第八話 崖の上(上)
「おい、ヒロシ? 今、暇か?」
気がつくと山賊のリーダー……ゴメスが近くまで来ていて、座る弘を見下ろしていた。
こうして見上げると、ただでさえ大きな体躯が更に大きく見える。
雰囲気的には昔の世紀末救世主漫画に出てくるアウトロー風なのだが、意外やその眼光は優しげだ。
ゴメスが「暗いから外までついてこい」と言うので、大人しく従ってついて行くと、ゴメスは洞窟入口の見張りに軽く手を振ってから外へ出た。
そしてそのまま、普段は余り行かない方へと入って行く。
(こっちは確か、崖だって聞いてたな)
先輩達からは危ないから近寄るなよ? と言い含められていた場所だ。
ゴメスは何も語らない。
そのままついて行くと、やはり聞いたとおりの崖に出た。
少しオーバーハング気味になっていて、端まで行くと本当に危なそうだ。
それはゴメスもわきまえているのか、端から数メートルのところで立ち止まり弘を振り返った。
「どうだ? いい景色だろ?」
手招きして呼ぶのでゴメスのところまで行くと「まあ、座れ」と言われる。
特に逆らう必要もないので素直に座ると、ゴメスは崖向こうから吹く風を胸一杯に吸い込んだ。
「ろくでなしの山賊だって、たまには景色を楽しむ余裕があってもいい。俺はそう思うが……どうだ?」
「ハア、悪くはないっすね」
素っ気なく返事をしたが、言われてみると中々の絶景である。
元居た世界では、小学校の遠足以外で山歩きなどしたことはなかったが、これはこれで良いものだと弘は思った。
ゴメスの真似をして風を吸い込むと、さっきまで呼吸していたものと同じなのに、何だか爽快な気分がする。これが『空気が美味い』ということなのだろうか?
ふと気がつくと、ゴメスが弘の顔を覗き込んでいた。
「おめぇよぉ、変わった奴だな?」
「そうっすか?」
(なんだ? 俺、怪しまれていたのか?)
少し、空気が不味くなったような気がする。
「おめぇみたいな顔立ちの奴は、この辺じゃあ見かけないし……最初に着てた服も変だ。売っちまったけどな」
(もう売ったのかよ! 早ぇえな!)
そうされることは承知の上でゴメスに渡した警備員服だったが、本当に売られたと聞くと何だか無念な気分になる。
「お前……何処の国の出身だ? いや、山賊に生まれや育ちを聞くのは野暮だが、お前に関してだけは興味が湧いちまってな」
なるほど、だから皆が居ないところへ連れてきたのだ。
他の者に聞かれないようにとの配慮なのだろう。
弘は考えた。
ゴメスに身の上話をするべきかどうか?
普通……いや、漫画や映画などでは、こういう時にベラベラ喋って良いことはない。いや、喋ることで道が開けることもある。
この場合は、どっちが正解なのだろう?
少し悩んだものの、結局、正直に打ち明けることにした。
世話になってる恩人なのだからという気持ちもあるし、誰かに話したかったということもある。
異世界から来ました……などという話は信じて貰えないだろうし、笑い飛ばされるかもしれないが、それならそれでかまわない。
「俺、実は……」
異世界の日本国から来たこと。それは事故によるものであって、意図した行動ではないこと。そして、山中でゴブリンに追い回されている内、ゴメス山賊団のねぐらに行き着き拾われたこと。
ただし、ステータス画面や召喚術に関しては話さなかった。
一通り聞いたゴメスは「うむ」と唸ると、崖向こうに目をやった。
そこには雲が流れる空があり、眼下には広大な森林地帯が広がっている。
「異世界から来た、か……突飛な話だが、聞いたことはあるぜ?」
「えっ? マジッすか!?」
弘は驚いた。
駄目元で話した相手が、なんと異世界話に食いついたのである。
「じゃあ、俺みたいな異世界者って、けっこう数が居たりするんですか!」
「いや、多くは居ないな。むしろ少ないって話だ」
ゴメスが言うには、彼は以前、王国騎士団の随伴歩兵だったそうだが、当時、偉い騎士様から茶飲み話的に聞かされたことがあるのだそうだ。
「ほとんど、おとぎ話だがな。なにせ、そういう奴ってのは百年だか二百年だかに1~2人ってくらいだそうだし。ぶっちゃけ、俺が仕えていた騎士様が把握してたのも直近の2人だけだったしな。その2人についても、記録なんてものは残ってないらしい」
「じゃあ、その2人ってのが呼ばれて来たのか、俺みたいに事故か何かで飛ばされて来たかもわからないんすね?」
ゴメスは大きく頷き「ああ、さっきも言ったが記録がないからな」と言う。
「他国の記録とかを調べたらあるいは……とも思うが、手間だろ? この国と隣国は、戦争はしてないが仲がいいってわけじゃないからよ」
弘は頷きつつ考える。
(その都度、異世界知識とかで何かやらかしてるかと思ったけど。記録もないってんじゃあなぁ。先の2人は何もしなかったってことか? てっきりゲームで言う『勇者』にでもなったかと思ったんだけどな……。……勇者?)
