4話 見張り台の兵士の場合
その兵士は、いつものように、屋上にある見張り台から、領域を見張っていた。
深夜になると、魔物も活発になるため、この時間帯は誰しも安全な場所に拠点を作り、夜中に砦を訪ねてくることはまずなかった。
だから、いつもと同じ、何もない夜が過ぎるという油断もあった。
また、その侵入者の服装が夜闇と同じ漆黒のローブだったのも、侵入を許した要因の一つだった。
しかし、一番の要因は、その侵入者が悪意を持って、気配を消していたからに外ならなかった。
境界監視班から、領域を超えてきたものがいると連絡があったのは5分ほど前。
たまに、砦から離れた場所から、領域内に入るものもいる。
魔物から逃げていたり、道を外れたりしているうちに、いつの間にか国境を超えてしまっている場合だ。
国境を超える場合、必ずしも各地の砦で滞在許可証を発行する必要があるかというと、実はそうでもない。
モルガディス王国は、治安維持のために、原則として事前に入国者の審査を行うこととしている。
それが、砦での入国者の確認と、許可証の発行にあたる。
発行された滞在許可証は、登録された本人にしか使用できず、しかしそのため、一度許可された場合、領域外に出るまではその許可証一つで、国内を自由に動くことができる。
しかし、他のすべての国はそういうわけでもない。
その国の村や街に入るときに、随時滞在許可証を発行する場合や、小さな国になると、そういった制度もない場所も多々ある。
砦での許可証交付は大国ゆえの対応でもあり、また砦からの移動の際に許可証を紛失することもあることから、各村、街の入り口で発行される場合もある。
砦で発行することのメリットは、村や街で発行するよりも、安く発行できること。
砦で許可証を発行するのが一番安く、大きな街で発行するほど高くなる。
ソマリなんかで発行する場合、砦での十倍はかかる。
だから、よほど訳ありじゃない限り、砦を通過するのが普通だ。
それゆえに、境界監視班から連絡があったときも、魔物に追われた冒険者が離れた場所から領域内に入ったんだろうと、そう思った。
しかし、監視班が言うには、侵入者はこの砦の境界を超えたというのだ。
まさか、と思った。
今までに真夜中に来訪したやつらなんて、ボロボロだったり、魔物に追いかけられながら、命からがら砦に逃げ込んできたり、それはもう必死に助けを求めてた奴らばかりだ。
兵士は、見張り台から改めて砦の周辺を確認した。
誰もいない。
倒れてる奴はもちろん、魔物の気配もない。
監視班から連絡のあった時間を考えても、もし本当に領域内に誰か入ったなら、すでに砦の前についていてもおかしくない。
砦の門を警備している兵士たちからも、何も連絡はない。
兵士は見張り台の上から、真下にある門を覗き込んだ。
「おーい、そっちは問題ないか?」
問いかける、が、返事はない。
「おーい!誰かが領域内に入ったらしい!」
もう一度、さっきより大きな声で呼んでみるが、なんの反応もない。
暗い中、よくよく目を凝らす。
流石におかしい。
いつもは遠くを見るために使っていた、望遠鏡で、門の前を確認した。
門番たちは、倒れていた。
なぜだ!
望遠鏡を覗き込んだまま、門の周辺を確認する。
松明の明かりがあるとはいえ、薄暗い。
モゾっ、と、倒れた門番の脇で、黒い塊が動いたような気がした。
よく見ようとするが、見失ってしまう。
「おい!誰かそこにいるのか!?」
門番のそばにあるだろう、何かに声をかける。
モゾモゾモゾ
黒い塊は、よりはっきりしてきた。
それを見て、ゾワッと悪寒が背中を駈け上がった。
認識阻害のスキルだ。
そう確信した途端、目の前がひらけた。
黒い塊のようだったものは、黒いローブを着た魔道士だった。
目が、合う。
魔道士は、兵士を見て、ニヤリと笑った。
カーンカーンカーンカーン
兵士は緊急事態を知らせる鐘を鳴らす魔道具を起動した。
そして、境界監視班に連絡を入れる。
「侵入者だ!門番がやられた!近くにローブ姿の人影を確認!魔道士と思われる!」
「なんだと!人数は!?」
「今は不明だ!確認したのは一人!」
「すぐに部隊を向かわせる!」
監視班と繋がっている、音声伝達機にまくし立てる。
「おい!お前ら!侵入者だ!厳戒態勢を!」
そして、屋上にいる他の兵士たちに声をかけた。
しかし、兵士たちは、自分とは違うところを見つめて騒いでいる。
「おい!何してる!はや く」
早くしろ、と言いかけて、その兵士も、他の兵士が見ているものに気づいた。
黒いローブの魔道士が、砦の真上に浮かんでいた。
兵士は、門の前を確認する。
黒いローブが、スルリと門の中に入っていくところだった。
「そいつは侵入者だ!取り押さえろ!」
兵士たちに指示を出す。
「監視班!聞こえるか!侵入者をもう一人確認した!砦の真上を飛んでいる!浮遊のスキルを持っていると思われる!門番を倒したと思われるやつは、たった今砦内に侵入した!!そっちは認識阻害のスキルを使っている!砦に侵入した魔道士の捕縛と、屋上への応援を頼む!!」
