第八十七話 召喚術士
クロムの呼び出しに応じることにした弘は、控え室の闘技者達から聞いたとおりに移動……闘技場施設のほぼ反対側にある、大型闘技者用の控え棟へ入っていた。
入って最初に思ったことは、「控え室って言うより、牧場の牛小屋を超デカくしたみたいな感じだな」である。何しろ各室は鉄格子で区切られており、寝具は藁が有ったり無かったり。
(ひでぇな……。あ、いや、ヒドラやドラゴンが入る分には、これでいいのか? 天井とか、すげー高いしな)
しかし、死んだサーペンター……パルファンは部分的にとはいえ人間女性であったから、その辺はフォローとかしてるのだろうか? そういった疑問を感じながら歩いて行くと、レッサードラゴン、クロムの控え室に到着した。
その『控え室』は他よりも間取りが大きく、鉄格子は太い。ちょっとやそっとのことでは破れないだろうが、相手がレッサードラゴンであることを考えると心許ないようにも思える。
「……来たか。今は世話係が休憩中……良いタイミングだ」
鉄格子を観察している弘に声がかけられた。
弘が顔ごと視線を向けると、奥の暗がりからクロムが現れる。彼は、そのまま鉄格子付近まで来ると、腹を落として弘を見下ろした。
「よう、ドラゴンの大将。俺に用だってな?」
レッサードラゴンとはいえ口がきける相手なので、弘は気安く話しかける。本当は少しビビっているのだが、ノリで誤魔化すつもりでいた。
問われたクロムは、喉をグルグル鳴らして頷いている。
「ああ。ヒロシ……だったか? お前に聞きたいことがあったのでな。……ときに、足を痛めたのではなかったか?」
「足なら……ちょっとコツがあってな。もう治った」
妙な間があったが、一瞬、召喚タバコのことを自慢しかけて思い止まり、てきとうに言い繕ったのだ。クロムは「コツ? 怪我を早く治すのに、法術以外でやりようがあるのか?」と不思議そうだったが、すぐに話題を変える。
「まあいい。聞きたいことと言うのは、お前の妙な……魔術についてだ」
「魔術? 俺は魔法なんか使ってないぞ?」
召喚能力のことを言っているのは理解できた。だが、聞かれて素直に話を合わせるほど、クロムとは親しい間柄ではない。
ヒロシがとぼけて見せると、クロムは喉を鳴らして笑う。
「魔法ではない……『術』だ。そうだな……言いたくないのであれば、俺が故郷で聞かされた話でもしよう。身の上話も絡むが、まあついでに聞いておけ」
長話になるのか? と身構える弘の前で、クロムは話し始めた。
◇◇◇◇
この世界では翼を持たない四足歩行のドラゴンを、総じてレッサードラゴンと呼ぶ。
そう呼び出したのは人間で、翼無いが故に飛べない竜達を『劣ったドラゴン』と考えたのだ。しかし、飛べないから劣る……というのは無知な人間の偏見であり、有翼竜よりも強く賢い無翼竜は存在する。
「俺の部族などがそうだ」
クロムは大陸の南方で栄える部族の出身だ。
無翼竜の中では強い方で、有翼竜を倒した強者も存在すると言う。
「俺は修行して強いドラゴンとなり、有翼竜を倒す。そして、勇者として部族に帰還するつもりだ。その証拠となる有翼竜の翼を持ってな」
だが、今回の試合で弘に敗れたので、まだまだ道のりは遠いとクロムは愚痴った。
「その愚痴……長くなるのか?」
「まあ、まて。本題はこれからだ」
弘に急かされたクロムは、前足で床を掻きながら話を続ける。
部族を出る前、クロムは長老の竜から話を聞いた。
「お前は見込みがある。じっくり修行を積めば、強い竜になること間違いない。しかし……召喚術士と出会ったなら戦ってはならない……とな」
「召喚……術士?」
自分の召喚能力と関係あるのか? と弘は考える。いや、この話の流れだと、そう考える方が自然だ。
弘の目の色が変わったのを見て、クロムはニヤリと笑った。
「世の中には多くの魔法がある。唱える呪語に魔力を載せる呪語術魔法。精霊を操る精霊魔法。魔族の力を借りる闇魔法。死霊を操る死霊魔法。そして、魔獣を召喚して使役する召喚魔法……」
最後にその名を呼ばれた召喚魔法。
ゲームでもよくある、何かを喚んで自分の代わりに戦わせる魔法体系だ。しかし、弘の能力とは何やら主旨が違うようだ。
(俺のは、道具を召喚する能力だもんな……)
弘の戸惑いに気づいているのかどうか。クロムは話を続けた。
「この話を聞いたとき、俺は鼻で笑って長老に言った。召喚魔法のことを言ってるのだろうが、出てくるのは魔獣だ。片っ端から倒してしまえば問題ない……とな。だが……」
それを聞いた長老は首を横に振り、次のようなことを言ったらしい。
『違うぞ。若き竜よ。召喚魔法ではなく召喚術なのだ』
