第九十四話 最終試合(前編)
先日の夜に遡る。
闘技場の試合構成は、敷地内の事務棟にある総務課で起案しており、この時は最終試合を迎えるヒロシ・サワタリの対戦相手を選考中であった。
しかし、その相手が定まらない。
クロム以上の強者など闘技場に存在しないし、弱い者をあてがっては試合が白けてしまう。では、残る闘技者の中からトップクラスの者を選べば良いかというと、そうはならない。それで試合が盛りあがったとしても、また1人強者が死んだりすれば……。
「駄目だ。これ以上、スター闘技者を減らされてはたまらん!」
「サワタリが闘技場に残ってくれればいいんですけどね~。せっかく人気闘技者になったんだし……」
頭を抱える主任クラスに対して若手が言うのだが、先日、弘に直接確認したところ、10試合目を闘ったら冒険者稼業に戻るとのこと。
それを既に知ってる課内の職員らは、一様に嫌そうな表情を見せた。
けぇーっ、飛び入り登録野郎めが。人気闘技者を何人も殺しやがって、それで稼ぐだけ稼いだらハイサヨナラってか? こっちの迷惑も考えろってんだ。
というのが、彼らの一致した思いであろう。
運営側としては頭の痛い話だが、闘技者らは自分が勝って稼げればそれでいいし、賭け札を買う観客は勝てれば嬉しい。例え負けたとしても、白熱した試合を観戦できれば気が晴れることもある。
そういった両者のニーズに答えなければならない。
つまり、盛りあがる試合を用意し、かつ闘技者に死人が出なければいいのだ。
「そこを俺達は上手くやってきたってのに、あのクソ金持ちどもと来たら……」
誰かがボソリと愚痴を言った。
やれ、奴を勝たせろだの、あいつが負けた許せん! 対戦相手を始末しろ! だの、そんな口出しをする権利も権限もないくせに五月蠅いことこの上ない。
更に忌々しいのは、そういった連中の言い分を通さなければならない現状だ。
「あいつら、上に影響力がありますからねぇ……」
またも誰かが呟いた。闘技場側で無茶な要望を無視したとしても、上が相手の顔色を窺ってしまうのである。
『上』とは何か? この場合は国を指す。
ディオスク闘技場は、日本で言う特殊法人のような立ち位置(この世界だと力関係においては、かなり弱くなる)なので、上から『ああしろ』と言われたら、受け入れるしかないのだ。そして、問題ある金持ちには貴族が多かったりするので、彼らが騒ぎ出すと大抵は押し切られてしまうのである。
「前はバイケンのファンだけだったけど、今度はヴィッシュとパルファンのファンも騒いでるのか……」
「どっちも死んじまったから、金持ち連中はカンカンだぜ。あと、死んでないクロムのファンも怒ってる。負けちまったわけだしな」
「げぇ、マジか……。どーすんだ、これ?」
「サワタリが、早い段階で死ぬか負けるかしてくれてたら、お偉いさんや金持ち様の気が晴れたかもしれんのになぁ……。せっかくほぼ連日で試合組んだのに、完全に裏目に出ちまった」
弘自身は「そういうものか」と勝手に納得していたのだが、通常、試合間隔は数日あけるものなのだ。なのに、ほぼ連日試合を組んだのは、弘を疲弊させて早期に負けさせるためである。そうすることで闘技者人気を調整し、加えて御贔屓の闘技者が負けて気を悪くしている上客をなだめたかった。
これはかなり八百長じみているが、闘技場側としては長居しない闘技者より、腰を据えて試合に出続けてくれる闘技者を大事にしたいのである。もっとも、弘は召喚タバコにより負傷治療と体力回復を行えるから、翌日にはケロッとした顔で試合に出向いていた。つまり、闘技場側の思惑は完全に外れていたわけだ。
更に言えば、連日勝ち続けたことで弘は注目され、一躍、闘技場の人気者となっている。
「手詰まりか……。損害覚悟で、実力者と対戦させるかな……」
年配の職員が言うのだが、誰も返事をしない。他に妙案が出ることもないまま、時間が過ぎていく。
そんなとき、荒々しく事務室の扉を開けて入室してくる者が居た。
「話は聞かせてもらった! 私にいい考えがある!」
「オーナー! じゃなかった、理事長!」
ディオスク闘技場の最高責任者、ティマス・ライムの登場である。固太りした体型の壮年男性で、顔に刻まれた皺は、強い意志と同時に頑固さをも感じさせる。
