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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第6章 ダンジョン探索!
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第九十八話 現地で一悶着

 グレースの装備を買いそろえた後。

 弘は、かなりの量の食料を購入し、水も数樽分用意している。これは、何日かをダンジョン内で過ごすための物だが、普通に考えれば物量的に潤沢すぎであった。


「普通は非常食で揃えて、余分に2~3日分あればいい方なのだけど……」


 酒場で合流した際、買い物内容を聞いたノーマは呆れ顔で言っている。しかし、単独行動で、食料・飲料水が豊富にあれば楽……という考えが身に染みついてる弘は、意に介していない。


「まあまあ、たくさんあるってのは良いことじゃん? 水筒や非常食なんかも別に用意してあるし、たいていのことには対応できるって」


 ノーマが「非常識ねぇ」と呟いているが、特に驚いた様子はない。弘のアイテム欄収納について、元ムーンパーティーのメンバーなら、皆が知っていることだからだ。むしろ、弘としてはグレースの反応の方が気になる。


「複合弓を買ったときにも聞いたが、あれほどの物量を収納できるとは。本当に驚きだ」


 何やら彼女の中で、弘の評価が急上昇しているようだ。

 ことさら訂正する気はないし、否定をする必要性も感じないが、弘にしてみればムズ痒い気がしてしかたがない。


(美人さんに感心されるのは嬉しいけど、過大評価されると肩が重いよな、やっぱ)


 そして、カレンの様子も少しおかしい気がする。グレースが弘に対して何か反応を示すと、面白くなさそうな態度を取るのだ。


(こっちはこっちで……このままダンジョンに潜って大丈夫なのか?)


 そうは思えど、出発の準備はすでに完了している。

 不安があろうが、後はダンジョンのある現地に向かうしかないのだった。 



◇◇◇◇



 クリュセダンジョンまでは乗合馬車が出ていたので、弘達は馬車移動をしている。ちなみにパーティー分の運賃は弘持ちだ。弘パーティーで1台貸し切り……というより、6人乗って丁度満員になった馬車の中で、弘は腕組みして考えこんでいる。


(う~ん。アレだな。今のパーティーは今回限りっぽいけど。将来的に自分のパーティーを持ったら、パーティとしての買い物や出費のことも考えなくちゃいけねぇのか。てこたぁ、拾得物とか報酬の分配は、単純に人数割りしちゃ駄目っぽいな)


 考えてみれば当たり前の話だが、パーティー運用の予算は別に確保するべきだろう。

 以前にプレイしたダンジョン探索系のゲームでは、特定のキャラに所持金を集金させるコマンドがあって、高額アイテム購入時に重宝していた。だが今は、他のキャラ……例えばこのパーティーでは、カレン達を所持金0状態にはできないため、上手く分配しなくてはならない。


(今のところは俺持ちで諸々済んでるし、今回の報酬や拾得物は人数割りでいいか。それにしても、会計事務とかマジうぜぇ……)


 いつか自分のパーティーを本格的に持つことがあったら、メルのような頭脳動労担当に丸投げしよう。


(いいや。今回分の報酬とかの分配も、メルに相談した方がいいな。うん、それがいい)


 そう結論づけた弘は、馬車内の様子を確認した。

 馬車は一頭引きの木製幌付きで、荷台の両側にベンチ状の座椅子を設けている。弘は左側中央に座っており、左にカレン、右にグレースの配置だ。向かい側はカレンの正面にシルビアが座り、その左隣にメルとノーマが順に座っていた。


