第9話 月下の弓矢②
エリシア、そっちは大丈夫か?
《大丈夫よ。こいつら、全然強くないもの。》
魔人錬成によって、可能となった念話で、俺たちは心の中で言葉を交わし、再び戦いへと身を投じる。
エリシアの戦鎚を、ググが盾で受け止める。
その隙を突いて、ギギが短剣を振るい、じわじわと体力を削っていく。
そして最後に、ギギの斧で仕留める、双子ならではの見事な連携だった。
だが、エリシアは一切本気を出していないのにもかかわらず、一度もギギの攻撃を受けていない。
余裕の笑みを浮かべながら、双子が想像もしなかった言葉を口にする。
「そろそろ、こちらはケリをつけましょうか。」
「防戦一方のくせに、何言ってんだよ。」
「何言ってんだよ、防戦一方のくせに。」
「そーりゃっ。」
掛け声からは想像できない凄まじい力が込められた一撃が、ギギの盾に叩きつけられた。
それまで様子を見ていたエリシアの強烈な一撃に、ギギは反応できない。
盾は吹き飛び、そのままバランスを崩す。
エリシアの相手ではなかった。
二人の連携の要は、ギギの盾。
その盾を砕かれた今、双子に勝ち目はない。
「こいつ、隠してやがった。」
「隠してやがった、こいつ。」
「生かしていたぶるのは、やめだ。」
「やめだ、生かしていたぶるのは。」
「「殺そう。」」
「私たち初めて意気投合したわね。でももうおしまいよ。」
『雷魔法ーー纏雷』
纏雷――それは、自身の体に雷の負荷をかけることで、代償として【筋力】と【俊敏】を劇的に引き上げる雷の強化魔法。その効果により、もはやエリシアの視界にも映らぬほどの速さを得ていた。
青白い雷光が、エリシアの体を這うように走る。
空気がピリつき、焦げた匂いが漂う。地面の草が弾け、空間が歪む。
ゴオォォ……と低く鳴る雷鳴のような振動が、空気の奥底から響いた。
一歩踏み出すだけで、爆ぜるような火花が迸る。
「速すぎるぞ、ギギ……!」
「ググ、速すぎる……!」
双子は完全に翻弄されていた。
連携も、戦術も、力任せの速度と圧にねじ伏せられ、ただ無力に蹂躙されるばかり。
エリシアの戦闘スタイル。
それは、速さと力、そして卓越した戦闘センスをもって、相手の土俵ごと粉砕するものだった。
「遅い。」
エリシアが呟くと同時に、雷光が金槌を包む。
『雷魔法ーー雷鎚』
雷を纏った金槌が、唸りを上げて振り下ろされる。
ドォンッ――!
眩しぎる稲光が、あたり一面を真昼のように照らし、一瞬で空気が焦げつく。地面が爆ぜ、木々が燃え上がる。
ギギの盾が砕け、ググの足が止まった。
双子の全ての動きが、雷に飲まれる。
轟音。
爆風。
雷の咆哮が、森中に響き渡った。
視界は真っ白になり、風が唸りをあげる。
残ったのは、焦げた大地と、微かに立ち昇る黒煙。
二人は、沈黙したまま動かない。
エリシアは戦鎚を肩に担ぎ、灰色の風の中にぽつりと呟いた。
「……少しやりすぎたわ。」
エリシアはふぅっと息をつき、肩に担いだ金槌から微かに揺れる雷を見下ろした。
「……やっぱり、やりすぎたか。お前だけでも、ギルドに引き渡せば十分だろう。」
エリシアの方を一瞥しながら、俺は呟く。
「ちっ、使えない奴らだ……。だが、こっちもそろそろ終わらせる頃合いだな。」
「ああ。そうだな。」
俺は静かにスキルを発動する。
【自動HP回復】
体内を熱が駆け巡る。トーマスの攻撃でできた傷が、みるみるうちに塞がっていく。
裂けた服の隙間から、再生していく肌が覗く。
「な、バカな……! 何をした……っ!」
俺は一歩、ゆっくりと踏み出す。
