↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第5章 闘技場の都市へ!
95/197

第九十五話 最終試合(後編)

「サワタリめ……怯えているな?」


 試合場の壁に寄りかかるようにして立ちながら、ラングレンはほくそ笑んだ。

 カメローン種のラングレンは、弘が解析したとおりカメレオンに酷似した特性を持つ獣人である。今も保護色によって身を隠しており、その存在には誰も気づいていない。

 しかし、彼が闘技者ラングレンであるなら、弘が戦っている黒いラングレンは何なのか? 実は保護色は種族の特性だが、彼には生まれついて備わった異能力……風を操る力があるのだ。

 風を操る能力とは、漫画やアニメで言うところの超能力である。つまり、ラングレンはカメレオン型獣人の超能力者なのだった。もっとも、その力自体は非常に弱く、真空刃で相手を切り裂いたりはできない。その代わり、細やかな操作が可能だった。ヒトを形取るように空気の渦を作り出し、あたかも人間が動いてるように操れるのだ。


(まあ、無色透明だと俺にも見えないから、貰ってきた石炭粉を混ぜて対流させてんだけどな。敢えて命名するなら、炭粉体ってとこか?)


 ちなみに、増やした分の石炭粉は、闘技場内の壁際に置いた小さな木箱……その中に入れておいた石炭粉を使用している。話しかけた方法に関しては、風に声を乗せて飛ばしたのだ。


(あとは押し包んで、口から鼻から石炭粉を流し込んでやる。サワタリが窒息したら俺の勝ちだ! それにしても……さっきは何で爆発したんだろ~な~?)


 ラングレンは腕組みしながら小首を傾げた。 

 先程の爆発……実は粉塵爆発が発生していたのである。空気と混ざり合いながら対流する石炭粉が、銃弾の熱により引火。それで小規模の爆発が生じたというわけだ。炭鉱などでは、空気中に漂う粉塵に引火して爆発する事故などが発生するが、それと同じことなのだ。

 能力を運用し出してから今日まで、幸運にも引火爆発することがなかったため、ラングレンは爆発について思い当たることがなかったのである。


「まあ、何だっていいさ。サワタリにダメージがいくのならな!」


 黒いラングレン……炭粉体が何体やられようとも大した損失ではない。仮に石炭分が尽きることがあっても、今度は透明な風の塊として運用すればいいのだ。


「その時はその時で、やりようはある。それにだ……10体ぐらいの炭粉体なら、鐘一つ(小一時間ぐらい)ぐらいの間は動かせるぞ?」


 一方、弘の体力は動くたびに失われていく。クロム達とのバトルロイアルでは、かなりのスタミナを発揮していたが、まったく効果のない攻撃を続けていれば、疲弊することは避けられない。爆発をくらえば怪我だってするだろう。

 ラングレンは、炭粉体に取り囲まれている弘を眺めながらケラケラ笑った。


「いくら強いと言っても、正面からぶつかる必要はないってことだ。そして、この勝負は俺の勝ちだ!」



◇◇◇◇



「おいおい、冗談じゃねーぞ? 実は10対1の試合だったのか?」


 ジリジリと包囲が狭まる中、弘は黒ラングレン達……実は石炭分を風で人型に対流させたモノ……を見回す。動きは速くないが、気を抜くと先程のように背後へ回り込まれるのだ。


「くそっ! 多対一は慣れてるけど、相手がわけわからんってな……」 


 とにかく止まっていても良いことはない。

 駆け出した弘は、間隔の広い箇所を突破して包囲から逃れている。このときも黒ラングレン達の動きは鈍く、少し遅れてから一斉に弘へ向き直っていた。


「ああん?」


 向き直る際の黒ラングレン達の動きを、弘は眼を細めて見ている。


「あいつら……妙に揃った動きしてるな。一糸乱れぬって奴? なかなかやりやがる……と言いたいが、少し変だぜ」


 動きが統一されすぎているのだ。

 訓練された動きと言うより、まとめて一斉に『同じ動作で動かした』ような印象がある。


「ふっるいテレビゲーム動画を見たことがあるけど、ああいうのがあったよな。兵卒とか騎士とか王様とか全部一片にか、どれか一つだけ一斉に動かすってのが……」


 弘は右手のトカレフ、そして左手の日本刀を握ったり弛めたりしながら考えた。

 ここまでのことを考えると、目の前に居るラングレンが生物だとは思えない。沼巨人の討伐依頼の経験から不死系のモンスターか? とも考えたが、そういった雰囲気ではないようだ。