「ところで……カレンにグレース? もうちょっと離れて座ってくれると助かるんだが?」


 出発してから暫くたつが、2人して密着してこられると色々と困る。

 無論、両手に花なので嬉しいが、股間が反応すると気まずいことになるし、なにより暑苦しい。


「なんだ? サワタリは我がこうしていると迷惑か?」


「迷惑って言うか、暑いんだよ」 


 グレースの問いかけにムスッとした口調で返事すると、今度はカレンが左側から見上げてきた。


「暑いですか? 私は、それほどでは……」


「うむ。馬車の前から後方へ風が吹き抜けているし。そんなに暑くはないぞ?」


「俺は2人から密着されてるから、それでも暑いんだよ!」


 大声ではないものの語気を強めて言うと、2人は少しばかり離れてくれる。が、すぐに尻位置をずらして寄ってきた。


「あのなぁ……」 


「まあまあ、良いではないか」


「私、こうして男の人と馬車に乗ってみたかったんです。ほんとは2人きりの方がいいけれど」


 2人が何か言っている。特にカレンは何か付け加えていたが、弘は敢えて聞かない振りをした。


(あ~もう、暑い。……グレースは軽装だから、身体の柔らかいのが革鎧のない部分で伝わってくるし……てか、2人ともイイ匂いしすぎだろ! もう、勘弁してくれ!)


 馬車がクリュセダンジョンへ到着するまで2時間ほどであったが、その間、弘は暑さと女性2人による感触やら匂いに悩まされ続けたのである。

 


◇◇◇◇



 ディオスク西にあるダンジョン、クリュセ。

 晴天下の現地は、ちょっとした宿場町が形成されていた。


「なんか、こう……思ってたのと違うな」


 馬車から降りて外の空気を吸った弘は、どこの観光地か? と言いたくなるような光景を前に呟いている。それを聞いたのか、メルが女性陣が降りきる前に説明してくれた。

 クリュセは、近場のブレニアダンジョンもそうだが、モンスターが外まで出てこない。それが『管制室』の制御によるものかは定かでないものの、人々はダンジョン入口を基点として宿場町を設け、集まってくる冒険者達を相手に商売をしているのだ。


「ふうん。そうなると管制室を探す依頼を請けてるのは、俺達だけじゃないってことだよな?」


「そのとおり。地下に広がる巨大施設だからな。単独のパーティーにだけ任せていたら、いつまでたっても探索が終わらないんだ。要するに早い者勝ちということだ」


 とはいえ、無原則に冒険者を送り込んでいてはギルドによる統制が弱くなる。そこで、各ギルド支部で常時3組まで派遣できるようになっていた。


「この国には大都市配置で12のギルド支部がある。王都本部を含めると13だな。小さな町や村にもギルド支部があったりするが、それらすべてを含めると……ギルド支部の数は百数十にもなる」


 もっとも、小規模ギルド支部のすべてがクリュセに冒険者を派遣しているわけではないし、大都市のギルド支部でも未派遣のところはあるとのこと。


「けど、少なく見積もっても百組以上の競争相手が居るってことだよな?」


「そうなる。確かに競争は厳しいが……それよりもだ。これだけ数が集まってるのに、まだ探索が完了していない。そのことにこそ注目すべきだな。ここのダンジョンは、噂に違わず手強いということだ」


 メルの忠告に、弘は「なるほど」と頷いた。

 ライバルが多いからと言って、無闇に競争心を持っていてもしかたがない。そんなことに心奪われる暇があったら、現に目の前にあるダンジョン……その高難易度に眼を向けるべきだと、メルは言っているのだ。


「気合いを入れて……いや、落ち着いてマイペースで行くか。どうせ、モンスターが出たり、罠を発見したりしたら。嫌でも気合い入れなきゃいけねーんだしな」


 自分に言い聞かせている弘を、降車して集まってきたカレン達が微笑ましそうに見ている。その視線に気がついた弘は、わざとらしく咳払いをしてからメルに聞いた。


「それじゃ、取りあえずどうしたらいいと思う?」


「そうだな。昼時も近いし、酒場でも探して食事といこうじゃないか。どうせ、ギルド支部が出張ってきてるだろうから、そこを探そう」


「わかった。みんなも、それでいいよな?」


 他メンバーらが頷いたので、弘はメルと並んで歩き出す。

 空は幾つかの雲が流れているだけで、けっこうな晴天だ。胸一杯に吸う空気が美味いし、遠くに見えるのは、割と立派な町並みと多くの人影。あの人々のほとんどが冒険者なのだろう。

 何と言うか、遊園地やテーマパークを歩いているような気がしてきた。


(浮ついてるみたいで不謹慎だけどな。でも、パーティーでダンジョンに潜るんだよなぁ。すげぇ、ワクワクしてきたぜ!)

