奪還 - Ⅰ
* 安藤 視点 *
いつの間にか、《ノア》の搭乗員を乗せたバスは首都高へと合流し、夕暮れの中を走っていた。
未だ覚醒しきってない目を覚ますために、あくびをしながら軽く伸びをする。
秋夢は、座席の手すりに肘を立て、ボーっと外の景色を眺めていた。
何か話題は無いかと考えているうちに、僕が目を覚ました事に気付いていたようで、秋夢の方から話しかけてきた。
「……起きたんだ」
「うん」
「どうするん、これから」
「んー、どうするかな……ネカフェで適当に時間潰すだけになるかも」
日曜日には再び東京駅の指定された場所へ集合する手筈になっている。
彼らから逃げ出して、実家に帰ることも考えたが、首に装着された装置にどういう機能があるのかわからない。
位置情報を送信されて、家族や友人まで巻き込むのは避けなければならない事だった。
遊園地での惨事を思い出す。
僕が銃に撃たれて意識を失うまで、ミヤちゃんに怪我はなかったはずだ。
彼らの目的は僕とサチュリだけだったようだし、艦体にサチュリがいないことから彼女は実力で逃げ切ったのだろう。
万が一、彼らがミヤちゃんに危害を加えていたのなら、僕はそれを絶対に許さない。
「家はこっちじゃないの?」
「静岡県の浜松市に住んでる。せめて携帯だけでも確保しないとな、親に連絡すらできねえ」
秋夢は自身の荷物からボールペンと小さいメモ帳を取り出して、何かを書き出し、それを僕に手渡した。
「こ、これ……。わた、私の電話番号だから……困ったら連絡して、どうぞ……」
「おお、ありがとう」
確かに《ノア》には理不尽に加入させられたし、未だに敵意もある。
それでも、信用できない人間がいないわけではなかった。
その一人が秋夢だ。しかし彼女は、神楽の手伝いで艦内で勤務をし、それも今日で終わりと言っていたはずだ。
なのになぜ、首に僕と同じ装置を付けているのか、疑問に思って訊いてみた。
「…………」
彼女は答えを出し渋っているようだった。もしかしたら地雷を踏んだかもしれない。
「ごめん、答えられないのなら答えなくていいよ」
「……たぶん、私は騙されていたんだと思う。神楽ちゃんは……私を家に帰す気は元々無かったみたい。実家の写真を出されて、脅された」
それは、僕がされたことと全く同じだった。
そう告げた彼女の声は震え、今にも泣きだしそうだった。
何とかして、助けられないものだろうか。
たった今、全速力でこちらに向かっているサチュリの力で、艦内を制圧することは出来ないのだろうか。
……あれ。
なんで今、僕はサチュリの位置と、直線的な距離がわかったんだ。
もう一度、サチュリの事を思い浮かべた。
今、どこにいるのかを考えながら。
すると、彼女との大雑把な距離が、感覚的に掴めた。
やはり近づいている。それも尋常じゃない速度だ。高速道路を走るバスよりも速い。
僕は秋夢がいる事を気に留めることもなく、席から身を乗り出して窓の外を見た。
まだその姿は見えない。でも、確信があった。
「……来る」
「へ、何が……」
秋夢は突然の事に驚いた様子で一緒に窓の外を覗く。
それと同時に、ビルの向こう側から見えたのは一機のヘリコプターである。
「うっわ……。なにあれ……めっちゃ低空飛行してるやん……」
「あそこにいる……。サチュリ!」
ヘリコプターは僕達の上空を旋回するように飛んでいた。
一体誰が操縦しているんだろうか。僕の知人にはヘリコプターを操縦できる人物はいない。
ヘリコプターの駆動音が一段と大きくなったと思った矢先、バスの天井裏に、どすりと鈍い音が響いた。
バスの乗組員も不可解な現象に疑問を感じているようだ。
ヘリコプターは飛び去り、再び束の間の静寂に車内は包まれた。
だが、その静寂もすぐに破られることになる。
突然、轟音と共にバスの天上が、下向きにへこんだ。
一発ではなく、何発も音が鳴り響き、とうとう天井から細い拳が見え始めた。
「ぬおりゃあああ!」
外から、懐かしささえ感じる声が響き――
とうとうサチュリは、天井を突き破り車内に侵入してきた。
「――無事か、アンドー!」
「お前……一体どうして!」
車内は突然の出来事に騒然としていた。
バスに乗っていたのは殆どが戦闘能力を持たない管轄の人間だったし、戦闘部隊の一人かと思われる人物も状況の判断が出来ていない様子だった。
「話は後だ。脱出するぞ」
どうやって、と考えさせる間も無く、サチュリは僕を担いでバスの上へと戻る。
肌にぶつかる風に今にも吹き飛ばされそうだった。
後続の車の運転手は、茫然と僕達の姿を見ている。
「全く……私の身体能力はどこまで落ちたんだ」
彼女はそう呟きながら、高速で走行するバスから跳躍した。
視界に映るのは、黒くて硬いコンクリートの地面。
触れた瞬間、僕達の身体は慣性に飲まれ吹き飛ばされる――そう考え、半ば死を覚悟した上で目を閉じた。
『――顕現せよッ! 〈リバロザイン〉!』
突然、サチュリが叫んだ。