(確証はないけど、闇の精霊を呼び出して使役してる……みたいな感じか? 近場で見ると、黒いモヤみたいなのがヒトの形してるみたいだし……) 


 ここで弘は、炭粉体を精霊召喚の産物だと読み違えている。だが、黒ラングレン達が『誰かによって操られているモノ』という点では、正解に到達していた。


(誰かに操られてる……か)


 動き出した黒ラングレンが距離を詰めだしたので、弘は走って距離を取りつつトカレフを乱射した。


 ガンガンガウン! ドカカ!


 ずばう! ぼむ! きゅぼあ!


 命中するたびに黒ラングレンが炎をまき散らしていく。そうして、ごく短時間のうちに10体すべてが炸裂し消滅した。だが、試合場に弘1人だけとなったのも一瞬のことで、すぐさま新たな黒ラングレンが出現している。しかも、今度は試合場内に点在する形で……である。


「ちぃっ。まっすぐ走りづれぇ……あと右も左も気にしながらってな面倒くさいわ。マジで」


 更に言えば、下手に走りながら撃つと場合によっては誘爆もあり得る。事実、1体の炸裂炎が飛び火して別の個体を誘爆させていた。


「うあっちい! 火の海とか、そういうのは昨晩の火事で腹一杯だってのによぉ!」


 弘が、こけつまろびつ爆炎の中を駆け抜ける様は、観客達を大喜びさせている。とはいえ、こんなことが長続きするはずもない。早急に状況を打開するべきだった。


(よーし、こうなったらバクチを打つしかねぇ! こいつらは精霊魔法とかで召喚された奴! それで決まり! んで、こいつらを相手にしても意味ねーから……術者を見つけてブッ倒すんだ!)


 追い込まれつつある中、冷静に考えることを放棄した弘は、幾つか考えた中から一つの可能性をピックアップする。


(なぁに読みが外れてたら、また別の手を考えりゃいいんだ! 何の問題もないぜ!)


 かなり適当な戦闘思考及び方針決定だが、一応のあてはあった。

 試合開始前、対象物解析で知り得た『ラングレンはカメレオンの獣人である』という情報に、弘は再注目していたのだ。


(姿を隠せる獣人が相手で、今相手してるのが精霊だろ? じゃあ、奴は試合場のどこかに隠れてて、俺のことを見ながら精霊を動かしてるんだ)


 そうとなれば、やるべきことは一つ。隠れているラングレンを炙り出すのだ。


「だったら、こいつの出番だな……」


 口の端を持ち上げながら弘が召喚したのは……手榴弾だった。



◇◇◇◇



「うほう。また爆発した! あいつ、爆発魔法の使い手だったのか!?」


 ラングレンはラングレンで勘違いをしているが、余裕の表情は崩していない。彼の風を操る力は、大きなことこそできないが代わりに消耗が少ない。つまり長時間使用できるのだ。また、石炭粉の予備は大量に用意してあるので、いくら爆発させられようが補充は可能。このまま粘り続ければ、やがて弘は疲れて動きが止まる。その後はトドメを刺すだけだ


「それまで俺は高みの見物を……。……何か投げた?」


 遠く……試合場の中央より向こうでいる弘が、何かを取り出し投げた。それは人の握り拳ぐらいの大きさで、ラングレンの眼には石のように見えている。そして落ちたところで転がったのち、大音響と共に炸裂した。