 


◇◇◇◇



 乗合馬車の発着場から数分歩き、弘達はクリュセ前の大通りでギルド支部を発見している。最初に弘が思ったのは、今までに見たどのギルド支部よりも建屋の規模が大きいこと。メルが言うには、国中の冒険者が集まるので、それに応じて大きく建てられたとのことだ。


「冒険者ギルド・ディオスク支部……クリュセ出張所か」


 2階建て支部の看板をみた弘は、思わず音読している。

 日本で言う県事務所や振興局の、更に別室のようなものかと考えていたが、1階酒場へ入ろうとするノーマが手招きしながら説明してくれた。


「ダンジョンに入るには、ギルドの派遣証が必要。で、各都市のギルドから派遣証を貰ってくるのが普通だけど、直接ここへ来ちゃう冒険者もいるのよ。そんなとき、ここにギルド支部がなかったら、近いところだとディオスクまで戻って……ってことになるでしょ? だから、現地にもギルドの施設が必要なわけ」


 ちなみに、クリュセ出張所でも単独で派遣証発行が可能であり、クリュセダンジョンの探索依頼に関しては10組まで派遣可能とのこと。


「へ~、いろいろ上手くできてるんだな」


 感心しつつ酒場へ足を踏み入れると、先に入っていた冒険者達から視線が向けられた。


「おい、新入りだぜ?」


「女が多いな。いいとこのボンボンが、執事さん付きでハーレム道中か?」


「あの向こう傷入った人相を見て物言えよ? ありゃどう見てもヤクザだ」


 サワサワ噂されているが、顔のことで何か言われるのは慣れているため、そこは気にならない。しかし、身内までからかわれたのでは……と、こめかみに血管が浮きそうになるが、ここでシルビアが囁きかけてきた。


「サワタリ殿、冷静に。私達で気にしている者は一人もいませんから」


「うえっ!? あ、ああ、そうなの?」


 振り向くとカレン達が苦笑しているのが見える。

 幾分、バツの悪い気分になった弘はボリボリ頭を掻くと、先に空きテーブルへついていたメルの方へと歩き出した。


(こういう時に女から気遣われるとか、みっともねえ。いつまでもチンピラ気分じゃいられねーってか?)

 

 そうして全員がテーブルにつくと、皆それぞれに食事を注文し始める。


「ヒロシ。こういう時は個人で支払うから、気にしなくていい」


「……教えてくれて、どーも」


 一瞬気にしかけていたことをメルに見透かされ、そんなに顔に出てたか? と顔を撫で回すも、特徴ある顔傷が感触としてあるのみだ。

 その後、各自の食事が届く。女性陣はパンと野菜スープといった軽食で、メルと弘は肉たっぷりのシチューとパン、それに申し訳程度に野菜のソースがけだ。


「魔法使いは、もっと小食かと思ってたが……」


「それは偏見だな。頭脳労働者は頭に栄養が必要なのでね」


 しれっと言うメルだが、スープを口に運びながら話をし出した。


「行儀悪いかもしれんが……皆、食べながら聞いてくれ」


 ざっと見回したところ、この酒場には名の知れた冒険者パーティーが何組か居ると言う。


「王都でも噂になったパーティーが三つ。一つは、あそこだ」


 メルの視線が真向かいに居た弘の後方を向くので、弘は肩越しに振り返った。そこには、白銀色に輝く甲冑を着込んだ男が居て、仲間達と何か話し合っている。


「王都の騎士様だな。それも、騎士団では特に有名な若者だ。そして次は……」


 その騎士とはテーブル二つ分ほど離れた場所へ、メルの視線が動く。


「女だけのパーティー……か?」


「うむ。ノーマが居る前で言うのは何だが、全員が盗賊ギルド出身だ」


 チラッとノーマを見ると、興味なさそうな素振りで果実酒を飲んでいる。この話をメルが持ち出したことについて、彼女がどう思っているかは不明だ。ノーマからの反応が得られないので、弘はメルに視線を戻している。


「盗賊ギルド出身って……戦士や僧侶や、魔法使いっぽいのが居るけど?」


 そう、その女性パーティーは5人編成。戦士・戦士・僧侶・偵察士・魔法使いの組合せだった。あのメンツで、偵察士以外の女性達も盗賊ギルド出身だというのだろうか?


