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平成の魔王  作者: 雪鐘 ユーリ
第二章 - 僕達が生きる世界
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奪還 - Ⅱ

 僕の首輪は爆弾だった。

 心拍数が徐々に上がり、呼吸も荒くなる。

 思考を固めるほどの恐怖の波が、押し寄せてくる。


「嘘だろ……! だって、これ……これ皆着けてたぞ! ふざけんな、まだ死にたくないッ」


 僕達はパニックになっていた。


「まぁ落ち着いて! その首輪は本人の脈拍を検知しているらしい。外さない限りは爆発しない!」


 飯田さんがそう言った。その言葉で皆落ち着きを取り戻し始めたが、それでも事実が覆る訳ではない。


「しかし困ったなぁ。これじゃあ彼を奪還した意味がないじゃないの」

「電磁波での検査で誘爆しなかったのはラッキーでしたね」


 佐伯達は僕がいる事を気にせずに反省会を始めている。

 飯田さんの口からここまで恐ろしい言葉が出るとは思わなかった。

 誰にでも裏の顔はあるということだ。


「安藤くん。協力者に心当たりがあるなら、その子連れて来れないか? 護衛はサチュリちゃんに任せてさ」

「たぶん、出来ると思います……。電話番号聞いてるし」

「オーケー。だが、電話は危険だな。傍受される可能性が高い」

「ちょっと電話番号見せてもらえるかな」


 飯田さんがそう言い、僕は秋夢から受け取ったメモを渡す。

 少しお待ちを、と言って再び彼はパソコンに向かってしまった。


「ありましたよ住所」

「おー、早いね」

「電話番号と住所が顧客データベースの暗号化されてないウェブサービスに登録されてたんですぐに分かりました。ついでに取得した情報はリストにしたので売っちゃいましょう」


 今、ちゃっかり犯罪を目の当たりにした気がするのだが、目を瞑っておいた。

 ネットワークとは恐ろしい物だが、可能な対策を怠る会社がこの世の中にはいくつもある。

 それが最も恐ろしい。一度でも痛い目を見ないとわからないのは、人間の悪い所だと思う。



 こうして僕とサチュリは、電車で秋夢(あゆみ)の自宅へと向かった。

 住宅街を歩いている時、ある事を思い出して彼女に話しかけた。


「そういえばサチュリ」

「ん、どうした」

「未だに痛覚が遮断されたままなんだけど、治すのって自分でも出来んの?」

「出来るぞ。魔力の流れをイメージ出来るならな」

「……魔力って何?」


 それはよくあるファンタジーの世界だと、魔法を使うために消費する原動力のようなものだ。


「あらゆる生命に流れている気運のような物だと思えばいい。視認は出来んがな。

 それを四属の精霊――あるいは、天界人は万物霊(エーテル)だが――それと結合させる事で、初めて魔術が使えるようになる」


 サチュリはそう言いながら指先に小さな火の玉を作った。

 それは何処かに吸い込まれるように消えていく。


「すげー」

「このくらいならお前もできるはずだ。私と契約したんだからな。誇りに思え」


 サチュリはどうも、自分の事を凄い人だと自負しているようだ。

 魔界(ネビュレスト)のことは全く知らないが、あまり信じる事は出来ない話だった。

 ……見た目で判断すると、だが。


「……私達の住む世界では、精神とはあらゆる精霊の集合だと考えられてるんだ。他者の意識を乗っ取ったり、神経を操作するのは、精神に魔力を流し込んで発動する事になるな。そういうのを魔術って言うのは、最近の若者ばかりらしいがな」

「……なんか急に難しくなってきた」


 それでも尚、サチュリの説明は止まらない。


「憑依の魔術を使うとき、目を合わせるだろ。あれは、互いを認識する事で意識を結びつけて、精神が安定して通り抜ける事のできる道を作るためだ。

 憑依の達人は、そんなことせずに意図した人物に乗り移れるし、魔界(ネビュレスト)の神と知られるアルカも、史実では一度に五百もの軍勢の意識を奪い、戦場を混乱させたらしいぞ!」