 もちろん、近くにいた炭粉体は何体かが誘爆している。


「な、なな、ななな……」


 あまりのことに言葉が出ないラングレンだが、これが数回も続くと、さすがに冷静さを取り戻してきた。


「なるほど。炭粉体が俺本体じゃないって気づいたな。ああやって俺を倒す気だ。あちこち投げてたら、そのうちに爆発に巻き込めるんだろうが……そうはいかん」


 別にラングレンは動けないわけではない。石壁に沿って移動すれば、弘の『爆発するつぶて』を避けることなど造作もないのだ。


「くっくっくっ。なんの魔法だか見当もつかんが、せいぜい消耗するんだな」


 言いつつ移動を開始するラングレンは、しばらく進んでから弘に視線を戻した。


(……あ、あれ? こっちを見てる気がする……ぞ?)


 まさか、そんなことあるはずがない。

 そう思うラングレンだが、弘が炭粉体を無視して、自分に向けて歩き出すのを見たとき。彼の顔からは、音を立てて血の気が引いていくのだった。



◇◇◇◇



「なんで!? どうして、俺の位置がわかるんだ!?」


 壁際でカメレオン獣人……カメローンのラングレンが叫んでいる。

 そこへ向けてズカズカ歩を進める弘は、トカレフをベルトに差し、脱いだ特攻服で黒ラングレン……炭粉体をはたき飛ばしつつ笑った。


「爆発だけ気にしてたのは失敗だったなぁ? 飛び散る土砂にも気をつけないとさぁ~」


「えっ? ああっ!?」


 ラングレンは、自身の身体を確認して声をあげる。

 彼は現在、衣類を着用せず体皮変色で身を隠しているのだが、身体のそこかしこに砂埃がまとわりついていたのだ。当然、壁際で立つ姿がクッキリ浮かび上がっている。

 そして、その姿は観客達にも見えており、多くの観客達がラングレンを指さしていた。


「うわ……わ、やば!」


「今更、おせぇよ!」


 ラングレンは慌てて砂埃を落とそうとしたが、それよりも早く弘が駆け寄った。

 右手に持った日本刀で斬りつけるのか? いや、そうではない。彼は大きく跳躍すると、走り込んだ勢いをのせて跳び蹴りを敢行したのである。


 ぱぐしゃあああ!


「ぐべぶぁ!?」


 長く伸ばした右足がラングレンのカメレオン顔に突き刺さり、ラングレンは後ろの壁に激突した。そして、ゴムまりのように跳ね返り……地面に落ちて動かなくなる。

 それと同時に、何体か残っていた炭粉体が消滅し、駆け寄ってきた審判が高らかに宣言した。 


「勝負あり! 勝者、サワタリ!」


 そして発生する大歓声。

 こうして沢渡弘は、闘技場での最終試合を無事勝利で飾ったのである。そしてそれは、グレースを身請けするに足る現金を入手できたということでもあった。


「ふう。疲れた。なんて言うか、気疲れがハンパないぜ……」


「痛たたた。顔面を蹴られるとか、初めてだ……」


 足下でラングレンが身を起こしている。

 相手が人間サイズの獣人なので、それなりに手加減したのだが、どうやら死なずに済んだらしい。


「見つかったときは殺されるかと思ったが……」


「相手殺して気持ちいい……なんて趣味は俺にはないからな。それに、これは試合だ。相手に勝てれば充分だろ? ま、どうしようもないときは殺っちまうんだけどな」


 言いつつ弘は、ラングレンに手をさしのべる。その手を握って立ち上がったラングレンは、観客席の中にある来賓席に眼を向けた。そこには多くの貴族や商人に混じって、闘技場オーナー……ティマス・ライムが居る。彼がニコニコしながら手を振っているのを見ると、ラングレンは安堵の溜息をついた。