「別に、コソドロ働くだけが盗賊ギルドの仕事じゃないもの」


 メルに代わってノーマが口を開く。


「仕事内容は、冒険者ギルドと競合してる部分が多いのよ。だから戦士も居るし、破門された坊様が転がり込んだりしてるわけ。ただし依頼は……ヤクザな裏仕事が、ほとんどになるけどね」


 ノーマは言い終えると怪しげに笑った。

 その凄みある表情に弘は寒気を覚えたが、ヤクザの息がかかったナントカ業界などは、日本にもあったし……と自分を納得させる。そして、最後にメルが説明したのが、自分たちのテーブルから最も離れた位置にいるパーティーであった。

 見た感じ戦士が4人居て、人間の偵察士と僧侶が同じテーブルに居る。

 そのパーティーの異様さは、弘にも一目で理解できた。戦士職が全員、亜人やモンスターだったのである。


「ミノタウロスにリザードマン? なんか猿っぽいのもいるし。ああ、椅子に座れないから床に座ってるのな。……あとは、肌の黒い耳の尖った女……」


 そこまで呟いた弘は、右隣のグレースを見た。グレースは弘の視線を受けて頷く。


「ダークエルフだな。間違いない」


 ファンタジー小説などでは、暗黒神に魂を売ったとか、闇の妖精族とかいう触れ込みで良い印象がないダークエルフ。この世界にも居たのか……と思うと同時に、エルフが居るんだから、そりゃ居るよなと、弘は一人納得する。

 そう言えば、この世界でもダークエルフは印象が悪い、あるいは種族的に素行が悪かったりするのだろうか?

 グレースに聞いてみたところ、彼女は首を左右に振った。


「いいや? 単に肌が黒いから、エルフの中でも忌み嫌われているだけで、サワタリが言うような話は聞かないな」


「なんだ、ただの人種差別か。しょうもねーな」


 肌の色が違うからどうこうといった人種差別について、日本人である弘はピンと来ない。グレースらに対する亜人蔑視もまるで理解できないが、肌色の違いなんてものは、なまじ元の世界で見聞きしたことがあるだけに余計に理解不能だ。


「俺の眼には、単に色黒のエルフにしか見えねーけどなぁ。ああ、そうだ。みんなに言っておくけど、俺がリーダーやってるパーティーでは、亜人がどうとか肌の色が違うとかで、いざこざを起こさないようにな? よそから難癖つけられる分には、俺に言ってくれればいいから」


 皆が頷く。そんな中で、メルが興味深そうに弘を見た。


「ヒロシには、そういう差別意識はないのかね?」


「ないねぇ。いや、嫌な思いをさせられたんで、良い印象がないってのはあったかもしれねーが……。少なくとも、こっちの世界じゃ無いな」


「ほう? こっちの世界? 面白い言い回しをする。まるで君が……」


 どうやら口を滑らせたらしい。メルがテーブル上に乗り出してくるのを見て、ヒロシは舌打ちをした。

 自分が異世界からの転移者であることは、できれば隠しておきたい程度のことだ。しかし、こういった『その他大勢』が居る場で話すことではない。


「ん~……その話は、ダンジョンにでも潜ってからしよう。それで? 3組目の連中は、パーティーに亜人やモンスターが居るのが問題だってのか?」


「ん、それもあるが……素行が良くない」


 素行が良くないというのは、先に説明された、盗賊ギルド出身者ばかりの女性パーティーより良くないということだろうか?

