5話 砦の攻防
黒いローブの人は、魔道士の男だった。
ビートさんに鉄製の縄でぐるぐる巻きにされて、ご丁寧に猿ぐつわまで噛まされてるけど、目覚める気配はない。
猿ぐつわしたら、喋れないんじゃないかな、と思って聞いたら、
「舌噛まれても面倒だしなー。それにカナちゃん、こっちには本人が喋らなくても会話の成り立つ御仁がいるのを忘れてないかい」
「ああ、そういえば!」
ミンスさん、心が読めるんだった。
身動きを封じられ、猿ぐつわで喋ることもままならない状態では、きっと精神状態ぐらぐらだろう。
そこに、喋ってもいないのに、自分の心中をスラスラ読まれた日には…。
「旦那の取り調べは怖いからなー。」
「人が追い詰められるほどいい笑顔になりますからね」
「ははは、まあ、あの人の趣味みたいなもんだからなぁ。さて、こいつはこれで大丈夫そうだな」
そう言って、ビートさんは、近くにいた兵士を呼んで、魔道士の男を引き渡した。
それから、怪我人を安全な部屋に集めるように伝えている。
「これからどうします?」
「とりあえず、騒がしそうなとこから行ってみようかね」
ビートさんは、わたしにウインクすると、耳を澄ますようにそっと目をつぶった。
わたしも真似して耳を澄ませてみるけど、周りの喧騒でかき消されてよく聞こえない。
遠くで轟音が聞こえるような気もする。
「あっちか。ほいじゃ、カナちゃん、行こうか」
「また抱えあげる気ですか?」
「だめ?砦の外が一番うるさいと思うけど、上の方も気になるんだよね。上に行ってから外を見るほうが早そうだし。楽して階段登れるよ」
「上って砦の屋上部分ですか?」
「そうそ 」
ビートさんの返事を聞き終わる前に、わたしは、自分たちの頭上を壁を『分解』し、『構築』した。
自分たちの居る場所から屋上まで、ぶち抜いて階段にし、最短ルートを作ったのだ。
「やるね」
ビートさんは『ひゅう』と、口笛を吹いてニヤリと笑った。
「そんじゃま、今度は楽してもらいましょうか」
わたしをまた荷物のように担ぎ上げると、音もなく走り出した。
出来るだけ最短ルートにするために、ギリギリの勾配だけつけて、かなり急な階段だったけど、なんの問題もなく登っていく。
あっという間に屋上についた。
階段の穴を抜け、屋上に飛び出すと、屋外だというのに、立ち込める強烈な死の臭いに思わず口元を覆った。
目に入ったのは、屋上を埋め尽くす、生ける屍、“アンデッド”の群れだった。
「アンデッドだ」
「ビートさん、このアンデッドの格好、まさか」
「砦の兵士のだ。けど、アンデッドっていうのは、放置された死体が長い時間をかけて魔物化したもののはず。なんでこんなに砦の兵士のアンデッドが。」
呆気にとられたのもつかの間、今度は地響きと叫び声がして、砦の外に目をやると、前にも見た“リノセロス”と、砦の二階の高さに届きそうなほど大きな“ゴーレム“が、兵士をなぎ倒しながら砦を破壊している。
「なんだこれ」
ビートさんが、呆然としたように呟いた。
「カナメちゃん!ビート!」
大声で名前を呼ばれて、弾かれるように振り向いた。
マーレさんがわたしたちを呼びながら走ってきた。
途中、すれ違う兵士のアンデッドの足を払い、倒れる勢いを利用して、砦の屋上から放り投げてた。
「マーレさん!」
「無事で良かった!」
「姐さん、これは一体」
「こっちも詳しいことは分からないけど、私達がここに来たときに生き残っていた兵士の話では、おそらく4人の黒いローブ姿の魔道士が領域内に侵入。うち2人は、砦の外の黒い孔に変質し、そこから魔物が、溢れ出てきてる。もう1人はこの屋上で、魔法陣を形成し、おそらくそれがきっかけで死亡した兵士たちがアンデッド化したらしいわ。あとの1人は砦内に入ったと報告があったけど、どうなったかは不明よ」
ビートさんに尋ねられたマーレさんが、早口に説明する。
「死亡した兵士って、魔法陣に巻き込まれて?そんなにたくさんいたわけ?」
ビートさんが聞きながら、襲ってきたアンデッド兵士の攻撃を躱す。
すれ違いざまにビートさんも攻撃したんだろう、アンデッド兵士の体が頭を含め、いくつかのパーツに切断され、崩れ落ちた。
「ここに残ってるだけでも、かなりの数だけど」
「アンデッドになった兵士に殺された兵士もまた、アンデッドになったらしいわ。それも」
