7話 御子、賭けをする
「なー、カナちゃん、本気でやんの?」
「あったりまえですよ。いいですか、ここで核になる人間を殺して、アンデッド兵士たちを討伐して、ハイ終わり。で喜ぶのは敵だけですよ」
「そりゃまーそうだけど。それにしてもあれは大風呂敷を広げ過ぎたんじゃない?」
「目標を掲げるときは、でっかくですよ!」
そう、あの後、見張り台の兵士が呪詛の核だろうと話がまとまったところで、ミンスさんが、さらっとのたまったのだ。
1時間ほど前…
「そうですか、では時間もないですし、核の兵士を始末して、それでアンデッドたちが消滅すればよし。少なくとも不死性は解除されるでしょうから、後の討伐は砦の兵士たちに任せて、僕らはソマリの街に急ぎましょうか」
つい数刻前まで、生きてこの砦を守っていた兵士たちに対して、あまりな物言いに、ミンスさんがわたしを異世界に召喚してサクッと殺してくれた召喚者と重なる。
国を守る立場として、仕方ない発言かもしれないけど。
ちょこーーっと腹が立った。
「そーやって、下々の者を虫けらのようにサクッと切り捨てて、いいご身分ですね。もしわたしが、その兵士の呪詛を解除したらどうしますか?」
「それは手間が省けて助かりますね。ですが、もし解除出来たとしても、その兵士は不可抗力とはいえ、これだけの被害をもたらした一因ですからね。無罪放免とはいかないでしょう。良くて幽閉、悪ければ死罪。まあ、僕は彼の処分を決める権限なんて持ち合わせてはいませんが」
嘘をつけ嘘をー!
権力の塊のくせして。
「分かりました。被害があるから処罰されるなら、被害がなければいいんですね!」
「ほう」
いま思えばここで、ミンスさんの目がキラリと光った気がする。
「わたしが、元に戻して上げますよ。それなら文句はないはずですよね!」
「無論ですよ。御子様のお手並み拝見ですね。ああでも、時間がないの“は”本当ですから、今日の正午までにお願いしますね」
「…もしわたしが実現できたら、何でも言うこと一つ聞いてもらいますからね」
「全てもとに戻せたら、もちろん、僕にできることなら何でもお聞きしますよ」
「見てろよ、この性悪腹黒ドS王子!!」
こうして、かなり部の悪そうな賭けが成立した。
あ、あと、最後のは心の声が思わず漏れただけで、決してわざとではない。
ほんとだ。
「あれは絶対、ミンスの旦那わざと言ってただろうし」
「わかってますよ」
むかーと頭に血が上ってたから、ミンスさんに喧嘩を売るような感じで、言ってしまったけど、いまよくよく考えると、ミンスさん、すごいニコニコしてた気がするし。
まあ、最後の捨て台詞が思わず口から出たときは、きれいな顔がそのまま硬直したけど。
わたしたちがその場所から去るとき、後ろで床に”のの字”を書いてた気がするけど、気のせいだろう。
心が読めるくせに、面と向かって責められることには弱いらしい。
残念中年イケメンめ。
「それで、啖呵を切ったからには、少しくらいは勝ちの目が見えてるのかね」
「それは、うーん、まあ、少しは。というか、ビートさんはなんでついてくるんですか?」
「んやー、カナちゃんと一緒にいたいなーって」
「……嘘くさいにも程がありますよ」
「ははっ。まあ、この騒ぎ出し、護衛は必要でしょ」
「たしかに、昨夜は助かりました。色々と」
色々、を思い出して、ちょっと体温が上がった気がする。
顔は赤くなってないよね。
「カナちゃん、攻撃力高いのに、どんくさいもんね」
「向こうの世界じゃ、ちょっと運動神経悪いくらい、なんでもなかったんです!」
「そんなんじゃ、”殺さず”を貫くのは難しいと思うけどね。特に、カナちゃんが御子だって表向きになった場合、狙われることも増えるだろうし。敵にまで情けをかけてちゃ、自分の命のほうが危なくなるよ」
