第九十七話 パーティー結成
そこに居たのは、クロニウスで冒険者働きをしていた頃、とある依頼で行動を共にすることになった冒険者パーティーのメンバーだった。
「イイ感じの依頼でも探して移動中っすか? ムーンやラスは?」
「彼らは……。いや、とりあえず座ってもいいかな?」
皆を見回したところ、全員が頷いたのでメル達は椅子を引いて腰を下ろす。
現状、娼館オーナーが居なくなったことで、弘の右側にグレース。左手側は手前からカレンとシルビアが居た。メルとノーマは空席となった弘の正面である。
メルは、壮年の男性魔法使いで、ムーンパーティーでは『先生』と呼ばれていた男だ。ギルド王都本部のジュード・ロオには及ばないが、魔法使いとしては熟練者である。
一方、ノーマは黒のショートカットで、キリッとした表情が印象的な長身女性。レクト村で事件に巻き込まれたときは、外の敵に対して窓から短弓で攻撃したり、終盤ではムーンの指示を受けるや、2階の窓から飛び出して弘の援護を行っていた。
ローブ姿のメルに対し、黒い衣服の上から革の胸当てを装着しており、その胸当て自体も、つや消し処理をした黒で染め上げている。
(今思えば、俺と装備が被ってるのな。もっとも俺の革鎧は焦げ茶色だし、ノーマのは胸が出た女性用か……)
そんなことを考えていると、メルが改めて皆に自己紹介をした。併せてノーマの紹介もしているが、それが終わったところで弘がカレン達に補足説明をする。
「ちょい前、ギルド依頼で一緒に行動してたパーティーの人達だ」
続いてカレン達の紹介を……その素性や事情はボカす形で済ませ、弘はメルに向き直った。
「それにしても、なんでディオスクに? 他のみんなは?」
「そのことなんだが……ムーン達とは別れたんだよ。ヒロシ」
「別れた? 仲違いってワケじゃないよな?」
「うん、実は……」
メルが語ったのは次のようなことだった。
ムーンがギルドの取り調べから解放されたあと……メル達は一つか二つの依頼をこなしていたのだが、ある日、ムーン宛てにギルド経由で知らせが入ったのである。
内容は、ムーンの実家を継いでいた兄が、事業の失敗で困っているから戻ってこい……というものだった。特に兄弟仲が悪くないムーンは、帰郷を決意。彼が抜けた後どうするかを、ムーンも交えて相談し合った結果、パーティーは解散となったのだ。
「サイードはムーンについて行った。ラスはクロニウスに残って、他のパーティーに入るとのことだ」
「彼、ウルスラに御執心だったものね」
ノーマが口を挟んだ。彼女は元居たテーブルから持ってきた陶器のジョッキを煽っており、中身は恐らくエール酒だろう。ウルスラ目当てと言うことは、ジュディスパーティーに参入しようとしているのかも知れないが、それはさておき、弘が気にしたのはメル達がディオスクに居る理由である。
「パーティー解散となったので、この機会に王都へ行こうと思ったのだよ。魔術師ギルドで新しい論文でも発表されていないか……とね。で、解散した翌日に出発しようとしたら」
「ギルドでヒロシの噂を聞いたのよ。ディオスクの闘技場で連戦連勝だってね」
ジョッキを置いたノーマが、またも話に入ってくる。上手くつなげた形になったので、メルは頷き、ノーマが喋るに任せていた。
「メルは、ヒロシの戦い方に興味があるから見物に行くことにしたの。そして、道中1人では危ないから、個人的に私を雇って護衛にしてた……ってわけよ」
「なるほど……てことは、俺の試合とか見てたのか?」
聞いてみたところ、クロム達との試合から闘技場に通って見物していたらしい。2人とも、弘に賭けて大儲けさせて貰ったと上機嫌だ。