監視班に、侵入者の新たな情報と、応援を要請した。
相手は少人数だ。
侵入は許してしまったが、認識阻害のスキルは認識されたあとではその効果は弱まる。
まもなく捕まるだろう。
そう思った。
その考えは、とても浅はかなものだったけれども。
砦から少し離れた場所に、異常な魔力を感じる。
ゴウっと、狭い空間に風が吸い込まれる様な音が2つ。
その後、闇夜に浮かぶ、2つの孔が出現した。
「グオオオオォォォ!!!」
魔物の唸り声が辺りに響く。
リノセロスだった。
それも一匹ではない。
孔から、次々にリノセロスが姿を表す。
一兵卒が十人がかりでようやく倒せる魔物だった。
獰猛で、食欲も旺盛。
時には共食いも辞さない為、通常は群れることはないはずの魔物だった。
それが、黒い孔から、吹き出すように何十匹も現れたのだ。
呆然としていると、今度は地鳴りがした。
リノセロスの出てくる孔の隣の、もう一つの孔から、複数のゴーレムが出現する。
高難易度のダンジョンや、古代の遺跡の門番として存在し、その頑強さから、並の攻撃や魔法は無効化される。
ゴーレムがいるゆえに、難航不落の烙印を押されるダンジョンもあるくらいだった。
このような平野に、存在するはずのない魔物だった。
孔から魔物が出現してまもなく、門から応援の兵士たちが、外に出ていくのが見えた。
兵士たちは、勢いよく飛び出して、目の前にそびえるリノセロスとゴーレムの大群に足を止める。
魔道士一人と思っていたのが、高ランクの魔物の群れだったのだ。
兵士たちに落ち度はない。
しかし、その認識の違いを正す時間を、魔物が与えてくれるはずもなかった。
魔物たちは、兵士たちを、まるで紙クズでも投げるかのように、吹き飛ばした。
あるものはリノセロスの角に貫かれ、またあるものは踏み潰され、吹き飛ばされる。
何人かの手練は、リノセロスの弱点をうまくついて倒すものもいたが、未だに孔から湧き出すため、きりがない。
いずれ力尽きて倒れるのだろう。
ゴーレムたちは、砦に向かって歩いている。
立ち向かう兵士たちを、蚊でも払うかのように振り払う。
ゴーレムの弱点はその動きの遅さだったが、攻撃が通らないのでは意味がない。
砦の周りを、魔物たちと、兵士の死体が埋め尽くしていく。
ああ、これは悪夢だ。
この悪夢で、その兵士の唯一の救いは、魔物から一番離れた見張り台にいることだった。
ここにいれば、助かるかもしれない。
一縷の望みだった。
ゴウっと、魔物の溢れる孔ができたときの音が聞こえた。
兵士の、すぐそばで。
兵士は、ゆっくりと、音のした方へ、顔を向けた。
また、魔物が湧き出すのかと思ったが、さっきまで魔道士がいた場所に、今度は黒い魔法陣が浮いていた。
魔法陣の発生時になにかあったのか、屋上の床が一部抉られ、周囲には数人の兵士が倒れていた。
事切れたものもいる。
黒い魔法陣は上昇し、見張り台より、わずかに上の高さに浮いたところで、徐々にその輪を広げていく。
どんどん広がり、砦のすべてを覆うほど大きくなったところで、落下した。
黒い魔法陣が体を貫通するように通過した瞬間、兵士は自分が死んだと思い、目を閉じた。
しばらく待ってみたが、まだ、意識がある。
体に痛みもない。
ゆっくりと目を開けてあたりを見回すが、魔法陣が現れる前と変わらない。
ホッとしたのもつかの間だった。
「うぎゃああああ」
「やめろおおお」
屋上にいた兵士たちの悲鳴が、そこかしこで上がった。
魔法陣の出現に巻き込まれて、絶命していたはずの兵士たちが、立ち上がって、仲間の兵士を襲っている。
一人、二人、状況についていけずに、仲間の兵士に殺された。
そして一刻もしないうちに、たった今殺されたはずの兵士たちが立ち上がった。
自分たちを殺した、あの兵士たちと同じように、今度は自分達が仲間を手に掛ける。
アンデッド。
兵士は死体が動く魔物を思い浮かべた。
しかし、兵士が知っているその魔物は、長期間放置された死体が魔物化したもので、大抵はひどく腐敗したものが多い。
目の前のそれと一致しない。
「許せ」
誰かが、そう呟いて、生き返った兵士の頭を切り落とした。
アンデッド、生ける屍の定石。
死んだあとも体に信号を送り動かしていると考えられる頭を切り離す、もしくは破壊することで活動が止まり、死後も強制的に動かされた死体はその反動で急速に腐敗を進め消滅する。
定石通り、頭を切り落とされた兵士は、一度崩れるように倒れ、動かなくなった。
しかし、そのまま腐敗が促進することはなく、びくんと大きく体を震わせる。
体と頭の間を、黒いモヤが繋いでいる。
徐々にその間を詰めていき、そしてついには、再び頭は、体の元の場所に収まった。
その、兵士は、ゆっくりと、立ち上がる。
そして、生きていたときの名残だろうか、ごきりと、首の関節を鳴らして、剣を、振り上げた。




