大精霊・アルドマリア
別室に併設された会議室は、何の変哲もない机だけが置かれただけの部屋だった。
魔術師たちが時々利用し、多様な議論を交わしているのだそうだ。
ルークは虚空に魔法陣を浮かべ、その中に腕を入れて筒状に丸められた紙を取り出した。そして机の上に大きく広げた。
「これから行うのは、アンドー様の精霊に対する親和性の検査です」
「親和性……ですか」
「四属の精霊に対する適性とでも言えるでしょう。私たちのように〝鑑定士〟の資格を持つ者が、自身の適性と比較して、相対的に数値を算出します」
数値の高い低いを問わず、四属の適性値が均等である人間が〝鑑定士〟という職業に就けるらしい。
考えるまでもなくそんな者は極めて稀で、この世界では将来安泰を約束された職業の一つだそうだ。ただし、めちゃくちゃ忙しいらしい。
「なんだかファンタジーらしくなってきたな……」
「ははは、私たちにとっては貴方の存在こそ不思議なものです。診断役として立ち会えたことを光栄に思いますよ」
「……緊張しますね」
ルークが魔法陣に手を添えると、白かった紙が七色に煌めきだす。やがて魔法陣の中に四色に染みた領域が出来あがった。赤、青、緑、黄――それぞれが、いずれかの属性に対応しているのだろう。
「さあ、貴方も私と同じように、私の正面から魔法陣に手を添えてください。そして深呼吸しながら、指先から魔力を流し込んでみてください」
僕は頷き、深く息を吸って目を瞑り、言われた通りに魔力を流し込んだ。
心の何処かで、なんかすごい結果が出るかもしれないと、淡い期待を抱きながら。
「……んん? 妙ですね」
そう疑念を吐露したのは、ワトチョだった。
ルークは黙ったまま、しかし眉間に皺を寄せて想定していない事態の把握をしているように見える。
「アンドー様、失礼ながら魔力の扱い方はご存知でしょうか?」
「えっ……。正式に習ったことはないですが……」
「たとえば、この世界の一般的な家宅にある電灯は魔力の流れに応じて点灯と消灯を交互に繰り返します。それを使ったことはありますか?」
「はい。毎日のように」
「感覚としては、それと同じです。この魔法陣を電灯に見立てて、軽くで良いので魔力を注いでほしいのです」
「……やってるつもりなんだけど」
ここまで来ると、何か嫌な予感しかしない。
「……順序を変えましょう。ワトチョ、水晶玉を」
「は、はい!」
ワトチョは背負っていた鞄の中から古めかしい木箱を取り出し、開けた。
その中にはガラスのように透き通った玉が大事に仕舞われている。
「アンドー様の魔力量を測定させていただきます。この水晶に魔力を注ぐと、その量に応じて光量が変化します。無理をなさると意識障害が起きることがありますので、少しでも眩暈を感じたらすぐに手を離してください」
「わ、わかりました……」
僕は恐る恐る、机に置かれた水晶に触れた。
すると水晶が眩い光を放ちはじめる。ワトチョは感嘆の声を漏らした。
どうやらこちらの検査は滞りないようで、僕はほっと一安心。安堵の息をつく。
「あっ」
反して、ルークは危機感に満ちた声を虚しく響かせた。
直後、阻止する間もなく水晶玉にヒビが入って粉々に砕け散った。
「…………」
部屋に募る沈黙。ワトチョもルークも茫然と口を半開きにしている。
「合格ですか?」
気まずいのでキメ顔を作って訊いてみるものの、よもや意味不明である。
「と、とりあえず怪我はないですか? 魔石の水晶玉って壊れるんですね……かなり高品質のものをご用意していたのですが……」
「魔導具が魔力によって壊れるなんてあり得るんですか? ていうか、この損壊の責任の所在は……」
ルークとワトチョは状況判断に努め、みるみるうちにその表情は青ざめていった。
冷静になればなるほど、事態の深刻さを理解してしまっている。
「魔力量に関しては問題は無いようです。……正常値ではないですが」
「しかし本来、ヒトの持つ魔力量と精霊への適性値は比例関係にあります。……が、アンドー様はいかなる精霊への適性も持っていません。《灼焔》と契約関係にありながら。明らかにおかしなことですよこれは!」
「ワトチョ、落ち着いて。そういった例外を想定したからこそ、この図書館を訪れたのですから」
その時、扉をノックする音が部屋に響いた。
ワトチョが返事をして扉を開くと、そこには小柄な女性がいた。
「大きな物音がしたので様子を見にきたのですが……大丈夫ですか?」
女性はにこやかに問う。しかしこれまで感じたことのないようなざわつきが、僕の右腕で起こっていた。
まるでヴェルガが、彼女の存在そのものを強く警戒しているかのような。
「おお、貴方は……大精霊アルドマリア様ですね!」
僕は驚きを隠せなかった。確かに彼女からはただならぬ雰囲気を感じる。国の衣装とは違った煌びやかなドレスを身につけ、背には宝石のように白く透き通った結晶が、翼を形づくるように六つほど浮かんでいる。
しかしその背は僕よりも低く、大人びた雰囲気はあれど年齢は僕よりも若いだろう。サチュリやククリのことを考えても、慣れない感覚である。
「まあ、大変! 水晶玉が粉々に……お怪我はありませんか?」
彼女は部屋の入り口から、粉々になって机上に散乱した水晶玉に向けて手を伸ばした。