ふと興味が湧いた。
このゲームで見かけたような世界には魔法があるし、モンスターも居る。
じゃあ、『勇者』はどうだろうか? 『魔王』も存在するのだろうか?
ゴメスは「どっちもいる」と答えた。
魔王については魔族の頭領……王様で、何百年かに一度、代替わりをするらしい。
人間側とは敵対関係にあるが、そのときの魔王によっては穏健派だったりするので、危険度については波があるという。
「今の魔王は、どちらかと言えば人間を嫌ってる方だな。あえて大きく攻めては来ないが、たまにかち合うと徹底的に戦おうとする。普段攻めてこない理由については、人間を嫌いすぎて顔も見たくないから、魔界の城で引きこもってる感じだ……って騎士様が言ってたっけな」
ちなみに魔界とは、大陸の中央部にある魔物やモンスターの密集生息域を言い、魔族や魔物が多いだけあって、人体に有害な魔気あふれる危険地帯となっているのだ。
ゴメスは人差し指を立てて振りながら、空を見上げる。
「勇者ってのは称号だな。この世界には神様の力が宿った無茶苦茶強力な武具があって、そいつを使える奴を勇者と呼ぶんだ」
(へ~、選ばれた特別な奴が勇者ってんじゃなくて、特別な剣とかを使える奴が勇者なのか……)
日本の昔のRPGじゃなくて、ずっと昔からある伝説のアレっぽいな……と弘は思った。
この時、彼が思い浮かべたのは『アーサー王伝説』である。
(あれだ! 湖に……剣を落として、『貴方が落としたのは、この金の剣ですか?』とかってやつ!)
違います。
石に刺さった剣を抜けたら、王になる証……というのが正解。
もっとも、その剣とて別物だという説があるが、そこまでは知らない弘であった。
ゴメスの話では、広く知られている勇者武具は『剣』で、このタルシア王国の国宝扱いになっているらしい。現在は王都の王城にて展示中。
こちらは単なる石ではなく、悪魔像の胸に突き刺さった状態であり、有料で引き抜きに挑戦できるとのこと。
「じゃあ、長蛇の列になってる感じっすか?」
「ん~……俺が城に居た頃の話になるが、そんなに列はできてなかったな。考えてもみろ? もしも抜いちまったら、その時点でそいつは『勇者』だ。後は、どうなるかわかるだろ?」
国に勇者職として強引に召し抱えられて、魔族軍勢との戦いの……その最前線に放り込まれるのだ。
「三百年ほど前、剣を抜いて勇者になった奴が現れたそうだ。その頃は武闘派の魔王の時代でな。元農民だった勇者に詰め込みで軍人教育をして、国軍の先頭に立たせたんだと」
もちろん無謀に突撃させることもなければ、補佐として有能な将軍も配置したらしい。だが、結局は魔族軍の集中攻撃を受けて戦死したのだ。
ちなみに魔王自身も死にかけるほどの重傷を負ったようだし、軍勢に大きな損害が出たため、魔族軍の侵攻そのものの阻止には成功している。
さて、そのような前例があっては、よほど勇気ある者でなければ剣を抜こうとしたりはしない。誰だって、ある日突然「魔族の軍勢が押し寄せてきた。おい、そこの勇者。ちょっと行って何とかしてこい」などと言われたくはないのだ。
もっとも『よほど勇気がある者』というのは、それなりに居るらしく、長蛇……という表現は付かないが、順番待ちの列自体はあるとのこと。