「試合には勝てなかったが、まあ……お役目は果たせたってことか」


「何の話だ?」


 呟きを耳にした弘はラングレンに聞いてみたが、彼はヒラヒラと手を振る。


「いいや、こっちの話だ。それより、爆発で飛ばした土砂を使って保護色を駄目にされるとか……想像もできなかったぞ」 


「俺の国……じゃなかった、住んでたところではな。保護色で隠れた奴を見つけるのに、何か撒き散らすってのは定番なんだよ」


 さすがに「アニメとか漫画で見た」とまでは言わなかったが、ラングレンは興味深そうに聞いている。

 その後、ラングレンから実は精霊使いなどではないこと。掴むのは無理だが、覆い被さるか取り囲むかしたら、石炭粉を口鼻より流し込んで窒息を狙うつもりだったと聞かされ、弘は大いに肝を冷やした。 


(肺の中を炭まみれにされるところだったとか、ヤバすぎだろ? マジで危ないところだったんだな……)


 レベルアップを繰り返して強くなったとは言え、慢心は禁物。

 そういうことに気づけないままよりはマシだろう……と自分を慰め、弘は総立ちとなった観客等に手を振りながら試合場を後にするのだった。



◇◇◇◇



「凄い! サワタリさん、本当に凄く強いわ!」


 手を振りながら小入場口へ消えていく弘。その姿を見送り、カレンは大はしゃぎしている。またしても賭け札が金券になったわけだが、そんなことよりも弘の戦いぶりにカレンは感動していた。

 正体不明の敵から、得体の知れない攻撃を受けて一時は押されるも、隠れていた敵本体を発見して大逆転。勝利をもぎ取ったのだ。


(私があの場に立っていたとしたら、どうだったかしら?)


 攻撃手段が剣のみで、他は鎧の力で常人離れした身体能力が発揮できるだけ。ラングレンの本体を発見できれば勝つのは簡単だろうが、弘のように土砂を撒き散らして敵を浮かび上がらせる……その発想ができるか、カレンには自信がなかった。

弘は、保護色で隠れ身をした者を発見する方法を、漫画やアニメの知識で知っていただけなのだが、事情を知らないカレンは、弘の機転や発想に感心することしきりであった。

 そして、その隣で座るシルビアも、弘の戦いぶりに感心している1人である。

 彼女の場合、カレンのように大騒ぎこそしていないが、胸は大きく高鳴っていた。


(まったく私としたことが……)


 内心ブツブツ呟いているものの、戦闘中の弘の姿を思い浮かべると、やはり胸がドキドキする。その感覚を持てあましながら、シルビアは何とか沈黙を保っているのだった。


「ふむ。やはり聞いていたとおり強いの。相手の戦闘力自体は大したことなかったが、その戦法が凄かった。ワシには皆目見当もつかんが……それを打ち破るとは、いやはや」 


 シルビアの隣で、娼館オーナーが戦闘経過を分析している。しかし、その彼ですら興奮による震えが声に混じっていた。  


「どうじゃ、グレース? これで本当に、ワシの元から離れられることになったな?」


 嬉しそうに言う娼館オーナーに対し、マントのフードで顔を隠したグレースは「ああ。そうだな」と答えるのみ。

 一見、無関心そうだが、フードのおかげで顔がハッキリと見えないだけであり、実のところかなり驚いている。驚愕のあまり上手くコメントできない……というのが正確かもしれない。


(あのサワタリという男、あんなに強かったのか!?)


 レッサードラゴン等を倒した話は、娼館の従業員達から聞いていた。仕事部屋兼私室であったあの部屋で、弘が結界を打ち破った際には、その場に居合わせている。ヒロシ・サワタリの強さに関して、それなりに見聞きしていたはずなのだ。

 それでも、闘技場での彼の戦いぶりを見ると驚いてしまうのであった。


(聞くと見るとでは大違いだな……)


 グーレスは、得体の知れない相手を向こうに回した弘の戦いぶりについて、カレンと似たような感想を抱いている。カレンと違うのは、弘が見慣れぬ長刀や、火を吹く小道具を取り出したことに興味を示している点だ。


(あのような物を、あらかじめ持っていたというのか? いや、観客は『また何か出してくれ』とか『どこから出すのか』と言っていたな。手品師がどうとか言う声も聞こえたが……)


 グレースは少し俯いた。眼下に見える試合場には、そこかしこで爆発痕がある。それらは弘が投げた手榴弾によってできたものだ。


(何か投げて、それが爆発していた。火薬……というモノの話は聞いたことがあるが、あのように使い勝手良い道具、いや武器のことは知らない。サワタリ……本当に何者なのだ?)


