第九十九話 クリュセダンジョン(1)
「俺が、そのヒロシ・サワタリだったら何か用でもあるのか?」
落ち着き払って言う弘だが、内心では「この黒毛異世界牛が。いらんこと言いやがって!」と御立腹である。ただでさえ先ほどの喧嘩沙汰で目立っているのに、闘技場での戦績を持ち出されたのでは、余計に目立ってしまうのだ。
弘が怒っていることに気がついているのかどうか、インスンと呼ばれるミノタウロスは愉快そうに笑う。
「あの気取り屋のバイケンを捻ったらしいが。どんな奴かと挨拶したかっただけだ。ここのダンジョンは初めてか?」
「……ああ」
「ここは初挑戦者には厳しいところだ。お前が例え、闘技場で一番強くともな」
「注意しておくさ。じゃ、もう行くぜ?」
これ以上注目を浴びるのは御免だし、このままインスンと話していても良いことは無さそうだ。そう判断した弘は、言葉少なに答えるとインスンの横を通り過ぎようとした。途中、先ほどの板金鎧の男のように何かしてくるかと思ったが、インスンはすんなりと弘達を通してくれている。
大通りに出た弘達はホッと一息ついたが、その背に酒場側からインスンの声がかかった。
「ダンジョンの中はなぁ! モンスターや罠だけ相手にしてりゃいいってわけじゃないからよ! せいぜい気をつけるこったぁ!」
その声を受け、弘は肩越しにギルド酒場を振り返った。もうインスンの声は飛んでこない。
「サワタリ、さん?」
「いや、ちょっと気になっただけでな……。先を急ごう、ダンジョンの入口は、あっちか?」
カレンに言いつつ歩き出した弘は、メルに目配せすると、連れだってパーティーの先頭を歩き出した。
(「あの牛野郎、ダンジョンの中で仕掛けてくると思います?」)
(「確実なことは言えんが、あの雰囲気だと五分五分かも。噂に聞こえた言行の悪さが本当なら、確率は上がると思っていたほうがいい」)
(「やっぱ、そうなるのか……」)
インスンが絡んできたのは、何か理由があるからだろうか?
単に新顔に睨みを利かせたい以外に何か……例えば、同族のバイケンが恥をかかされたことで、その仇討ちをしたいとか。
(「そんな身内意識が高い奴には見えなかったけどなぁ」)
(「本心から挨拶と忠告をしていた可能性も、あるにはある。だが……油断はしない方がいいな。何しろ、このパーティーには女性が多い」)
そう言ってメルが肩越しに後方を振り返るので、弘もチラリと振り返った。その先には、少し離れて歩くカレンとシルビア、そしてグレースとノーマの姿が見える。
山賊団の件で何かと縁があったり、元娼婦で身請けてしまったり、今は金銭雇用していたり。様々な事情はあるが、弘にとっては全員が大事なパーティーメンバーだ。
(「腕尽くで何とかなる分には、頑張って見せますよ」)
(「その意気だ。私に腕尽くは無理だが、知恵を絞る方向でサポートしよう」)
ポン、とメルが肩を叩いてきた。
それは力の入ったものではないが、不思議と気を落ち着かせてくれる。
「ああ、何かと世話になるぜ!」
「お互い様だな。強いモンスターが出たら、全面的に頼りにさせて貰う。レクト村の時のようにな」
ニヤリと笑うメルに笑みを返し、弘は大通りの向こうに見えるダンジョン入口へと歩を進めるのだった。
◇◇◇◇
「あの若造が、闘技場で一番になったって? 何かの間違いだろ?」
インスンが自パーティーのテーブルに戻ると、全身毛むくじゃらの猿……ヒヒド族の戦士、エンコウが話しかけてきた。彼は武闘家を自称しており、その6本腕に様々な武器を持って戦う。そんなに腕が多くて混乱しないか? とインスンは質問したことがあったが、エンコウの答えは「6本同時に動かせるのが普通なんだから、特に困ったことはない。慌てると腕が絡んだりするのは、6本でも2本でも変わらないしなぁ」とのことだ。
「さっき板金鎧を着た大男……俺から見ればチビだが、あいつを手首返しただけのような動きで半回転させたのを見たろ? 見た目よりも怪力ということだ。それに聞いた話じゃ、闘技者登録してたミノタウロスを素手で叩きのめしたらしい」
「あんたみたいな奴をか!? そりゃあ、おっかねぇ。でもまあ……」
エンコウは空になった陶器のジョッキを放り上げると、その6本腕で弄び始めた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!
