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異世界から来た不良召喚術士  作者: 平位太郎
第5章 闘技場の都市へ!
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第九十二話 身請け交渉

「へっ? 説明ってグレースの?」


 カレンに問われた弘は、手を引いたままのグレースを見た。

 彼女は今、透過性の高い寝間着姿であり、その醸し出す色艶が野次馬達の視線を集めだしている。


(エルフでも亜人だってんで差別されてるそうだけど。こんな美人が、色っぽい寝間着姿で立ってるんだもんな。そりゃ注目もされるか)


 しかし、説明せよと言われても何を説明すれば良いのかサッパリだ。グレースの個人的な事情は一先ず伏せて、彼女の紹介でもすれば良いのか?


(いや、ここじゃ目立つから場所を変えて、そこで話した方がいい。そうしよう)


 などと弘が考えていると、脇から初老の男が駆けてきた。値の張りそうなガウンを身にまとった彼は、今まさに燃え上がっている娼館のオーナーである。


「グレース! 無事だったのか! お、お前さえ残っていれば、ワシは……」


 そう言いつつグレースの手を取ろうとしたが、その前に弘が進み出た。


「サワタリ?」


「サワタリさん!?」


 グレースが驚き、カレンが目を丸くする。だが、一番驚いていたのは弘本人だ。


(ありゃ? 俺、なんでグレースの前に出てるんだ?) 


 別に意図して行動したわけではない。気がついたらオーナーとグレースの間に立っていたのである。

 皆の、そして野次馬等の視線をも浴びながら、弘は言った。


「そ、そうだ。色々と話したいし場所とか変えねぇ? ギルド宿……は、この人数じゃ狭いか。うん、確かギルド支部の2階に、貸出しもしてる会議室が……」


 弘は以前、ギルド支部の受付嬢から聞いたことを思い出しつつ話し出す。聞いたときは「公民館かよ」と思ったものだが、こういう状況下ではありがたい。

 さっそく皆で移動を……と、訝しむ娼館オーナーを急かしかけたとき。野次馬を掻き分けて10人ほどの男が現れた。


「げっ。あの格好……」


 弘は呻く。現れた男達の大半が駐留兵だったからだ。

 その武装が統一された姿は、山賊時代……討伐された側で居た弘にしてみれば忌々しいものでしかない。


「……ちっ」


 無駄に喧嘩を売る気もないので舌打ちで済ませていると、彼らは「ここが火災現場か!」「精霊魔法で水精を呼べ! 消火を急ぐんだ!」などと言い、消火作業を開始した。それを見た野次馬等から「来るの遅いぞ!」とか「今まで何してたんだ、あいつら?」といった声が飛び出す。


(まったくもって同感だぜ)


 弘は大きく頷いた。

 見れば周辺家屋では、屋根上までバケツ(木製の桶等だが)リレーをして水を撒き、火の粉等で延焼しないよう消火……いや、防火活動をしている。地元住民が身体を張ってるのに、精霊魔法の使い手まで居る駐留兵が、いったい何をやっているのか。


(そんなことより、今はこの場を離れて……いや、離れたら駄目か?)


 騒ぎに紛れて逃げることを考えた弘は、はたと思いとどまった。自分だけなら逃げるのもありだが、グレースはどうする?

 連れて逃げた場合、彼女の所有者たる娼館オーナーが生き残っているので、グレースは連れ戻されて以前と同じか、それよりも酷い扱いになるだろう。


(オーナーの奴、グレースさえ残ってれば! みたいなこと言ってたしな)


 さらに言えば、弘は誘拐犯となるし、奴隷は「個人の所有物」扱いであるから窃盗犯ということにもなる。そして、グレースを助けに飛び込んだまでは善意の行動で済むだろうが、彼女を連れ去ったなら、一転して住居不法侵入になりかねない。ましてや引き渡しを拒否して、暴力沙汰などやらかせば、もう取り返しがつかないだろう。

 とはいえ……だ。この場に当事者顔で居残り、グレースに付き添ったとして……自分は何をするのか? グレースを身請けるだけの現金はあるが、いったい何様のつもりで人1人を買い取ろうというのか?


(人身売買……日本人の、この俺が?)