先に述べたとおり、正式な役職名は理事長であり、オーナーは通称なのだ。何故そうなっているかと言うと、「ここは一応、賭場なんだから。理事長とか堅苦しいのは駄目。スタイリッシュにオーナーでいこう!」とティマスが主張したことによる。その主張どおり普段から自称しており、地元民達も面白がってオーナーと呼ぶので、今ではすっかり定着しているのだった。
「理事長ではなくオーナーと呼べ! それより、サワタリの最終試合であてがう闘技者に困っているようだな!」
室内の職員らは「うわ、相変わらず声でけぇ!」と迷惑げだが、そんなことは気にもせずティマスは話を続ける。
「要は、サワタリを相手に客を湧かせる試合ができて、なおかつ死なない闘技者を用意すればいいんだ!」
「それが出来れば苦労しませんよぅ。というか、上からのお達しは『サワタリを生かして帰すな』じゃなかったんですか?」
指摘する若手をティマスはギッと睨んだ。
「違う! 『できるだけいたぶって事故死させろ』だ! んまあ、サワタリが頑張る分には私らの知ったことではないがな。彼が強すぎることまで責任持てんわ」
さて、闘技場理事長……もとい、オーナー・ティマスはいかなる策を講じたのか?
彼が説明を始めると、最初は気のない様子だった職員達が、その表情を驚きの色に染めていく。
「えっ? いや、しかし……奴は……」
戸惑いの声を上げる主任クラスを「まあまあ」と制し、ティマスは胸を張った。
「奴なら、きっと大丈夫だ! 観客を沸かせてくれるし、死なずに試合を終えてくれるだろう。いや、ひょっとすると、サワタリを倒してくれるかもしれないぞ!」
オーナー・ティマスのテンションは高い。
居合わせた職員らは、オーナーが用意した闘技者のことを知っているだけに、皆で顔を見合わせるのだった。
◇◇◇◇
そして試合開始の時間となった。
夜の部のメインとして組まれた弘の最終試合は、観客席が満員になるほどの大入りとなっている。そして、その観客の中にカレンとシルビア、娼館オーナーとグレースの姿があった。
4人は並ぶ形で座っており、闘技者側から見て観客席中段あたりに位置している。左からカレン、シルビア、娼館オーナー、グレースの順だ。なお、娼館オーナーとグレースは、弘から金を借りて調達した衣服を着用している。
娼館オーナーは小柄な老人であり、平民レベルの衣服を身にまとうと、その辺の偏屈老人にしか見えない。一方、グレースは三十代の女性が着るような……野暮ったいスカートの服装だが……。
「あの……グレース……さんは、どうしてマント着用でフードを被ってるんですか?」
カレンが問うと、娼館オーナーが答えてくれる。
その美貌により、グレースはどんな服を着ても目立つのだ。変に絡まれないためにも、彼女は顔を隠しているのである。もっとも、覆面まではしていないので、正面から見ると美人だというのがバレバレだ。
「まあ、それでもエルフ耳を隠せば何とかなりますので。それにしても……マクドガル家と言えば、噂ぐらいは聞こえておりますぞ? 昨夜は色々と配慮が足りない態度で、本当に申し訳ありませんでしたわ。なんでも、お家のための試練の最中とか……」
「うっ……」
こんなところで、こんな人物から試練の話題を振られるとは。まったくもって想像外の展開である。カレンは言葉に詰まったが、代わりにシルビアがオーナーを睨みつけたので、オーナーは降参を示すように両手を挙げる。
「どうやら詮索はせん方がよろしいようで。しかし……あのサワタリという闘技者に、相当入れ込んでおられるようですな?」
貴族ともあろう者が、一冒険者の紹介人になるなど聞いたことがない……と、オーナーは続けるのだが、やはりシルビアに睨まれ口をつぐんでしまう。
「ま、色々と事情があるんでしょうなぁ。おっ? サワタリが出てきましたな」
身を乗り出すようにオーナーが言うので、カレン達も試合場に注目した。見れば、小入場口から弘が入ってきている。
このときの弘は、黒基調の衣服に茶色のブーツ、黒塗りしたノースリーブの革鎧を着用。更に黒い特攻服を召喚して着込んでいた。
特に武器などは持っていないが……。
「いいぞ、サワタリぃ! また何か出してくれよ!」
「しかし、どこから剣とか出してるんだろうな?」
「さあな! ひょっとしたら凄い手品師なのかも知れねぇーな!」
観客達がはやし立てている。中には、とんでもない勘違いをしている声もあったが、弘本人から能力について説明されたことのあるカレンは、少しばかり優越感に浸っていた。
(ふふん。私、サワタリさんが異世界から来た人で、武具を召喚できる人だって知ってるもの!)