「同じ都市に来ているし、お礼も兼ねて挨拶を……とな。ギルド宿に泊まっているのは、何度か見かけて知っていたから、こうして酒場で待っていたんだ」
妙に良いタイミングで話に入ってきたと思ったが、何のことはない。向こうは初めから弘を目当てにディオスクへ来ており、今日は酒場で弘達を見かけた後、弘達の用が済むのを待っていたのである。
「さて、悪いと思ったが話は聞こえていてね。ヒロシ、魔法使いが必要かね?」
「おっ? 俺のパーティーに入ってくれるんすか?」
願ってもない話だ。ギルドで募集するより手っ取り早いし、かつて行動を共にしたメルであるならば、気心も知れて何かとやりやすいはず。メルが「君さえ良ければね」と言ってくれたので、彼の参入は確定である。となれば、ここはノーマにもパーティー参入して欲しいところだが……。
「私? 私はお給金次第よ」
そう。パーティーとして活動する場合、給金問題には大きく分けて2パターンある。主な収入を冒険依頼での拾得物分配や、依頼報酬の分配で賄うもの。もう一つが、そこに加えて、パーティーリーダーから給金を支払うものだ。
前者は主に友人同士や、付き合いの長い仲間同士の場合。後者は、パーティーリーダーが請うて引き込んだメンバーに対し行うことが多い。
弘がメルに視線を向けたところ、メルはヒラヒラ手を振って苦笑して見せた。彼は給金不要、あるいは拾得物と依頼報酬の分配だけで良いらしい。そうなると、ノーマを給金有りで雇うかどうかだ。
「ちなみに幾ら必要なんだっけ?」
「依頼を受けて行動開始したら、完遂するまでの間は1日あたり銀貨1枚かしらね」
銅貨換算だと100枚と言うことになる。
(日本円だと日当1万円ってところか。命がけの仕事としちゃ安い部類だが……)
「メル? これって相場的にどういう金額かな?」
「普通……あるいは安い部類だな」
メルが金額評を述べると、ノーマは薄く笑った。
「値引いた額は、ヒロシに期待してる分と言ったところね。先日のレッサードラゴンとの試合を見たけれど……あれほど強くなってるなら、大抵のモンスターは撃退できるでしょうし」
そうなればダンジョンの下層にも挑みやすいので、お宝も入手しやすい。ならば、雇われ中の給金は安く抑えても良い……ということだ。
言いたいことはわかるし理解もできるが、こういった賃金交渉が初めての弘は、少し考えてしまう。しかも、今回の自分は雇う側だ。
(俺の手持ち金は……今、銀貨300枚チョイと、銅貨数十枚か……。ダンジョン探索中、ノーマに日当出すぐらいは問題ないな。良し……ノーマを雇おう)
レクト村事件の際、ノーマは偵察と後方支援で実力を発揮している。一方で、罠発見や解除の腕前に関しては、機会が無かったので未見だ。ぶっつけ本番で実力を発揮して貰うことになるが、弘が宝箱の鍵をいじることを思えば、やはりプロに任せるべきだろう。
「いいだろう。1日あたり銀貨1枚だな? ノーマ、あんたを雇おう。期待してるぜ!」
「オッケー、雇われるわ。期待を裏切るつもりはないから安心していいわよ? ああ、お給金の支払いは、依頼が完了したときに一括払いでいいから」
その都度の支払いの方が確実ではないのか? と弘が問うたところ、ノーマは「細々したのは、嫌いなの」と返答した。
(これがジュディスの所のウルスラなら、毎日手の平を差し出されるかもなぁ)
ここ暫く遭っていない商売の神の信徒……その顔を思い出して、弘は小さく笑う。
さて、今のところ弘のパーティーには、魔法使いのメル、精霊使いのグレース、偵察士のノーマが揃っていた。
(戦士は俺が居るとして、あとは僧侶と……もう1人ぐらい前衛が欲しいな)