 ……。

 少し考えていたグレースは、ふと昔に聞いた話を思い出した。

それは彼女がまだ少女だった頃、遊びに来ていた他の氏族長から聞かされたのだ。


(この世界では、時として異世界から召喚術士がやってくる。それは大きな力で事をなすこともあれば、ひっそりと身を隠すこともある。彼らは、我らの『理』から外れたモノを召喚する術を持ち。それは真似ることも学ぶこともできない……だったか)


 グレースの氏族では伝わっていない話だったので、遠い国のおとぎ話かと聞かされた当時は思ったものだ。自らが氏族長となった後も、時たま思い出していたが今では「幼子を喜ばせるための作り話」だと思うようになっていた。


(しかし……サワタリの戦いぶり。あれは昔聞いた、異世界の召喚術士……ではないだろうか?) 


「何にせよ、直接聞いてみれば済むことか……」


 この後、必要額を用意した弘が自分を身請けるのだ。その先、自分がどういう扱いをされるのか定かではないが、質問するぐらいはかまわないだろう。サワタリも、それぐらいでは怒ったりしないはずだ。


(たぶんな……)


 飼い主に対して期待や希望、願望をもつ。そんな自分をグレースは「我も学習能力がないな」と自嘲気味に笑うのだった。



◇◇◇◇



「ふむ。負けはしたが、あのサワタリに冷や汗ぐらいはかかせたようだな」 


 来賓席で貴族の1人……フルフェイス髭の中年男性が満足そうにしている。

 彼は居並ぶ数人の貴族や金持ちの中で、特に高い地位と権力を有する人物だ。その彼が言うのを聞き、それまで不満そうにしていた者達は追従するように態度を軟化させている。


「そ、そうですな! ラングレンとやらが背後に回ったときの情けない悲鳴。まことに傑作でした!」


「確かに! 黒いラングレンに取り囲まれて逃げ惑う様も、大いに笑えましたぞ!」


 最初は『彼の人が満足しているのなら、ここは自分も合わせて』……ぐらいの気分で居たのが、言っている内に気が晴れてきたらしい。皆が機嫌良さそうに笑っている。

 そんな中、闘技場オーナーのティマス・ライムは、場を締める意味合いを込めて大きな声を発した。


「この後は、夜のメインイベントが控えておりますゆえ、皆様方には一層お楽しみいただけることをお約束いたします!」


 少し芝居がかった物言いだが、来賓客達は気をよくしたようで、係員の女性に飲み物などを要求している。その様子を見ながら、闘技場オーナーは安堵の息を吐いた。


(やれやれ。上手くいったか……。ラングレンには手当を弾まないとな)


 本来、ラングレンは闘技場で戦うような者ではない。どちらかと言えば、暗殺や潜入を得意とするのだ。そんな彼を『切り札』呼ばわりしているのは、影働きで重宝しているからであった。

 試合を組んだとき、総務課の課員達には「私にいい考えがある!」などと調子の良いことを言ったものだが……。


(勝つことはできなかったな。でもまあ、ラングレンは死ななかったし。金持ちさん方も満足してくれた。悪くない結果だ)


 そう結論づけ、オーナー……ティマスは、やりとげた気分で笑みを浮かべたのである。



◇◇◇◇



 夜も遅くなった頃。

 ディオスクのギルド酒場に弘の姿があった。

 試合後、すぐに報酬と自分に賭けた配当金を貰い、賭け札販売所前で待っていた皆と合流したのである。今度こそギルドで会議室でも借りようかと思ったが、皆で話し合った結果、酒場で諸々の話をすることとなった。