各腕が風を切って吹き抜けるたびにジョッキが空中で回転する。驚くべきことに、陶器ジョッキはエンコウの顔前で、その高さも位置も変えることなく回転し続けていた。
ヒュン……ぱしっ!
遊び飽きたのか、インスンにある程度見せたと判断してやめたのか、左側の中腕でジョッキを掴み取る。そしてエンコウは、いつの間にか手に取っていた酒瓶でジョッキにエール酒を注いだ。
「腕力あるってだけじゃあ、後れを取ることもある……ってな」
「奴は、隠し持った武具を幾つも使いこなすそうだぞ?」
インスンは、エンコウを窘めるように言いながら床に腰を下ろす。
彼の目の前にあるのは、大きな鹿のような獣の足だ。全体があぶるように焼かれており、ソースのようなものがかけられている。それを手に取ると、インスンはフライドチキンでも囓るように食べ始めた。
実に豪快な食事であるが、エンコウは特に驚いてはいない。インスンの食べっぷりなど、いつも見ているからだ。
「武器や道具を幾つ持ってるって言っても、腕は2本。2種類以上は同時に扱えねーよ」
「そうだといいがな……」
そう言ったのはインスンではなく、窮屈そうに人間用の椅子で腰掛けているリザードマンだった。胸や腰回りを部分的に革鎧で覆い、革製の手甲。それ以外はウロコ等が剥き出しである。
「ディオスク闘技場は、運営の思惑が優先される……お遊びの場だ。しかし、強い者は本当に強い。レッサードラゴンを倒したというのが事実なら、侮るべきではないな」
武人風の口調で話すリザードマン。彼の名はリューク。南方から来たリザードマンの剣士だ。武者修行が目的らしいが、食生活が人間達と合わないということで、インスン達のパーティーに在籍している。
エンコウが「わかってるよ!」と返しているのを見ながら、インスンはダークエルフの女に眼を向けた。彼女は、インスン達の話には興味無いようで、チビチビとエール酒を飲んでいる。他の偵察士と僧侶に関しては金で雇った男達だが、こちらにインスンはチラリと視線を送ったのみだ。
「まあ、何だっていいさ。面白い奴が来た。しかも……女を4人もつれてだ」
インスンが下卑た笑みを浮かべながら言うので、エンコウがパンと膝を叩く。
「お人形みたいな小娘に、ムチムチの尼さん。偵察士っぽい女と、なんとエルフまで居たもんなぁ。楽しみが増えてきたぜぇ」
「おお、是非ともサワタリのパーティーとは、かち合いたいもんだ。戦闘になれば、負けた連中を好きにできるしな。ただでヤれるっていうのはイイもんだ」
襲って乱暴することが前提の話題になりつつある。それを聞いてリュークが眼を細めた。
「お主ら、やるのはいいが汚されては困るぞ? 色々垂れたり染みついていては味が落ちる。せっかくの軟らかい肉なのだからな」
この世界において、ミノタウロスとヒヒド族は人間とも交配が可能だ。しかも、同族から人間の美女まで、お構いなしに欲情できるというストライクゾーンの広さを誇る。一方で、リザードマンには、人間の女に欲情するという性癖の持ち主が皆無であった。
その代わり、リュークにとっての人間は狩りの対象に過ぎない。リザードマンのほとんどは、意思疎通ができる他種族を狩ったりしないが、リュークは人間の肉の味を覚えた個体だったのである。
「手頃な大きさに切って、串焼き……楽しみだ……」
「脳味噌は俺が貰ってもいいよな!」
リザードマンとヒヒドの吐き気を催す会話により、周辺の冒険者達が席を立っていく。
本来、人肉食をするような亜人は、人里に入るなり排斥される。しかし、インスン等の場合。表向きは問題を起こさない上、人肉食の証拠が無ければ誰も手出しができない。
因縁をつけて袋叩きにしようにも、インスン達は強かったし、人肉食の件だって噂だけのことで、実際に見たことがある者は居なかったのだ。
