第八十五話 バトルロイヤル(4)
弘に向けて飛来するファイアーボール。
渦巻く炎が球状になったそれは、直撃をくらえば骨も残さず燃やし尽くされそうだ。そして悪いことに、燃やすだけでなく爆発までする。
両足が無事だったときは大きく跳躍して回避できたが……。
「うぎっ! 痛ぇえええ!」
左足首を痛めたままヴィッシュの相手をしたせいか、症状が悪化したらしい。身体を動かそうとしただけで激痛が走る。
(右足で跳ぼうにも、左足が垂れ下がっただけで……ぐああああ)
足の重みだけで足が痛い。そんな冗談のような状態であり、まともに動くことができない弘には、飛来するファイアーボールを回避するすべがなかった。
そして、ファイアーボールが着弾する。
きゅぼあ……ドゴァアアアアアアン!
弘の姿は閃光や土埃などの中へ消えてしまい、観客の目からはまるで見えなくなった。
それまで奇跡的とも言うべき奮闘で、大物闘技者2体を屠ってきた弘。その安否に関して、観客達は意見を交わし出す。
「あいつ、どうなったんだ?」
「バラバラに吹っ飛んじまったのかも?」
「おい! あそこを見ろ! あそこだ!」
とある男性が立ち上がって指を差した。
その指先が示すのは、舞い上がった土煙の外縁部。観客達の視線が集中したのと同時に、地面近くの土煙が盛り上がり……そこを突き破って何かが飛び出してきた。
ヴィイイイイイイ! ババババ!
けたたましい音とともに出現したそれは、前後に車輪の付いた子馬のようなもので、その上に1人の男が跨っている。
見慣れない子馬……スーパーカブに跨って闘技場を駆ける彼は、右手で持った長巻を肩に掛け、残る左手一本でハンドル操作。負傷した左足はダラリと下げて、口にはくわえタバコ。全開運転ではないが、それなりの高速であるため特攻服の裾が後ろになびいている。
それが、観客らが探し求めた闘技者……ヒロシ・サワタリの姿であった。
ここで『爆音』としか言いようのない大歓声が巻き起こる。
ほとんどすべての観客が総立ちとなり、弘を賞賛していた。賭け率的に弘の賭け札を買った者は多くないはずだ。しかし、ざっと見た限りでは座ったままの観客を見つけるのが難しい。
そんな中、弘は念動着火したタバコを胸一杯に吸い込み、大きく吐き出していた。
(美味い……。あと、足の痛みがマシになってきた……かな?)
同時に召喚タバコの効果でリラックスもしており、幾分冷静になった弘は、次の行動について考えていた。
(あ~……クソ、大勢の前でカブまで見せちまったか。立って動けねーんだから、もう仕方ないっちゃあ仕方ないんだが)
口をへの字にしてむくれるものの、今考えるべきはクロムをどうやって倒すか……である。
(ファイアーボールを避けながらカブで接近。んで、いつものアレだ。取り付いて電撃スタン……)
それで殺せればいいが、殺しきれずとも少しぐらいは動きが鈍るだろう。そこを狙って長巻によりトドメを刺す。
これがプランであったが、色々と問題がある。
まず、弘のスタン攻撃が通用するかわからないし、長巻による攻撃でダメージを与えられるかも不明だ。
(長巻を目に突き刺して、そのまま脳まで……をやるにしても、ドラゴンの顔の近くに立ちたくねーんだよなぁ)
スタンの効きにもよるが、噛みつかれる恐れがあるし、下手をすれば至近距離からファイアーボールブレスを受けるかもしれない。
そうやって長考していると、遠くのクロムが大きく口を開いた。
これを視認するなり、弘はカブを走らせる。ジッとしていて良いことはなさそうだからだ。
ゴアアアウッ! ズドォオオオオオン!
案の定、ファイアーボールが飛んできた。早々に移動していたので被害はないが、このまま撃たれ放題にされるのは業腹である。弘は先ほど考えたプランを実行することにした。
(このまま近づいて、スタン! それか状況に合わせて臨機応変!)