相手については今のところ詳細不明だが、きっと様々な武具を召喚して勝利を掴むことだろう。それは弘に言わせるとお気楽な期待でしかなかったが、カレンにとっては確定的事実だったのである。
「小入場口から入場しましたのは……」
司会による闘技者紹介が始まった。
「このディオスク闘技場に突如現れ、連戦連勝! 先日などは、あのレッサードラゴン・クロムを含むスター闘技者らを単独で粉砕! どこからともなく取り出す未知の武具に注目だ! 今夜は、何を見せてくれるのか! そして最終試合を勝利で飾れるかっ! 昨日の疲れはどこ吹く風! 人間の戦士、ヒロシ・サワタリぃいい!」
地鳴りとでも言うのだろうか。クロムが紹介されたときの歓声も凄まじかったが、弘の紹介に対する歓声はその上をいく。声援を送ろうとしたカレンが、怒濤の歓声に驚いて叫ぶのを止めてしまったほどだ。
続いて、大入場口から何かが出てくる。
その姿を見て……観客がどよめいた。
「なんだい、ありゃ? あんなのでサワタリと戦えるのか?」
「人間……なのかな?」
「あんな人間、いないだろう?」
現れたそれは、人影としか言い様のない物だった。
背丈は弘と同じくらい。何か着ているでもなく、そして武器も持たず……顔すらない。
頭を左右に振りながら、ヨタヨタ歩くそれは『不気味という印象』を人の形にしたモノのように、観客達には思えていた。
「シルビア……アレ、何なのかわかる?」
「いえ、始めてみますが……」
互いに知らないモノであることを確認したカレン達は、身近で話せる相手……娼館オーナーらに視線を向ける。だが、まず娼館オーナーが首を横に振った。
「わかりませんな。自分は娼館を経営しておりましたので、亜人の類に関しては知っておるつもりですが……初めて見ました」
グレースも顔を横に振っているので、彼女も知らないらしい。
カレンは自分ならどう戦うかを考えてみたが、剣で斬りつける以外のことが思いつかなかった。果たして……剣が通じる相手なのだろうか?
◇◇◇◇
カレン達や他の観客等が、得体の知れない闘技者に対して論じ合ってたとき。弘も相手の実態を計りかねて首を傾げていた。
とはいえ、彼には対象物解析がある。試合開始宣言がなされるまでは使用可能なはずだ。
(こういうのって反則だよな。でも、俺は遠慮せず覗き見させてもらうぜ!)
対象物解析、発動!
眼前に新たなウィンドウが開き、相手の情報が表示される。
<カメローン>
・カメレオンの獣人。
・特殊能力:保護色
「……は? カメレオンの獣人? あいつがか?」
字面からすれば人型のトカゲ……いや、カメレオンっぽい獣人が想像できる。しかし今、入場口からヒョコヒョコ歩いてくるのは人型の黒い何かだ。
(解析表示に出てる奴と違うんじゃないか?)
どう判断したものか、弘は大いに迷っている。
対象物解析が正しいのか? それとも、誤った情報が表示されているのか? あるいはハッキングみたいなことをされているとか……。
(以前、解析阻害されたことがあったっけ。アレと似た感じか?)
アレコレ考えてみるが、答えは出ない。
「現れましたのは謎の戦士、ラングレン! ヒトか亜人か魔物なのか、すべてが不明! 表情すら見えない漆黒のボディで何をするのか! そして、この不気味な戦士とサワタリはどうやって戦うのか! 注目の大勝負になりそうです!」
(どうやって戦うのか……か。ほんとにな……)
司会のアナウンスを聞き、弘は口をへの字曲げた。
戦い方なんてものがあるなら、金を払ってでも聞きたいぐらいなのだ。だが、戦う相手の情報など、都合良く知り得ないのが普通である。
(まあいいか。取りあえず、攻撃してみよう)
審判が「相手が降参したら戦いをやめる」等のルール確認をした後、「試合始め!」の号令を掛けた。
ドオオオオ! という轟音のごとき歓声が、いつものように闘技場を揺らす。
さて、試合が始まったわけだが、ラングレンはユラユラ揺れているのみで攻撃してこようとはしない。
「気味が悪い奴だな……」
弘は日本刀を召喚すると、相手を睨め付けながら反時計回りに移動を開始した。円形に……と言うより、波打つように間合いを出たり入ったりしている。
要するに「おらおら、飛びかかるぞ?」とフェイントを織り交ぜているのだ。しかし、ラングレンは反応を示さない。
(なんだ、こいつ? 背中に回り込まれてもいいってのか?)