「あれ? 周りの連中が居なくなってらぁ。冗談のわからねぇ連中だぜ!」
エンコウが吐き捨てているが、本当に冗談だったのか、単に自分たちの言動をフォローしているだけなのか。酒場に居る他の者達にはわからなかった。
もちろんエンコウは、自分たちの物騒な会話をフォローしただけなのだが。
◇◇◇◇
インスン達が物騒な会話をしており、カレン達を、あろう事か性欲の対象や食材として見られていたとは夢にも思わない弘達。
彼らは、昼食時の終わり頃にはダンジョン入場口を通過していた。
「木の名札……ねぇ」
弘は大きく掘られた洞穴を歩きながら、入口で渡された木札を見ている。
その木札は、神社のお守りほどの大きさがあり、この世界の共通文字でヒロシ・サワタリと書かれていた。この名札をどう使うのか?
ダンジョン入口には入場受付があり、そこに巨大な掲示板がある。
冒険者達は派遣者証を提示すると、木製名札を作成され、それを持ってダンジョンに潜るのだ。そして戻ってきたら、掲示板の所定位置に自分達の名札をかける。こうすることで、ギルド側は誰がダンジョンに入っているかを把握できるのである。
「それで、滞在日数は事前申告制か」
掲示板から名札を取り、受付にて「今回は3泊4日ぐらいするつもりだ。延長日数は……5日間だな」といった具合で申告するのだ。延長日数まで申告する理由は、通常の滞在日数を超えて戻ってこない場合、遭難者と見なされるから。しかし、その延長日数をも超えて戻ってこないと、その冒険者パーティーは本格的に遭難者として認識される。
「冒険者が一転して遭難者となるわけだな」
弘の呟きに後衛のメルが答えた。
現状、弘達6人は三列二段の隊形で進んでいる。
前衛の左から、弘、ノーマ、カレンの順で、後衛は左からグレース、メル、シルビアの順だった。ノーマのみ、少し前を歩いているので隊列としては三角形に近い。
この隊形で前方からモンスター等が襲ってきた場合、ノーマは素早く下がって前衛に加わり、弘やカレンと共に戦う手はずとなっていた。
「受付嬢も言っていたが、遭難者となっても、よほどの事情がなければ捜索隊が出されることはないからな。私達の申告は2泊3日で、延長期間は5日間。予定日数の間には戻りたいものだ」
「了解してますって。遭難者扱いになったら、派遣者証も取り消されるんでしょ? その瞬間から、無許可立ち入りの扱いになるとか冗談じゃねーっての」
「わかってるなら、それでいい」
お喋りしつつ歩いているが、こうも余裕で居られるのは、今歩いている部分がまだダンジョンではないからだ。壁に一定間隔で設置されたランタン(オイルタンク部が大型で、長時間使用可能)。その明かりに照らされつつ歩いてるのは、実はダンジョン発掘用の坑道である。
メルの解説によると、元々は完全に埋まっていたダンジョンを、古い文献に基づき発掘して今に至るとのことだ。坑道の規模が大きいのは、発掘時、大型のモンスターを使役していたためである。これにより、インスンのような大型の亜人やモンスターでも、ダンジョン探索に出かけられるようになっていた。
「坑道はそれで良いんだろうけど、肝心のダンジョンはどうなんだろ? インスン達が居るぐらいだから、通路とかは余裕があると思っていいのかな?」
「良くも悪くも問題ないな。元々大型のモンスターを警備に使っていたようだし、かなりの余裕があるとの話だ。これ、このとおり。パンフレットにもそう書いてある」
メルがガサガサとパンフレットを取り出している。
そう、このクリュセダンジョン、入口の受付でパンフレットを販売しているのだ。先ほどメルが述べた滞在日数等の注意書きは勿論のこと、判明している階層までのマップまで記載されている。
「いいもの売ってたよなぁ。高かったけど……」