本当なら前衛は戦士3人にして、敵の攻撃を阻む壁にしたいのだが、メルに相談したところ「ダンジョンの中で行動するには、6人編成が小グループとしては上限だろう」とのこと。
「ヒロシには、ある程度心得があるようだが、7人以上だと狭い通路で行動しにくいものなのだよ。前衛を戦士で固めるというのなら、私か、そちらのエルフ殿を外すしかない。素早いパーティー移動が不要ならば、7人以上にするのもありだが……」
メルが現状メンバーの再編案を提示したが、弘は首を横に振った。
「いいや、ひとまずは6人編成でいこうと思う。あとメルもそうだが、グレースも外さない。さっきまで渋ってた俺が言うのも何だが、精霊使いが居ると何かと便利だろうしな。前衛で戦士役が少なくなるかもしれん分は、俺が何とかカバーするさ」
そう弘が言うと、メルは頷いて引き下がる。
あとは、戦士と僧侶が1名ずつ居れば良いのだが……。
(戦士と僧侶……ねえ)
弘は何気なくテーブルの左側を見た。そこにはカレンとシルビアが居る。2人は、弘がメル達と話しているのをジッと見ていたようだが、弘の視線を受けて顔を見合わせた。
「カレンは……例の目的があるんだよな?」
「え? え、ええ……そうなんです……けど」
どうにも歯切れが悪い物言いだ。
カレンは救いを求めるかのようにシルビアを見たが、驚いたことにシルビアは「カレン様のお好きなように」と言って、特に試練優先論を持ち出さなかったのである。
(意外だな。てっきり「カレン様には試練があるのですから」とか言い出すと思ったが……)
実際、弘はカレンに対して、この件で何か期待していたわけではなかった。彼女のお家問題は承知しているし、以前にも試練優先で弘とは別行動を取っていたぐらいなのだ。だから、ここで誘ったとしても断られると思っていた。
(でも、そうだな……誘ってみるだけならいいか……)
駄目で元々、断られても想定内。
そういった気分で弘は、カレンとシルビアにパーティー参入を打診してみた。
「え? 私達……ですか? 私は、その……」
カレンが困り顔となるも、その視線はシルビアに向けられている。どうやらシルビアの顔色を窺っているようなのだが、そのシルビアがカレンに眼を合わせようとしていない。
かなり珍しい構図になっているが、弘が何か声をかけようとしたところ、カレンがキッと視線を向けてきた。
「私達! サワタリさんと御一緒します! シルビアもいいわよねっ?」
「……カレン様の判断に従います」
やはり様子が変だ。
こういう時にカレンの言葉を遮ってでも、弘から引き離そうとしたり、カレンの意識を試練に向けさせるのがシルビアのはず。何かあったのか? と弘は小首を傾げたものの、事情がよくわからないので、様子を見ることにした。
(様子がおかしすぎるようなら、後で聞いてみるさ。それより、今はカレン達のパーティー参入の件だな)
もちろん、2人を拒む理由は何処にもない。
「あんた達なら大歓迎だぜ。メル達も問題ないだろ? あとグレースもな?」
確認したところ異存はないようだ。初対面であるし、特に悪印象を抱くこともなかったので、敢えて口出しする気はないとのこと。グレースに至っては、「それにサワタリが望むのであれば、我は従うまでだ」と従順なことこの上ない。
こうまで言うこと聞いて貰えると、弘としては変な気になってくるが……そこを強引に無視して、明日以降の予定を相談する。
最初に決定すべきは、どのダンジョン探索系依頼を請けるかだろう。これは、このあと掲示板の依頼メモをじっくり吟味することにする。そして、メンバーは一応揃ったものの、グレースのみ装備が一般町人レベルなため、まずは彼女の装備を買いそろえるべきだ。