大きく蛇行しつつクロムとの距離を詰めていく。たまにフェイントを織り交ぜれば、さほど弾速のないファイアーボールなど回避するのは簡単だった。
ところで、弘はここまで左手一本でカブを運転しているのだが、召喚品であるカブは、どうやらエンジン始動だけでなく、アクセルやブレーキの操作も念じるだけで行えるらしい。
(すげぇ便利だ。さすがはファンタジー。ただ、なぁ……バイクとか『考えるだけ』で動かすってな、メチャクチャ面倒くせぇ……)
思っただけで概ねの操作が可能ということは、減速すべきでない場面であっても、チラッとブレーキングを考えただけで減速してしまうということだ。
実際は、そこまで過敏な反応はしないようだが、それでも運転者たる弘からすれば、余計な緊張を背負わされてしまうのである。
(ボロが出る前にケリをつけなきゃ)
「って、おわっ!?」
蛇行前進を続けていた弘は、飛来するファイアーボールが2つになっているのを目撃して声をあげた。
「連発とかマジかよ!?」
喋ると口からタバコが落ちそうになる。だが、言わずには居られない。
かろうじて双方を回避するも、2発分の爆風を浴びた弘は危うく転倒するところだった。
「味なまねをしやがる!」
弘のゲーム知識だと、ドラゴンが炎を吐くというのは目標まで炎の帯ができるイメージがあった。なのにレッサードラゴンのクロムは、ファイアーボールを吐き出して、しかも連発してくる。
下位竜であるから帯状の炎が吐けない、そんなタイプのドラゴンなのだろうか?
(興味深ぇえが、当面の問題はファイアーボールだな)
短時間で連発できるというのは実に厄介だ。1発目を避けたとして、そこを狙って2発目が飛んでくる。つまりは回避が余裕がなくなるし、相手側の隙も減るのでたちが悪い。
一応は生物なのだから、無限に火球を吐き続けられないとしても、この状態が続けばカブの航続距離が尽きる恐れがあった。
最初にカブを召喚可能になってから、弘はレベルアップを重ねており、消費MPの制限が緩和されている。だが、まだまだ長距離移動ができるほどの余裕はないのだ。
「こう、なかなか近づけねーとなると……どうしたもんかな? もうちょい蛇行運転で粘るか? それでクロムが疲れるまで待って突っ込むとか……」
カブの航続距離がもてば……という前提があるが、身の安全を考えるなら良策のはず。しかし、沢渡弘は気が短かった。
「ええい、かまうか! 1発や2発ぐらい、躱しきってやらぁ!」
ブァアアアアン!
叫ぶと同時にエンジン音が唸りをあげる。
こういう時、アクセルグリップで増速をかけてこそ気合いが入るのだが……。
「長巻持ってるし、言ってる場合じゃねーよなぁ!」
思念操作で増速をかけた弘は、今までより幅の狭い蛇行運転に切り替えている。そして、ファイアーボールが飛んでくると、大きく走り抜ける等して回避をした。
しかし、あと数回ターンすればクロムに到達できるというときになって事態が急変する。
「いち、にぃ……さ、3発目だぁ!?」
そう、クロムの吐くファイアーボールを1発2発と回避した弘の眼前に、3発目のファイアーボールが迫っていた。
飛んでくるのはファイアーボール。だが、これはれっきとしたドラゴンブレスなのだ。シューティングゲームならともかく、小説や漫画でもブレスの連射というのはあまりお目にかからない。
火球の向こうに見えるクロムに対し、弘は叫ぶ。
「てめぇ、本当にレッサードラゴンなのかぁああああああ!」
◇◇◇◇
クロムは勝負に出ていた。
あの人間は奇妙な魔法(?)を使う。幸いなことに、遠距離からドラゴンに大打撃を与える術は持たないようなので、近づく前に倒してしまうのが賢明だ。それに、どうやらファイアーボールの爆風で負傷する程度の防御力らしい。
ならば、距離があるうちに直撃をくらわせれば勝ったも同然だ。
ファイアーボールブレスの3連射は、喉や心臓への負担が大きいし、撃ち終わりに動きが鈍くなる。そういうデメリットが有るにもかかわらず、3発目を吐いたのは、クロムが直撃弾を与えることを優先したからだった。
見たこともない乗り物に乗った人間……弘は、右に左に動きながら距離を詰めてきている。が、やはり3発目を回避することはできなかったようだ。
「てめぇ、本当にレッサードラゴンなのかぁああああああ!」
そういった絶叫を残し、爆炎の中に姿が消えたのである。
クロムの勝利だ!
(……いや! 油断はできん!)