 そこを弘が質問すると、メルは大きく頷いた。そして、皆が食事を終えているのを確認し、声を潜めて話し出す。騒がしい酒場の中で声を潜めるものだから、必然的に、皆がテーブル上に身を乗り出すこととなった。


「討伐対象を食うんだそうだ。例えそれが人間でもな。あと、相手方に女性が居た場合は……」


「あ~……言わなくていい」


 弘はメルの話を遮る。

 どうせ強姦するだとか、そういう胸くそ悪い話を聞かされると思ったのだ。

 メルは肩をすくめているが、話の流れで先が読めていたのだろう。カレン達が感謝するような眼差しを弘に向けてきている。ともかく、今言われた冒険者パーティーの内だと、女性パーティーと、亜人混じりのパーティーには近づかない方が良さそうである。


「まともなのは騎士さんのパーティーぐらいか」


「でも、規律規律って五月蠅いらしいわよ? 今居るパーティーメンバーも、国絡みの人間ばかりって話だし」


 ノーマが面倒くさそうに言うが、それでも他2組よりはマシだろう。



◇◇◇◇



 話している間に食事を終えたので、これからどうするかを話し合ったところ、全員一致でダンジョンへ向かうこととなった。本来なら朝一番で入るのが良いらしいが、まだ昼時だし遅すぎはしないだろうというのが皆の統一見解だった。

 各々が女給に料金を支払って席を立ち、そのまま出口に向かったのだが……先頭を行く弘の前に、3人の男が立ちふさがる。

 大柄な男が板金鎧を着込み、他2人は革鎧。3人とも戦士風だが、いったい何の用なのか?


(まあ、何となくわかるんだけどな)


「よお、兄ちゃん? 見ねぇ顔だな?」


「俺達、人手が足らなくてよぉ。そっちのメンバーを何人か融通してくれねーか? そうだな、女で4人も来てくれれば助かるぜぇ。俺達の息子がよぉ、寂しい寂しいって夜泣きしてるんだぁ」


 そう言って革鎧組がゲラゲラ笑う。下品なこと、この上ない。気になるのは、真ん中で立つ板金鎧の戦士が何も言わないことだが。彼は2人とは一味違う感じなのか? などと弘が考えていると、板金鎧の戦士が厳つい顔を歪めた。


「そういうわけで、女を寄越しな。兄ちゃんがリーダーなんだから、ウンと一言言ってくれれば、真っ当な移籍で済むんだが……なあ?」


(やっぱ駄目か。大男でリーダーってきたら、ゴメスさんを思い出すんだけど。比べたらゴメスさんに失礼なぐらい、チンピラだよなぁ……)


 今は亡きゴメス山賊団とその団長に思いをはせながら、弘は周囲に視線を配る。クリュセ出張所は、通常のギルド支部よりも規模が大きい。当然、酒場も大きいのでテーブル数は多く、昼飯時であることも相まって酒場内は冒険者でごった返していた。


(見物人が集まってるな。俺達を助けようって物好きは……いないか)


 できれば他の者の助勢を得て、揉め事なしで酒場を出たかったのだが、そうはいかないらしい。


(やれやれ、必要以上に目立ちたくないんだが、やるしかねー)


 売られた喧嘩だ。買わなくてどーする? というのが弘のモットーである。昔取った杵柄と言うべきか、下から睨み上げるようにガンをつけながら……の行動に出かけて、はたと弘は思いとどまった。


(待てよ? 俺がいきなり喧嘩するより、カレン達に話を振った方が面白いかも!)


