第7話 赤いオーガ
俺たちがゴブリンやホブゴブリンを相手にしている間、他のパーティーも掃討作戦を開始していた。
魔物の巣は焼け野原となり、その数はどんどん減っていく。
掃討作戦の完了は時間の問題に思えた。
だが、順調に見えた戦況は、ある一体の魔物の出現によって一変する。
「俺の寝床を荒らすのは、誰だ――」
冒険者たちが残り約三割の魔物を片付けた頃、その魔物は姿を現した。
「赤いオーガか……特殊個体の可能性が高い。全員、警戒を怠るな」
冷静に判断したのは、Cランクパーティー〔紅の騎士〕のリーダー、マルコだった。
オーガといえば通常、ゴブリンやホブゴブリンと同じ緑色がほとんど。マルコが特殊個体と見なしたのも当然だった。
「お前たちが、俺の仲間を殺したのか。」
しかし、その言葉とは裏腹に、オーガはこの世界の弱肉強食という摂理を理解していた。
仲間が死んでいくことなど、オーガにとっては大した問題ではなかったのだ。
オーガの胸にあったのは、仲間を殺した者への恨みではない。
狂気じみた戦いへの渇望――ただそれだけだった。
「ユナ、今すぐ魔法を撃て!!」
ゆっくりと歩み寄ってくるオーガに耐えきれず、マルコは魔法士のユナへ緊急の合図を送った。
「はい!『ウィンドカッター』!」
ユナが放ったのは、この依頼でほとんどの魔物を一撃で仕留めてきた風魔法。
しかし、風の刃は赤いオーガの厚い皮膚に傷一つつけられなかった。
「何なのよ、こいつ……」
マルコは眉をひそめるが、声には冷静さが失われていない。
「やはり特殊固体だ。だが特殊固体だからといって無敵ではない。 必ず、どこかに弱点があるはずだ」
冒険者としては中堅クラスのマルコだが、長年の経験が彼に冷静な判断力をもたらしていた。
「ジン、今すぐ戻ってレイヴンに報告しろ。俺たちは時間を稼ぐ。」
もうすぐ引退だと思っていたが、この戦いが最後になるかもしれない。
20年間ともに戦ってきたコールマンと目を合わせ、まだ若く未来の長いユナとジンを、命を賭してでも逃がす覚悟を共有した。
「待ってください、マルコさん。奴は危険です。ユナの魔法が通じなかった。俺たちが相手できる相手ではないかもしれない。」
「だから、時間を稼ぐんだ。」
コールマンがマルコに並び、オーガを迎え撃つ体制を整える。
「行くぞ、コールマン。」
「ああ。ユナも行け。」
「相手はBランクの魔物の特殊個体ですよ!」
「わかっている。だから、俺とマルコで時間を稼ぐんだ。」
Sランクを目指して冒険者を志した。
しかし気づけば、同期はランクを上げ、あの街を出ていった。才能の差を思い知ったあの日から俺たちは、危険を最小限に抑え、依頼をこなしてきた。
それでも、俺たちには一生を冒険者として過ごしてきた矜持がある。
「ジン、ユナを頼んだぞ。」
後ろを振り返らず、マルコはユナをジンに託した。
ジンとユナは二人の背中と言動から、覚悟を感じ取り、助けを呼びに行く決意を固めた。
「話は終わったか。」
赤いオーガは、剥き出しの刃のような牙が生える大きな口をニヤリと開いた。
「先へは行かせない。」
「才能はなかったが、経験だけは積んできた。」
「戦えれば何でもいい。」
赤いオーガが地面を蹴り、二人に飛びかかる。
――カーーンッッ!
オーガの拳の一撃を、コールマンが盾で受け止めた。
大振りの攻撃を止められたことで隙が生まれた。
すかさずマルコが斧を振り下ろすが、オーガは難なく反応し、口で斧を捕らえて噛み砕いた。
武器を失ったマルコを標的に切り替え、オーガはコールマンの盾を足場に飛びかかる。
『土魔法・アースウォール』。
斧を噛み砕かれてから標的が切り替わるまでのわずかな間に、魔法を構築した。
マルコとコールマン、そしてオーガの間に土の壁が立ち、距離を取ることに成功する。
この一瞬のやり取りにすら、死の可能性がひしめいていた。
アースウォールは音を立てて崩れ去った。
砂煙の中、不敵な笑みを浮かべた赤いオーガがゆっくりとこちらに歩み寄る。
マルコは深く息を吸い込み、軽くなった斧を握り直す。
コールマンも盾を構え、荒い息を必死に整えながら言った。
「おい、相棒。そんなもんじゃないだろうな。」
「何を言っている。このくらいの死闘、何千と乗り越えてきたわ!」
「そうだのう」
息が上がりながらも、長年連れ添ってきた戦友と共に死ねる喜びを噛み締めるように、二人は笑みを浮かべた。
それはまさしく歴戦の猛者の風貌であり、二人で乗り越えてきた戦場の過酷さと数の多さを物語っていた。
オーガは、明確な身体能力の差を感じながらも、二人の戦闘経験に攻めきれずにいた。
崩しきれない彼らの堅牢な連携を前に、敬意を込めて静かに二人へ向き直る。
オーガは低く唸り声を上げた。
その声には、ただの獣とは違う、戦士としての誇りが宿っていた。
「お前たちやるな」
「お前が相手なら、これまでの戦い、すべてをぶつけてられる。」