「わたしは、別に御子じゃないですよ」
「カナちゃんがどう思ってるかは関係ないさ。カナちゃんの力を見た奴らが、そう思うんだ。そして、欲しくなる」
「……ミンスさんたちも、わたしの力が目的でしょうか」
「んー、まあ、ほら、元々御子様力を貸してください。って体だったでしょ」
こっちに来てまだ数日。
初めて出会った5人の仲間を拠り所に感じている反面、この力がなければ、彼らはわたしと一緒に居てくれないかもしれない。
ちょっと不安を感じて、話しながら、わたしのどんよりと曇りかけた心に同調するように、歩みも遅くなる。
それを見て、ビートさんがちょっと困ったような顔をして、続けた。
「けど、ミンスの旦那は、たぶんどれだけ力を持った相手でも、気に入らないと思ったら頭なんて絶対下げないと思うよ」
「………ビートさんも?」
ビートさんの方が背が高いから、必然的に、ちょっと上目遣いになる。
わたしの切り返しは想像してなかったのか、ビートさんが、驚いたようにちょっと目を見開いたけど、そのあとすぐ、またいつものように笑った。
「オニーサンは、いつでも可愛い女の子の味方ですよ」
くしゃくしゃと頭を撫でてくる、ちょっと骨っぽい大きい手。
なんかこう、はぐらかされた気がするけど、まあ、いいか。
「おっぱい大きい女の人のほうが好きだけど?」
「大きいおっぱいには、男のロマンが詰まってるからね。ソレはもうぎっしりと」
ビートさんは、真面目な顔をして頷いた。
「ここですね」
ミンスさん経由で、リーベルトさんに、当時見張り台の担当だった兵士を、砦内の離れた場所にある部屋に連れてきてもらうことにしていた。
「もう中にいるな」
「呪詛の痕跡も見えますし、間違いなさそうです」
ここまで大人しく連れてこられているってことは、悪意はなさそうだけど、ドアを開けるのはちょっと緊張した。
「はーい、おじゃましますよー」
緊張してるわたしの隣から、ビートさんがあっさりとドアを開ける。
拍子抜けするなあ、もう。
「カナメ様、お待ちしておりました」
中には、リーベルトさんがいた。
まだアンデッド兵士のカタはついてないけど、他にも色々やることは盛りだくさんのはずだから、まさかここにいるとは思わなかった。
わたしがそういうと、砦の兵士たちを助けてくれようとしているわたしをほっぽて、他のことなんかできない!って力説された。
「どうぞ、こちらに」
部屋の奥に案内されると、手足を縛られた男の人が、椅子に座らされ、その両隣に二人の兵士が立っている。
「念の為、拘束してあります」
わたしは、すかさずこの男の人を『解析』した。
「たしかに、呪詛の核となっているのは間違いないようです。けど、それ以外に、あの魔道士たちみたいに暴走することもないようですし、本人にわたしたちに対する害意もありません。拘束を解いてあげてください」
「ですが」
「お願いします」
拘束を外すようにいうと、リーベルトさんが躊躇した。
もう一度頼むと、リーベルトさんは、ビートさんの顔を伺った。
ビートさんが頷くと、側にいた兵士に指示を出し、拘束を解いた。
「はじめまして。カナメと言います。あなたに掛けられた呪詛を解除するために、少し協力してもらえますか?」
「は、じめまして。イスズと言います」
イスズさんは、明るい茶色の短髪に、小豆色の目をした青年だった。
そして中々にイケメンである。
この世界は総じて、顔面偏差値が高い傾向にある。
感心して、ウンウンって頷いてると、イスズさんから声をかけられた。
「あ、あの、隊長から、あなたが、オレの呪詛を解除してくれるって聞きました。でも、オレは、オレのせいで、みんなが…。それなのに、オレだけ生き残るなんて」
イスズさんはそのまま俯いてしまった。
ジメジメしてる。
仕方ないけど。
「誰があなただけを生かすと言いました?」