最初に向き合っていた側を正面とするならば、背面側に弘は移動を完了した。ラングレンはと言うと、なおも揺れているのみ。だが、弘が回り込んだことは当然理解できているだろう。
このまま攻撃していいものか弘は躊躇したが、戦わなければ闘技試合にならない。そして勝たなければ金は手に入らないのだ。
「そんなわけで、でぇい!」
右から左へ、横なぎに首を切り飛ばす……が、日本刀の白刃は、何の抵抗もなくラングレンの首を通過した。
「手応えが、ねぇ!?」
そう、そこに何もないかのように、あるいは素振りでもしたかのように、ラングレンの首がある場所を刀が素通りしたのである。
思わず声に出して驚いてしまったが、言い終わる前にラングレンが腕を伸ばしてきた。それは弘を掴もうとする動作でしかない。しかし、まったくの無音。加えて予備動作もなしに繰り出されたため、弘は慌てた。
「ぐっ!」
自分でも『掴まれた!?』と思うタイミングだったものの、弘は後方に倒れ込むことで回避に成功している。そして二転三転してから起き上がり、さらに後ろへ跳んだ。
この一連の攻防に、観客席は大きくどよめいている。
斬りつけられて平気なラングレンにも驚きだが、姿勢そのままで後方に腕を回す……という、無茶な掴み込みを、超人的な反応で躱した弘。彼の身のこなしを、観客達は口々に誉め称えていた。
「な、なんか人形みたいな動きだったな! あんな風に腕を回せるのか!?」
「サワタリは、よく躱したもんだぜ!」
「すげーぞぉ! サワタリぃ!」
見ている方は大喜びだが、試合当事者たる弘は、正直たまったものではない。ともかく、刀で斬りつけることが無意味であるのは確認できた。では、次はどうするか?
(刃物系が駄目ってことは、長巻も通用しねぇ。トカレフで撃つか? スタン警棒でいくか? それとも手榴弾?)
効果がありそうなのはスタン警棒である。電撃は多くのファンタジーRPGでも、かなりの種類のモンスターに通用するのだ。
(てのが俺的なRPG知識なんだが、問題は接近しないと攻撃できねーってことなんだよな~)
ラングレンに近づくと、先ほどの掴み攻撃をされるだろう。首を攻撃したときは刀が素通りしたが、相手が掴むときは普通に掴んでくる……というのが、こういう時のお約束である。そういった攻撃が想定されるのであれば、不用意に近づくべきではなかった。
(そういや……グレースを助けたとき、俺の召喚品がMPの塊っぽいのがわかったよな? てこた物理がきかねー相手にも、実は通用するんじゃね?)
つまり、弘の召喚術は現物を召喚するのではなく、MPで見た目や機能、そして性能を再現しているだけではないか? そして、そういったMPの塊で攻撃するとき、同時に魔法攻撃をしていることにはならないか? と、弘は考えたのである。
(同じMP製の刀は駄目だった……ように見えたが、実は効果があったりするかもしれねーしな。色々試していくしかないか)
そして自分には遠距離攻撃の手段が幾つかあるし、わざわざ接近する必要はない。
「トカレフで遠巻きに蜂の巣にしてやるぜ!」
弘は日本刀を左手に持ち替えると、得意満面でトカレフを召喚した。出現した拳銃を握り込むなり、振り返っていたラングレンめがけて1発ズドン。器用さを兼ねる『素早さ』が強化されている弘にとって、もはや片手打ちなど造作もない。
撃ち出された弾丸は、ものの見事にラングレンの胸部中央に命中した。
だが次の瞬間、ラングレンは激しく燃えあがるかたちで爆発したのである。
ズバシュウウ!
