9話 御子覚醒と復活の砦
『飛翔』のスキルで空を飛びながら、ちょっと砦を観察してみた。
砦は、魔物が発生した門周辺の被害が甚大だった。
ゴーレムの右ストレートは、伊達じゃない。
ロンデさん、あんなのと素手で殴り合ってたって、ほんとに人間かどうかも疑わしくなる。
え、それはわたしも同じだって?
失礼な。
わたしはか弱い元高校生。
今は…無職だけど。
「こうしてみると、思ってたよりひどいですね」
「でも、カナちゃんが、砦内に侵入した魔道士を一人押さえたから、外観はともかく、中の方の被害は、あの魔道士が破壊したとこと、屋上の損害くらいらしいよ」
そうなのか、と、ほっとしたところで、ビートさんが、思い出したように続ける。
「あ、違うわ。砦内の被害は、魔道士にやられたところと、カナちゃんがぶち抜いて階段作ったとこ、らしいよ」
思い出さんでいいわ、そんなん。
ビートさんは、もう、いつものビートさんに戻った。
おっさんは、言い過ぎだけど、いつものオニーサンよりもっと幼い、純粋そうな笑顔がちょっと名残惜しい。
「アンデッドにはなってない、怪我人ってたくさんいるんですかね?」
「まあ、そこそこね。初っ端に敵に突っ込んでいったのは駄目だったけど、その後は死ぬ前に撤退するよう厳命されてたから、死んではないけど怪我はしてるだろうね」
なるほど。
わたしが、あと一時間くらいの間にやるべきことは、
・砦の修復
・怪我人の治療
・死者の蘇生
・呪詛の解除
コレくらいか。
砦の修復と怪我人の治療はともかく、呪詛でアンデットになった人って、蘇生と解呪、どちらを先にやるべきだろう。
おっと、そういえば。
「ねえ、ビートさん。魔道士が作った時空の歪みに飲み込まれて居なくなった人って、どれくらいいるかわかります?」
「いや、何人かいるらしいくらいで、詳細は知らないよ。なんせ、確認したくても、砦の半数近い兵士がアンデッドになってるから」
「そっか。でもいるにはいるんですよね」
・時空に飲まれた人の蘇生
も、頭の中のやることリストに追加しておこう。
結構あるなぁ。
そんなことを考えながら、上空で待機してると、砦のほうがちょっと騒がしい。
気がする。
はっきり声は聞こえないけど、ざわざわしてる感じ。
「ビートさん、砦がなにか騒がしくないですか?なにかあったんでしょうか」
「あーーー、それは、まあ、カナちゃんと俺が、窓から心中したのかと思ったら、上空まで急上昇してるし、みんな驚いたんでないの?」
「…確かに」
思いたったら即行動!
このイメージを崩さないうちに!
って窓から飛び出したけど、周りから見たらかなりやばい人。
自分から見てもやばい人…。
「えーっと、ご心配?ご迷惑?おかけしました」
今更ながら、ビートさん、わたしが飛び降りたの見て、何もわからないのに、助けようとしてくれたんだよな。
「いやー、あれはびっくりしたね。オニーサンの心臓、止まるかと思ったよ」
今度からはせめて一言伝えてからやってくれ。って頼まれた。
「伝えてたら、止めませんでした?」
「んー、止めたかもしれないし、同じように一緒に飛び降りたかもしれないね。駄目って言ってもやりそうだし」
否定できない。
その時も、一緒に来てくれるのか。
ふと、現状、ビートさんに抱きつかれたままだったことを再認識する。
肩に回された腕が、細い割に筋肉質だな。
って、ないないないない。
首をブンブン振って、思考を弾き飛ばすと、ビートさんが変な目で見てくる。
間近で。
…おちゃらけてるから気付きにくいけど、近くで見ると、整った顔してるな。
ミンスさんやエリオルくんみたいな、線の細いきれいなタイプとはまた違うけど。
黒髪黒目も、わたしと同じかと思ってたけど、日の光の下で見ると、なんか普通の黒とは違って見える。
「どうかした?」
「…ナンデモナイデス」
ビートさんから、また砦に視線を戻すと、砦の外にミンスさんたちが出てくるのが見えた。
あー、焦ってる。
リーベルトさんなんて、こっち指差してすっごいあわあわしてる。
あ、今度はミンスさんにすごい剣幕でなにか言ってる。
”御子”が大口叩いた責任を感じて飛び降り自殺を図ったら、奇跡が起こった!とか思われてそうだ。
「とりあえず、一旦戻るか?」
「そうですね」
徐々に高度をさげて、地面まであと30センチくらいになったところで、『飛翔』を解除した。
背中から生えてた、鳥の羽みたいのは、スキルを解除すると、溶けるように消えていった。
ズベシっ
そしてわたしは、見事に地面にヘッドスライディングをかました。
ミンスさん、ロンデさん、マーレさん、エリオルくん、それにリーベルトさんに囲まれ、興奮気味の兵士たちに見守られながら、華麗に着地する予定が。
重力から一時的に解き放たれた身体が、自分に体重があることを忘れたのか、地面に足がついた瞬間、膝カックンみたいになって、突っ伏してしまった。
ビートさんは、なにげに自分だけ、スキル解除した瞬間に、ごく自然と身体を離して地面に立った。
そのあと、わたしがつんのめったのを見て、ぶふって口から空気が漏れたの知ってるからな!