 元居た世界では、チンピラなりに悪さはしてきたつもりだ。しかし、金を払って人間を買おうなどとは考えたこともなかった。

 だが、今の自分は……やろうと思えば、それができる。


(ここで他人顔決め込んで、グレースと別れる手もあるけど。なんつーか、気にいらねぇんだよな……)


 そうして迷っているところに、駐留兵の声が聞こえてきた。見れば、口ひげを生やした指揮官風の中年男性が、野次馬を見回して叫んでいる。


「この中に娼館オーナーはいるか! 事情を聴取したい! 居るのならば前に出るように!」


 この呼びかけに対し、オーナーは躊躇っているようだ。

 彼は被害者である。寝込みを襲われて金品を強奪され、娼館を燃やされた。挙げ句の果てには娼婦達を連れて行かれたのである。普通ならば、「お役人様! 哀れな私をお助けください!」と、すがりつくところだ。

 なのに、なぜすぐに名乗り出ないのか?

 それは、火付け強盗らもヤクザだが、娼館オーナー自身もヤクザだからである。叩けばホコリの出る身、できれば駐留兵と関わり合いになりたくないのだ。


(調べた結果、悪事がバレて……超テキトーな裁判で即決死刑。残った財産は没収……なんて、やられかねんわけだしなぁ)


 以前、似たような目に遭っている弘は、娼館オーナーの気分が理解できるような気がした。


「どうした! オーナーは、おらんのか!」


 続けて駐留兵リーダーが叫ぶと、娼館オーナーは観念したように前へ出ようとする。


(ここが分岐点って奴だな。何も言わなきゃ……グレースとは、ここでお別れだ)


 弘はスウッと目を閉じた。

 すると、安くない金を払ってグレースを抱いた夜のことが思い出される。そして身の上話を語っているときの、グレースの何もかも諦めたような顔。それを思い浮かべたところで、弘は目を開けた。


(よし、決めた。グレースを助けよう。他のことは、事が終わってから考えりゃいいさ)


「あの、私が娼館の……えっ?」


 背後から方を掴まれた娼館オーナーは、気落ちした様子の顔を弘に向ける。

 弘は精一杯の愛想を振りまきながら言った。


「まあ、俺に任せとけ。悪いようにはしねーよ」



◇◇◇◇



 別に、気持ちがわかるからと言って娼館オーナーに同情したわけではない。

 彼に対して弘が愛想良くしたのは、そうすることでグレースに関しての交渉がやりやすくなると思ったからだ。


「あんたが駐留兵のリーダーか? 俺は、沢渡ってもんだが……」


「サワタリ? ああ、闘技場でレッサードラゴンを含む大物を一度に倒したっていう、あのサワタリか。私は観戦できなかったが、凄かったそうだな。うちの隊に欲しいくらいだ」


 話が早くていい。

 この町では闘技場が一番の娯楽施設だから、噂が広まるのが早いのだ。

 なにより、弘を手強い相手と認識できてるっぽいのが助かる。


(俺に対して下手に高圧的には出られなくなるからな)


 あとは相手の立場を考慮しつつ、お互いに損のないよう話を持っていければ上々だ。


(達成目標:色々と円満解決した上で、グレースを自由身分にすること……なんてな)


 まるでゲームの勝利条件のように目標内容をまとめ、弘はカレンとシルビアに声をかけた。


「俺のこと待っててくれたみたいで悪いんだが。事情は後で話すとして、俺は……そっちのエルフの人を助けたいんだ」


「えっ?」


「我を? 主が?」


 カレンだけでなく、グレースもが戸惑いの声をあげる。

弘はグレースにチラッと視線を飛ばしてから、カレンへの説明を続けた。


「燃えてる娼館からグレースを連れ出したのは俺だしな。まあ事情聴取って言うか、参考人って感じになるだろ? その後で、ちょっと……な」


 どのみち時間がかかるだろうし、カレンとシルビアは、ギルド宿に戻るんだったら先に戻っていて欲しい。そう述べたところ、カレンが「私も行きます!」と言いだした。


「ええ? 今回の厄介ごとは、俺が好き好んで首突っ込むんだから。別に付き合って貰わなくても……」


「いいえ、サワタリさんはお忘れですか? 冒険者ギルドに登録したとき、私が『紹介人』……つまり身元保証人になっていることを」 


「うっ……忘れてた……」


 そう。冒険者ギルドで冒険者登録をする際、身元調査を省略する手段として、登録申請書に紹介人名を記載することがある。そうすることで書類審査がスムーズに進むのだが……。


(俺が何か悪事を働いたら、カレンに迷惑がかかるってことなんだよな)


「まったく無関係ではないですし。サワタリさんが、娼館に飛び込んでから出てくるまでも見てます。ですから、私達も参考人になります!」


 ……『達』と言うことは、シルビアも含まれると言うことだ。


(2人とも、ついてくるってことか)