すると破片の一つ一つが宙に浮かび上がり、一点に集中するように合体していく。一つになった水晶が強い光を放ったかと思えば……水晶玉を元通りに復元してしまった。
「おお……」
僕たちは感嘆せざるを得なかった。素人目線で見たとしても、彼女のその振る舞いがあまりにも高次元なものであることは理解出来た。
「お初にお目にかかります、アルドマリア様。魔術省より馳せ参じました、ルークと申します。こちらからお訪ねさせていただくつもりだったのですが……お手を煩わせ申し訳ございません」
ルークは深く頭を下げ、謝罪した。
「うふふ、気にしませんよ。そちらの方は……最近話題の異邦人さんですね?」
「あ、は、はじめまして! アンドーと申します!」
僕はひどく緊張していた。まともに女子と会話をしだしたのは大学に入ってからだし、彼女の言葉には一つ一つの語尾にハートマークが付いているように聞こえる。この声は間違いなく人間をダメにする。
それと格好が良くない。綺麗なドレスであることに間違いはないが、ここで暮らす人はほとんど厚着だったこともあり、今の僕には少々刺激が強かった。背丈の割に発育の良い胸元に視線を吸い寄せられる。
「外にいた子といい、今日は珍しいお客さんが多いですね。楽しい一日になりそう!」
外にいた子とは、ククリのことだろう。会議室に入る前に、ククリは面白そうな本を探すと言って別行動をとっている。
「アルドマリア様、我々魔術省はアンドー様に魔術の指南をするべくここをお訪ねしました。方針に関して、貴方から何か助言を頂ければと」
ルークはこれまでの経緯を彼女に説明した。
精霊との親和性が異常に少ないこと。
反して魔力量が異常に多いこと。
「それは《地界》の方の特徴……というわけではないでしょうか?」
「このようなケースは前例がなく、なんとも言えません……」
「私も調べてみましょう♪」
そう言うと彼女は小さな両手で僕の手を取り、目を瞑った。
「うおっ……」
「うふふ、緊張しないで。私の手に魔力を流し込んでみてください」
言われた通りにすると、常ににこやかだった彼女の表情が少し曇った。
「何か分かりましたか?」
「この魔力……なんだか懐かしい感じがします。アンドーくん、只者ではないですね?」
「これは口外しないでいただきたいのですが……彼は《灼炎》と契約しており、異空間がヴェルガ=レクシリアの居る場所に通じているらしいのです」
ワトチョが語るのは口外を禁じられている内容である。
ルークは呆れたように注意したが、どうやら彼女には隠しておく必要もないようで、渋々それを許した。
「まあ、ヴェルくんと!」
「…………ヴェルくん?」
僕の右腕が、より一層ざわついた。
「それは魔力が多いわけです〜。アンドーくんはヴェルくんと同じ能力が使えるんですね。素敵です」
「あの……ヴェルガのことを知っているのですか?」
「もちろんです。だってヴェルくんは――……」
その時、僕の右手から《黒窓》が勝手に発動して、何かを吸い込んだ。
彼女の声が遮られて聞こえない。僕はすぐに察した。ヴェルガが『アリュート』から、彼女の声を吸い込んだのだ。発動が止まると、彼女は再び言葉を発せるようになっていた。
「ふふ、恥ずかしがり屋さんなのは相変わらずですね。お元気そうでよかったです♪」
「あいつ……」
彼女とヴェルガに何らかの接点があるようだが、結局詳しく知ることはできなかった。
しかしヴェルガは数百年近く『アリュート』に身を潜めている。そんな彼のことを知っているとなると、彼女も同程度の年月を生きていることになる。この底知れぬ包容力にも頷けるというものだ。
「一つ、精霊さんについてのお勉強をしましょう」
アルドマリアは人差し指を立てながら、本題を切り出した。
「魔術の大原則として、精霊さんは悪い心を持つ人には力を貸してくれません。でも、精霊さんたちは意思こそあれど知性を持たない存在です。では、精霊さんにとっての〝善と悪〟ってなんだと思いますか?」
「秩序が維持されるか、ですよね」
アルドマリアの問いかけに、ルークは迷いなく答えた。
「はい、正解です。精霊さんたちは神様の決めた秩序に従って、術者に力を貸すかどうかを決定します。でも、秩序を脅かす力は絶対に使えないのかというと、そういうわけではありません。精霊さんたちを圧倒するほどの〝強い意思〟や〝膨大な魔力〟を行使することで、精霊さんたちの認識を歪ませることができます」
「有名な例が《三魔帝》の一角を担う《剛雷》の力ですね。どの精霊の力を借りてもあんな禍々しい雷を呼び起こすことはできないでしょう」
アルドマリアは頷く。
「そのように精霊さんの平穏を乱してしまうことを、私たちは〝汚染〟と呼んでいます。〝汚染〟を起こして得られる力は強大ですが、代償として本来持っていた精霊さんとの親和を失ってしまうのです……」
「え……? それってつまり……」
「はい。アンドーくんは何か悪いことをして、精霊さんたちに見放されてしまった可能性が高いと思います……」
「えええーっ……」
僕は悲しみに打ちひしがれて、床に膝をついた。
それもそのはず、僕にはこれっぽっちも心当たりがないのだから。