お値段は銀貨10枚だった。わずか数ページの冊子としては高額だが、命には代えられない。これがあるおかげで、第5層までは迷子になる恐れがないのだ。
「さて……第1層か」
呟く弘の前方に金属質の壁が見えている。それは鋼板のようなモノで構築されており、中央に見える巨大な二枚扉は左右にスライドして開閉するようだ。
その見た目は、まるで……。
「自、自動ドア?」
絞り出すような声で弘が言った。
そう、規模こそ大きいが、その扉は日本で見かけたような……より限定的な言い方をするとエレベーターの扉のように見えたのである。
「ようなも何も、まるっきり自動ドアにしか見えないぜ」
「ヒロシ? 今のは、どういう意味かね?」
後ろからメルが聞いてきた。いい加減、異世界転移の事情を黙ってるのが面倒くさくなってきたが、まずはダンジョン内に入るべきだろう。
弘は目の前の巨大扉を見ながら、メルに聞いた。
「その辺は中に入ってから説明するから。これ、どうやって開けるんすか?」
「待て、それもパンフレットに書いてある。なになに……単に重い引き戸なので、戦士が数人いれば開けられます。暫くすると勝手に閉まるので、注意すること……」
「え~……」
どうやら開けるときのみ人の力が必要らしい。しかも戦士数人がかりであるとか、相当な重さのようだ。
「どうする、サワタリ? 我ら総出で開けるか?」
グレースが提案したが、その言葉をノーマが一蹴する。
「大丈夫よ。だって、ヒロシだけで充分だもの。ねぇ?」
からかうような物言いが気に障るものの、確かにノーマの言うとおり。今の弘なら、戦士数人分の力は軽く発揮できるだろう。
「てか、腕力自慢が何人も居るのが前提かよ」
「それぐらい出来なければ、入れない……ということでしょうか?」
シルビアが言って、カレンがコクコク頷いている。
随分と試験や試練っぽい話だが、弘は「単に壊れて、動作不良起こしてるだけじゃね?」と考えていた。
(と言っても、閉まるときだけ勝手に閉まるってな……いい気がしないけどな)
「とにかく、やってみるか……」
ノーマが戻ってくるのと入れ替わりで前に出た弘は、扉の合わせ目に指をかける。大型モンスターの出入りも考慮されて設計された扉は大きく、人間の手指を差し込むなど簡単だ。
問題は、この大扉を1人の力で開けられるか……ということだが。
「せぇ……のっ!」
ごががががっ!
分厚い鉄板とでも言うべき大扉が、木製の引き戸のようにスライドした。いとも簡単に開けたわけだが、力のかけ始めに大きな抵抗があったので、「確かに戦士数人は必要だろうな」と弘は思っている。
「おうし、開いたぜ? 今のところ動く様子はないけど、早く入ってくれ……どうした?」
開けた扉に手をかけレール上で立つ弘は、皆の様子を見て首を傾げた。
呆気にとられているのが、グレースとシルビア。ほら思ったとおり……と表情で語っているのがメルとノーマ。最後に、瞳をキラキラさせているのがカレンであった。
(なんだかなぁ……)
扉の内側を見ると、内部は暗い。
他の者にもそれが見えたため、ノーマが松明を用意し、シルビアがランタンの用意を始めた。ノーマが松明なのは彼女が先頭を行くことが多く、モンスターと遭遇した際には照明器具を放り出して戦うことになるからだ。
(松明を武器にすることもあるか)
鍛えられた冒険者とはいえ、女性の腕力である。それで松明を振り回したとして、モンスター相手に効果があるかは疑問だ。だが、ちょっとした相手ならば、顔面に松明を押し当てれば怯むことだろう。
「じゃあ、手を離すぞ?」
皆が通過した後で、扉から手を離す。開いたままの扉を見つつ、皆が居る方へ後退していくと、やがて扉が音を立てて閉まりだした。
ズズ……ズズズ……ゴゥウウン!