 どのみち、こんな面倒ごとに(自分から)巻き込まれていくカレンを、シルビアが放っておくはずがない。

 ……はあ……。

 思い溜息をついた弘は、キョトンとしている娼館オーナーやグレースを無視して、駐留兵リーダーに申し出た。


「火付けの犯人とかな。実は俺、目撃してるんだ。だから、そこの娼館オーナー達の付き添いみたいなもんで、いっしょに行っていいかな?」



◇◇◇◇



 駐留兵詰所に入った弘は、兵達からの注目を浴びていた。

 最初は美女のグレース(今は、弘がアイテム欄から取り出したマントを羽織っている)に見とれている者が多かったが、途中から弘に注目する者が増えだしたのである。

 さわさわ聞こえてくる声に耳を澄ますと、どうやら昨日の試合の噂をしているようだ。

 そんなにも噂になってるかと思うと鼻が高い。だが、国籍不詳の密入国者……異世界人であることを考えれば、あまり良い気がしないのも事実だ。


(今更な話か。大勢の観客の前で、色々召喚しちまったしな)


 通された部屋は、取調室と言うには少し大きかった。弘達が娼館オーナーやグレース等を含めた複数人なので、普段は会議室として使用している部屋を用意してくれたらしい。

 ちなみに、この頃になるとカレンが駐留兵リーダーに身分を明かしており、伝令によって照会を受けたギルド支部が、支部長を派遣する事態に発展していた。


「……大事になっちまったな」


「何を他人事のように言ってるのですか。まったく、あなたという人は……」


 カレンの隣で座るシルビアが、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。それを見てすぐ目を逸らした弘は、会議室内で居並ぶ面々を見た。

 折りたたみ機構のない木製長机がロの字型に並べられ、まず弘が座り、隣に娼館オーナーとグレースが座っている。弘から見て右方にはカレンが座り、隣にシルビアと、夜遅くに呼ばれて不機嫌そうなディオスク支部長、ブル・ユリンナーがいた。

 そして、弘の対面に位置するのが駐留兵のリーダーと副官、そして相談役と呼ばれる精霊魔法の使い手である。 


「なにやら、よくわからん状況だが。とにかく事情聴取は行う」


 駐留兵リーダーは、ユリンナーとカレンと弘……さらにはグレースに視線を転じながら宣言した。

 こうした中、まず娼館オーナーが自身が被った被害・損失について陳情している。

 自分は善良な一住民であり、娼館経営することで住人や旅人に娯楽を提供してきた。なのに、地元のヤクザ者達が難癖をつけてきて、それを突っぱねたら押し込み強盗を働かれたのである。結果、娼館は燃えてしまい、貯め込んだ金品私財をすべて奪われてしまった。


「お役人様、どうかお助けください。悪いのはすべて、あのヤクザ者達なんです」


 諸々の事情を、恨み言混じりに吐き出した娼館オーナーは、言い終えるや脱力して座り込む。

 続いて弘が「あのヤクザ者って、あんたもそうだろ?」と内心ツッコミつつ話し出した。

 彼が主に話したことは、ギルド支部前で娼館オーナーが数人の男と揉めていたこと。生き恥をかかせるため、あえてオーナーが殺されずにいたことなどである。


「それと、逃げてく店員から話を聞いたんだが……」


 燃えている娼館前で案内係から聞かされたことも述べたが、娼館オーナーに都合の悪い部分は伏せて話している。

 一方、カレンとシルビア達は、火事の騒ぎを聞きつけて現場を訪れたところ、知人のヒロシ・サワタリが燃えさかる娼館へ飛び込んでいくのを目撃。暫く立ってから、グレースを伴った弘が姿を現したことを説明した。そして、カレンの身分については、ディオスクのギルド支部長が保証したのである。

 このように、皆が進んで目撃情報や事情などを説明したため、事情聴取はスムーズに進行した。


「話は、よくわかった。このことは上に報告し、押し込み強盗及び放火を働いた者どもには、追っ手がかかるだろう。必ずだ」


 駐留兵リーダーは怒りに髭を振るわせながら、そう述べている。

 自分が睨みを利かせている都市で、こういった犯罪を起こされたことが、よほど頭に来たらしい。どうせ、逃げた連中は他国へ向かうのだろうが、国外に出たとしても逃げきれないと思い知るだろう……とまで付け加えている。

 こうして駐留兵詰め所における事情聴取は終わり、皆は帰って良いこととなった。

 さて……。


「サワタリさん? 事情は今聞きましたが……もっと他にも、お話しすることはあるんですよね?」


 カレンの視線が痛い。声にもドスが利いている。

 何やら不機嫌そうなのだが、それを弘は「夜中に火事騒動に巻き込まれて、そのうえ軍隊の取調室で事情聴取を……ってことになったからな。機嫌も悪くなるか」という風に解釈していた。