「え?」
「わたしは、この砦全体をもとに戻すと宣言したんです。あなたの解呪は、いわばついでです。ちなみに、今から呪詛を調べさせてはもらいますが、解呪するのは多分もっと後になります」
わたしの再宣言に、イスズさんは目を白黒させていた。
同じ部屋にいた兵士たちも同じ反応だ。
「イスズ、こちらのカナメ様は御子様だ」
リーベルトさんが言った。
だから違うって!といつもなら言うところだけど、今は御子の肩書を名乗ったほうが、諸々うまく行きそうだったので黙っておいた。
「御子…様…」
イスズさんが呆然と呟く。
絶望していた目に、光が灯った。
イスズさんが急に立ち上がって、わたしに近寄る。
ビートさんが、反応して止めようとしたけど、わたしはそれを制止した。
ああ、やっぱこうなるよね。
イスズさんが、わたしの足元に跪いて、わたしの手を取る。
縋るように、わたしの手を握り込んだ。
「御子様、どうか、どうか、我らをお救いください」
「わたしにできる限りのことはさせてもらいます」
そう言うと、イスズさんは、あああ、と涙を流しながら声を上げた。
このままこうしてても仕方ないので、最初に座っていた椅子に座ってもらうよう促した。
『解析』
イスズさんの呪詛を『解析』する。
イスズさんから広がり、この砦を囲うように周辺に広がっていた。
砦の地面の下に続くように、呪術の気配を感じる。
呪詛を”認識している”と意識した状態で、呪術の気配を追うように目を閉じた。
「なるほど」
『解析』が完了し、目を開けてつぶやくと、リーベルトさんたちが、早く結果を聞こうと目で訴えてくる。
「まず結論から言わせてもらうと、イスズさんの呪詛の解除は可能です」
おお、と周りの兵士たちも声を上げる。
「ただ、解呪すれば、あのアンデット兵士たちはもちろんですが、イスズさんも同時に死にますね。アンデッドに死ぬって、なんか変ですけど」
「それは、解呪のために、オレを殺す必要があるということでしょうか。もちろん、オレはそれでも構いませんがっ!」
「違います。イスズさんを殺すというより、解呪すれば死んでしまうんですよ」
わたしの説明に、みんな首を傾げてる。
「カナちゃん、どゆこと?」
「イスズさんは、昨夜、呪詛の核となった時点で、一度死んでいるんです」
「オレが、死んでる…」
「核として再生されたようですが、呪詛の力で動いているという点では、アンデット兵士たちと同じなので、解呪すればもちろん死んでしまいます。この呪詛は、核と魔法陣の二段構えみたいで、砦の地面の下に、魔法陣が刻まれてます。アンデット化するための呪詛の核がイスズさん、そしてアンデッド化した人たちは魔法陣の範囲内にいる限り不死性を持つようですね。イスズさんも、おそらくこの範囲内でのみ、生き返っている状態だと思います」
「なるほどね。一度殺してから呪詛を刻み込んだのなら、人を呪詛の核にするハードルは下がるわけだ」
「死体は”モノ”と同じ、ということでしょうね」
「そんな…」
死んでもいい、といっていたけれど、やっぱりショックなんだろう。
イスズさんが俯いた。
「ここに、イスズさんと以前からも親しかった人はいますか?」
部屋にいた数人の兵士に問いかける。
「あ、オレが。こいつの同期で砦に配属されたのも同じだったから、あ、いえ、同じでした」
兵士の一人が答えてくれた。途中で、わたしの御子様設定を思い出して、敬語になったが、あえて訂正はしない。
「そうですか。イスズさんの様子、以前と、今とでなにか違いはありますか?」
「いえ、今はちょっと憔悴してますが、変わらないと思います」
兵士の返事に、わたしは満足して頷いた。
一度死んで、生き返っても、その人が別の誰かになるわけではない。
「いけますよ、ビートさん。これでこの賭け、わたしの勝ちです」