重々しい音と共に扉が閉ざされる。
一瞬、パーティー内に緊張感が生まれた……が、そんな中で弘はツカツカ扉に歩み寄るや、再びガラッと扉を開けてみた。
「うん。内側からでも普通に開くな。オーケーだぜ! んじゃあ、先に行こうか!」
元気よく振り返ったところ、またもや皆が妙な顔をしている。今度は全員が苦笑気味のようだ。
「なんだよ? ちゃんと開くかどうか試しただけだろ?」
「いや、いいんだ。君が確認してくれたから、だいぶ気が楽になった。さあ行こう」
メルが笑いながら歩き出し、それにつられるように皆が歩き出す。
「サワタリさん、本当に力持ちなんですね!」
「あ、ああ。まあな」
妙に嬉しそうなカレンに褒められ、弘は「俺、何かしたっけかな?」と呟きつつ前衛位置を歩き出すのだった。
◇◇◇◇
こうして本格的にダンジョンの探索行が開始されたが、第3層までは何者にも遭遇していない。ある物と言えば金属壁の通路と、大小の空き部屋があるだけだ。
(マジで金属製だな。大昔の軍事施設って話だけど、SF映画に出てきそうな感じだぜ)
閉ざされた基地などでモンスターパニック系の映画……となると、大抵こういった雰囲気になるが、正直言って薄気味が悪い。
(変な宇宙生物が出てきそう。って、なんか俺が思ってたダンジョンと違うんだよな。ここ)
弘が思い描いていたのは、石組みで壁床天井が構築された地下迷宮である。なのに、今歩いているダンジョンは、巨大な工場施設、あるいは研究施設のイメージなのだ。
小学生時代、社会見学で地元の大きな工場に連れて行かれたことがあるが、まさにあのような雰囲気なのである。違う点は、そこに勤める人々の姿がないことと、照明灯の類がなくて真っ暗闇であること。そして、通路がやたら大きいことだ。
(暗いってことを考えると、廃墟探検って感じもするなぁ)
そんなことを考えていると、数メートル先を行くノーマが、皆に止まるよう手で合図をした。
「ヒロシ。前の方から何か来る」
「モンスターか?」
いよいよ出たか! と緊張するものの、ノーマは落ち着いて耳を澄ませている。その様子を見て、弘達は皆が音を立てないように注意した。
「足音からすると……2本足で歩いてるとして、5人……いえ、6人くらいかしら?」
聞き耳による分析を述べたノーマに、カレンが「冒険者ですか?」と聞いたが、ノーマは「そこまでは、わからないわよ」と返事をしてから前方に注意を戻す。
「松明なんかの明かりは、もう見られたと思うから。今から隠れても、あまり意味はないわね」
フンフンなるほど、さすがはプロ。偵察士とはこういったものか。
などといった具合に感心していた弘は、あることに気づいて背筋が寒くなった。
「おい待てよ。こっちの松明は見えてるって言ったよな? 向こうのは見えてないぞ? あちらさん、この暗い通路を明かり無しで近づいてるのか?」
弘の指摘に、場の空気が凍りつく。
「あっ……」
カレンが何か言いかけたのと、前方から複数の奇声が聞こえてきたのは、ほぼ同時のことだった。
複数の人影が闇の向こうから飛び出し、手に持った剣等で斬りつけてくる。
「ポン刀!」
叫ぶや、ヤクザ映画では長ドスとも呼ばれる日本刀が、弘の掌中に出現した。そしてノーマが松明を振るいながら後退してくると、彼女と擦れ違うように飛び出し刀を振るう。
ガキュバ!