(控え室のみんなとは、あんまり長話できなかったなぁ……)


 木製の大テーブルに着いた弘は、闘技場を去る前のことを思い出している。

 クラークや他の闘技者達は、最終試合の勝利を喜んでくれたし、名残惜しそうに声をかけてくれたのだ。


(いいもんだよなぁ。暴走族を卒業したときのことを思い出して、ホロッと来ちまったぜ)


 そうやって懐かしさに浸っていた弘であるが、居並ぶ面々を見て気を引き締めた。

 真正面に娼館オーナー。その向かって右隣にグレース。そして何故一緒に座ってるかは不明であるが、大テーブルの向かって左側にカレンとシルビアが居た。

 これから自分は、グレースの身請けに関して交渉をするのだ。娼館オーナーは、以前に必要額を提示済みであったが、ここへ来て何を言い出されるか……それが不安と言えば不安である。

 何か策でも講じるべきか? と思ったものの、試合後の気疲れで上手く頭が働かない。


(召喚タバコでも吸ってきた方がいいかな?)


 などと思ったところで、娼館オーナーが口を開いた。


「では、さっそく身請け交渉といくかの? 金額は……」


 ゴクリ……と誰かが息を呑む。


「前にも言ったとおり、金貨25枚じゃ。即金で支払って貰うぞい?」


(……妙な増額は、なしか……)


 なにか裏があるのではと勘ぐるも、それが一切読み取れない弘は金貨を詰めた小袋を取り出す。今回はアイテム欄取り出しではなく、あらかじめ用意して持ち歩いてきた。


(どこからともなく、テーブル上に金貨ぶちまけるわけにはいかねーしな)


 今だって酒場には数組……合わせて十数人の客が居る。金貨のような高額貨幣を、他人の眼につくように受け渡すべきではないだろう。


「ふむ。確かに25枚ある。よかろう! ヒロシ・サワタリよ。グレースは今このときより、あんたのモノじゃ」


「ああ、そう」


 金袋を懐にしまう娼館オーナーを見ながら、弘は気のない返事をした。

 これを見て、娼館オーナーが小首を傾げる。

 ここしばらくを闘技場で戦い通し、そこで得た大金を一気に使ってエルフ美女を手に入れたのだ。


(もう少し、嬉しそうにしても良いと思うがのぉ……)


 娼婦として運用していたが、それなりにグレースを大事にしていた彼としては、そう思いたいのである。

 では、弘自身はどう思っているのか?


(なんか気が抜けたぁ……。口から魂が抜けるっつうか。俺……なんでエルフなんか身請けてるんだろ~なぁ)


 疲れたのもあるが、やるだけやって、やりとおした後で我に返った……というのが今の心境だ。


(駄目だ……一服しねーことにはマジで頭が働かねー)