「明日の午前中、武器防具店が開く頃かな? 俺とグレースで出かけてくる。みんなは、この酒場で待ってて貰って、俺達が戻り次第出発だ」
「あら? 2人でお買い物? 仲が良いのね、妬けちゃうかも」
「ぬっ?」
空になったグラスを揺らしながら、ノーマがニヤニヤ笑っている。
「……ノーマ。後ろで聞いてたから知ってるだろ? グレースは今……ええと、財布が寂しいんだ。立場上、俺が面倒見なきゃいけねーし」
言ってるそばから眼の端で、グレースが小さくなっていくのが見えた。
(ぐぬぬ。これでも言い方を考えたつもりなんだが……)
これがパーティーリーダーの苦労か! と思うと同時に、胃にキリキリ来るものを感じる。今度、ムーンと会うことがあったら、酒でも飲みながら色々と話したいと思う弘であった。
「とまあ、そんなわけで……そうだ依頼メモをチェックしにいかねーと!」
割とアタフタしているが、パーティーリーダーとしての不慣れさの現れだろう。他の者達も、微笑ましそうに見ている。
と、ここでカレンが挙手をした。
「はい! 私、明日のグレースさんのお買い物に、同行したいと思いまーす!」
「お、おう? ええと、なんでまた?」
壁がけの掲示板へ行こうとしていた弘は、真っ直ぐ手を挙げているカレンを振り返る。
「だって……お金はサワタリさんが出すんでしょうけど。服とか鎧とか、女性物の見立て……できるんですか?」
「うっ……できません」
正直言ってサッパリだ。
今日まで、自分の分の買い物しかしたことがないし、他人の体型や身体能力に合わせた鎧の買い方など、自信ないこと甚だしい。金だけ払うということで、購入はグレースに任せきりにする手もあるが、「この服、似合うだろうか?」などと言われても、適当な返事しかできないのである。
(俺の眼で見て悪くなくても、周りの奴から見たら変だってこともあるし……)
そう考えた場合、女性であるカレンが同行してくれるのは非常にありがたかった。
感謝しつつカレンの申し出を受け入れると、案の定、シルビアもついてくると主張して、これも了承することとなる。
(この2人、基本的にセットだもんな)
以上のやりとりにより、明日は4人連れでの買い物と決定した。
「よし、今度こそ依頼メモを見に行くぜ」
「では、私も見に行くとしようかな?」
「じゃあ、私も」
メルとノーマが席を立つ。それを見て残るメンバーも席を立ち、結局は全員で掲示板前に立つこととなった。
「みんな、ついてくるのかよ!?」
「こういうことは、パーティー全員で相談すべきだからだよ」
年長者のメルが一言の下に説き伏せてきたので、弘は返す言葉もなく掲示板に向き直る。その周囲では女性陣が、メルに「ぐっじょぶ!」的な賞賛を贈っているのだが、弘は気がつかないまま依頼を探し続けていた。
「ダンジョン、ダンジョンの依頼~。前に見たときは3件あったはずで……あ、何だよ、2件しかねーのか」
掲示板の多数貼られた依頼メモの内、ダンジョン探索系の依頼は2件を残すのみとなっている。
一つは、ディオスクの西……岩山地帯にあるブレニアのダンジョン。
この奥にあると言われる、癒しの泉の発見及び位置報告が依頼内容だ。報酬は銀貨500枚。
もう一つは、同じくディオスク西の岩山地帯にあるダンジョンで、その名をクリュセという。こちらは、ダンジョン内の魔法扉やエレベーターなどを操作できる『管制室』の発見、及び位置報告が依頼内容だ。報酬は銀貨2000枚。
「……なんだこりゃ? えらく差があるな」
弘は、下顎を指でつまみながら呟いた。
ブレニアもクリュセも、比較的似たような場所……と言うか、徒歩で半日内の近距離に位置している。なのに、ここまで報酬額が違うのは……。
「お高い方が、探索の失敗数が多いってことよ」
