第八十六話 試合終わって……
「まさか……本当に勝ってしまうだなんて……」
試合場の弘を見るシルビア・フラウスは、呆気にとられて呟いた。
下位竜とはいえ、ドラゴンはドラゴン。その強大な力、頑強堅固な装甲。そして吐き出されるドラゴンブレス。人間が一対一で戦って勝つなど、至難の業なのだ。
なのにヒロシ・サワタリは、相手側のギブアップという形であるが勝利を収めてしまったのである。
(その前にサーペンターやアーマーライノスとも、ほぼ一対一で戦って勝っていて、それが同じ試合の中の話というのだから……)
まさに開いた口が塞がらない。
勝利宣言の後、審判に促された弘が観客席に対して手を振ると、大いに観客席が沸いた。
シルビア達の周囲では、「くそー、サワタリの賭け札、買っておけば良かったぜ!」といった声が聞こえており、観客席のほとんどで同じ光景が展開されていることだろう。
そう言えば……と、シルビアは自分の買った賭け札を見た。それはヒロシ・サワタリの賭け札で一番安値のモノだが、この試合結果により払い戻しが発生する。
(興味ないのでハッキリ確認しなかったけれど、20……ええと何倍ぐらいだったかしら?)
大穴もいいところであり、例え洒落であろうとも弘の賭け札を買った者にとっては良い収入になったはずだ。
そして、シルビアのすぐ隣りに、期待を込めて弘の賭け札を買った者が居る。
◇◇◇◇
カレン・マクドガルは感動に打ち震えていた。
銀貨1枚分の賭け札が大当たりしたので嬉しい……のではなく、弘の戦いぶりに感動していたのである。
サーペンターと戦った際は、召喚武器による射撃(?)で弱点を突き、アーマーライノスと戦ったときは、相手の突進力を利用してトドメを刺した。レッサードラゴンに到っては戦意喪失に追い込んだ末、勝利をもぎ取っているのだ。
これら全てを一試合の中で行ったのだから、その戦闘密度は、物語かお伽噺の英雄に匹敵する。
「サワタリさんって、本当に凄い……。って、シルビア。どうかしたの? 私の顔をジッと見たりして?」
気がつくと、隣のシルビアがカレンの顔をジッと覗き込んでいた。その目は何と表現したものか……一言で言えば『疑わしそう』な眼差しである。
指摘を受けたシルビアは、ぷいっと顔ごと視線をそらせた。
「サワタリ殿の勝利に目が眩んでるようでしたので……」
「……そうね。確かに、そうかも。だって格好いいし」
シルビアの指摘を肯定するカレンに、再びシルビアが視線を向けるが、カレンは気がついていない。
これまでも弘を格好いいと思うことはあったが、今日のバトルロイアルの結果は実に衝撃的だった。
(胸が、ドキドキしたまま……。ジュディスちゃんも、こんな気持ちだったのかしら?)
レクト村で弘に窮地を救われたジュディス。その話を聞いたとき、カレンは正直言って羨ましかった。話の場では『格好いい』と表現したのみであったが、自分だって危ないときに助けられるシチュエーションに憧れるのだ。
それだけに、弘によって救われたときのジュディスは、今の自分と同じように胸がドキドキしていたと思う。
(助けられたのと、試合を見たのでは全然違うけどね。……でも、今日のサワタリさんの試合、ジュディスちゃんは見てないから。私の勝ち!)
何が勝ちなのか意味不明だが、カレンはジュディスに対して一歩リードしたような気分になっていた。
そして弘が入場口へ姿を消したことを確認すると、弾む声で提案したのである。
「サワタリさん、用があったらギルド宿まで来るように言ってたから。お邪魔しちゃおうかしら?」
「ですが、試合直後……というのは迷惑なのでは?」
もっともな指摘だ。
そしてカレンとて、さすがに今すぐに押しかける気はない。
「あ、明日以降にするわよぅ。そうね、ギルドの事務受付で伝言を頼みましょう」
誤魔化すように言ったが、カレンは我ながら名案だと思った。弘は必ずギルド宿に向かうのだから、事務受付で伝言を頼めば空振りすることはないだろう。
そうと決まれば善は急げ……とばかりにカレンは席を立った。
「それじゃあ、さっそくギルドに行くわよ?」
「はあ……はい」
気のない返事をしたシルビアが席を立つと、カレンは闘技場を後にしたのである。
◇◇◇◇
控え室に戻った弘は、ベンチに腰掛けてグッタリしている。
左足等の負傷に関しては、試合中に吸った召喚タバコのおかげでほぼ完治していたが、精神的には少し参っていたのだ。
(おかしーな。召喚タバコには、リラックスする効果もあるはずなんだが……)
試合中に吸った際は、確かにリラックスできて冷静な判断力を得られた。
やはり吸いすぎると、効果が薄れたりするのだろうか?
(残りがフィルターになるまで吸いきったのは、クロムの背中に登った後だっけ。じゃあ、クロムにクンロク入れ……じゃなかった、降参させるために脅してたとき、それなりに緊張してたんかね?)
