3話 闇夜の襲撃者
魔物強襲の知らせが砦内を駆け巡ったのは、夜間の見張りの兵士たち以外が寝静まった頃だった。
カーンカーンという、鐘の音が、砦内に響き渡っている。
びっくりして飛び起きて、何が起こったのかと部屋を出ようとしたところで、自分の服装に気が付く。
セーラー服しか持ってないわたしに、マーレさんが、寝間着にと貸してくれた、マーレさんにとっては膝丈のワンピース型のネグリジェ。
着てみると胸元の布が垂れ下がって悲しくなったけど、借り物だからそのまま使わせてもらった。
危うくそんな素敵スタイルで廊下に出るところだった。
椅子の上に畳んであったセーラー服に着替えていると、部屋のドアがノックされる。
「カナちゃん、起きてるか?」
「ビートさん!すみません、今着替えてて。」
「詳しいことはわかんねぇけど、魔物の強襲があったみたいだ。砦内がごたついてるから、今から一緒にミンスの旦那のとこに行ってくれるか?」
魔物の強襲。
ここに来るとき、平野に入ると、魔物はほとんど出ないって、ビートさんが言ってたはず。
ここまで砦が大騒ぎするような魔物の出現に違和感を感じつつも、急いで着替えを終えてドアを開けた。
「お待たせしました!」
勢いよくドアを開ける。
ビートさんがちょっとびっくりした後に、ホッとした顔になる。
「無事だったな。」
「え?」
「悪いけど、急ぐから、ちょっち我慢してね。」
「は?え?ちょっ!」
ビートさんは、返事を待たずに、わたしを肩に担ぎ上げた。
あまりに軽々担ぎ上げられて、びっくり。
こういう、力仕事系はだめだと思ってた。
重たくて持てないって言われるよりいいけど、荷物みたい。
こういう場合、普通はお姫様抱っことか。
別にしてほしいとかじゃなくて!
私がぐるぐる考えてるのをよそに、ビートさんは、わたしを抱えて廊下を走ってた。
荷物担ぎされてる状態から、少し体を起こして、周りを見る。
砦の中は、ビートさんのいうとおり、騒然としていて、兵士たちでごった返していた。
中には、普通の服装をした人たちが、何があったのかとキョロキョロしている。
わたしたち以外にここに泊まってた冒険者かもしれない。
ビートさんは、そんな混み合った廊下を、人の間をすり抜けるように走っている。
誰もビートさんを見ない。
かなりのスピードで走ってるから、いくらみんな魔物襲撃の対応に忙しくても、誰かしらに見られそうなのに。
曲がり角で、危うく人にぶつかりそうになった。
思わず目をつぶる。
衝撃はない。
そっと目を開けると、目の前に人だかりがなくなっていた。
さっきまで溢れかえっていた人は、今はビートさんの足元にいた。
「壁を走ってる。」
「怖いかもしれないけど、もう少し辛抱しててな。」
ビートさんは、足元の人だかりを避けるように、廊下の側面の壁を走っていた。
壁の僅かな突起(ほぼ視認できないレベル)に、足をかけながら、重力で落下する分、常に上向きに力をかけることで、落ちずに壁を走っているようだった。
忍者みたい。
天井が高い作りだから、人の上を走ってもまだ余裕がある。
だからといって、この状況でも、やはり兵士たちは、こちらをみない。
何かのスキルの力なのかもしれない。
いつものおちゃらけたビートさんからは考えられないくらい、怖い顔して走ってるから、何も聞かずに、足元を行き交う兵士たちを見ていた。
ゾワッ
首筋の後ろから背中にかけて、何か冷たいものが走る。
え、なに!?
「ビートさん、今、何か 」
ビートさんを振り返ると、さっきよりも険しい顔で廊下の先を見つめている。
『解析』が自動的に発動した。
これは前にも経験がある。
こちらに召喚された直後、命を狙われたあの瞬間にも、同じように、自分の意識外で『解析』が発動した。
おそらく条件は“殺意”。
命の危険を感じたわたしの本能が、スキルを発動させているんだろう。
兵士たちに混じって、明らかに異質な雰囲気を漂わせている、目深に黒いローブを羽織った魔道士のような格好をした人に目が留まる。
「ビートさん」
わたしは、魔物と違い、人に対して『解析』以外のスキルをむけたことがない。
明らかに危険だとわかるけど、人に対して使うことに、ためらいを感じる。
ビートさんは、わたしの方をチラッと見ると、安心させるように、目元を細めた。
『いざというときは、オニーサンが護ってあげるから頼りにしてなさい。』
船の中で言われた言葉が思い出される。
ビートさんが、ひときわ強く壁を蹴った。
気がする。
今までより大きく跳躍したからそう思ったけど、衝撃も揺れもほとんどなかった。
ビートさんが、ふわっと、黒いローブの人の後ろに降り立ったのと、黒いローブの人がその場に崩れ落ちるのは同時だった。
「殺したんですか?」
「いんや、ちょっと気絶してもらっただけだよ。こいつには聞きたいこともあるしね。」
ビートさんが、わたしを床におろして、黒いローブの人に近づいた。
さっきまでこちらを見もしなかった兵士たちが、何事かと集まってくる。
ビートさんが、兵士たちを手で制して、黒のローブに手をかけようとした瞬間。
『解析』が完了した。
わたしの意思とは無関係に、左目が、その様を捉える。
黒いローブの人間が『分解』を始め、そのエネルギーが中心に収束していく。