「いてててて」
「カナメ、大丈夫?」
「あらあら、可愛い顔に泥がついてるわよ」
エリオルくんとマーレさんが、駆け寄ってきてくれた。
ミンスさんは背中を向けて肩を震わせて、ロンデさんは私と目が合うと、咳払いをして誤魔化した。
リーベルトさんを含め兵士さんたちは、それまで神々しいモノを見るような恍惚とした表情だったのに、今は見てはいけないものを見てしまった、あちゃーみたいな顔して固まってる。
「だ、大丈夫です。ちょっと鼻の頭擦っただけです。」
マーレさんが差し出してくれたハンカチで顔を押さえながら、エリオルくんに支えてもらって立ち上がる。
恥ずか死ぬ。
「あの、カナメ様、今のは一体。門で見張りをしていた兵士から、カナメ様が三階の自室から投身自殺を図ったと報告が上がったのですが」
「あー、やっぱり。勘違いさせてすみません。ちょっと、新しいスキルを創ろうとしてたんですが、なかなかうまくいかなくって。窓から飛び降りたら、力技でなんとかなるかなーって思ったんですよね」
やっぱし、勘違いされてた。
砦の門の近くに、イスズさんの姿もあった。
砦を囲う魔法陣から出ると死にますよって伝えてあったはずだけど、居ても立っても居られなかったのかも。
イスズさん、自分のせいだー!って感じで、顔真っ青で涙目になってオロオロしてた。
私がつまずくまではね。
「新しいスキル、ですか?」
「そうですね、ミンスさんとの“砦と兵士たちを元に戻す“って約束に必要だったので」
「窓から飛び降りることとなんの関係が」
「とりあえず、蘇生系のスキルの前に、イメージしやすいスキルを試しに創ってみようかと。それで昨日、擬似的に空を飛んだので、スキル化できないかなーって」
「もし新しいスキルができなかったら?」
「その時は、えーっと、地面にそのまま、べしゃっ!みたいな?あはは」
「カ・ナ・メ様!!!!!」
「はいいーー!ごめんなさいー!」
あはは、って笑ってごまかせるかなって思ったら、リーベルトさんに、鬼の形相で怒られた。
べちょ。の方がかわいくて良かったかな。
そういう問題でもないか。
「聞いているのですか、カナメ様!」
「あっ、聞いてます聞いてます!でも、約束の時間まで、もうそんなにないので続きは後で聞きます!」
ほっといたら、日が暮れるまで説教しそうなリーベルトさんから、速やかに距離を取る。
まったく、とか言いながら、まだこっち見てるよー。
「それで、カナメさん。広げた大風呂敷は畳めそうですか?」
ニコニコと、極上の笑顔で近づいてくる腹黒さとり。
わたしの擦りむいた鼻を見て、んぶふっ、って笑顔が崩れてるぞ。
あんなにたくさん周りにいたんだから、誰か受け止めてくれてもいいじゃんねぇ。
わたしも、空を自由に飛び回った人が、地面に降りた途端にスライディングをかますとは思わないけどさ。
「わたしの『構築』のスキルで、別のスキルが創れることは実証できました。後は、わたしが実現できるイメージが持てるかどうかです。けど、実践でないと、どうにもうまくいかない感じですね」
「窓から飛び降りて、それも実証済みということですね」
ミンスさんが、納得したように頷いた。
「分かりました。では、今から、この場でやっていただけますか?」
「は?」
「ですから、砦の修繕と兵士たちの蘇生ですよ。カナメさんを見ていると、どうやら追い詰められるほど力を発揮するタイプだと思いますから」
「いや、でも、失敗したら」
「たとえ新しいスキルを創ったとして、本当にそれが有効かどうかは試してみないとわかりませんよね?大丈夫ですよ。失敗したとして、誰があなたを責めるでしょう」