「他に話すこと? ん~……けど俺、娼館のオーナーさんに話があるんだわ」


「ワシにかね?」 


 席を立っていた娼館オーナーが自分を指さしている。


「うん、そう。そうだ、兵隊のリーダーさんよ? ちょ~っとだけ会議室借りてていいかな? 相談したいことがあるんだけど……」


 精霊魔法使いと共に退室しようとしていた駐留兵リーダーは、一瞬嫌そうな顔をしたが、ユリンナー支部長とカレンを見てから頷いた。


「汚したり壊したりしないようにな。あと手短に済ませること。それと帰る際は、宿直室……ああ、入口のすぐ隣にあるから、そこで一声かけるように」


 言うだけ言って彼は会議室から出て行く。気前が良いように思えるが、先ほどの目配せからすると、やはり支部長とカレンの存在が大きいようだ。


「それで、相談とは何かね? あんた方……特に、サワタリ……さんには世話になったようだが。ワシは、これから身の振り方を決めねばならんし、明日からの衣食住の心配をせねばならんのだよ」


「うん。そこも含めて相談だ。まずは、椅子に座り直してくれ」


 言いつつ、弘は支部長とカレンやシルビアを見た。

 軍隊相手の事業聴取が終わった今、あとは娼館オーナーと話をするだけなので、彼らに用はないのだが……。


「わ、私達は、最後まで聞いていきますよ? だって関係者だし!」


「関係者……って」


 失笑混じり、控えめに表現しても呆れ口調のシルビアが言うと、カレンが横目で睨む。


「じゃあ、サワタリさんの身元保証人よ。最初から、そういえば良かったのね♪」


 もはや絶対に帰らない構えだ。

 弘は、肩を落とすシルビアに『気の毒そう』な視線を向けると、その視線をユリンナー支部長に転じた。

 スキンヘッドながら彫りの深い顔立ちのユリンナーは、右手で頭を一撫でしてから弘を見返している。


「俺か? そうだな。帰って寝直したい気もするが……面白い面子が揃っているし、最後まで見届けたいかな? 俺が一番の無関係者だが、それくらいかまわないだろ?」


 どうやら面白半分で加わる気らしい。

 しかし、カレンの身分を保証してくれたのは彼だし、そういう意味では世話になっている。また、弘自身はギルドの登録冒険者なのだから、支部長の意向を無碍に突っぱねることは避けるべきだろう。


「え……と、我は?」


 1人会話の外に居たグレースが申し出たが、相談内容の主題たる彼女には、もちろん居残って貰うことになる。


「結局、兵隊さんらが出て行っただけか……」


 何だかなぁ、と思わないでもないが自分のやることは変わらない。

 弘は先ほどの席配置のまま皆が腰を下ろすと、隣の娼館オーナーに話しかけた。


「じゃあ、話を始めるか。オーナーさんよ。あんた、これから店を建て直したりとかすると思うんだが、そういうのって厳しいだろ?」


「うむ。娼館の跡地自体はワシの所有地だから、そこで何かしら商売をな……まあ、グレースがおるから、これを担保に金を借りて……」


 グレースを担保に……のあたりで、その場に居た全員の表情が厳しくなった。

 弘はグレースを身請ける気でいるのだから、気に入らないのは当然として、カレンとシルビアは女性の立場から考えて良い気はしないようだ。ユリンナー支部長に関しては、どう思っているか定かではない。ただ、その表情からして気を悪くしているのは弘にも理解できた。


「なるほどな。でもよ? 店の建て直しが上手くいくとは限らないし、結果が出るまでには時間がかかりそうだよな?」


 胸くその悪さを顔に出さず言うと、娼館オーナーは難しそうな顔で頷いている。 


「確かにな。しかし、他に手はあるまい?」


「いいや、あるね」


 弘は、カレン達の反応を気にしながらではあったが、娼館オーナーに対して言ってのけた。


「俺がグレースを身請けようじゃないか。それで金が手に入ったら、色々と楽になるんじゃねーの?」

  


◇◇◇◇



 グレースを身請ける。

 そう弘が言ったとき、シルビアが「そういうことですか……」と溜息をつき、カレンは「み、身請けって……なんだっけ?」とシルビアに聞いた。そして、耳打ちで説明を受けた後は顔を真っ赤にして俯いている。

 ユリンナー支部長に関しては「おー、舞台劇みたいな展開になってきたな」と愉快そうであったが、無視しておいて問題ないだろう。

 さて、肝心の娼館オーナーとグレースの反応はどうだったか?