「あん? どうした?」


 板金鎧の男が怪訝そうに声をかけてくる。だが、弘はかまわずカレン達に聞いてみた。


「この人達が勧誘してるけど? みんな、どう思う?」


 振り向きつつ言う弘が盛大にニヤニヤしているので、察したカレン達が顔を見合わせて笑った。


「え~? かなり嫌ですぅ」


「そうですね。下品すぎますから」


 カレンが冗談めかした困り顔で言うと、続いてシルビアがバッサリ切り捨てる。


「ぬなっ!?」


 男達が怯んだ。周囲の野次馬達は、まだ続きがあると悟ったか、皆が笑いを堪えて黙っている。


「顔が趣味じゃないのよねぇ。あっちも弱そうだし……」


「うむ。我は聞いたことがあるぞ? 確か、こういう人相でアレが弱いのをサゲチ……」


 ノーマのコメントで幾人かの野次馬が「ぶふぅ!」と吹き出し、グレースが言い終わるまえに酒場は爆笑の渦で包まれた。


「ううん。闘技場が歓声で揺れるのも凄かったけど、笑い声で酒場が揺れるってのも、なかなかイイ感じだな」


 冷静に弘が感想を述べている前で、絡んできた男達は顔を真っ赤に染めている。大勢の冒険者達の前で恥をかかされ、怒り心頭に発したと言ったところか。このまま捨て台詞でも吐いて逃げ去ってくれれば、弘としては言うことなしだが、残念なことに板金鎧の男が弘の肩を掴んできた。

 弘の革鎧は肩当てがないタイプなので、衣服の上から肩を掴まれる状態となる。相手の体格からすると、本来はかなり痛い掴み込みなのだろう。

 しかし、弘は顔色一つ変えてはいない。


(ん~……なんか、ギュッとされてる程度だな)


 ステータス値の『耐久力』も高い数値に達しているため、その辺の力自慢では痛い眼を見させるのも無理ということだ。とはいえ、いつまでも掴ませたままでは外に出られない。なので、弘は肩を掴む男の右手を取ると、そのまま捻る。


 ぐるん! ズダーーン!


 男の身体がその場で横に回り、肩から木製の床に叩きつけられた。


「ぐはあああっ!?」


「あ、兄貴!?」


「何しやがる、この野郎!」


 リーダー格の男が悲鳴をあげたのを見て、革鎧組が身構える。しかし、その2人を弘は鋭いガンつけで黙らせた。


「あぁ~ん? 絡まれて迷惑してるのは、こっちなんだけどなぁ~? 俺と本格的に喧嘩すんのか? おう? グーパンチ、何発入れて欲しいんだ? お前らが泣いて謝るまでか? あ?」


 言いつつにじり寄ると、革鎧組の2人が顔を見合わせる。そして数秒間見合ったかと思うと、まだ床に倒れて呻いてる板金鎧の男を両脇から支えて立たせた。


「覚えてろよ!」


「この仕返しは必ず……」


 捨て台詞を言い終えた後で逃げるつもりだったのだろうが、その前に弘が距離を詰める。


「馬鹿か、お前ら。仕返しどうこう言ってる奴を逃がすわけねーだろ?」


「え? いや、ちょっと! 今のは、お約束的な捨て台詞で……」


 怯む革鎧の男に弘が顔を寄せ、ニッと笑った。


「なんてな。じょう~だん、冗談だよ。次からは、相手を見て喧嘩を売るんだな」


「は、はははは、はいいいいっ!!」


 板金鎧の男を抱えて2人が転がるように飛び出していく。周囲からは「なんだ、喧嘩にならないのか?」「つまんねーなぁ」といった声が聞こえてくるが、弘は微かに苦笑しつつ、指でこめかみを掻いた。


(期待に応えてやっても良かったんだけどな)


 弘としては場所柄を考えたまでである。何しろ、ここはギルド酒場だ。酒場で喧嘩はつきものとは言っても、登録冒険者の身で酒場を壊しでもしたら、今後の利用に支障を来すかもしれないのだ。


(ヒロシ・サワタリ、右の者を出入り禁止に処す……なんてな)


 1回や2回の喧嘩で出入り禁止はないだろうが、回数を重ねればどうなるかはわからない。喧嘩をするにしても、どうしようもない時にだけにしておくべきだろう。

 ともかく、来て早々の喧嘩沙汰にはならずに済んだ。

 弘は待たせているカレン達を振り返り「あらためて出発するとしようか」と声がけしようとして、言うのを止める。皆が弘ではなく、弘の背後を見ていたのだ。ただし、その視線の向きがおかしい。どうやら天井方向を見ているようなのだが……。


