歴史から外れた者
「一つの運命を乗り越えたと、以前話しただろう」
ヴェルガは落ち着いた様子で説明を始めた。
「……ニコンが死ぬ未来を回避したことが、秩序に離反する行為だったと?」
「それしか考えられまい。人類が滅びようとも、それが摂理に基づく現象であれば精霊たちは干渉しない。そこにいる〝高位精霊〟のように守護者としての大きな権能が与えられることはあるがな――」
アルドマリアは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「もうっ。私のことは先生と呼ばなきゃダメでしょ〜?」
「ふん……。もはや立場は逆転していそうなものだが」
「小さいときは先生と結婚するって言ってくれてたのになぁ……。悲しいです……」
「…………聞き間違いであろう」
彼が老人でなければ一発殴りたいところである。……が、今は堪えた。
「……でも、適性を失っていても僕の魔術は以前と変わらず使えるのはなんでだろう」
「全ての魔術が四精霊を媒介する訳ではないからな。魔力だけで完結する現象であれば扱えるのだろう」
「おおっ、それを聞いて少し元気出た!」
「出来ることなどたかが知れているがな」
「何で上げて落とすん?」
現実世界に現れたヴェルガは『アリュート』の時よりもずっと性格が悪いように思えた。よぼよぼのくせに。
身体が重くて不機嫌なのだろうと、渋々自身を納得させた。
「精霊への適性は正しい心で練習を続ければ向上するものですから、少しずつ頑張っていきましょう。ゆっくりでいいですからね♪」
「はい。ありがとうございます!」
それに比べてアルドマリア様はなんとお優しいことか。女神というものが仮に存在するのなら、彼女のような人物のことを言うのだろう。
大精霊として選ばれるのも頷ける話である。地の精霊は、バブみのある女性が好みなのだろう。実に良い趣味をしている。
「おい。もう良いだろう。元の場所に帰せ」
「ええ〜。一日くらいうちでゆっくりしていけばいいのに……」
「耐えられん。『アリュート』は魔法ではなく魔術で創られた空間だ。維持に膨大な力を使うし、まだ次の未来も視えていない」
「そうですか……。残念ですが忙しいのなら仕方ないですね。また会いに来てくださいね、約束ですよ。先生はヴェルくんのこと忘れませんから」
ヴェルガは何も応じず、僕に《黒窓》を展開するように促した。
「――……精霊など、滅びてしまえ」
去り際に彼が吐き捨てた言葉は哀愁に満ちており、何故だか彼を責め立てようという気持ちは湧き出てこなかった。
「捻くれすぎだろ……」
「お気になさらないでくださいね。ヴェルくんが本当は良い子なのは分かっていますから……」
彼女は物悲しそうに笑みながら、それまでヴェルガがもたれかかっていたソファに腰を下ろした。
彼が居た場所を一度撫で、過去の余韻に浸っているように見える。
「あいつの過去に何があったか、知ってるんですか?」
「……あの子は魔術の天才でした。それでいて誰よりも負けず嫌いで……彼が英雄になるのは必然だったと思います。でも歴史は、彼が英雄になるのを拒みました」
「歴史が、拒んだ?」
「世界が求める英雄は、ヴェルくんのような政治的に制御の効かない暴力ではありませんから……。あの子は確かに世界を救おうと行動していましたが――多くの文献ではこの一文だけが綴られます」
――かつての大魔術師・ヴェルガ=レクシリアは、暴虐非道な戦争犯罪人である。
「そんな……」
「彼のことが書かれた本は無条件で禁書となり、焼却処分になりました。この大図書館も例外なく、あの子のことについて詳しく記された書物は公的に存在しません。私のように長生きしてる方でも、うんと調べなきゃ真実には辿り着けないでしょうね……」
中にはそんな謎多き人物を神格化して英雄視する者もいるのだろう。
罪人か、英雄か。
どちらが彼の本質であるかは定かではないが、僕がこれまで接してきて思うのは、アルドマリアが言うように彼は悪人ではないだろうということだけだ。
真実はいずれ本人に語らせれば良い。それくらいの資格が僕にはある。
「僕は随分と凄い人と、繋がりを持ってしまったわけだ……」
「アンドーくんには心から感謝しています。もう二度と会えないと思っていた人に、こうして会わせてくれたのですから。とても不思議な巡り合わせを感じます♪」
後に知ることになるのだが、大精霊である彼女からの感謝や信頼には、少なからず適性を回復させる効果があるようだった。
その事実により、彼女との関わりはより深まっていくことになる。
*
しばらくして、本を見つけられなかったルークたちは内容の近いものを厳選した上で戻ってきた。単独行動に飽き、合流したのだろう。ルークの背後からはククリがひょこっと顔を出した。
「すみません……職員に尋ねても解決に至らず……。指示された本は見つかりませんでした」
ルークは申し訳なさげにそう言うが、騙しているのはこちらの方である。後ろめたいが無駄足だったとは思われたくないので、彼らには黙っておくことにした。
代わりの書物を探してくれていたことには感謝しなければなるまい。
かくして準備は整った。異邦の魔術師としての長き道のりが、この時始まったのである。