ヴィッシュが倒れた直後もそうだったが、弘は不意打ちで撃ち込まれたファイアーボールを回避した。ならば、この3連射とて回避される可能性がある。
(……むう)
土煙を破って姿を現した弘の姿を、クロムは思い出していた。
あのときのように爆炎の左、もしくは右、あるいはひょっとして上から飛び出してくるのではないか? そう思えてならなかったのだ。
(3発目の手応えからすると直撃は間違いないはずだ。地面や内壁に当たる前に爆発したからな。そうなると、それで死んだか……少なくとも重傷は負っている)
そんな状態で出てきたところで、素早く動けるわけがない。あらためて1発、ファイアーボールをお見舞いすれば確実に仕留められるだろう。
(あの爆炎の中で倒れているなら、それに越したことは……むっ!?)
爆炎は消えかけていたが、舞い上がった土煙は晴れていない。そんな中で、またもや土煙の外縁部が盛りあがるのをクロムは見逃さなかった。
「馬鹿め! 同じ手が通用するものか!」
3連射してからさほど時間が立っていないので、喉や心臓が辛い。しかし、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
「人間! これでトドメだ!」
ゴバァウ!
可能な限りの力を込めてファイアーボールを吐いた。この試合中に吐いたどのファイアーボールよりも大きな炎の塊。それが飛んでいくのを、朦朧としながらクロムは見送っていた。
(ぐ……ぬ。試合中に、これほどまでブレスを吐いたことはなかったが……マズいぞ……)
全身が鉛のように重いのだ。寒気や吐き気もするし、喉と心臓が破裂しそうなほど痛い。そして一番の問題は、自分の中で戦意が失われていくこと。それを頭の片隅に残った冷静な部分で把握し、クロムは戦慄した。
(ブレスに頼りすぎて、精根尽きたか……。クソ……気力が萎えていく……。だが、あのファイアーボールが当たれば……えっ?)
クロムの黄金の瞳が見開かれる。
土煙を破って出てきたのは、確かに人間の戦士が乗っていた奇妙な子馬。だが、そこには誰も乗っていなかったのである。
ガカッ! ……どぐわぁぁぁああん!
子馬……カブにファイアーボールが命中し、カブは消し飛んだ。しかし、クロムはというと混乱の渦の中にいる。
(どうなっている? 3連射目のファイアーボールは、確かに直撃したはずだ! しかし、あの子馬が出てきたということは、いったい何に当たったのだ!? あの人間はどうなった!?)
幾ら考えても解らない。
ともかく戦闘態勢を維持しなければ……そう思うクロムであったが、もはや身体が思うように動いてくれない。それどころか、地面に腹をつける形でへたり込んでしまった。
(ぐぐぐっ……)
歯を食いしばっても立ち上がれず、できて首を多少動かせる程度である。
そんな彼の耳に、タタタッという足音が聞こえた。
聞こえた方向はカブが出てきた方とは逆で、続いてウロコ伝いで背へ駆け上られる感覚も発生する。
しまった! とクロムが思ったとき、背の上から声が聞こえてきた。
「ようやく取りつけたぜ。手間ぁかけさせやがって」
◇◇◇◇
「ようやく取りつけたぜ。手間ぁかけさせやがって」
クロムの背に登った弘は、背骨の曲がり具合によるものか、最もウロコの盛りあがった部分に右足をかけている。
先程、あのファイアーボールブレスの3発目を放たれたとき。
弘は左へ方向転換しつつ、ファイアーボールに向けて長巻を投げつけていた。何かをぶつけて命中より先に爆発させることができれば、被害を免れるのでは? そう判断したのである。
しかし、召喚タバコにより回復しつつあるとは言え、左足はまだ本調子ではない。そんな踏ん張りの利かない状態で、原付運転中に長巻のような大物を投じたらどうなるか?
結果を言えば、弘はバランスを崩して原付から転落したのだ。
幸いなことに、長巻と衝突したファイアーボールは空中で大爆発を起こしており、またもや良い目眩ましとなってくれた。そして弘は、運転者無しで走って行くカブを尻目に反対側へ走ったのである。
その後は、クロムが土煙を抜けてきた無人のカブを攻撃し、彼の気が逸れている間に反対側から回り込んで背まで駆け上ったのだ。
「へっへっへ~。よくもまあ、好き放題してくれたなぁ? 今から痛い目見せてやるぜ!」
新たな長巻を召喚!
両手で振り上げ、力一杯にクロムの背へ叩きつける! が……。
ガッ……キィィイイイイン!