マーレさんの話は中断させられた。
さっきビートさんが倒したはずのアンデッド兵士が、何事もなかったかのように起き上がり、剣を振り下ろしたからだ。
「アンデッドの弱点である頭部破壊をしても復活する、不死身の、ね」
「そりゃ、難儀なこって」
「とりあえず、残った兵士たちには、すべての出入り口を封鎖して、砦内に立てこもること。アンデッドが出た場合には、砦の外に放り出すことって指示を出してるけど、中に敵の魔道士がいたら」
マーレさんが、不安そうに呟く。
振り下ろされた剣を躱しながら、ビートさんはアンデッド兵士の背後に回り込み、鎧の鎧の襟首のあたりを掴むと、力技で砦の下に投げ飛ばした。
「ビートさん、砦に侵入した魔道士って」
「おそらくね」
わたしの問いに、ビートさんが頷いた。
マーレさんが、こちらに目を向ける。
「砦内に侵入した魔道士の一人は生け捕りにしてある。術の発動は、カナちゃんが止めたから、問題ないと思いますよ」
「本当!?それなら、とりあえず、砦の中は今の所安全かしら。助かったわ」
ビートさんの返答に、マーレさんが、ほっと息をつく。
「今、この砦は、籠城戦よ。かなり部の悪い、ね。兵士の言う魔法陣が現れてから、それ以降この砦で死んだ兵士たちは、みなアンデッド化したらしいわ。おそらくこの土地周辺に、かなり強力な呪詛の類がかけられたと思って間違いない。ここで死ねば、めでたく敵襲の仲間入りってこと」
「そんな」
「砦の外は魔物が、どんどん増えていく。それも、ここの兵士には太刀打ちしがたい、高ランクの魔物がね。力量の劣る兵士たちは砦の中に隔離して、高ランク者だけで出来るだけ対応してるけど、時間の問題ね」
「放てぇ!!」
砦の中から掛け声が響き、それと同時に、数十本の閃光が走る。
全弾ゴーレムの足に命中し、ゴーレムの足が砕け散った。
「ミンスの旦那か」
「そ、外にいても使い物にならないからね。砦の魔道士たちをまとめて、ゴーレムの足止めをするらしいわ。エリオルくんについててもらってるから、砦内なら今の所大丈夫でしょ。それより、カナメちゃん、魔道士の術の発動を止めたのよね。アレにも対応できるかしら」
マーレさんが、リノセロスと、ゴーレムが湧き出す孔を指さした。
「できれば、魔物の殲滅と魔法陣の対処までお願いしたいところだけど」
マーレさんが申し訳無さそうに言う。
「やってみます」
とはいったものの、アンデッド兵士がまだまだ残っているこの状況で、集中するのはなかなか難しい。
もともとここの兵士たちだから、できれば傷つけたくはない。
「ビートさん、わたしを砦の真上に投げてもらえますか?」
「真上に?」
「お願いします」
訝しげに問い返されたけど、真っ直ぐ見つめて頼むと、無茶はするなよって言って、軽く頭を叩かれた。
「できれば、あの見張り台の真上あたりに!」
「りょーかい」
ビートさんはわたしを抱き上げると、アンデッド兵士を躱しながら、見張り台を垂直に駆け上がる。
そして、わたしを思いっきり真上に投げ飛ばした。
普通ならすぐに落ちてしまうけど、投げられるタイミングに合わせて、わたしは、重力と同等のエネルギーを『構築』し、わたしにかかる重力と相殺することで、擬似的な無重力を作り出した。
そして、砦全体が見渡せるところまで上昇したところで、ビートさんに投げられた勢いを今度は重力と相殺する。上昇が止まったところで再び、無重力を作る。
わたしは、空中に静止し、砦を見下ろした。
まずは、魔物が出てくる孔を塞ぐ。
さっき砦内で、無意識下でやったことを、今度は意識して、黒い孔を『解析』し、逆行させた感覚を思い出しながら、『分解』と『構築』を繰り返す。
黒い孔は、2つとも徐々に収束し、消失した。
逆行したつもりが、孔は消失したけど、魔道士は戻ってこなかった。
「でかした!カナメ!!」
「カナメ様!感謝いたします!!」
砦の外から、野太い声が届いた。
ロンデさんとリーベルトさんだった。
ロンデさん、まさかの、鋼よりも硬い筋肉で、ゴーレムと素手で戦ってる。
あ、殴り合って、ゴーレムの右腕を弾き飛ばしてる。
リーベルトさんは、流石にロンデさんみたいな無茶苦茶な戦い方じゃないけど、リノセロスの攻撃をうまく躱しながら、弱点の腹部を剣で切り裂いていく。
