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10話 出発

『御子様万歳!』

『御子様万歳!』

『御子様万歳!』


 砦中に響き渡る、『御子様万歳』の合唱。

 神輿に担がれ、練り歩かれそうな熱気が辺りに立ち込めている。


『御子様万歳!』

『御子様万歳!』

『御子様万歳!』


「うーん、うーーーんん、むぅ、やめろーわたしはただのむしょくぅー」


 はっ!

 『御子様』コールにうなされて飛び起きると、そこはわたしが昨日泊まってた部屋だった。

 キョロキョロ周りを見回したけど、誰も居ない。


 ふと、わたしは自分の体を確認する。

 手、ある。

 足、も、ある。

 顔は、大丈夫、へしゃげてたりとかしない。

 …胸は…あれ?どこかに落っことしてきたかな?

 いつも通りだけど…。


「まあまあ、ミンスの旦那だって、無理はさせたくないだろうけど、状況が状況だけに、仕方ないって」


 ノックもなく、突然部屋のドアが開いた。

 部屋に入ってきたビートさんと目が合う。

 わたしの両手は、セーラー服の下にある”はず”の、胸を確かめるように、置かれている。

 ビートさんは、ドアを開けた姿のまま、硬直している。

 わたしも、胸に手を当てたまま、硬直している。


「だからって、カナメはあれだけのことをやって、倒れたばかりなのに。って、ビートさん?どうかしました?」


 ドアの影になって見えないが、エリオルくんの声がした。


 バタン


 ドアが音を立てて閉じられた。


「え?どうしたんですか?」


 エリオルくんの心配そうな声。

 それにビートさんが、言いにくそうに、


「うーん、今ちょっち取り込み中みたいだから、後で来ようか、エリオルくん」


 とか言って、どっかに行こうとする。


「ちょっと待ったああ!なんか勘違いしてないですか!?」


 ドアのところに走っていって、叫びながらドアを開けた。

 数メートル離れたところに、エリオルくんの背中を押しながら部屋から離れようとしているビートさんと、ビートさん越しにこちらを伺うエリオルくんが見えた。


「いや、なんかちょっと、お取り込み中だったみたいだし」

「取り込んでません!一体何と勘違いしたんですか!」

「いやー、スキル創造に味をしめて、カナちゃんのその慎ましい胸を、主人の態度並みに拡張しようとしているのかと」

「だから慎ましいとか言うな!っていうか、してませんよそんなこと!」

「いや、だって、スキル創造試してたときと同じ顔して、胸に手を当ててるからさあ」

「違いますよ!ちょっと確認してただけです!」

「いやいや、カナちゃん、そんな数時間くらいで、自然成長なんてしないから。そんなに気にしてるなら、オニーサンが大きくするの手伝ってあげようか?」

「ガッツリセクハラしてんじゃないですよ!全身全霊でお断りいたします!!!!」


 わたしとビートさんの言い合いを、エリオルくんが、え?なに?セクハラって何?どうしたの?みたいな顔して見てる。


「え、えっと、よくわからないけど、カナメ、体調はもう良いの?」

「体調?」

「覚えてないの?砦を直して降りてきたと思ったら、カナメ、すぐに倒れちゃったんだよ?」

「え、そうなの?よく覚えてなくて、気付いたら部屋に居たから、全部夢だったのか、実は最初のスキル創造に失敗してべちょって潰れた後だったのかと」

「砦は全快したよ!やっぱりカナメはすごいね!」


 エリオルくんが安定の悩殺スマイルを向けてくれる。

 よいのう、よいのう。

 あー、癒やされる。


「でも、その割には、砦の中に兵士さんたちの姿が見えないんだけど」


 砦を直す前には、結構兵士たちが行き来していた廊下は、今はガランとしている。

 たまに、廊下の向こうの方を一人、二人、兵士が通り過ぎることもあるが、それにしても少ない。

 ちゃんともとに戻ったなら、厳戒態勢が解かれてなくても、もう少し居てもいいと思うんだけど。


 あ、ちなみに、何人か見かけた兵士たちは、わたしに気付くと、手を組んで長々とお辞儀をしてから通り過ぎる、なんてことをしてくれている。


「えっと、砦とか、怪我人、アンデッドになった兵士たちは元に戻ったんだけど…」


 エリオルくんが、気まずそうに言いよどむ。

 なにか問題が合ったんだろうか。


「なにか問題が合った?」


 砦は、特に変わりはなさそうだから、もしかして、蘇生した人たちになにかあったのかも。


「えっと、今、砦の兵士たちはね、総出で、アンデッドになってた兵士たちを、掘り返してるよ」

「え…」


 目が点なるとは、このことである。

 元アンデッド兵士たちを、掘り返す?