右斜め上から振り下ろされた刀は、受けに回った相手の剣を両断してから、その肩口に滑り込んでいった。肩に当たった際にも火花のようなモノが見えたから、恐らくは肩当てなどを斬り裂いたのだろう。
最初の相手は一撃で沈んだが、それには眼もくれず次の目標を探したところ、右方でカレンが1人倒しているのが見える。
ざっと見て敵数は、あと……。
「ギャキャアア!」
新たな敵が、弘に斬りつけてきた。
弘は余裕を持って躱すと、相手の体勢が整う前に刀を突き込んだ。
ドキュッ!
板金鎧、あるいは胸甲か。なにか硬い物を貫通した切っ先は、相手の胸に突き込まれていく。
「数えてるのに邪魔すんじゃねぇ!」
罵りながら相手を蹴り剥がした弘は、次なる敵を探した。
この時点において、弘は『相手が人間かも知れない』といった迷いを抱いていない。ともかく他のことは考えず、相手を排除すること、そしてパーティーメンバーの動向にだけ集中していた。
(相手は何体だ? 後衛にまで斬り込まれてないよな?)
更に闇の中から出てきた2体を、ほぼ一挙動で撫で斬った弘は少し後退する。グレースやシルビア達の元へ移動しようとしたのだが……その時、すでに襲撃してきた者達は全滅していたのだった。
◇◇◇◇
「誰か、今の戦闘で怪我とかしたか?」
右手に持った刀をさげたままの弘が聞くと、皆から特に問題なしとの返答があった。
そしてパーティーメンバー……中でもランタンを持ったシルビアが近寄ってくると、弘の周囲が明るくなる。そうなることで襲撃者達の姿がハッキリとわかるようになった。
倒れていたのは、人間の冒険者のように見える。
元の色が何色か判別できないほど汚れた衣服に、胸甲や革鎧を着込んでいるようだ。
「なんだ、こいつら? てっきり、人型のモンスターか何かだと思ったが……」
自分が斬り殺したのは人間。
最初から人間だと知っていたわけではないが、やはり気分が悪い。似たような経験だと、レクト村で蜘蛛に乗っ取られた元人間達と戦闘した件がある。
(けど、今度は人間に違いなさそうだな。……思ったよりもショックは受けねーが、やっぱし気分は悪いな)
そのうちに、いや、もうすでに慣れつつあるのかも知れないが、この気分の悪さは忘れないようにしよう。そう弘が考えているところに、ノーマが話しかけてきた。
「ごめんなさい。連中、単に歩いてるだけじゃなくて、闇に紛れて接近してたのね。最初に足音を聞いたとき、気づくべきだったのに。私としたことが……」
「あのタイミングはしかたないだろ? 俺が言ってなけりゃ、ノーマが気づいて言ってただろうし。まあ、結果が良かったんだから、いいじゃね~か。この調子で上手いことやってこうぜ?」
「そうね……」
短く言って頷いたノーマは、しゃがみ込んで相手の死体を調べだす。その際、彼女は「ありがとう」と呟いたのだが、弘は微かに聞き取れたのみ。「えっ?」と聞き返すも、すでにノーマは死体検分に集中しだしていた。
「人間の冒険者に間違いないわね。レクト村で見たアレとは違うようだけど、でも、顔つきが気になるわ」
「顔つき?」
言われて覗き込むと、確かに襲ってきた冒険者達の顔つきはおかしい。全員が白目を剥いているし、恐怖に絶叫しているような歪んだ表情となっているのだ。
「正気じゃなかったみたい……に見えるな」
襲ってきた冒険者風の男達は6人。弘が4人倒し、カレンが2人倒している。これだけの人数が、一斉に正気をなくすなどという事があるのだろうか?
