第八十三話 バトルロイヤル(2)
パルファンの蛇体から毒液噴霧された弘であったが、攻撃を受けた瞬間、特攻服の後ろ襟に指を引っかけて半脱ぎ状態にしている。そして引っ張り上げて頭部を隠した後、息するのをやめて暫く耐えた。
パルファンがやったのはヒドラのように毒気を吐くのではなく、あくまで液体の散布。少し耐えていれば、地面に落ちるなどして効果範囲が消える……と弘は考えたのである。
もっとも、そう考えたのは特攻服にくるまって、様子を見だしてからのことだったが……。
(反射的に身を守っちまったけど。少々くらう覚悟で、ここから離れた方が良かったかな……)
ヴィッシュが手出ししてこないところを見ると、彼もパルファンの毒霧には注意しているらしい。アーマーライノスが警戒するほどなのだから、吸い込まずとも、触れただけで効果があったりするのではないだろうか?
毒霧が晴れるまで数秒とはいえ、なまじ考える時間があるものだから他にも色々と考えてしまう。
周囲を漂う毒霧が、強酸性とかだったらどうしよう? あるいは肌に付着するだけでも効果がある毒だったら?
弘は毒物に関して特別詳しいわけではないが、漫画やテレビの特番で見知った知識程度ならある。それだけに、見知らぬ大動物の発する『毒』は怖いのだ。
そして毒霧が晴れだした頃……心配したとおり、毒の効果が現れてきた。
(うお! 手とか足とかピリピリする! やっぱ少し吸っちまったか!)
吸ったのか肌から浸透したかは定かでないが、体調に影響が出ているのは間違いない。
この後の展開は、毒による苦しさでのたうち回る……そんなことを想像した弘であったが、幸いにも手足が痺れる以上の症状はないようだ。
「なんだ、ビビらせやがって。大したことないな」
ぼやきつつ特攻服を着直すと、黄色の毒霧はすっかり晴れていた。そして、少し離れた位置で倒れ伏したパルファンを弘は目撃する。
先程の毒液噴霧は、彼女にとって最後の力を振り絞った攻撃だったのだろう。
「あ~あ、殺しちまった。もったいねぇなぁ。美人さんだったのにな」
攻撃されたし殺されかけもしたが、別段、彼女に恨みがあったわけではない。そして、上半身だけとはいえ口のきける女性を殺害したことについて、弘は後味の悪さを感じていた。
(ここは闘技場だ。殺し殺されの場だし? やらなきゃ俺が死んでた……。しかたない……よな?)
こういうことを繰り返し、人殺しに慣れていくかと思うと正直嫌だと思う。それでも動くべき時に硬直するようなことだけは避けたい。自分が戸惑ったが為に、誰かが犠牲になるとか……そういう展開が弘は大嫌いだからだ。
(それはさておき……だ。お次はクロサイか。どうしたもんかな?)
パルファンの場合、『蛇頭部上の女性体』という弱点があったからトカレフで倒せている。何しろ、大柄とはいえ人間女性の上半身にすぎない。当たりさえすれば大ダメージが発生したのだ。
しかし、アーマーライノスのヴィッシュが相手では、トカレフだけで倒せるか自信はなかった。
(拳銃で象を倒せって言われても難儀なのに、相手が相手だし……って、あれ?)
手を握ったり開いたり、足を振ったりして痺れを散らせていた弘は、ヴィッシュが口を大きく開けているのを目撃する。パルファンのように何か吐く気なのかと思ったが、対象物解析の結果を見た限り、ブレス系の能力は無かったはずだ。
(てか、ひょっとして驚いてるのか?)
「お前……何ともないのか?」
「え? なにが?」
遠間からヴィッシュが話しかけてくるので、弘は律儀に聞き返した。あまりに普通な態度で聞いたせいか、ヴィッシュは何度か口をパクパクさせてから叫ぶ。
「パルファンの毒霧は、俺だって身動きが取れなくなる……いや、下手をすれば数日意識を失うほどの猛毒だ! なんで人間のお前が平気な顔をしてるんだ!」
「ええっ! そんなに凄い毒だったのか!? でも、ちょっとピリピリするぐらいだぜ?」
弘は、自分の腕や足を見た。
話している間にも運動していたので、もうすっかり痺れは消えている。ヴィッシュが言う程の猛毒だとは思えないのだが……。
(ステータス値の『耐久力』も結構上昇してるし。そのおかげか? どっちかって言うと、浴びせかけられたら溶けるとか、強酸系の攻撃じゃなくて助かったぜ)
強酸系だったとしても真っ先に溶けるのは特攻服なので、すぐさま脱ぎ捨てて、新たに特攻服を召喚するだけのことだが……。
ヴィッシュに視線を戻すと、またもや思考停止に陥ったようだ。観客達も、毒霧を浴びせかけられて平然としている弘に驚いているのか、ざわめいている。
(……今のうちに体勢を立て直すか)
油断なくヴィッシュをチラ見しながら、弘はステータス画面を開いた。
毒霧が晴れる少し前、レベルアップのファンファーレが幾度か鳴っていたのである。
(もうそろそろレベルアップすると思ってたが、数レベルも上がるたぁな)
呆気なく倒せたのでピンと来ないが、それほどサーペンターとは強敵だったらしい。
(ま、飛び道具がなきゃ苦戦しただろうし。手槍だって、投げたけど外したもんなぁ……)
そう、別にわざと外したわけではなく、本気で手槍を投じたのである。もっとも、トカレフが無い場合は、投げるにしても、もっと慎重にやっただろうと弘は考えている。
さて、レベルアップの状況は以下のとおり。
名前:沢渡 弘
レベル:23→25
職業 :チャラい不良冒険者
力:82→88
知力:30→33
賢明度:63→68
素早さ:79→87
耐久力:85→91
魅力:55→57
MP:130→145
・長巻
攻撃力+60 消費MP18
(長巻? ながまきって読むのか? これ何だっけ?)