 頭にクエスチョンマークを浮かべまくっていると、エリオルくんの眉尻が、悲しそうに下がる。

 エリオルくんは、隣のビートさんを見上げる。

 自分では言えないから、お願い。って顔に書いてある。

 可愛いけど、今は不穏な予感しかない。


「あー、カナちゃん、さ。砦と、怪我人はきれいに治して、呪詛もアンデッド化も、ものの見事に直したんだけど」


 うん、エリオルくんもそう言ってた。

 後なにかあったっけ。


「アンデッドたち、自分で半分生き埋めにしたの、覚えてる?」

「…………………え…お…………忘れてたあああああ!!」


 あー、やっぱり、って感じで、ビートさんとエリオルくんが目を合わせる。

 そうだよ、魔物を倒すときに、動き止めようとして、ゴーレムと一緒にアンデッド兵士も地面に埋めたんだった。

 そういえば、アンデッドから元に戻すとき、そのままにしてた気がする。

 しかも、ゴーレムの身動きを止めるために、地面をかなり強固に固めたはず!!


 サーっと、顔から血の気が引く。

 頭の先まで埋まっちゃってました、とか、逆さまに地面にめり込んでました、とかないよね。


「あっ、大丈夫だよ。みんなきれいに下半身だけ地面に埋まってて、無事だよ!ただ、地面がものすごく硬かったから、今砦の兵士たち総出で掘り出してて」

「そっか、よかった」


 ん、良かったんだけど、なにか忘れてるような。


「あっ!ミンスさんとの賭け…」


 時刻はとうのむかしに正午を過ぎていた。







「あーーー、賭けは無効かなあ」

「どうかねー。あれも砦の”被害”としてカウントされるんであれば、ミンスの旦那がゴネれば流れるだろうなあ」

「ですよねえ」

「大丈夫だよ、きっとミンス様だって、そこまでちっさい男じゃ…なくもないと思うけど、えーっと」


 エリオルくんが必死にフォローしようとして、不時着した。


「ミンスの旦那に、何かやらせたいことでもあったの?」

「そうじゃないですけど、次期王様に貸しを作っといたほうが得かなあって思って」

「カナメは何を賭けたの?」

「わたし?わたしは…負けたときは、特になにもない、と思う。元々の掛けも、被害がなければイスズさんが罰せられないかもって流れだったから」

「少なくとも、呪詛の核になった被害自体はほぼなくなったんだから、イスズの処罰はないと思うけど」

「あーあ、あとちょっとだったのになあ」


 わたしたちは話しながら、砦の門に向かっている。

 わたしが気絶したせいで、出発は遅れたけど、元々ほんとに正午にはこの砦を出発する予定だったらしい。

 ミンスさんにわたしを起こすように頼まれたって、エリオルくんが言ってた。


「僕はもう少しカナメに休んでほしいんだけど、今回の襲撃が、バチルダン小国の勇者召喚に関係してるなら、これは斥候だろうからって」

「随分派手だったけど、勇者召喚の効果のお試しって感じだろうな。隣接してる大国の砦を攻めて落とせれば、今後動きやすいんだろ」

「戦争を始めるとき、宣戦布告とかってしないんですか?」

「することもあるし、しないこともあるよ。まあ、不意打ちでいきなりしでかすと、他の国からも目をつけられて自滅するから、たいていは、今からこうこうこういう理由で、おたくを攻撃しますよって宣誓をするね。要求だったり、報復だったりとか、色々あるけど。で、宣誓された相手国側が、条件を飲んだら、そのまま終結。拒否すれば戦争ってところかな。最近は他国同士の交友が盛んになってるから、戦争も減ったんだけどね」

「じゃあ、相手は宣誓する前に、モルガディス王国を攻撃したってことですよね。それなら、周りの国が協力して、すぐに終わったりするんじゃあ」

「んや、それがちょっとな。今回、カナちゃんのおかげで、”自害”したはずの敵兵を捕らえられたけど、ミンスの旦那の取り調べでもバチルダン小国とのつながりは愚か、何にも分からなかったんだとさ」


 ミンスさんの『さとり』で何もつかめなかったのか。


「バチルダン小国に追求したとして、知らぬ存ぜぬで終わりだな。証拠がない」


 ソレは確かに、難しいだろうな。

 さて、話をしているうちに門についた。

 両開きの門を、エリオルくんとビートさんが開けてくれる。




 わたしが外に出ると、一斉に視線が集まった。

 地面を掘り起こしている兵士も、まだ埋まったままの兵士も、わたしを見た瞬間、手を組んでお辞儀をした。

 そんなことしてなくていいから、早く出ようよ!