「ぐわっ!?」
大した威力ではないし、距離も取っていたので怪我一つしていないが、この爆発で土煙が舞い上がった。
「くそっ! 何なんだよ!」
とにかく距離を取ろうと、弘は後退する。爆心地を睨みながら走っているので、追撃には対処できるつもりだが……。
(爆心地も何も、ラングレンがそのまま爆発したように見えたぞ!?)
自爆のようなものだろうか?
それとも、銃弾が当たったら爆発するようなモノで出来てる生き物なのか? いや、そもそも生物なのか?
「あれの、いったい何処がカメレオンの獣人なんだよ! てきとーな解析してんじゃねーぞ、ごらぁ!」
試合場の壁間際まで来た弘は、その壁を背にして試合場中央部を注視する。爆発で生じた土煙はもう消えているが、ラングレンの姿は見えない。
(いねーな。やっぱ、さっきの爆発で消し飛んじまったか?)
……しゅる……。
何かが擦れるような音、いや感覚がした。それは、首元の左側で感じられたのであり、瞳を左端一杯に寄せて振り向こうとしたところ……弘は、すぐ後ろにいるラングレンを発見したのである。
そのラングレンは、身体(?)の外縁部から触手のようなモノを伸ばし、弘の鼻や口元に迫ろうとしていた。
「う、うおおあああああっ!?」
絶叫と共に身体を捻り、トカレフのグリップで殴りかかる。それは強化された腕力に遠心力も加算して、ラングレンの右側頭部に命中した。だが……。
ぼふっ!
妙な空気音とともに、拳が握り込んだトカレフごと好き抜ける。
「またかよ、畜生!」
叫ぶ弘に、ラングレンは倒れるように掴みかかってきたが、これを弘は、大きく後方へ跳んで躱している。
(倒れ込んで躱すのは、さっきやったからな!)
同じ方法で回避して、それが先読みされてはマズいと思ったのだ。着地しながら見てみると、案の定、ラングレンは地面に倒れ込んでいる。やはり、転倒回避を想定して攻撃していたようだ。
「脳味噌があるようには見えねーのに、知恵が回るじゃねーか。さて……仕切り直しだな」
今度はラングレンが壁際で、弘が試合場の中央寄りに居る。
遠距離攻撃の手段と言えば、トカレフ以外だと短弓、あるいは槍を投げるぐらいしかない。
(トカレフだと爆発しちまうし、そーだ! 手榴弾……も駄目だろうな。槍や弓矢じゃ、どう考えてもダメージが無さそう。……ああもう、何か手はないのかよ? 何しても通じないなんてチート野郎は、ネット小説だけで充分だぜ!)
愚痴りながら弘は、ラングレンの分析を開始した。考えることは苦手だったが、このままでは勝つことができない。
(まずは状況整理するか。刃物や打撃は通用しない。鉄砲で撃ったら爆発する。掴みかかることに固執してるよーだ。あと、いつの間にか背後に回り込む……と)
今のところ、大怪我するような攻撃はしてこないが……さっき背後に回られたとき、何をされそうになったのかが気にかかる。
「とにかく、掴まれるのはNGだな。なるべく近づかないようにしながら、色々試し……あっ?」
視界の端に、何かが見えたような気がした。黒い何かが……。
「嘘だろ……」
視線を巡らせた弘は、目を見開きながら呻いている。
いつの間にか周囲を囲まれていたのだ。そして、その囲んでいる相手というのが、他でもないラングレン。そう、数えて10体確認できるラングレンが、ユラユラ揺らめきながら弘を包囲していたのである。
「増えやがった……どうなってんだ、こいつら……」
驚いてる間に、ラングレン達は弘に向けて歩き出した。確実に狭まる包囲の中で、弘はキョロキョロと周囲を見回している。
「くそ! 何か手があるはずなんだ、何か……」
右手にトカレフ、左手に白木柄の日本刀。
強武装のはずだが、今の弘には心強さが感じられない。相手に通用しないというのは、これほどまでに不安を誘うものなのか。
「どうだ? サワタリ……。降参するか?」
不意にラングレンが声を発した。どのラングレンが言ったのかは定かでないが、とにかく今のはラングレンの声だろう。
「こ、降参だぁ? この俺はなぁ、まだまだ元気いっぱいだぜ!」
言い放つ弘の声には、張りが感じられない。
弘は少し俯くと、取りあえず正面のラングレンを睨みながら唇を噛んだ。
(くそう、弱気になってるの……バレたかな?)