 彼女は目を輝かせながら、語っていたが、痛覚を元に戻す糸口は掴めない。

 そう考えていると、突然サチュリが手を握ってきた。

 思わずドキッとしてしまう。


「まぁ、感覚は実際に流した方が覚えやすいだろう」


 すると、彼女の手から何かが流れ込んでくるのがわかった。

 不思議な感覚がする。


「これが、魔力だ。これを自由に扱えるようになれば、お前も魔術師だな。ちなみに感覚操作はかなり難しいからな。自分で出来るように頑張ってみろ」


 彼女は手を離し、パッとしない表情で自身の手を眺めた。


「……どうかした?」

「手汗がひどい」

「知るか!」


 そんな会話をしつつ、僕達は陽射しが照りつける住宅街を進んでいた。



 ***



「ここだな。高松って書いてある」


 僕達は、秋夢の自宅に到着した。

 都心部からは結構離れた所にあるが、小洒落た高級住宅街だ。

 道の中央には樹が一定感覚で植えられていて、それなりに広い道路だが自動車は許可がないと通れないようだ。犬を散歩している人が多い。

 これは子供達にとって遊びやすい環境と言えるだろう。正直、羨ましい。


 僕はインターホンを押し、応答を待った。


『はーい』

「こんにちは、えっと安藤と申します、秋夢さんいらっしゃいますか」

『ちょっとお待ち下さいねー』


 インターホンの向こうからは優しそうな若い声がした。

 玄関の扉が開く。

 中から現れたのは、秋夢の母だった。

 何ということだ。

 彼女はとても若く見えた。

 僕と秋夢の歳の差はせいぜい二つか三つだというのに。

 僕の母と秋夢の母との歳の差は二十くらいあるのではないか、と思ってしまうほどである。


「ごめんなさいね……秋夢、疲れたって言ったまま寝ちゃったのよ。良かったら、上がって待っていてくださるかしら?」

「はい! 是非!」


 サチュリから殺気のようなものを感じたが、これは目的を達する為、仕方のないことだ。

 僕達は家にあがった。


 外観も綺麗だったが、秋夢の家は内部も素晴らしく綺麗だった。

 暖かい雰囲気に包まれた部屋を眺めると、僕が一人暮らししていた部屋こそが異世界なのではないかと思えてしまう程だ。


「もう一度呼んでくるわ。ごめんなさい、折角遊びに来てくれたのに……」

「いえ、そんな滅相も無い!」


 秋夢の母が部屋を出ようと向きを変えた瞬間、アロマの香りが周囲を漂う。

 思わず堪能してしまう自分が気持ち悪かった。

 でも、こんな経験滅多に無いから仕方ない。


「アンドー、気色が悪いぞ」

「知ってる。だけどこれは仕方ない事なんだ。許せサチュリよ……」


 再び部屋の扉が開いた。寝癖の酷い秋夢の姿が見える。

 どうやら起きてきてくれたようだ。


「安藤さん……? なんでここに……!」

「や、やぁ」

「ちょ、ちょっと母上、席を外して。大事な話だわ……」

「はいはい。母上じゃなくてお母さん、ねー」


 ごゆっくり、と言って秋夢の母は部屋を出ていった。


「ごめんね、突然押しかけちゃって……」

「いや、いいけど……」

「悪いけど外で話そう。いいかな」

「う、うん……」


 これは佐伯から言われていた事だ。部屋で話していると盗聴の危険性があるらしく、それを避けるべく僕達は家を出た。


「……隣の子ってまさか」

「あー、魔界人だよ。仲間だから大丈夫」

「サチュリだ。サチュリ=レクシリア。覚えておけ」

「ど、ども……。高松 秋夢です……」


 軽く挨拶を済ませ、本題を切り出した。


「いきなりだけど、このメッセージって秋夢ちゃんが送ったものだよね?」


 僕は携帯に表示された文章を彼女に見せた。


「……違うけど」

「え?」

「私こんなの送ってないよ……」


 予想外な答えが返ってきて戸惑ってしまう。

 確実にそうだと思っていた。違うのなら、メッセージを送ったのは、誰だ。

 それよりも、この場合秋夢は本拠地に連れて帰るべきなのだろうか。


「さ、サチュリ。佐伯さんに判断を煽ってきてくれ」

「わかった」


 サチュリにはあらかじめ専用の回線が通じた携帯が用意されている。

 電波の傍受は可能かもしれないが、その端末の存在自体を知られていないため、その心配は無いらしい。


「……どしたの」

「いや、なんでもない! 少し待ってくれ」


 サチュリはすぐに戻って来た。


「協力する気があるのなら、連れて来いということだ」

「わかった。秋夢ちゃん。大事な話だからよく聞いてほしい。

 僕達は今、仲間を集めてるんだ。君にも、協力して欲しい事があるんだけど……。よかったらどうかな?」

「協力……? 一体何を……」

「それは、分からないけど……恐らく《ノア》の情報を提供して欲しいんだと思う」


 それを聞いた秋夢は少し怯えた表情になった。


「そ、それって……神楽ちゃんを裏切るってこと……? ムリだよ! 私は……家族を、脅されてるんだよ……! 安藤さんもそうなんじゃないの……」


 その言葉は、僕の胸に深く刺さった。

 彼女の言う通りだった。《ノア》に反旗を翻すというのは、つまりは家族に危害を及ぼす事を意味する。

 どうして今まで忘れていたのだろうか。


「そう……だよな」

「……私は、私のやり方でやるから、いい」


 彼女が最後に残した言葉の意味がよく分からなかったが、説得力を失った僕は、収穫も無しに本拠地へと帰る事になった。



 ***



「……んー、どうしたものかな」


 僕は本拠地に帰り、飯田さん達に事の顛末を話した。

 当たりを付けていた人物が協力者ではなかった事、そして秋夢や僕が《ノア》に家族を脅されていた事。


「そもそも、《ノア》は地球の滅亡から人類を救おうとしているのにどうしてそれに対抗しようとするんですか?」

「人類を救う? 冗談はよしてくれ。

 彼らは単純に、逃げようとしてるだけさ、目の前に迫り来る事態にね。地球がどういう原理で消えるのか、それはわからんが……地球を救おうとしているのは私達の方だよ、勘違いしないでくれ。