召喚魔法は他の多くの魔法と同じく学問の一種である。少しばかりの才能は必要だが、修行し、学ぶことで出来ることが多くなり、その力も増していく。
しかし、召喚術は違う。
呪文を唱えることもなく、魔法陣を描くでもなく、触媒すら必要としない。思っただけで召喚を果たすのだ。
それは魔法体系などではなく、召喚する術。ただただ、その者の身についた固有の能力なのである。
「法ではなく術と呼ぶのは、便宜上、言い分けているだけ……と聞いたが、本当のところはわからんな」
(……え、え~と? 要するにRPGとかの魔法使いじゃなくて、超能力みたいなものってことか?)
自分の解釈で合っているか自信のない弘であったが、クロムが話し続けているので意識を彼の声に戻す。
「召喚術士は、魔獣ではなく『他の何か』を召喚する……そして、それは見聞きしたり、真似したり、召喚術士本人から直接教わったとしても、この世界の者は習得することができない。なぜならば……その術は、この世界の術ではなく、この世界で生まれた者には扱えないからだ」
弘の顔が強張った。
つまり、クロムが言いたいこととは……。
「ヒロシよ? お前、この世界の人間ではないな?」
◇◇◇◇
「俺が異世界者だってか? ……確かにそうだけど?」
「……え、えらく素直に白状したな?」
クロムが呆気にとられているが、ここまで話を組み立てて聴かされた後で、『条件に合致するから、お前は異世界者』と言われたら、誤魔化すだけ時間の無駄というものだろう。
(あるいは知恵の回る奴だったら、ここで色んな駆け引きとかするんだろうけど。俺のキャラじゃねーしなー……てか、無理)
さて、気になるのはクロムが何のつもりで、この話を聞かせているか……だ。
「異世界者の俺が、あんたの言う召喚術士だとしよう。それで? 俺は何かしなくちゃいけねーとか、そういう使命みたいなのがあるのか?」
もしそうなら、まるで『勇者』である。ひょっとしたら、噂に聞いた勇者の剣を抜けたりするかもしれない。が、そういう弘の予想を裏切り、クロムの返事は素っ気ないものだった。
「さあ?」
「さあ!? おい、これだけ思わせぶりな話をしておいて、何もないのかよ!? からかうつもりなら帰らせて貰うぞ!?」
「俺は『お前のしなくてはならないこと』など知らぬ。ただ……長老は、こうも言っていた」
召喚術士は自分の意思では、この世界に出現しない。何者かが然るべき儀式を行うことで、この世界に召喚されるのだ……と。
「ふむ? 誰かに呼ばれる……か。けど変だな。俺が召喚されたときは、夜の山奥に放り出されたんだぜ?」
「そう言われてもな。召喚した者のミスで、別所に出現したとか。そんな感じじゃないのか? 本当のところは、わからんわけだがな」
「ああ、そう……」
クロムの言う推測程度のことは自分でも考えつくので、弘は肩を落とした。
しかし、どうやら自分は『召喚術士』という存在であるようだ。いや、違うかも知れないが、無関係だとも思えない。
(けど俺って『術士』ってよりは戦士寄り……てゆーか、チンピラだよな~)
だが、召喚術士という呼び名は何やらしっくりくるものがある。
「この世界の奴じゃあ誰もできないこと。召喚術士……。召喚術士か……」
そう呼ばれるのも良いかもしれない。弘は何となくであるが、そう思った。
さて、クロムから聞かされた肩書きが気に入った弘であるが、一連の会話の中で気になったことが二つほどある。
一つは、クロムが長老から『召喚術士と戦ってはいけない』と言われた理由。
もう一つは、何の目的があって自分は召喚されたかだ。
戦闘を回避する理由については、クロムも首を傾げている。
「いや、長老も戦いを回避する理由までは知らなかったようだ。昔からの言い伝えらしいから、理由は失伝したのかもしれんな。もっとも……お前と戦って、ヒドイ目に遭ったのだから、長老の言っていたことは正しかったわけだが……」
「結果論って奴じゃねーの? それか大昔、あんたと同じで召喚術士にボコられた奴が居ただけとか……」
弘がツッコミを入れると、クロムは「そうかもな」と言って笑った。そして二つ目の疑問にも、彼なりの考えを披露してくれる。
「何の目的で召喚したのかは想像もつかん。ただ、何かをさせたくて召喚した……と考えるのが自然であろう」
「何かさせたくて……か。まあ、用もなく異世界まで呼ばれちゃ、マジでたまらん話だけどな」
トカレフみたいな銃火器や、手榴弾などをバンバン召喚させたくて弘を召喚した……というのは、まずあり得ないとして、何かさせたいのなら山奥に放り出すというのは如何なものだろう?