2人とも、アンデッド兵士の攻撃も躱しながら、ゴーレムとリノセロスの相手をしている。
流石に強い。
けど、やはり数が多すぎる。
増え続けるのは止めたけれど、このまま押されるとジリ貧になる。
魔物をどうにかしないと。
上空から見下ろしているおかげで、対象を認識しやすい。
砦の中にはいないというのもありがたい。
“まだ”左目で見なければ、認識できないから。
「穿て」
イメージを、出来るだけ明確にするために、今まではしなかった、言葉にして口に出してみる。
砦の周辺の地面が隆起し、楔となって、リノセロスたちの体を貫いた。
「「グオオオオオォォ」」
断末魔の叫びを最後に、リノセロスたちは絶命した。
以前もやった方法だけど、頭の中だけで完結するよりも、スキルのコントロールがしやすかった。
今の楔で、ゴーレムにもダメージを与えられたら良かったけど、土塊で作った楔では、ゴーレムには歯が立たず、楔のほうが砕け散った。
「だめか」
ゴーレムを『解析』したところ、古代の特殊金属でできており、半端な物理攻撃及び魔法攻撃は無効化されるらしい。
砦の魔道士総出の攻撃で、ようやく足を片方破壊できる程度。
万物を貫ける無敵の矛!とか作れればいいけど、スキルの万能さにわたしがついていけてないらしく、わたしの認識と想像を超えるものはなかなか『構築』しずらい。
自分のキャパを超えることをしようとするも、ロンデさんやリーベルトさんたちまで巻き込んでしまいそうだ。
とりあえず、動きを止めてから考えよう。
「ロンデさん!リーベルトさん!魔物たちの足止めをします!足元を崩すので、離れられますか!?」
「わかった!リーベルト!」
「承知しました!おい!全員退避!!」
リーベルトさんの掛け声で、まだ戦っていた兵士たちが一斉に魔物から距離を取る。
さすが、いま外にいるのは腕利きの兵士だけって言ってたもんね。
「埋めろ」
わたしは、ゴーレムの足元の地面を『分解』して
細かい砂粒にする。
船を動かしたときより、その震度を深くすると、ゴーレムが足を取られて沈んでいく。
このまま埋めてしまったら、駄目だろうな。
呼吸とかしてなさそうだし、地面を固めたらそのうち掘って出てきそうだ。
ゴーレムの足止めついでに、魔物の密集地帯全域を流砂に変えたので、アンデッド兵士たちも一緒に半身が埋まっている。
一旦、流砂を、地面に『構築』し直した。
この地質で、出来るだけ硬くなるように調整された地面に、魔物は動きを封じられる。
ゴーレムは、地面を破壊してそのうち出てきそうだが、アンデッド兵士はうまく動きを止められた。
『解析』
改めてゴーレムを解析する。
できれば、弱点になりそうな情報を意識的に集める。
ゴーレム
体の中心にある動力源となる魔石の破壊、もしくはゴーレムの無効化の限界を超える物理もしくは魔法攻撃で本体をバラバラにするほどの負荷を与えれば可能。
ゴーレムの防御力を上回る武器(魔剣がオススメ)での攻撃や、火属性や光属性(電撃系)の魔法が有効。
ふむ。
気軽にオススメされてしまった魔剣にツッコミたいのは山々だけど、今はちょっとシリアスな空気だからやめとこう。
火属性や光属性(電撃系)の魔法攻撃か。
古代の特殊金属にも一応普通の金属らしさはあるのね。
魔法じゃないけど、似たようなことなら、イメージさえできれば実現できる。
空に、空気中の水分を集めていく。
少し白んできた空を、雲が覆っていく。
雲の中に、細かい氷の粒子が生成し、徐々に雲が帯電していく。
雲が、限界まで電気を帯び、今にも破裂しそうな音を立てながら、蠢いている。
事態を察したロンデさんとリーベルトさんが、慌てて兵士たちをより遠くへと誘導してる。
マーレさんとビートさんは、アンデッド兵士たちを砦の下に落とし終わってから、わたしの様子を見てたけど、わたしが作った階段から、砦の中に入っていく。
ビートさんは、砦に入る直前に、何か光るものを砦の外に向かって投げてた。
みんなの避難は済んだ。
あとは、これがうまく、的に落ちてくれればいい。
わたしは押し留めていたそれを、開放した。
「轟け」
大地を揺るがす爆音とともに、砦の空を覆った雲から、雷槌が真っ直ぐにゴーレムに向かって降り注いだ。