 我々は別に《ノア》を陥れようとしているんじゃない。単に情報が欲しいだけなんだ。なのに彼らは、事実すらも明かさない。許せないのは、そこだけだ」


 八十年後の事に、なぜそこまで躍起になれるのだろう。

 少なくとも、彼はその時に生きていない。それほど世界のために行動するような使命感の溢れる人物にも見えない。

 しかし、サチュリは彼の事を信用出来ると言った。


「……家族の安全が確保出来れば良いんですけど」

「はぁー。やっぱそこだよなぁ……」


 結局、協力者が誰かも分からず、これからの事も漠然としたままこの日は解散となってしまった。

 僕達の未来に、暗雲が立ち込め始めている気がした。



 翌日。

 ダニエル達は地元に帰った。僕の事を心配してくれてはいたが、これは佐伯の提案だ。

 これから何が起こるのか分からないし、それに彼等を巻き込みたくないため、僕もそれに同意した。


 今後の方針は『ニヴェルヘイム』に居ると思われる“協力者”を見つけ出す事だ。


「サチュリ、もう一度魔力を流してくれないか」


 僕はサチュリに頼んで、魔力の制御の練習に時間を費やす事にした。

 魔力の流れはうまく認識出来るようになっていたが、彼女が言った“魔力を指の先に放出させるイメージ”というのは、どうもしっくりこなかった。


「それが出来なきゃ何も出来んぞ」


 彼女に言われたその言葉が悔しくて、何度も制御に励んだが、うまくいくことは一度もないまま日が暮れてしまった。


 今日の二一時に『ニヴェルヘイム』へと向かうバスが出発する。

 首元の爆弾をどうすることもできない現状、僕はそこへ戻る他なかった。


「私もアンドーと行く!」とサチュリが言った。

「残念だけど、それは駄目だ。今はルーナちゃんが居ないからね、こちらの防衛が手薄になってしまう」

「ふざけるなサエキ! せっかくアンドーと合流出来たのに、また離れろというのか!」

「そうだよ。君は別の行事に協力してもらいたいんだ――」

「断る! アンドーは私の恩人だぞ。こいつは私が守らねばならない!」


 憤慨するサチュリをよそに、佐伯はやれやれと溜息を吐いた。


「それは、果たして君の本心なのか? それとも契約とか言う呪いなのかな」

「何だと?」


 ――契約者は、互いを命をかけて護らねばならない。


 これは契約者に掛かる制約の一つだ。

 本来、半ば自己中心的な行動が多いサチュリが、他者のために行動を起こそうとするのは確かに違和感がある。

 だけど、このまま口論が続けばサチュリは佐伯を殴り飛ばしかねない。

 その証拠に彼女は拳を握り震わせていたのだ。


「……サチュリ。俺は大丈夫だから、佐伯さんに従ってくれ。首輪外して、協力者を見つけたらすぐに戻って来るさ」

「く……なぜアンドーまで……」


 サチュリは恐ろしい程の力を持っている。

 それを使えば『ニヴェルヘイム』の戦闘員が何人来ようが対抗出来るのかもしれない。

 だけど、彼女を連れていったら、それこそ離ればなれになってしまう――そんな予感がしたのだ。


 それに、何時までも若い女の子に頼っていたら、男がすたるだろう。

 昔から、僕は強くなりたかった。

 どんな力でも良いから、誰かを守れる力が欲しかった。

 もちろん、そんな都合の良い強さが、努力も無しに手に入る奇跡など、この世の中では起こり得ない。


 結局その願望は、ネットゲームの仮想世界に向き、中学校、そして高校生活の大半を無駄にした。


 だけど今僕は、非現実的な世界(げんじつ)に足を踏み入れている。

 そして、そこに一つの可能性を見出していた。

 再び、力に対する欲望が芽生えていたのである。それを、摘む訳にはいかない。


 その意思は僕の背を強く押してくれたのだ。


「行ってくるよ、サチュリ」

「……わかった。気を付けろ」

「おう!」


 時間が近付き、僕は再び『ニヴェルヘイム』へと向かう。



 ***



 その頃『ニヴェルヘイム』に、一人の男が到着していた。

 ラフなシャツを着た男は鼻唄まじりに入口へと向かう。


「……はぁ、やっと着いたか。

 とうとう帰って来れたよ、黒崎 神楽(かぐら)――」


 男の呟きは、虚空へと溶け消えていく。

 彼の通った道には、倒れ伏して動かない警備員が何人も散らばっていた。

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