「あぁん?」


 振り返ると、そこに巨大な人影がある。

 天井に達するほどの巨躯……と言っても、普通に立つと肩の高さで天井に達してしまうため、大きくかがんでいるようだ。そして、何と言っても目を引くのが、その頭部にある2本の角と雄牛の顔。


「ミノタウロスか……」


 ミノタウロスと言えば、ディオスク闘技場のバイケンを思い出す。バイケンは大層嫌な性格をしていたが、このミノタウロスはどうだろう?


(バイケンは焦げ茶だったが、こいつは黒牛って感じだな。馬車の幌で作ったみたいな服に、板金鎧か。武器は……大身のハルバード。定番だな。あとは腕前によるんだろうが……) 


 弘が観察していると、ミノタウロスが鼻を鳴らしながら話しかけてきた。


「面白いモノを見させて貰った」


「そりゃどぉも。見物料とか貰えるんなら、受付けてるぜ?」


 軽口を叩いたところ、ミノタウロスが爆笑した。周囲では、いったん散りかけた野次馬が戻りつつある。


「また喧嘩か?」


「おい、あのミノタウロス……インスンじゃないか?」


「さっきの連中はともかく、えらいのに絡まれてるな。あの新顔」


(そういや、こいつ……さっきメルが言ってた奴か)


 よりによって、一番危険だと言われていた者に絡まれたわけだ。まだ喧嘩を売られたというわけではないが、一応は警戒しておくべきだろう。


「ぐふふ。思ったとおり、面白い男だ……」


 ひとしきり笑っていたミノタウロス……インスンは、窮屈そうにしながら弘を見下ろした。


「別に喧嘩を売ろうというのではない。その顔の傷が気になってな……」 


 指さされた顔。その左側で縦に走る古傷を、弘は左手で撫でつけていた。その傷跡は、喧嘩傷を放置した結果そうなった、不始末の証である。格好いい話ではないので、弘は渋い顔をした。


「この傷がどうかしたか?」


「いや噂を聞いただけなんだが……暫く前、ディオスクの闘技場で流れの戦士が参加して、強者共をなぎ倒し……レッサードラゴンまで倒したという噂をな」


 インスンの言葉に、酒場内の冒険者達がざわめき出す。


「なんか、聞いたことがあるな」


「あれだろ? 今の話のレッサードラゴンとやったときは、他にサーペンターやアーマーライノスが居て、全部いっぺんに相手したって」


(違う違う。基本的に、ほとんど一対一だったっての)


 こういう野次馬達に一々反応していてはきりがない。心の中で訂正するに留めるが、彼らの話はなおも続く。


「最後には、増えながら爆発する変な奴を相手に闘って、そいつにも勝ったって話だ」


(ラングレンのことか。そういや、あの時の俺……石炭粉混じりの相手に、ガンガン鉄砲を撃ってたんだよな……。よく死ななかったもんだ)


 人型に対流させた石炭粉が銃弾により引火、次々に粉塵爆発を起こしたのだが、今思えば寒気がする。


「何でも……そいつは何処からともなく武器を取り出す戦士で、顔の左側に、こう……縦に走る傷が……」


 野次馬の中の1人……若い戦士らしき男が、人差し指で顔の左側を撫で下ろした。そして、その仕草を見た話し相手とともに弘を見る。いや、彼らだけでなく、今や酒場内に居る者すべてが、弘の顔傷に注目していた。


「くっくっくっ……」


 しんと静まりかえった酒場に、インスンの笑い声だけが響き渡る。


「そう、その顔の傷だ。お前、少し前にディオスク闘技場で……」


 ……チッ……。


 なんとなくイラッときたので弘は舌打ちしたが、インスンは構わず最後まで言い切った。


「10連勝を成し遂げた、ヒロシ・サワタリだな?」 


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