沼巨人を討伐したときにもあった話だが、ノーマが言うには、冒険者達が依頼を引き受けて達成できない場合、依頼側で報酬額を引き上げることが多いとのこと。無論、ギルド側でも『複数パーティーで示し合わせ、わざと失敗して報酬額を吊り上げる』といったことが無いよう注意してるので、この報酬額の高さは、そのままダンジョン探索の難易度だと思って良い。
では、どちらを引き受けるか……という話になるが、弘が重要視したいのは魔法の道具類が入手できるかどうかだ。このことについてメルとノーマに聞いてみたところ、クリュセダンジョンの方が見込みがあるらしい。
「冒険者パーティーが何度も撃退されているのだから、探索は進んでないと見るべきよね? だったら、報酬額の高い方が弘の御希望に添うんじゃないかしら?」
「古い文献で見た記憶があるのだが、双方共に大昔の軍事施設らしい」
メルの解説によれば、魔法実験の失敗で滅んだとかいう……小説なんかでよく聞く古代王国の遺跡なのだそうだ。管制室のあるクリュセが基地施設。癒しの泉があるブレニアは、保養施設だと見られているらしい。
「軍事基地のクリュセはともかく、保養施設の方は探索が達成できてても良さそうなもんだけどな」
弘がフンフン頷きながら呟くと、これにカレンが答えてくれた。
「癒しの泉という、魔法施設の存在が大きな問題になってるんです」
「えっ? それがあるの、悪いことなのか?」
悪くはないが、現状に問題がある。
施設運営に関係していた人間はとうの昔に居なくなっているが、元から居た戦闘獣や、後から住み着いた魔物の類が癒しの泉を活用しているらしい。
「多少深手を負っても、その場を逃げ出して……」
「癒しの泉で復活してから、また襲いかかってくるのか……えげつないな」
そういう話を聞かされると、保養施設ブレニアの方が難易度が高いように思えるが、報酬はクリュセの方が上だ。
その件に関しては、ノーマが皆に説明してくれる。
「盗賊ギ……じゃなかった。古巣で聞いた話だと、クリュセの方は保安設備が整っていて、配置されてる魔物やゴーレムの類が強力らしいわ」
ゴーレム用の自動補修室があるほか、地下深くでブレニアとつながっていて、癒しの泉も利用されているとか。
「おまけに罠の類は、今の偵察士では解除不可能な物もあるって話よ」
「ぐぬっ……。報酬がお高いだけのことはあるぜ……」
想像以上の危険さに舌を巻くが、他のメンバーはどう思っているのだろうか?
まず、カレンとシルビアに関しては、こうなったら試練達成に向けた修練だと思って頑張る……とのこと。メルは「私は、どっちでもかまわん。双方、興味深いしな」と言い、ノーマは「どっちでも良いわ。危なくなったら逃げるんでしょ?」と愉快そうにしている。
「グレースは……」
「我は、サワタリに従うだけだ」
「ああ、そう」
聞くまでもなかった。
それらメンバーの意見を取り入れ、パーティーリーダーたる弘が……。
「って、そういや、俺がリーダーってことでいいんだよな?」
今更な話だが、ここで思わず確認してしまう。
皆、苦笑したが弘がリーダーなのは間違いないとのことだ。何しろ、弘の都合から始まったメンバー集めだし、ノーマに対する給金は弘が支払うことになっている。これがリーダーでなくて何だと言うのか?
「そうか、そうだよな。リーダーか……俺が……」
その責任の重さが、新たに肩に載ってきたような気がする。
暴走族の特攻隊長さんだったときも、ある種のリーダー格だったが、これほどに責任を感じたことはなかった。いや、責任感はあったが今ほどではない。
(何しろ、みんなを危ないところへ連れて行くんだもんな。しかも、俺の都合でだぜ?)
