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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第三章 - 魔法の世界
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少女の瞳に映る過去

 しばらく後に、サリエルがククリの家へと帰って来た。ニコンはそれに気付くと、思わず硬直してしまった。

 いくら敵意がないと言えど、サリエルから発せられる魔力は強大だからだ。しかも、本人はどこか浮かない顔をしている。何かあったのかと、ニコンは不安になり、息を飲んだ。


「あぁームカつくのう!」

「ひぃ……! ど、どど、どうかしたのッ?」


 緊張のあまり、ニコンの声は裏がえる。目の前にいるのは、十どころか百の歳月を生きていると言われる魔術師だ。見た目こそ自身よりも幼いというのに、その声色はどこかぎこちない。


「いや……こっちの話じゃ。安藤はしばらく大丈夫じゃ。安心せい。ただ――」


 サリエルは腕を組み、一呼吸おいて溜息を吐く。


「……兵士長ラヴィルが、何者かに連れ去られた」

「え……?」


 それまで、自身の父親とラヴィルを重ね、物思いに(ふけ)っていたニコンは、必要以上に驚いてしまう。


「得体のしれん魔力の流れを感じて、まさかと思ってラヴィルを追ったんだがのう……。(わらわ)が着いた頃には、だーれもおらんかった。どこを探してもおらんし、連れ去られた」


 黄金色をしている筈のサリエルの眼の片方が、蒼穹の色になっている。今もなお何らかの魔術を使っているのだろう。しかし、その雰囲気から彼女が苛立っているのは、火を見るよりも明らかだ。

 余計な事を言わないように――そう意識して、ニコンは「そう!」と一言告げた。

 だがそれは逆効果だったようで、サリエルは魔術を発動したままニコンを一瞥する。


「ひぃ……」


 その時、こちらに向かう小さな足音が部屋の外から聞こえてきた。そして部屋の扉を開けたのは、ククリだ。


「…………いたんだ」


 部屋を一通り見渡して、ククリはただ一言そう放った。

 目の前にいるのが誰か分かってるのかこいつ。

 ニコンは心の中で泣きながらそう叫ぶ。


「……ニコンよ。妾はぬしら――《ノア》に手を貸した魔界人(ネビュレステル)を許してはおらん。だが、ぬしには頼まねばならん事がある。安藤を『タリュカス』にいるサチュリの若造に引き渡せ。妾は少しやらねばならん事があるらしい……」


 サリエルは己の魔術で、世界中を見渡す。山奥の集落から、荒野の一点、森の中の入り組んだ木の陰まで。千里眼の如きその力は、ようやく目的のそれを捉える。


「あ、あたしが……?」

「――見つけた」

「え」

「確かに伝えたぞ。ではな」


 ニコンは返事をする事が出来なかった。緊張もさることながら、転移の魔術で消えていくサリエルの背には、底知れぬ殺意が宿っていたのだ。


 サリエルは転移魔術の光に包まれて消えた。急激に身体が軽くなったと、ニコンは錯覚する。


「なんでどいつもこいつも、強いヤツは玄関から入ってこないのかしら……」


 胸をなでおろしながら、ニコンは呟いた。


「……まだ、目、覚めない?」

「ええ。ていうかコレ、何なのよ?」


 安藤を囲む白い繭のようなものは、所々光を反射して柔らかい虹色に光っている。手を触れても、物質に触れる感覚はなく、少しひんやりとしたその繭の中に入ってしまう。少し手を伸ばすと、安藤の身体に触れた。


「……風」

「かぜ?」

「かんたんな治療をしてる」

「……よく分かんないわ。そんだけの魔術、一体何処で学んだのよ」


 ニコンは面白くもない家庭教師から魔術を教わった。それでも槍が眠る異空間の形成くらいしか出来ない。学校に通おうとした頃には、世界はそれどころではない悲劇に見舞われていた。


「……わかんない」

「分かんないって……」

「記憶が、ないから」


 ククリは悲しそうな顔をしながら、そう明かす。同時に、部屋の灯りが徐々に弱くなっていく。充填された魔力が枯渇したのだ。ククリはすぐに電灯に書かれた刻印に手を触れ、魔力を補充した。再び部屋は明るくなる。


「そう、なんだ……。……なんか、ごめん」

「ううん、いいの。今、三魔帝(トレイズ)の人が居たけど、何かあったの?」

「ラヴィルが失踪したらしいわ。それを追ったんじゃないかしら。アンドウはもう大丈夫だって」

「……よかった」

「ラヴィルの心配はしないのね……」

「あの人、ヒロキ虐めた。この部屋壊した。許せない」


 ククリの言う通り、今居る部屋は魔術によって床や壁の至る所が歪んでいる。この国の樹木は岩よりも硬いと言われているし、修復にはそれ専門の助けが必要になるだろう。


「……ニコンは違うの?」

「うーん、複雑ね……。確かに恐ろしいヤツだったけど、あいつは子供のために地界(イールス)に帰ろうとしてた。すごく必死そうな顔して、ね」

「……?」

「普通だったら、三魔帝(トレイズ)相手に手出しはしないわよ。きっと、それだけ家族を愛してるの。何か、それに感化されちゃった」

「ニコンも、家族を愛してる?」

「……ええ。愛してるわ」


 ニコンは地球に転移する前――世界の破滅が始まったあの日のことに想いを馳せながら、そう答えた。



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