「…責めないんですか?」
「カナメさん、あなたが居てくれたから、今、僕達は生きています。あなたがいなければ、みんな仲良くアンデッドでしょうね」
ミンスさんが、優しく微笑んだ。
ドS王子は、飴の使いどころも心得ているようだ。
「あなたの、思うままに。我らが御子様」
この国の次期王様が、大衆の前でわたしに頭を下げた。
ミンスさんの立場は、一応隊長クラスしか知らないらしいけど。
水の波紋を広げるように、周りにいるリーベルトさんや兵士たちも、地面に膝をつく。
右手を左胸に添えたり、左目を触ってから、頭の上で手を組む兵士の姿も合った。
失敗しても、誰も責めはしない。
けど期待はしている。
めっちゃしてる。
くそぉ、ミンスさんの作戦だと分かっているのに、乗せられてしまう。
理不尽だらけの、この異世界で、わたしに不釣り合いな力を手に入れた。
出会ってまだ数日だけど、気を許せる仲間が出来た。
いつか去ろうと思っている、この異世界の人たちに、わたしがここまでする義理なんて、ないのかもしれない。
けど、わたしの目の届く範囲で、わたしのこの力で、救えるものなら救いたい。
左目が、沸騰してるかのように熱くなる。
ジリジリと、網膜が焼け付くような感覚がある。
左目に、金色に輝く魔法陣が浮かび上がった。
どこかで、おお、と感嘆の声が上がる。
フルオートで再生したときのように、わたしが意識してやっているわけではないのに、何をやっているのか手にとるようにわかる。
その感覚が身を纏った。
創ったばかりの『飛翔』が発動した。
翼が広がり、羽ばたくと、音もなく上昇する。
足元に、再び砦が広がる。
イスズさんの呪詛の核に、砦の地下に刻み込まれた魔法陣。
魔道士たちが引き起こした時空の歪みの痕跡。
砦の中にいる傷ついた兵士たち。
呪詛に囚われた、アンデッド兵士の魂も、今なら見て取れる。
細かいことはどうでもいい。
みんな、まとめて、戻ってこい!!!!
「リザレクション!!!」
頭の中に浮かんだ言葉を、そのままに叫んだ。
左目の魔法陣と同じ紋様が、砦や、砦に刻まれた魔法陣を囲うように、展開される。
あたりを、黄金色の優しい光が包み込み、キラキラと煌めく、光の粒が、砦に満ちていく。
光の粒に触れるたび、砦は、元の形を取り戻していく。
砦の壁を透過した光の粒が、怪我をした兵士たちに触れ、傷を癒やしていく。
両足を失い、ベッドに横になっていた兵士が、驚いた顔で起き上がると、再びその”両足”で立ち上がる。
傷の癒えた兵士たちは、砦の小さな窓から、外を見ようと押しかけた。
光の粒は、さらに、時空の歪みの残滓に触れると、時を巻き戻すかのように、その時空の狭間から、飲み込まれた者たちを取り戻す。
残滓は再び歪みに戻ったかのように思えたが、それはすぐに収束し、今度は魔道士の形となってそこに現れた。
呪詛の魔法陣は、わたしから発生した魔法陣に飲み込まれるように消失し、同時にイスズさんの呪詛の核も消滅する。
イスズさんは、なにか感じ取ったんだろう、自分の手のひらを見つめ、”まだ生きている”ことを確認すると、祈りを捧げるように、手を組みひれ伏した。
光の中に囲われた、アンデッド兵士たちの魂が、浄化され、持ち主の元に帰っていく。
ひとり、ふたり、とアンデッド兵士の目に生気が戻っていく。
アンデッドになっていた兵士の知り合いだろう、変化に気付いて、彼らに駆け寄っていく。
砦を包んでいた光と魔法陣が消え、わたしは”今度は”ちゃんと、地面に降り立った。
一瞬の沈黙の後、ハベイルの砦は歓声に包まれた。