 私のせいだけど。


「カナメ様!もうよろしいのですか?」


 リーベルトさんが駆け寄ってきて、手を組んでお辞儀をする。

 手を組んで頭を下げるのって、この世界ではふつうの挨拶なのかな。


「ご心配おかけしました。倒れたらしいですけど、よく覚えてなくて。今はなんともないです」

「そうですか。安心いたしました」


 リーベルトさんはそう言って、安心したように笑った。

 そして、


「この度は、我が砦をお助けいただき、感謝の言葉もありません」


 膝をつき、手を組むと、今度は深々と頭を下げた。


「できれば、せめてもう一晩、お休みいただきたいところですが、ミンス様が急がれるそうなので」

「状況は理解してるつもりです。大丈夫ですよ」


 わたしがそう言うと、リーベルトさんは、改めて、申し訳ない、と頭を下げてから立ち上がった。


「ミンス様たちが、あちらでお待ちですので、ご案内いたしましょう」


 リーベルトさんがそう言って歩き出したので、ついていく。

 そして、わたしの中での”本題”を切り出す。


「それより、すみません。わたし、アンデッドになった兵士さんたちを、生き埋めにしたまま放置してしまって」

「はて、なんのことですかな。カナメ様のおかげで、この通り、砦も兵士も、もとの通り完全復活しておりますよ」


 はて?

 どう見ても、生き埋めになった兵士たちは、まだ2/3くらいは、そのままだ。

 それでも、みんな表情は明るい。


「えっと、わたしが足止めに地面に埋めたまま蘇生させてしまったので、お困りでは」

「いやいやいや、ほんとに何を仰っているのやら」


 リーベルトさんのほうが何をおっしゃっているのやら、なんだけど。

 ビートさんをちら見すると、なんとなく事態を察したようで、面白そうにニヤニヤしてる。


「でも、あれ、みんなまだ埋まってるし。全部元に戻す!って息巻いてて、自分でやったことを忘れて放置してて、お恥ずかしい」

「ふむ、カナメ様は、やはり体調が万全ではないようですな。”あれ”は、たった4人の魔道士の襲撃により陥落寸前だった不甲斐ない我が兵士たちの修行のために、カナメ様がわざとあの様にされたのではないですか。お忘れですか?」


 え、そうだっけ。

 わたしそんなこと言ったっけ。

 うーん、記憶があやふやだし、そう言われるとそんな気がしてきた。


 うんうん、って納得しながら、みんなのところに着くと、ミンスさんは地面にしゃがみこんでいじけてる。

 ほんと、色んな意味で、こんなのが次期王様でいいんだろうか。


「カナメちゃん、もう大丈夫なの?」

「心配したぞ、カナメ。だが、よくやってくれた。感謝する。」


 マーレさんとロンデさんから、いたわりの言葉をいただく。

 うん、だんだん実感が湧いてきた。

 でも、ミンスさんのアレは、何なんだろう。


「あの、”アレ”何かあったんですか?」


 ”アレ”と言いつつ、無礼にも指差し確認してみる。


「あー、アレね。気にしなくていいのよ」

「ああ、気にするな。アンデッドになった兵士たちが、まあ、あの通りなんで、カナメとの賭けは成立しないなんざ、戯言を抜かすんでな」

「全く、変だ変だとは思っておりましたが、またおかしなことをおっしゃいますな。あの兵士たちは、カナメ様が”敢えて”なさったこと。賭けは完全にカナメ様の一人勝ちです」

「そうそう。カナメちゃん、あの大人気ないバカに、何でも好きなことやらせていいのよ」


 あ、あー、そういうことか!