ああ、これは、ダメなやつだ。
「ビートさん!離れてください!!!」
わたしが叫んだ直後、黒いローブの人間だったものは、収束したエネルギーを一気に放出した。
エネルギー体の中心が、ブラックホールのように周辺を飲み込みながら拡大していく。
エネルギーが暴発したことによる、“時空の歪み”だった。
兵士たちの叫び声が廊下に反響する。
ゆっくりに見えて、一瞬の出来事だった。
理解できても、凡人のわたしには反応する余裕がない。
目の前に、時空の歪みが迫り、砦の壁や床、天井がその中心へと吸い込まれて、私の足元が崩落した。
そして、落ちる寸前、誰かに抱き込まれた。
ビートさんだった。
私をかばうように、抱き込んで、でも、その後ろには真っ黒な闇が迫っていた。
だめ。
無意識に、歪み、黒く蠢くその空間へ手を伸ばした。
ガラガラと、壁の崩れる音がした。
階下に落ちた割に、衝撃はあったけど痛みはなかった。
ゆっくりと目を開ける。
周りを見ようとしたけど、頭と腰をしっかり抱え込まれてて、身動きが取れなかった。
だんだん意識がはっきりしてきて、ビートさんに抱きしめられていると分かった。
耳元に吐息が聞こえる。
大丈夫、生きてる。
「ビートさん、ビートさん!」
呼びかけると、うー、と唸って、ビートさんが身をよじった。
わたしの体から手を離して、ビートさんが起き上がる。
「いってえぇぇ!」
あちこち擦り傷と打撲だらけのビートさんが、いてててて、と言いながら腕の傷を舐めた。
私をかばったせいだ。
きっと、ビートさん一人なら怪我をすることもなかったんだろう。
「はは、こういう体張るのはロンデのおっさんの仕事なんだけどな」
わたしの視線に気づいたビートさんは、笑って、怪我をした方の手を振ってみせた。
「おっさんの筋肉なら、ぶつかった壁の方が粉々になるだろうからな」
鋼より硬い筋肉という『解析』結果を思い出して、少しだけ顔の筋肉が緩む。
「ありがとうございます」
謝ろうと思ったけど、やっぱり、謝罪の代わりにお礼を言った。
ビートさんの怪我をした方の手をそっと持つと、スキルを発動する。
指先から腕、肩、背中、そして全身へ。
ついでに破れた服も。
『構築』を始めた瞬間、ビートさんの体が強張るのを感じたけど、気付かないフリをして、元通りに『構築』した。
本当は、ビートさんはこの力を使われたくないんじゃないかな、って思ったから、了解を得ずに治してしまって、気まずくて顔が上げられなかった。
「ありがとな」
少しうつむくように、ビートさんの腕を見つめたままのわたしに、ビートさんが言った。
そのまま、わたしが掴んでいた手を逆につかまれて、引っ張り上げられる。
「御子さん、すげぇー!って感傷に浸りたいところだけど、まだお仕事が残ってるから、手伝ってくれるか?」
ビートさんに言われて、改めて周りを見回した。
わたしたちは、大した怪我はなかったけど、兵士の何人かは、時空の歪みに巻き込まれて、重症の人も居るようだった。
怪我のない他の兵士たちが、怪我人に小瓶に入った液体を飲ませている。
回復薬だった。
飲まされた兵士の出血が止まる。
しかし、時空に飲み込まれた手や足は生えてこなかった。
「せめてくっついてれば、上級の回復薬や回復魔法で治ったかもしれないけど、物がなくちゃな。とりあえず、死ぬことはないだろうから、先にこっちを片付けようか」
わたしが兵士たちの傷を治すかどうか悩んでると、ビートさんに止められた。
「ここでこの人数にスキルを使うと、それこそ収集が付かなくなる。ここは何とか助かったけど、襲撃自体は終わったわけじゃない。混乱を招くだけだよ」
怪我人を見捨てておけない、と思ったわたしの心を見透かすように、ビートさんが言った。
早く治してあげたいなら、一刻も早くこの襲撃を収めることだ。
わたしも思い直して、頷いた。
「それで、さっそくなんだけど。俺の見間違いでなければ、こいつはさっき、あの黒い球体みたいなのに飲み込まれたように見えたんだけど。カナちゃん、なにかした?」
ビートさんのいう“こいつ”とは、エネルギー体になって消滅したはずの黒いローブの人だった。
発生した歪みを間近で見ていたビートさんは、残った黒いローブが時空に飲み込まれたのを見たんだろう。
「あの時、このローブの人の生命エネルギーが暴発して、時空に歪みが生じました。あのままいけば、ビートさんまで飲み込まれてしまうと思ったので、咄嗟に、歪みの生成過程を逆行させました」
「“アレ“を巻き戻して人に戻したのか」
ビートさんが軽く目を見開いてわたしと黒ローブの人を見比べる。
「こいつが、また同じようなことを引き起こす可能性は?」
「わたしの『解析』した限りではありません。暴発した原因になるものは取り除いたので、今はその人はただの人間です」
「そっか。あ、こいつ、他に自爆装置とか、自害用のものとか、他についてない?」
「ありません。あの暴発装置がそういったものだったみたいですね」
「助かる。これで、生きた情報が手元に残った。ついでに、しばるものとかないかな?」
その後、黒いローブを着た侵入者は、わたしが『構築』した、鉄製の縄でこれでもかというほど、丁寧に縛りあげられた。