その足音に合わせるように、口元だけが笑っていた。
「……手を抜いてただけだ。」
「戦いには、まだ慣れてなくてな。ちょうどいい相手だったよ、お前は」
トーマスの顔から、余裕が完全に消える。
「おかげで、今なら“俺の最高”を出せそうだ。」
最後の一歩を踏み込み、目を射抜くように見据えて言った。
「――だから、お前が死ぬのは……ほんの一瞬だ。」
この戦いでは、あえて封じていた火魔法を、動きに体を慣らした今こそ解放する。
『火魔法ーーファイアアロー』
空気が揺れ、魔力で形作られた火の矢が宙を裂く。
「 大見得切った割に、随分と小物だ。こっちも本気だ!」
大剣の面をバットのようにして、俺の魔法を打ち返してきた。
凄まじいスピードで弾き返されたファイアローが迫ってくる。
水星の小剣に魔力を込める。水星の小剣は、魔力を通すことで刃を水が覆い、一回り大きな水の刃へと変化する。
正直、火魔法を得意とする俺にとっては扱いづらく、魔力の消費も激しい。
だからこそ、露店で安く手に入った代物だ。
水の刃でファイアローを迎え撃つ。ジュワーと音を立てて、ファイアアローは鎮火した。
再びファイアローを放つ。
今度は、大剣を軽く振ってファイアアローを弾き落とした。
その瞬間、彼の顔色が変わった。
「――っ!?」
ファイヤアローの陰に紛れ、俺が右手に持っていた烈火の長槍を、投槍の要領で放っていたのだ。
トーマスの大剣の魔法反射スキルは、確かに強力だ。
だが――あくまで“大剣”である。
動作は大振り。大技の魔法には有効でも、ファイアアローやファイアランスのような小さな魔法には対応しづらい。
最初のファイアアローを反射したのは、ブラフだ。
“魔法は効かない”と見せかけるための。
実際は逆。
小さい魔法ほど厄介。
大剣では弾きにくい。加えて、あの重量では回避も遅れる。
トーマスは慌てて身を捻り、間一髪で回避する。
その動揺を見逃すはずもない。
三度、ファイアアローを放つ。
同時に、トーマスの顔の前で重なるように、左手に持っていた水星の小剣を投擲した。
ファイアアローと水星の小剣が、動揺するトーマスの眼前で衝突する。
弾けた水は瞬時に蒸気へと変わり、白煙となって視界を覆った。
「くそッ、前が見えねえ!」
高速でトーマスの元へ接近する。
『土魔法ーー大地爆発』
そうだよなあ。視界を奪われたお前は、土魔法で全方位を制圧するしかない。
予想通りの選択だ。
地面が蠢く気配を感じた瞬間、俺はすでに空へ跳んでいた。
「レパートリーが少ないんじゃないか、先輩」
『再現――傑物の大斧』
空になった両手に、かつて奪い取った大斧を再現する。
重みが掌に宿ると同時に、俺は真上から急降下した。
落下の勢いをそのままに、刃を振り下ろす。
骨ごと断ち切る手応え。
トーマスの両手首が、遅れて宙を舞った。
「ぐあああぁぁ! ああ!! 手が!!」
『消失』
一瞬で、大剣がトーマスの手から消える。
俺の手の中へと、回収された。
絶叫は途中で途切れた。
あまりの痛みに、意識を手放したらしい。
「……終わったな」
戦いの気配が消えたのを見計らい、近づいてきたエリシアに呟く。
「退屈な相手だったね。さっさと行こう。“例の魔物”がいるよ」
「ああ」
意識を失っているトーマスを、念のため手足を縛って固定する。
二度と暴れられないよう、結び目はきつく、容赦なく。
「……これでよし。」
小さく息をついた俺たちは、再び森の奥――気配を感じる方角へと向かった。
空気がひんやりと重たくなり、ただの“討伐依頼”とは違うものが始まる気配を感じていた。