すると、彼女の手が煌々と輝き出し、両端に刃の付いた深紅の槍を形成していた。
先端は二又に分かれ、猛牛の角のような曲線を描いており、その穂は人の命を刈り取る形状をしている。
そしてその槍は、水中で強引に炎を燃やそうとするかのように、ゆっくりと霧散していく。
「振り落とされるなよアンドー!」
サチュリは魔力を放出させながら、その槍を壁面に突き刺した。
もちろんそれでも慣性は働き、僕達は壁を抉り取りながら十数メートルも流される。
幸いにも無傷で地面に降り立ち、サチュリの槍は赤い光となってあっという間に虚空に消えていった。
「ハァ……さすがに、疲れるな」
肩から息をしながら彼女は呟く。
どうして僕の位置が分かったのだろうか、些か疑問だったが、僕が乗っていたバスはそのまま走り去る。
「お前、まだ東京にいたのか……」
「ああ。ミヤも、ダニエルも居るぞ」
サークルの合宿はもう終わって、皆地元に帰っているかと思ったが、帰ったのは二、三年生だけらしい。
責任者として飯田さんも残っているらしく、結局迷惑を掛けてしまった、と僕は申し訳ない気持ちになった。
「さて、追っ手が来ないうちに行くぞ」
「行くってどこへ……」
サチュリは笑みを浮かべながら振り返り言った。
「新しい、アジトだ」
***
僕達は人混みの中を歩いていた。
道行く人々は、自身の黒いドレスを纏ったサチュリを珍しいものを見る目で見ていた。
写真を撮る者も少なからず居たが、彼女は一切気にせずに先を急ぐ。
「……私の姿はそんなに珍しいのか」
「そりゃね……かなり手の込んだコスプレだと思われてるんだろうけど……」
逆に、それに付き従う僕の方が恥ずかしいくらいである。
「着いたぞ。入れ」
そう言われて顔を上げると、目の前には薄汚れた雑居ビルが建っていた。
手入れはされてないようで、白い壁の所々に細い草の根がこびり付いている。
四階の窓はカーテンが閉めきられていて、何者かが管理しているのは確かなようだ。
扉を開けると、熱のこもった空気が流れてきた。
「エベレーターは動いていない。階段を使うぞ」
「エレベーターね」
「エレベーター」
てっきり階段登り始めるのかと思ったが、サチュリは雑務用具がしまってありそうな、背の低い扉を開いた。
「こっちだ」
中を覗くと、狭い部屋の中にさらに奥に進む扉が付いていた。
その先に、地下へと伸びる薄暗い階段があった。
奥から、冷たい空気が流れてくる。
階段を下り扉を開くと、巨大なコンピューターが並ぶ部屋に出た。
正面に足を組みながら前方のスクリーンを眺める男がいた。
佐伯だ。
椅子を回転させながら、彼はこちらを向いて言った。
「やぁ、よく来たね」
「どうして……あなたが……」
「どうしてって……ここは我々の本拠地だ。サチュリちゃんを《ノア》の目から欺いたのも我々だ。他の子らは、どうしてもって言うから泊めてあげてるがね」
彼は一体何者なんだろうか。
僕達を助けてくれた事には礼を言わなければならないが、得体が知れなさすぎる。
観光会社の従業員というのも嘘だろうし、わざわざ東京の地下にこんなコンピュータールームを用意するなんて、一般人には出来る芸当ではない。
僕は警戒をどうしても解けなかった。
「アンドー、こいつは信用してもいいと思う。私にこの国の言葉を教えたのはこいつだし、ヘリの操縦をしていたのもこいつの仲間……イーダサンだ」
「え……飯田さんが?」
そういえば、先程もサチュリはしっかりと日本語を喋っていた。
「そゆこと。我々《ワイドグラフ》は、八十年後の地球消滅を回避すべく、ここで研究をしているのさ」
「ちょっと待ってくれ! 《ワイドグラフ》って俺たちのサークルの名前じゃないか」
「そう。ある時はとある大学の小規模なサークル、またある時はどこぞのネットゲームのギルドネーム、それまたある時は、世界を救うべく活動する秘密結社……それが我々《ワイドグラフ》さ。
そして私が君に近づいたのは、協力者を得る為だ」
その時、部屋の奥の扉が開いた。
誰だと思いそちらを見るとレジ袋を持った黎達が、部屋に入ってきた。その中にはもちろん、ミヤちゃんもいた。
彼女も僕がいる事に気付き、目を丸くする。
「安藤……くん?」
「……うぃっす、ミヤちゃん」
ミヤちゃんは荷物をその場に捨て僕のもとへ駆け寄った。
そして泣きながら、抱きついてきた。かなり恥ずかしい。
だけどこの時初めて、僕は帰ってきた事を実感出来た。
***
僕は地下室の片隅にあるテーブルで、佐伯から話を聞いていた。
僕が《ノア》に攫われた後、《ワイドグラフ》の一年、飯田さん、佐伯、そしてサチュリは僕を奪還する為の綿密な計画を企てていたらしい。
契約の特性から僕が空に居たことは分かっていたようだが、突入の糸目が無くその計画は中々進まなかったようだ。
そんな時、何者かが僕の携帯にメッセージを残した。
『スイフト・オンラインってゲームが面白いよ!