考えてみれば、巨大な怪物の背中……そんな危険な場所で立っていたのだ。召喚タバコが効果切れとなった後なら、緊張して当然だろう。
ならば、もう一度タバコを召喚して……。
(駄目だな。この国じゃあタバコは御禁制品だぜ。さっきは試合のドサクサで吸ってたし、クロムの背に乗った頃には短くなってたからいいけど)
この闘技者ひしめく控え室で吸ったりしたら、さすがに見とがめられるだろう。
喫煙を諦めた弘は、先程から気づいていたレベルアップについて考え出す。
(毎度のことだが、戦い終わった後で気がつくことが多いんだよな……)
先の試合中では、パルファンやヴィッシュを倒した後に気づいていたが、あれはそれなりに余裕があったからだ。
そして、以下が今回のレベルアップ内容である。
名前:沢渡 弘
レベル:26→28
職業 :チャラい不良冒険者
力:90→94
知力:34→37
賢明度:72→75
素早さ:92→97
耐久力:96→100
魅力:62→65
MP:158→158
・M67破片手榴弾
攻撃力+18 消費MP2
効果範囲:半径15メートル
※レベルアップにより別種開放あり
開放能力
『MP回復姿勢』(MP消費なし)
・膝を大きく開き、尻を地に着けない姿勢で大きくしゃがむことによりMPが回復します。
・消費MPの量に関わらず、回復に要する時間は最大で10分。
まず目を引くのが、2レベルも上昇したのにMPが増えていないことだ。これを見た弘は口をへの字に曲げたが、他の内容を確認していくにつれ、その頬の筋肉が弛んでいく。
(ほ、ほほう。手榴弾と来たか……破片が飛び散るって事は、映画でよくあるパイナップル型のアレか?)
不正解。M67破片手榴弾は直径5センチほどの球形。米軍等で使用されるもので、おおむね40メートルまで投げられるとのこと。内部には硬質鉄線が入っており、殺傷力を高めている。これらの性能が、何処まで再現されているかは今のところ不明だ。
(まあ、使って確かめりゃいいさ。しっかし、戦闘中の召喚順によってはアレだな。トカレフ片手に手榴弾を投げたりするわけか……)
ヤクザ丸出しである。
戦闘スタイルの見た目はさておき、この召喚品……せめてヴィッシュを倒したときに追加されていれば、と思ったところで弘は軽く頭を振った。
(破片型の手榴弾を投げても、レッサードラゴンに通用するとは思えねーし)
大物相手に通用するイメージではない。だが、例えばレクト村事件でのように、大勢に囲まれて戦う場合には有効だろう。
そこに期待しつつ、弘は開放能力の項目に目を向けた。
ここに記載された『MP回復姿勢』とはなんだろう?
字面と説明から思うに、あるポーズを続けることでMPが回復するようだ。
(試してみるか……。あ、レベルアップしたらMPが全快するんだっけ? 何か出してMP使わねーと実証できねーってか? ……どうせならレベルアップんときに、体力回復とか怪我全快とかすりゃイイのによー)
仕様なのでしかたないが、文句は言いたい。
とにかくMPを消費しなければならないので、更衣ロッカーに手を突っ込んで、樫の木の木刀を召喚してみた。
消費されたMPは……1。
召喚項目に追加されたときは消費MP5だったが、今ではレベルアップにより消費1へと低減されているのだ。
ステータス画面を睨んでいたところ、MPが158から157へ減少したため、これでMP消費はできたことになる。
「さて……やってみるか……」
召喚した木刀を片手に持ったまま、MP回復姿勢の解説どおりに躰を動かす。
(え~と、膝を大きく広げて……大きくしゃがむ……と。あ~、足の間隔は狭い方がいいのか……よっと)
そうして完成したMP回復姿勢。それは一点の曇りもなく完璧な……ウンコ座りだった。
「え~? 本当にこれでいいのか? ……あ、MPが回復した」
ステータス画面上で、確かにMPが157から158へ増えている。素の状態だと、この短時間でMPは回復しないので、MP回復姿勢の効果は確かなようだ。
(ふんふん。こいつはイイぜ。召喚タバコで怪我やら体力やら回復させつつ、ウンコ座りでMP回復ができるってわけか。……待てよ?)
弘は、重大な事実に思い当たる。
(ウンコ座りでMP回復させながらだと、タバコ吸い放題ってことじゃねぇの!?)
何本も吸ってMP0状態になったとしても、ウンコ座りで10分我慢すればMPは全快するのだ。それを待ってから、新たにタバコを召喚すればいい。
「マジで人類の夢だよなぁ……」
「お、おい? ちょっといいか?」
「あっ?」
振り向くとタコ亜人の闘技者……クラークが立っていた。試合前なのか後なのか、人間体部分には板金鎧を装着している。見た感じ、かなり強そうだ。
(ミノタウロスより腕力がなさそうだけど、あの触手で色々してくるんだろうなぁ。あと、タコスミも吐きそう)
そんな感想とともに立っているクラークを見上げると、なぜかクラークは半歩身を引いた。
「へっ? なに?」
「い、いや……なんか睨んでくるから」
「あ~……」
ウンコ座りしているとき、後ろから声を掛けられると肩越しで睨んでしまう。暴走族時代のクセである。更に言うと、今は特攻服を着たままだし、MP消費が目的で出した木刀を持ったままなのだ。
(つい昔の感覚になっちまってたな。……昔? やだねぇ、まだ2年くらい前だろ?)