 ミンスさん、やっぱり賭けを無効にする気だったな。イスズさんは無罪放免にするから、ソレで十分ですよね、とか言って。

 この3人で、口裏を合わせて、生き埋めの兵士たちはわたしが修行のためにやったことで、損害には当たらない。って。むしろ説教されたんだろうな。

 背中から漂う哀愁が、すべてを物語っている。

 地面に”の”の字書いても、可愛くないからな、アラフィフ王子。


「良かったね、カナメ。頑張ったもん、ミンス様にはちゃんとご褒美もらわないと!」

「そうそ、旦那もコレでちょっとは懲りてくれればなあ」


 哀れミンスさん、味方は誰も居ないみたいですよ。

 せっかくだから、この”勝ち”はありがたく受け取っておこう。


「起きたばかりで、急かしてすまないが、早々に出発したいんだが、大丈夫か?」

「大丈夫です。また船で移動しますか?」

「いや、カナメもまだ万全ではないだろうし、ここからは幻獣を使う」

「幻獣?」

「ああ、アレだ」


 ロンデさんが指したのは、ミンスさんの側にいる、4匹の


「魔物?」


 思わず身構える。

 けど、魔物がそんな直ぐ側にいるのに、ミンスさんは平気そう。


「アレは幻獣だよ、カナちゃん。ヒッポグリフだ」


 鷲みたいな上半身に、馬の下半身。

 ヒッポグリフって、確か伝説の生き物じゃ。

 さすが、異世界。

 翼を閉じた状態では、ふつうの馬くらいの大きさのその幻獣は、見た目に反して穏やかな目でこちらを見ている。


「あれに、六人で乗るんですか?」

「いや、俺とカナちゃんはこっち」


 ビートさんが言うと、どこからともなく、銀色の大きな狼が現れた。

 ふつうの狼の3倍以上あるその狼は、ふつうの狼にはない雄獅子のような鬣に、透き通るような銀色の毛並みをしていた。


「これも幻獣ですか?」

「んー、まあ、似たようなもんだね。マーナガルムっていうんだよ。月の光を浴びると、この毛が淡く発光して、飛んでる姿が夜空に浮かぶもう一つの月みたいに見えるから、別名”月の狼”とも呼ばれるよ」


 そう言って、ビートさんがマーナガルムの頭を撫でると、マーナガルムは嬉しそうに目を細めた。

 ヒッポグリフみたいに羽はないけど、その代わりにマーナガルムの四肢の足首には、雲のようにも、羽のようにも見える、(もや)のようなものが取り巻いていた。


「きれいですね」


 思ったままに伝えると、ビートさんがちょっと驚いたあとに、『まあね』って自慢気に笑った。


「大抵の人は、初めは怖がるんだよね。俺以外に懐かないから、扱いも難しいし」

「わたしが乗っても大丈夫なんですか?」

「俺が乗せてあげれば大丈夫。ホレ」


 ビートさんが、当然のようにわたしを持ち上げて、マーナガルムの上に乗せる。

 マーナガルムは、嫌がる素振りも見せず、大人しくしてる。


「よろしくね」


 そう言って、鬣部分を撫でてみると、グルグルと喉が鳴った。

 かわいい。


「珍しいね、お前が俺以外に懐くなんて」


 ビートさんも、マーナガルムの頭を撫でると、マーナガルムは小さく「ウォン」と返事をした。


「ミンス、いじけてないで、そろそろ出発するわよ」


 マーレさんが、ミンスさんに声をかける。


「ちょっとした冗談のつもりだったのに」

「はいはい、かなりいい年なんだから、もう少し素直になることを覚えなさい」


 引きずられるようにして、ヒッポグリフに乗せられてる。

 エリオルくんと、ロンデさんも、ヒッポグリフに騎乗する。


「御子様!」


 いざ出発というときに、イスズさんが走り寄ってきた。


「もう行かれてしまわれるのですね」

「ええ、わたしが倒れたせいで、だいぶ遅れてしまったみたいですし」

「御子様、あの、本当に、ありがとうございました。この御恩は、いずれ必ずお返しいたします」


 イスズさんは、跪くと、右手を左胸に当て、それから自分の左目を触ると、右手を握る。その拳を今度は左手で包み込むと、頭を下げながら、組んだ手を頭上に持ち上げた。

 この砦で、何度か目にした光景だ。


「神さんへの祈りの作法だよ」


 ビートさんが教えてくれた。


「カナメ様、道中、お気をつけて」


 リーベルトさんも、そう言いながら、わたしに向かって祈りを捧げた。

 気付けば、砦の兵士たちが、みんな、わたしの方を向いて、同じ様に祈っている。


「いくぞ」


 ロンデさんが言うと、幻獣が一斉に空に舞った。








 主よ

 我らが姫神よ

 我らの御霊が汝と共にあらんことを

 その慈悲に触れ

 我らを悪しきものから見守り給わんことを





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