(よし。俺を召喚した奴に会うことがあったら、一発殴ってやろう)
そう決めた弘は、大きく頷いてから改めてクロムを見上げた。
「それにしても、とんだところで興味深い話が聞けたぜ。本当ならもっと詳しく聞きたいところだが~」
「部族の中でも忘れられかけた話だ。これ以上は何も出てこないな」
「そりゃ残念」
残念ではあるが、色々と『召喚術士』について知ることができたのは本当にラッキーだったと、弘は思う。王都見物を終えたら、次の目標は『召喚術士』について調べること……にするのも、なかなか面白そうだ。
ただ、クロムに「召喚術士に関して、この世界でどの程度知られているか?」を聞いたところ、回答は「知らん」とのこと。彼自身、長老から聞いた昔話を覚えていただけだし、人間やエルフ、その他の種族間でどの程度流布された情報であるかなど知るはずがない。
「手がかり少ねぇなぁ。まあ、暇を見て調べるくらいでいいか、メルみたいな魔法使いに聞いてみるとかな」
元々、この世界で好き勝手に生きると決めた身だ。そのときそのとき気が向いたことをして楽しくやって行ければ、それでいい。
その後は、先の試合についてクロムと話し合った。
「はあ? なんだそれ? ブレスを吐きすぎると、精神的にヤバくなるのか?」
「ドラゴンブレスと一口に言っても色々あってな。竜語魔術として吐くドラゴンや、体内に毒気を作る器官を持つドラゴンが居たりと様々だ。我が部族は魔力と生命力を体内融合させて、口から吐いている」
その魔力が枯渇し出すと、まずブレスを作り出すのが難しくなる。
先の試合の終盤においては、魔力がほとんど無いにも関わらず大威力のブレスを吐いたため、限界を超えた魔力消費によってクロムは精神異常を起こしたのだった。
「例えば……気怠くなって戦うのが嫌になったり、ウロコを剥がされる痛みが、とんでもない大ごとで恐ろしいことだ……と思い込んでしまったりとかだな。ドラゴンの種によって差はあると思うが、ブレスの吐きすぎが直ちに影響を及ぼすのは、概ね変わりないだろう。普通は、そこまで追い込まれる前に逃げることを考えるのだが……」
「ああ、なるほど。それですぐに降参したのか」
正直言って降参してくれて助かった……と弘は思う。
クロムのウロコを剥がしていたときは、弘自身も連戦によって精神的に参っていた。
(戦ってる最中は気がつかなかったけど、思い返せば頭ん中が煮立った感じみたくなってて、グルグル回ってた気がするし……ヤバかったよなぁ)
そうして暫く話をし、弘はクロムの控え室を後にする。
最後にクロムは「また戦ってみたいものだ」と言っていたが、去り際の弘は「いやあ、もう御免だわ」と返していた。
ドラゴンのような危険な生き物との戦いは、なるべくこれを避けたいし、こうして歓談してしまった以上、次に戦うときはやりにくいからだ。
「これがスポーツとかなら、まだいいんだけど。相手とか俺とか死んじまうもんなぁ……」
そう呟いた弘は、軽く頭を振ってから闘技場総務課へ向けて歩き出すのだった。
クロムに喋らせすぎた気もするのですが、いい機会だったのでそのままとしました