まずメルの見解を聞いてみたところ、魔法の中には精神に働きかける『混乱』の呪文があるらしい。
「だが、魔法をかけられたら、人は抵抗するものだ。これだけの人数を一度に混乱させられるとしたら、よほどの腕利きだぞ? あるいは、彼らが精神的に弱すぎたか……」
「……精霊には、恐怖心による混乱状態を引き起こす者がいる」
そう発言したのは、グレースだった。
効果的にはメルが言った『混乱魔法』と被るもので、多人数を恐怖させるには、やはりそれなりの実力が必要になるとのこと。
どちらを要因にして混乱してたか、あるいは別の要因があったのか定かではないが、パーティーは、その場を離れて先に進むこととなった。なお、死体は通行の邪魔にならないよう、壁側に移動させている。
「やれやれ、死体を持ち運んでとか……こっちに来る前じゃあ……ああ、でもちょっとは関係あることしてたんだっけな」
死体を軽々運んで壁際に移動させた後、弘は1人呟いていた。
この世界に転移する前。弘は、葬儀場でアルバイトをしていたのだ。やっていたのは駐車場の交通整理だが、人の死に関係する仕事ではある。
(なんだか、随分と昔のような気がするぜ。数ヶ月ぐらいしかたってないってのにな)
すっかり、この異世界に馴染んでしまった自分に苦笑していた弘は、歩きながら先ほどの戦闘で気になっていたこと皆に聞いてみた。
「そういやさ。さっきの連中、変だったよな?」
「正気をなくしてた様子……以外に、何かありました?」
隣を歩くカレンが反応したので、弘は頷いてみせる。
明かりもなしに通路を移動していたのは、ノーマが言ったとおり暗闇に身を潜め、弘達の持つ松明やランタンの明かりを目標に接近していたのだと思う。そうすれば暗視能力のない者でも、弘達を襲撃することが可能だからだ。
「俺が気になるのは、襲ってきた側の編成だな。冒険者っぽいなりだったが、6人とも戦士、あるいは偵察士なんてことがあるのか?」
「偵察士……あるいは盗賊が徒党を組んで、冒険者を襲う。それなら説明がつくけれど……そうなると、正気をなくしていたことが気になってくるわね」
弘の言葉を受けてノーマが持論を述べる。その後もメルやグレースが発言したが、推測以上の意見が出ることはなかった。
「つくづく、妙なダンジョンだ。地面の下にあるにしちゃあ、造りがしっかりしすぎてるし……なんかSF映画みたいだし」
「そのことなんだが……あ、いや話は変わるんだがな、ヒロシ?」
背後からメルが話しかけてくる。いつになく聞きづらそうにしているが、何かあったのだろうか?
「以前から気になっていた。君は時々妙なことを口にする。そのエスエフだとか、こっちの世界だとか……いったい何の話なんだね?」
「あ? あ~……そっちの話か。メルとノーマは、俺の召喚術を知ってるだけだったっけな?」
弘は足を止めると、メルを振り返り……次いでカレンとシルビアを順に見た。カレン達は揃って困ったような顔をしている。
今居るメンバーの中で、弘の異世界転移を知っているのはカレンとシルビアのみだ。それだけに、他者から質問されている弘を見て、落ち着かないと言ったところらしい。
「へっ。考えてみりゃあ、言いふらして回る気はないが、聞かれて黙ってるほどでもないんだよな」
自分が異世界人であること。それを知られて弘が困ると言えば、相手が国や国家機関の関係者であるときぐらいだろう。何しろ、弘は国籍不詳の密入国者なのだから。
しかし、この場にいるメンバーに話すくらいなら、どうと言うことはない。
(仮に話が漏れて、国から追われるようなことがあったら……いや、それこそジュードさんあたりに相談すればいいのか。手近なところじゃ、クロニウスのアラン支部長を頼ってもいいし。うん、問題なしだ)
頭の中で素早く考えをまとめた弘は、皆を見回して言った。
「ちょいと長話になるし。その辺の空き部屋でも使って、キャンプでも張るか」