その都合だって、命を賭して成し遂げるほどの重要さがないのだ。
さすがに迷ってしまうが、今更取りやめることも自分の性分的には『無し』である。弘は皆の視線を受けながら、クリュセダンジョンの依頼メモを引き剥がした。
「決めた。どうせなら実入りの良い方だ。クリュセに行くぜ?」
少し気負った感じの物言いであったが、皆、静かに頷いたのである。
◇◇◇◇
翌朝、簡単な朝食をギルド酒場で取った弘は、カレン達と共に武器防具店へと入っていった。
ブルターク商店2号店と看板のかかった店内には、クロニウスのブルターク商店と同じで、店主が腕組みして立っている。さすがに見た目も同じではないので別人だが、筋骨逞しい体格は、元冒険者か何かだろうと思わせるものがあった。
さて、グレースの買い物だが、まずは旅用の衣服を選ぶこととなる。動きやすく頑丈で……までは良いが、グレースに似合った物となると弘が口出しする余地がない。カレンやシルビアが、戸惑うグレースにアレコレ着せて、弘が思っていた以上の時間がかかった後に決定した。
「はい。サワタリさん。決まりましたよ!」
楽しそうなカレンの声を聞き、更衣室から出てきたグレースを見ると、弘は思わず「おう」と唸ってしまう。
グレースは茶色のホットパンツ風のズボン、その上から草色の衣服を着用していた。衣服の前後には、腰位置から草色のスカートのようなモノが垂れており、構造上大きなスリットが入っているように見える。
防具類としては、革の胸当てに革の小手。革のロングブーツといった具合で金属品が少ない。
漫画やゲームのエルフらしい装備と言えるが、それがまたグレースに良く似合っているので、弘は感心することしきりであった。
「サワタリさん。何か感想があるんじゃないですか?」
カレンが何故か自慢げに聞いてくる。見れば、シルビアがニコニコしているし、グレースも……。
(こっちは、妙にモジモジしてるな……。ああ、そうか)
思い当たった弘はグレースを見て「すげぇ、よく似合ってるぜ!」と言ってから、次いでカレン達に視線を向けて笑って見せた。
これを受けて、カレン達は嬉しそうに語り合う。
「ねっ? サワタリさんは褒めてくれたでしょ?」
「う、うむ。何と言うか……照れるな。いや、恥ずかしい……」
俯くグレースは頬を赤く染めている。弘にしてみれば、娼館で着ていた透け透け寝間着の方が余程恥ずかしいのだが、口に出して言うべきではない。
(俺がアホでデリカシーがなくても、それぐらいは……なぁ)
「似合っているのですから。堂々としていて良いのですよ?」
あのシルビアまでが、楽しそうにしている。
日本だろうと異世界だろうと、着る物を買うにあたって女性が楽しむのは変わりがないようだ。
「それじゃ、次は武器か……」
弘が呟くと、グレースが「それについては、もう決まっている」と言った。何を選んだのかと聞いてみたところ、革や複数種の木材を貼り合わせた複合弓を指さしている。
「俺が持ってる短弓より大きいな。でも、ロングボウよりは小さい……か」
グレースが言うには、洞窟内等で持ち運びやすい大きさながら、強い弓であるため威力は大きいとのことだ。
「へ~え。そりゃいいな。俺も買っておこうかな……」
「む? サワタリの腕力は知っているが、あれもこれもと武器を持っていては、狭い場所での行動に差し支えがあるのではないか?」
もっともな意見だが、弘にはアイテム欄収納がある。たいがいのモノは大きさに関わらず収納取り出しができるので、そこが狭い場所だろうと関係ないのだ。
そのことを説明するとグレースは驚いていたが、「サワタリならば、そのぐらいの不思議なことはあり得るな」と言って頷いている。
(それで納得しちまうのかよ? ……なんか俺、すげぇトンデモな奴だと思われてないか?)
武具召喚にアイテム欄の運用。確かに凄い能力だろう。
だが現状、武具に関しては見たり聞いたりした物しか召喚できない。しかも品目追加がままならないときている。どうせなら巨大ロボットでも召喚できれば良いのに……とは思うが、少なくとも今は無理だ。アイテム欄だって、結局はこの世界にある物を持ち運べるだけ。
つまり、冒険者働きや闘技者生活をする分には過ぎた能力であり、トンデモ……例えば、世界を引っ繰り返すには不足している。
(他人に褒められてるからってイイ気になってると、ヤベェって事だよな。実際、闘技場でラングレンと試合したときは危なかったわけだし……)
カレン達がはしゃいでる側で1人気を引き締めた弘は、購入金額を聞かされて目を剥いた。そのお値段、銀貨75枚。グレースの装備一式もそれなりの値段となったが、中でも複合弓二組が高くついたのである。