ハタチになったとは言え、まだ大人になった感覚も希薄。なのに、暴走族時代……学生時代が妙に昔のことのように思えるのだ。それだけ、この世界に来てからの経験が濃かったのか……などと思いながら、弘は立ち上がった。
「それで? 俺に用なんだろ?」
「その……クロム達に勝ったお祝いと、伝言をな?」
「伝言?」
お祝いと言っても飯でもおごってくれる風ではないので、単に祝辞を述べたい程度のことらしい。では、伝言とは誰からのものなのだろう?
まあ座れよ……と自分のモノでもないベンチを指さし、弘は先に腰を下ろした。
クラークは言われるがままベンチに腰を下ろすと、その座高差により上から見下ろしつつ話し出す。
「まずは、おめでとうを言わせて貰うぜ? あの面子を向こうに回して勝っちまうなんて、本当に大した奴だ。これは、今この部屋に居る全員の総意だ」
言われて弘が室内を見回すと、ロッカー前に居る狼亜人や、柱の近くで立ち話していた人間の女性戦士達、その他多くの闘技者が手を上げたり頷いたりしてくれた。
(うわ……こいつは、嬉しいな。マジで……)
暴走族時代にはタイマンで勝って仲間達に喜んで貰えたり、悪さをして見物人に囃したてられたこともあるが、真っ当に『試合出場』して誰かに褒められるなど始めてだ。
それだけに胸にくるモノがあったが、続けて話すクラークが声を潜めだしたので、弘は表情を引き締めている。
「で、次は伝言だ。二つあってな。一つ目は、クロムからだ」
クラークの口から出た伝言主の名に、弘は硬直した。誰からの伝言だろう? と、呑気に構えていたが、さっき戦った相手の名が出るとは想像もしていなかったのだ。
「クロムが? 俺に? 何の用だろうな?」
「俺が聞いたのは『大型闘技者の控え棟に居るから来るように伝えてくれ』ってことだけでな」
聞けばクラークはクロムとは幾度か話したことがあり、闘技場の係員から呼ばれてクロムの所へ行っていたらしい。
(俺が控え室に戻った頃にクロムから呼ばれて、アレコレ考えてる間に戻ってきたのか……)
「ずいぶん走ったんじゃないか?」
「ああ、まったくだ。海棲系の俺に陸地を走らせるなってんだよな」
それを言い出したら、陸地の闘技場で試合参加してるのも凄い話なのだが。それは置いておくとして、弘はクロムが回りくどい方法で自分を呼んだことについて考えていた。
(クラークにパシリをさせるぐらいなら、最初から俺を呼べば良いのに。……闘技場側の人間を間に入れたくなかったのか?)
クロムがクラークを呼ぶのは気にされることではないが、クロムが弘を呼ぶのは目立つようなこと……そういうこと、なのだろうか?
(何だか妙な感じになってきたな……)
弘は、自分が知恵回りの良い人間ではないと自覚している。だが、この状況が何か妙だ……程度のことは感じていた。
「勘……って奴かなぁ」
「何か言ったか?」
「いや、こっちの話だ? クロムの伝言は承知したぜ。このあと会いに行くとするわ。で? 今のが一つ目ってことは、二つ目もあるんだろ?」
クラークが顔周りの触腕を蠢かせながら頷いた。
「ああ。この俺に、クロムからの呼び出しを伝えに来た係員がな……」
闘技者ヒロシ・サワタリは、今日中に闘技場総務課へ来い……とのことだ。
「そういや試合に勝った報酬をまだ貰ってなかったっけな。でも、変だな……」
いつもの弘なら「わざわざ伝えに来てくれたのか。親切なこった」で済ませるのだが、クロムの件を聞かされた後では、ここにも何かあるのでは……と勘ぐってしまう。
「試合に勝ったら報酬を貰いに行くのは当たり前だろ? それを、わざわざ控え室まで伝えに来るもんか?」
「さあ……なぁ。俺には何とも言えん」
肩をすくめて言うクラークを見て、弘は鼻を鳴らした。
伝えるべきは伝えるが、厄介ごとに巻き込まれてそうな弘に、敢えて踏み込む気はないらしい。とはいえ、一連の出来事に関してクロムの所へ行ったり、伝言を伝えてくれたのはありがたかった。
「そっか、まあ……ありがとうよ。世話になったぜ」
「なあに気にするな。こうやって親切にしとけば、試合で当たることがあっても手加減して貰えるだろ?」
冗談めかして言うと、クラークは席を立って離れていく。
その背を見送りながら、弘は考えた。クロムの用件と、運営側の用件。どっちを優先するべきだろうか?
(なんかゲームのイベント選択肢みたいで、面白くなってきたな)
暫く考えたあとで、弘は先にクロムの所へ行くと決めている。
運営側の呼び出しは今日中ということだったので、後回しにして良かろうと判断したからだ。




