第12話 vs赤オーガ 決着
よし、結構離れたな。ここまでくれば安心だ。
「待たせましたね、赤いオーガ」
「ここから本気で行く」
俺とエリシアはオーガに正対し、構えた。
「俺もだ」
オーガも牙を剥き出しにし、笑みを浮かべながら応える。
風がピタリと止む――それが合図となり、戦いが始まった。
「そーりゃっ!」
エリシアの大振りをオーガは右拳で受け止め、その力で逆にエリシアを後方へ吹き飛ばした。
その隙を逃さず、俺は火魔法を顔面めがけて放つ。
しかし、オーガは左手で矢を受け止め、すぐさまエリシアへ投げ返した。俺は接近しながら、オーガの背後に地雷式の火の拘束魔法を仕掛ける。
エリシアは辛うじて火の槍を弾き返す。
「今だ」
俺は投げの直後の隙を狙い、全力の踵落としを叩き込む――が、受け止められ、逆に接近戦に持ち込まれる。
少し卑怯かもしれないが、こちらは二人。オーガは守りを固め、隙を突く戦法を取る。それが定石だ。
声に出さずとも、心で通じ合う俺とエリシアのコンビネーションは格別。
(エリシア、俺が隙を作る。カバーしつつ、大技を決めろ)
(お任せを)
俺は武術スキルを駆使して攻め立てる。だが手数は優っていても、決定打は与えられない。オーガの経験値は凄まじく、常にこちらを一撃必殺の流れへと誘導してくる。
致命傷寸前――その瞬間、エリシアが割って入る。
(エリシアッ!!)
(はいっっ!)
外から見れば俺たちが一方的に押しているように見えるだろう。実際は、二人がかりでなんとかオーガに食らいついている状態だ。
オーガは、俺の付与魔法の一撃だけは決して受けず、エリシアと俺の連携を防ぐ。
それでも。
戦いの中で、俺には確信が芽生えていた。
ーー俺はもっと戦える。
元々、俺は目が人一倍よかった。
単なる視力の話じゃない。人の動きや癖を捉え、次の行動を読むことに長けていた。
全体を俯瞰し、今どこで誰が何をしているのか、それを頭の中に完全な像として描けるまで、俺はいつも人を観察していた。
スポーツでも同じだ。
上手いやつのプレイを見て盗み、相手の動きを読んで騙す。
そうした八雲の時からの積み重ねが、今、戦場で花開くーーー
オーガと攻防を重ねるうちに、やつの動きが理解できてきた。読めるようになってきた。
なぜあれほどの高速戦闘が可能なのか。
次に、どの動きが来るのか。
それらのイメージが脳内で再生され、体は自然と最適解を選び取る。
前世では不可能だった動きが、今の身体ならできる。この肉体がオーガの動きを見切り、凌駕することを可能とする。
時が経つほどに動きは冴え渡り、ついに渾身の一撃を叩き込んだ。
「エリシア、ここからは俺一人でやる」
「……はい」
主人を危険に晒すわけにはいかない。本来なら、止めるべきだった。
だが、エリシアはただ頷くことしかできなかった。むしろ――見届けたい、と思ってしまったのだ。
主人の戦闘センスを。
たった数分の交戦で、戦闘経験に勝るオーガの動きに完全に順応していくその異常な成長を。
常識では説明できない進化を、彼女は確かに目にしていた。
「……本当に、あなたは……」
その呟きは誇らしさと、わずかな恐怖が入り混じっていた。
この人はどこまで行ってしまうのだろう――。
オーガもまた、ヤクモしか見えていなかった。
牙を剥き出し、口角を吊り上げながら、拳を構える。
もう獲物を見る目ではない。その目には強者が強者を讃える、ただ純粋な闘志が宿っていた。
俺の心臓が爆音を立て、全身を震わせる。
体の奥から力があふれ、血が燃える。
「これが戦いかッ!」
二人の視線がぶつかり、空気が軋む。
強者と強者――互いの存在を確かめ合うかのように。
次の瞬間。
俺とオーガは同時に地を蹴り、稲妻のような衝撃とともに激突した。
左手を後ろに、右手を前に、魔法を唱える。
『火魔法――烈火の短剣・創成』
『火魔法――烈火の長槍・創成』
左手に短剣、右手に長槍。
先ほど、エリシアとの共同でオーガと戦っていた時にも見せた、いつもの火魔法で作った武器、違うのは左手に持つ”短剣”。
重量の乗った攻撃を受けるたび、ヤクモの足場は少しずつ脆くなっていく。
二人の戦いは、さらに激しさを増していった。
オーガの拳を、炎を纏った武器で受け止める。
だがオーガはやけどなど意にも介さず、容赦なく拳を振るってきた。
一撃でも食らえば致命傷。
高まる危機感が闘争心を駆り立て、両者の攻防はさらに加速していく。
「あっ」
ヤクモの足場が滑り、バランスを崩す。
オーガが、その隙を見逃すはずがない。
全力の一撃を叩き込んできた。
ヤクモは咄嗟に反応し、右手の長槍で受け止める。
だが、崩れた体勢では踏ん張りが利かず、長槍は弾き飛ばされてしまった。
「ヤクモ!!」
エリシアの悲鳴をよそに、オーガは勝利を確信する。
そして、止めの一撃を加えようと踏み込んだ、その瞬間――
『付与魔法ーー伸長化』
左手に握った炎を纏う短剣が、伸びる。
オーガが殴打を放とうとしていた左肩へ、深く突き刺さった。
オーガとの一騎打ちが始まった瞬間から、すでに手を打っていた。
火魔法で短剣を作る素振りを見せつつ、背後に回した左手で短剣ホルダーから短剣を抜き取り、密かに炎を纏わせていたのだ。
オーガはそれを炎で作られた短剣だと思い込み、付与魔法の対象外だと判断していた。
付与魔法を使えるのは足だけだと錯覚させ、その一瞬の隙を突いた。
「なぁっ!」
槍が離れた右手の掌底で動きの鈍った拳を払う。
手のひらがオーガに触れる。
『付与魔法ーー重量化』
付与魔法・重量化は、現段階では重量を1.05倍にするだけだ。
だが、ヤクモとオーガのような洗練された戦いにおいて、その僅かな差は、致命的だった。
そのまま回転を加え、右足裏でオーガの腹に蹴りを叩き込む。
それと同時に――
『付与魔法ーー重量化』
ヤクモはさらに連撃を加え、重量化の効果を何重にも付与する。。
ひとつ、またひとつと魔力を込めた攻撃がオーガの体に積み重なり、重量が増すごとに足元の地面を押し込んでいく。
やがて、膝から力が抜け、オーガは地面に崩れ落ちた。
その瞬間、周囲の空気が戦いの余韻で震えるかのようだった。
「俺の負けだ…」
その言葉と共にオーガは意識を手放した。
オーガの声には、悔しさと同時に、どこか安堵にも似た響きがあった。
まだ、ヤクモのレベルは低く、火魔法の威力も、エリシアほどではない。それでも、戦い方と魔法で格上を圧倒した。
「ヤクモ……」
エリシアがそっと近づき、勝負の終わりを告げる。
オーガの瞳には、勝利の喜びと、戦いを共にした者への尊敬が混ざっていた。