 まず、グレースは信じられないといった表情だったが、次第に表情を柔らかくしている。しかし、どことなく不安そうにも見えていた。

 そして娼館オーナーだが、グレースの様子と弘の顔を交互に見比べてから、いやらしい笑みを浮かべている。


「そういうことか。グレースのことが狙いで、ワシをフォローしていたわけだな?」


「否定はしないぜ? あんたが事件の重要参考人とか、自分で娼館に火をつけた容疑とかで長いこと拘束されるのは、都合が悪いんでな」


 そう弘が言うと、娼館オーナーは何度も頷いた。


「そうだろう、そうだろう。なにしろグレースはワシの所有物だからな。ワシでないと隷属の首輪は外れんし、ワシが定期的に首輪の手入れをしなければ、グレースは死んでしまう」


「はあ!? 死ぬ?」


 知らない情報が娼館オーナーの口から出てきたので、弘はグレースを見た。


「す、すまない。言う機会がなくて……」


「ああ、そう」


 無愛想に返事をした弘は、内心で舌打ちをする。グレースの命がかかっているということは、娼館オーナーの交渉手札が一枚増えたことになるからだ。

 だが、方針は変わらない。自分は、このいけ好かない娼館オーナーからグレースを身請けるのだ。


(ここまで来たら、もう意地の世界だぜ!)


 幸いにも身請けられるだけの資金はある。

 あとは娼館オーナーが、欲を出して吹っかけてこなければいいのだが……。


「さて……幾らでなら彼女を俺に譲ってくれる?」


 弘が聞くと娼館オーナーは、わざとらしい仕草で下顎を掴んだ。


「そうさなぁ。相場というのは存在するが、なにしろワシは焼け出された哀れな老人じゃ。少しは色をつけて欲しいのぉ」


(ああ、やっぱり、そう来たか……)


 ここまで面倒見てやったんだから、少しは恩を感じて相場価格で了承すればいいのに……と思う一方で、弘は妙に納得もしていた。

 目の前にいる老人は、抗争に敗れたとはいえ紛れもないヤクザだからだ。己の利益になるなら、恩義など鼻紙にくるんで捨ててしまうことだろう。


「金貨で30枚」


 提示された金額に弘は目を剥く。そして金を出す立場にない他の者達も、驚愕の表情を浮かべていた。が、娼館オーナーはニタリと笑って話を続ける。


「……と、言いたいところじゃがサワタリさんには世話になったからのぉ。5枚負けて25枚にしておこう」 


 値引いたことでお得感を醸し出したいのだろうが、銀貨で換算すれば4千数百枚もの予算オーバーである。


「それは……あんまりではないですか? サワタリさんは、あなたを助けて……」


「恩義は感じるが、商談は別の話じゃ。それに、金貨5枚分負けてやったろう?」


 カレンが抗議してくれるも、娼館オーナーは柳に風とばかりに受け流していた。その様子を見やりながら、弘は考え込んでいる。


(グレースは絶対に手放さない! とか言われるよりマシか……)


 身請け額を釣り上げられたのは業腹だが、ここで見方を変えると、娼館オーナーとの交渉は一定の成果をあげたらしい。相手方は、金額の折り合いさえつくなら、グレースを身請けても良いと言っているのだ。  


(金か……。それも金貨5枚分ぐらいねぇ。む~、なんとかなる……のかな?)


 弘には大金を稼ぐ手立てがあった。

 闘技場における最終試合。規約で言う10試合目を戦う際に、またもや自分に大金を賭けるのだ。


(そういや闘技者登録の時に聞いたが、闘技者が賭札を買う場合は購入限度があるんだっけな)


 良くてバトルロイヤルのときに買った賭札額あたりで限度だったはず。

 もっとも、バトルロイヤルでは弘の倍率がとんでもないことになっていたので、結果的に大金を得ることができたのだが……。


(変に有名になっちまったからなぁ……)


 最後の試合では、勝ちの堅い闘技者として人気となり、掛け率が下がることだろう。だが、それでも限度額まで賭札を購入すれば、金貨5枚分ぐらいは何とかなるはずだ。また、闘技者としての勝利報酬も別途見込めるだろう。

 弘は席を立つと、座ったままの娼館オーナーを見下ろして言い放った。


「悪いが今、持ち合わせがなくてな。明日……いや、今日か。今日の試合で稼いでくるから、ギルド宿で待っててくれ。それでいいな?」


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