凄まじい金属音とともに、長巻の刃が弾き返された。
「いっつううう! なんだこりゃ! ハンマーで鉄板叩いたみてー! 手が痺れて痛ぇえ……つか、左足まで響いたぞ、コラァ!」
足下は背中一面にあるウロコだから、硬いだろうとは思っていた。だが、アーマーライノスの外皮をも貫いた長巻が通用しないとは……。
弘は、短くなった煙草を噛みしめながら渋面となる。そこへ足下からクロムの声が聞こえてきた。
「む、無駄だ、無駄だ! 人間ごときでは、俺のウロコは破れん! 諦めろ! この躰が動くようになった時が、貴様の最後だ!」
勝ち誇った言い草(実は相当な無理をしている)にムカつくが、一方で弘は「へ~え、今動けねーのか」と、疲労ゆえか相手の口から出た情報に頷いている。
そう、まずはウロコを何とかしなければ。
(予定どおりスタン攻撃をするか? いや、このクソトカゲ野郎が動き出す前に……なにか他に……むう……)
……。
……ニヤリ……と弘は笑った。
召喚したばかりの長巻を手放し、それが落ちざま幾つかのウロコに当たって金属音を立てていく。
「おい? 何をしている?」
クロムが聞いてくるが、弘は返事をしない。その代わり、彼はボソリと呟いた。
「……バール」
瞬時に召喚品が出現し、弘の右手によって握り込まれる。
全長100センチ程度、先端部がL型に曲がったその鉄棒は、テコ入れするのに最適な形状だ。
弘は、先端の釘抜き部をクロムのウロコに差し込む。途端にクロムが、焦った声で「おい、いったい何をする気なんだ!」と問いただしてくるが、そんなことはもう関係ない。
「せ~のぉ……ふん、ぐがああああ!」
一声かけてから、バールの柄を力一杯に押し下げる。必然、差し込んだ部分が持ち上がり……。
ベリベリベリベリ!
「ぇあぎゃあああああああ! やめろ、やめてくれぇえええ!」
耳を覆いたくなるような異音と共に、鉄板のようなウロコが剥がされていく。同時にクロムが絶叫するのを聞き、弘は「ほうほう? けっこう効果あるのな?」と思った。
考えてみれば、じわじわ生爪を剥がされるようなものだから、下手に大怪我するより痛いのかもしれない。そもそも、ウロコ1枚を力ずくで逆むけに剥がされる……というのは、クロムにとっては初めての『痛み』だろうから、我慢するのも難儀なはずだ。
もう一つ、弘は気づいていなかったが、無理をしてブレス攻撃を連発したことで、クロムは心身ともに疲れ果てている。戦意だって摩り切れ寸前だ。これらも彼がウロコ剥がしに耐えられなかった要因だろう。
暫くして1枚のウロコを剥がしきった弘は、それをクロムの顔前に落ちるよう放り投げた。
「ひいっ!」
引きつったような悲鳴が聞こえたので、弘はバールをクルリと回し、曲がった先端部を取っ手にして杖代わりとする。
「さ~、どうする? ウロコを剥がしたところに、剣でも突っ込んでやろうか? それとも……」
弘は、ほぼフィルターだけになったタバコを吐き捨てると、バールを別なウロコに突きつけた。
硬い音がして、同時にクロムの身体がビクリと震える。
「降参するまで、一枚ずつウロコを剥がしていくってのも……い~いかもなぁ?」
薄ら笑いを交えながら言うと、蚊の鳴くような声でクロムが宣言した。
「わかった。お、俺の負けだ。だから、もう勘弁してくれ……」
それを聞いた弘はフムと鼻を鳴らして周囲を見回す。見れば、いつの間にか審判が出てきており、クロムの降参宣言に対する弘の出方を待っていた。
「いや、俺の顔なんか見てねーでさ。こいつ、降参したんと違うの?」
一瞬、審判はクロムの顔色を窺うそぶりを見せたが、何の反応も無いこと確認すると大きな声で弘の勝利を宣言する。
「しょ、勝者、サワタリ!」
言い終わるや、この日、何度目かの大歓声が闘技場を揺らした。
それらの歓声に身体を揺さぶられた弘は、クロムの背の上でへたり込む。
「やっと全部倒した……キツかった……早くギルド宿に戻って寝たい……」
一気に気が抜けてしまったが、ここで思い出したことがある。
今、観客席にはカレンやシルビアが居るのだ。
応援に来てくれた知人らの前で、だらしない姿をさらすわけにはいかない。
そう思った弘は、疲れた身体に鞭打って立ち上がるのだった。
バールでドラゴンのウロコを引っぺがす。というのは、この小説を書き始めた頃から、やってみたかったことでした。ようやく、書きたいシーンに到達できた感じです。