解説画面を確認したところ「長大な刀に長柄を付けたもの。刀や槍のように扱うには、常人離れした腕力が必要」とのこと。
試しに召喚してみると、確かに刀の数倍は柄の長さがあり、取り付けられた刀身も長大だ。攻撃力の数値も高いし、これは頼りになるだろう。
長柄の武器に関して弘は手槍で慣れているので、取り扱いに問題はないはず。
それに強化された腕力であれば、通常は不可能とされる端を持って振り上げたり、振り回したりといった用法も可能だろう。
(うおー、すげー。刃渡り、何センチあるんだ? 120センチとかか?)
持ち上げてみると、日本刀よりは随分重い。しかし、比較して重いという意味であって、扱えない重さではない。
「こいつならクロサイとも戦えそうだぜ! たぶんな~」
日本刀やトカレフではキツイと思っていただけに、これは嬉しい召喚品である。
弘はトカレフをズボンのベルトに差し込むと、両手で長巻を構えた。と、ここでヴィッシュの声が聞こえてくる。
「クロム! 見てたろ! パルファンがやられた! 手を貸してくれ! おい、聞いてるのか!」
どうやら今度は、レッサードラゴンのクロムと組んで戦う気らしい。
これを聞いた弘は「マジかよ?」と思う。
長巻という新しい武器を得たとは言え、残る2者が組んだら重装甲モンスターコンビの誕生である。
(3体同時に相手するよりマシなんだろうけど、キツいことはキツいんだよなぁ)
しかし、クロムはヴィッシュの要請に応じようとしない。
「知らん。俺は俺のやりたいようにやる。お前だけでやるんだな。それとも、相手を変えて俺と戦ってみるか? バトルロイヤルらしくな」
「ぐっ……お前、後で運営にドヤされるぞ?」
突き放されたヴィッシュが言葉に詰まっているようだ。
こうして聞こえたクロムの言い様は一見格好いい。だが、弘にしてみれば「アホだ」としか言いようがなかった。
(バトルロイヤルルールで、組んで戦えるってのになぁ……)
前述したように、2体がかりで来られるとキツイのだ。なのにプライドの問題かどうか定かではないが、その手を使わないとクロムは言う。
(映画や漫画じゃねーんだから。勝率下げてどーすんだかな。まあ、こっちは助かるけどよ)
とはいえ弘も、その『バトルロイヤル』の状況を上手く利用できてるとは言い難い。
(元々、怪獣大乱闘の中をコソコソ動き回って戦う気だったのに。思うとおりにはいかねーもんだぜ)
結局、2者の連繋攻撃を相手することになったし、パルファンとは、ほとんど一対一で戦う羽目になった。そして会話の流れを聞くに、どうやらヴィッシュとも一対一で戦うことになりそうだ。
「ようするに、デカブツと開けた場所でタイマンか。やだねぇ……」
そう言う弘であるが、その口元は何故か笑っていた。
◇◇◇◇
光の神の信徒、シルビア・フラウスは、レッサードラゴンとアーマーライノスを見据えて立つ弘をジッと見ている。
クロニウスでジュディスから話を聞き、彼が強くなっていることは知っていた。だが、今見た弘の強さは前情報を大きく上回っている。
(もう、その辺のベテラン冒険者では、パーティー単位でも太刀打ちできないんじゃないかしら?)
そして、認めたくないことだが、鎧の力を発動させたカレンよりも強いようにも思う。
(ヒロシ・サワタリ。異世界から来た召喚戦士。……戦士?)
何やら違和感を覚え、シルビアは流麗な眉をひそめた。
弘の肩書きは、ギルド登録の上では『召喚戦士』となっている。しかし、シルビアは精霊や獣、それに死霊でもない……他の何かを召喚する能力者について、聞き覚えがある……ような気がしていた。
(そうだわ。肩書きの『戦士』部分に気を取られていたけれど……もっと他に別な……)
ウワアアアアアアアッ!
突如発生した大歓声に、シルビアは思わず我に返っている。
「え? なにが……」
試合場に目を向けると、共闘の誘いをクロムに蹴られたヴィッシュが、弘に対して再度の突撃を敢行していた。そして、それを弘は動じた様子もなく、真っ向から迎え撃っている。
新たに召喚した妙に柄の長い長大な剣。それを手にさげて立つ弘を見たとき。シルビアは一瞬鼓動が早くなったような気がした。
(今の……なに?)
胸に手を当てる……が、法衣の下にはチェーンメイルがあるため、鼓動を確かめることはできない。
今のシーンで何か、胸に感じるようなことがあったのだろうか?
シルビアは暫し考え、その答えを導き出した。
(一緒に旅したこともある知人が、命がけで戦っている。それを見て緊張するのは当然だわ……)
そう思うことにしたシルビアは、胸に当てていた手を下ろすと、隣で座って応援しているカレンを暫し見て、その後……弘に視線を向けるのだった。




