!」


 ――あかん。

 心の中に警報(アラート)が響く。このアルドマリアという女性、ミヤちゃんみたいに何でもかんでも褒めてくれる。

 僕は全国的にみてもチョロい男なので、これでは簡単に籠絡されてしまう。気を強く保てと、自身に言い聞かす。落ちるぞ、雷が。


「……魔術と魔法って違うものなんですか?」

「フン、そんなことも知らんのか」


 魔術は新時代の知見を得たほうが良いと抜かして教育放棄したのは何処のどいつだ?


「ヴェルくん?」

「ゔっ……。魔法とは局所的に世界の理を書き換える――つまりは秩序を壊す魔術のことだ……」

「少し一例をお見せしますね。手のひらを見せてくれますか?」


 僕は言われた通りに彼女に手を見せた。

 彼女が手をかざすと、白く小さな魔法陣が浮かびあがる。そこから手のひらサイズのダイヤモンドが転がり落ちて、僕の手の上に乗った。


「おお……」


 僕は宝石の美しさに目を奪われるが、それはすぐに光の粒になって霧散していった。


「このように、術者が解除することで消えてしまうのが魔術です。実体化していたものは黄色い光になって消えましたね。この光は精霊さんが元いた場所に戻る時に発するものだと言われています」


 つまり、精霊たちを元素に見立てれば、魔術を行使する前と後で質量の総量が変わっていない、ということだ。

 よって秩序は保たれており〝汚染〟は起こらない。


「まさか……魔法で同じことをすれば本物の宝石が作れるんですか?」

「そうですね。魔法を使うにはすごーくたくさんの魔力や、すごーく強い意思がいるので、私には到底できませんが……。才能のある人が、キラキラした宝石がすごーく欲しい! と願えば、あるいは……」

「……お金の匂いがしてきました」

「うふふ♪ 誰もが考えることです。でも簡単ではないですよ。魔法で作ったものは魔法で壊さない限りこの世から消えません。美しい宝石が作れたら、永遠の価値が約束されるようなものです」

「この世から、消えない……」


 魔法の力が秩序を壊す力だという理由が分かった気がした。


「精霊の均衡は何があっても保たれるようになっています。ですから、地の力で魔法の宝石を生み出すと、行使に用いた分だけ地の精霊さんが増えてしまいます。すると、他の三精霊から反感を買ってしまうんです……」

「それもまた〝汚染〟に繋がるわけか……。しかも一気に、三種も……」


 要約すると〝汚染〟には二つあるということだ。

 一つは精霊の性質を強い力で捻じ曲げて、術に対応する精霊への親和を削りながら独自の魔術を行使する行為。

 もう一つは魔法によって世界の均衡を崩して、術に対応しない三種の精霊を失望させる行為。


 頭の中で整理すると、ある不穏な可能性が生まれてしまった。

 僕は全ての親和を失っている。つまり、この二つの〝汚染〟を同時にやってしまったのではないか、と。


「みなまで言うまい……」


 ヴェルガの呆れ具合から察するに、僕の予想は正しいのかもしれなかった。


「ヴェルガ……もう一度詳しく教えてくれ。僕はあの日、何をしたんだ……」


 今更になって、事実の矛盾によって欠落した記憶の真相が――他でもない自分自身が行使した力が、僕は恐ろしくなってしまった。


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