よかったらあなたもどう?』
というなんの変哲もないどころか、スパムかと思われるような内容だった。
普通なら無視するようなメッセージだが、それがネットワークの監視を潜り抜けて、情報を提供しようとする者からの連絡だと佐伯が気付いたのは、メッセージを受信してから三日後だった。
そのゲームにおけるプレイヤーの物語は、天に囚われた仲間を救出したところから始まる。
加えて、その差出人の名はnaho――ノアのアナグラムだったのだ。
不自然なメッセージの内容を不審に思った佐伯は、ゲーム内で、その“協力者”とコンタクトを取った。
そこから、戦艦が定期的に着陸をするという情報を手に入れ、今日に至ったらしい。
「おそらく、《ノア》のメンバーの中に彼らのやり方をよく思っていない人間がいるようだ。
……それにしても一体何者なんだろうねぇ。まるで傍受の条件を知っているかのような誘導だ」
佐伯は天井を仰ぎながらそう言った。
《ノア》でネットワークに詳しく、僕を助けようとしてくれる人は、一人しかいない。――秋夢だ。
本当は今日で仕事が終わりだった筈なのに、メッセージの意図がバレて軟禁状態にされた可能性もある。
「助けないと……」
僕を助けようと、危険だと知って情報を流してくれたのならば、今度は僕が助ける番だ。
「安藤くん……その首輪、なに?」
横に引っ付くように座っていたミヤちゃんが、僕に尋ねた。
「ああ……これ。出てくる時に着けられたんだけど、どうやら位置情報を送信する機器らしい」
「そうなんだ……ハイテクだね。犬みたいで可愛い」
「それはあまり嬉しくないな」
「首……か。少し不穏だな。飯田さん、調べてみてよ。外さないように」
佐伯は僕の首元を見てそう言った。
「分かりました」
飯田さんはそう言って立ち上がり、怪しげな機械を手に僕に近付く。
雰囲気はいつもと変わらないのに、彼が秘密結社の統括者だとは今でも信じられない。
「ビビらないでいいよ。これは微弱な電磁波で金属機器の構造を知るためのものだ」
彼は手に持った機器を僕の首元に当てた。赤い光線が伸びていて、レジ打ちで用いるバーコードリーダーのような形だ。少し大きいが。
短くピッという音が鳴り、彼は一台のパソコンへ向かった。
「何か凄いですね……技術の進歩というか……」
「ハハ、天界に行ったらこんなの子供の遊びにしか思えなくなるよ」
僕の言葉に佐伯は答えた。
「天界――?」
「あれ、聞いていないか。確かサチュリちゃん達魔界人は、天界と呼んでたかな」
「ああ……。佐伯さんも異世界の方なんですか……」
「いんや? 俺は紛れもなく地球生まれの地球人だよ。魔術なんて使えてたらもっと楽しい事してるっての」
佐伯は溜息を吐きながらそう言った。
その後、飯田さんが佐伯の背後から声をかけ、耳打ちをする。
「……は? マジ?」
佐伯の言葉が部屋に響いた。
こちらを凝視して眉間に皺を寄せている。
「安藤くん」
「……はい?」
「その首輪さ、爆弾らしいよ」
佐伯は淡々と、そう言い放った。