「タバコ……吸っていいかな?」


 この世界では禁煙運動や嫌煙運動などというものはない。喫煙前に一言断る必要などないのだが、弘は元の世界の習慣からそう言った。

 皆、キョトンとしていたが、弘が虚空から紙巻きタバコを取り出したのを見て眼を見張る。

 弘は皆の視線を一応気にしたものの、それでもかまわずフィルターをくわえ、念動着火によりタバコを吸い出した。


「……ぷはぁ。うめぇ……。それに頭がシャキッとしてくるぜ~」


「あ、あのう……サワタリさん? タバコって……おおっぴらに吸っちゃ駄目なんですよ?」


 忠告してくれたのはカレンである。この国ではタバコは貴族の専有物、御禁制品なのだ。が、弘はかまうことなくプカプカ吸い続け、半分ほど吸ったところでタバコを消した。


「うむ。元気になったぜ!」


「そ、そうですか……」


 あまりのマイペースぶりに言葉の出ないカレン。その彼女の後を継いで、グレースが弘に質問する。


「サワタリ? 今の細巻きはタバコだな? いったい、どこから出したのだ?」


「まあまあ、そのあたりは後で説明すっから。今は、身請け話も成立したことだし? 他に気にすることがあるだろ? その首輪とかさ」


 弘に言われて、グレースが首元へ手を当てた。

 そう、彼女の首に着けられているのは隷属の首輪である。装着した者を、登録者の意のままに操るという……ファンタジー小説や漫画では割と知られた魔法のアイテムだ。この首輪の場合、登録者が定期的チェックを怠ると装着者が死亡する……という嫌なギミックが備わっている。


「そ、そうじゃな。それを外してやらねば……」


 娼館オーナーがポカンと開けていた口を閉じ、座ったままでグレースに向き直った。そして、首輪に手を伸ばすと、人差し指を当てて何やら呪文を唱え出す。


「魔法? って言うよりアレだな。音声認識のロック解除な感じだな」 


 カレン達には理解できない単語を織り交ぜつつ弘が呟いていると、グレースの首から首輪がスッとスライドして外れた。可動部分がないように見えるのに……である。


「魔法の道具って、すげーよな」


「うむ。ワシもそう思う。それで、この首輪はどうする? いらんのであれば、ワシが貰っておくが……」


 そう言って娼館オーナーが首を掲げてみせると、弘は指で頬を掻きながら考えた。


(いらねーよ、んなもん! と言いたいけど、持ってれば何かの役に立つかも?)


 弘にはアイテム欄収納の能力があるので、ガラクタを抱えて歩いても支障はない。誰かを隷属させるという趣味はないが、珍しい魔法具なら確保しておいてもいいだろう。


(こうやってアイテム集めするのも、ゲームっぽくていいもんだぜ)


「そうだな。グレースとセットって言うなら貰っておく。後で使い方とか教えてくれよな?」 


「そうか、わかった……」


 少し残念そうに娼館オーナーが差し出した隷属の首輪。それを受け取るなり、弘はアイテム欄収納した。アイテム欄の運用について知っているカレンとシルビアは別として、娼館オーナーやグレースにしてみれば、首輪が音もなく掻き消えるというのは驚愕の現象である。

 2人が何か聞きたそうにしているが、弘は敢えて無視してグレースに語りかけた。


「そういうわけで、グレース?」


「え? あ、ああ」


 突然話しかけられたグレースが戸惑いつつ返事をする。


(新たな主人として、何か一言あるのだろうか?)


 娼館オーナーに買われたときなど「お前には金貨5枚かかった。その身体で、何倍も儲けさせてもらうからな」と言われたものだ。そういった新主人による所信表明みたいなものは、これまでにも何度もあったことなので慣れているが……。


(サワタリのような男から聞かされるとしたら、やはり少しはショックを受けるかも……)


 不安で高鳴る胸に手を当て、グレースは唇を噛んだ。

 そして、その様子を見守るカレンとシルビアも心中穏やかではいられない。冒険者として戦士として、信頼するに足ると感じつつあった異世界の召喚戦士。それが今、目の前で人身売買をしているのだ。しかも、相手は娼婦である。


(……どうかサワタリさんが酷いことを言ったりしませんように)


(あなたという人物を見させて貰いますよ? サワタリ殿?)


 祈るカレンと、対照的に弘を見定めにかかるシルビア。彼女らの視線も受けつつ弘は言った。


「グレース。あんたは、これで自由だ。今後は好きなようにしてくれていいし、俺に従う必要もない」


 ……。


「「「「はぁっ!?」」」」


 夜のギルド酒場に男女数人の声がこだまし、周囲にいた冒険者達が驚いて視線を向けてくる。

 そんな中、弘1人のみが平然として女給を呼びつけていた。


「おねーちゃん。エール酒、ジョッキで1杯ね!」


最終試合の目標は「それなりの能力を組み合わせて、弘に冷や汗かかせること」でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。