第七十九話 戦うための理由づけ
バトルロイヤル形式を装った3対1のリンチ試合。
しかも相手はレッサードラゴンを筆頭に強敵ぞろいだ。
本当なら逃げた方が賢いのだろうと、弘は思う。
(強そうな奴ばかりだもんな。……でも、だけどよ)
先程、カレンに「試合を見に来てくれ」と言ってしまった。賭け札を買って見に来るとは限らないが、ここで逃げたら格好悪すぎる。また、逃げた後で、カレンの耳にこのことが聞こえたりしても、やはり格好悪い。
「逃げるわけには……いかねーな。俺は試合に出るぜ」
メンツの為にだ。しかし、それは今の弘にとって重要なことのように思えていた。
(考えてみりゃ暴走族を抜けた後、俺は引いてばかりの人生だった気がする)
2年そこそこの短い期間だったが、あっちに頭を下げ、こっちで相手の顔色をうかがい……そればかりをしていた。こっちの世界に来てからも、目上の人間に対し下手に出ることはあったが……。
(こっちの世界じゃあ、こういう時に命がけで意地通せるってのがいいよな。俺は今、意地やメンツのためにヤバい試合に出るわけか。そして、逃げる逃げないを選べるけど戦う方を選ぶ……と。こいつは何と言うか漫画の主人公みたいだな。痛快だ。……『命がけの痛快』ってやつだな)
痛快さを喜ぶのはいいが、この試合に出た結果、弘は命を落とすかもしれない。
(だが、それがどうした? 今までに請け負ったギルド依頼のどれだって、一歩間違えりゃ死んでた。俺がやりたいと思って選んだ結果だ。文句は言わねぇさ)
浮ついた気分が少しあると自覚はしている。その上で、弘は逃げないことを選んだ自分が誇らしかった。
そんな弘をクラークは呆れ顔(タコの表情はよくわからないが)で見て、顔を左右に振る。
「とんだ命知らずだ。忠告して損したぜ」
「ひょっとして、このことを俺に教えたらマズいのか?」
クラークの態度に思い当たって聞いてみたが、クラークは答えてくれない。代わりに周囲の闘技者を見回すと、何人かが頷いてくれた。やはり、バトルロイヤルのはずが実質3対1試合になることは、弘には秘密だったらしい。
弘は立ち上がってクラークに向き直ると、頭を下げた。
「気を遣って貰ったのに悪いことをしたな」
「……気にすんな。俺が気まぐれで話しただけだ」
そう言って立ち上がったクラークは立ち去ろうとするが、その彼を弘が呼び止める。
「もうすぐ試合だが、景気の悪い話ばかり聞かされてもなんだし。なにか面白い話はないか?」
「お、面白い話?」
振り返ったクラークが目を丸くしている。口振りからすると驚いているようだが、驚いたのは弘も同じだ。
(ああ、あれ。驚いてる表情なんだな。なんとなく解るようになってきたぜ……)
動物系の亜人の表情を読める。これも自分が持つ異能力なのだろうか?
「こんな時に面白い話ねぇ。みんな、何かないか? この糞試合に出ようって物好きに、何か聞かせてやってくれ」
クラークが周囲の闘技者に声をかけると、奥に居た狼獣人が手を上げた。
「面白いかどうか知らんが、このディオスクの娼館がらみで噂話があるぞ?」
この町で娼館と言えば一つしかない。あのエルフのグレースが居る娼館のことだ。
弘は狼獣人に対し軽く頭を下げた。
「たぶん知らない話だから興味あるな。聞かせてくれ」
◇◇◇◇
狼獣人が話した噂話とは次のようなものだった。
グレースの居る娼館は、前述したとおりディオスク唯一の娼館である。
無論、街角に立つ売春婦も居るが、こちらは地元のヤクザが取り仕切っており、娼館とは別組織だった。
このヤクザ組織が、最近になって娼館にちょっかいを出しているのだ。
その目的は、恐らくは娼館の取り込みである。
「それが出来なけりゃ、娼婦達の引き抜きかな? なにしろ娼館の娼婦達の質は高いからな」
これに関しては弘も頷くことで同意した。
娼館は今日までに2度ほど利用しているが、グレースほどの高値でない娼婦達でさえ、街角で立つ娼婦よりは数段質が高かったように思う。
(あの下半身が蛇の……ラミアの娘とか、物凄かったもんなぁ……)
先日抱いた亜人との思い出を反芻しつつ、狼獣人が話し終えたのを確認した弘は、一言礼を言ってからベンチに座り直した。
「なるほどね、地元ヤクザか……」
ヤクザ映画なんかで言う、シマ争いと似た状況なわけだ。
弘は思う。
(こりゃあ、いざこざに巻き込まれないようにしないとな)
異世界に来て召還術などを身につけた自分だが、元の世界の感覚を持ち出すならば、好んでヤクザ同士の抗争に関わり合いたいと思わない。
(そんなの地元警察かが何とかすればいいんじゃねーの?)
というわけだ。
今日までに抱いた幾人かの娘、取り分けグレースのことが気にかかったが、こればかりは自分が首を突っ込む筋の話ではないだろう。
娼館側が自分達を守りたいのなら、その稼いだ金で用心棒でも雇えばいいのである。
(試合に勝ったら、様子ぐらいは見に行ってもいいかも。今の俺は金持ち状態、続行中だし)
そう。今の弘は金持ちだった。
今日まで出場した試合の都度、全財産を自分に賭けていたので、今や手持ち金は銀貨1430枚に達している。
(そういや……今日の試合に勝ったら、間違いなく所持金が銀貨2千枚を超えるな)
銀貨2千枚。それは金貨20枚と同価値である。
つまり、グレースを身請けできる金額に達するということだ。
(グレースか……)
最初に彼女を買って抱いた日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
あんなに素晴らしい女は、そうそう居るものではない。
(好きとかそういうのじゃなくて、まずはモノにしたい女……って感じなんだよな。高嶺の花的な意味で)
では、試合に勝って資金が貯まったら、グレースを身請けるのか? と聞かれた場合、即答はできず悩むだろうと弘は考えていた。
自分にはジュディス達に何か買うという目的があり、金を貯める必要がある。
(いや、買い物するには今の手持ち金で充分だとは思うんだよな。……けどよ。抱いてイイ女だったからって、金で人間……エルフを買うって、それどうなんだ?)
身請けとは言っても、言い換えれば人身売買である。
人身売買。日本に居た頃では、そんな言葉が自分に関係すると思ったことはない。
それだけに、弘は娼婦を身請けることについて躊躇していたのだ。
(グレースには、お前を買いたい奴が居たらどうする? なんて話を振ったくせにな……。だっせぇな、俺……)
自嘲気味に笑う弘。だが、その表情がキョトンとしたものに変わる。
そして掌で口を塞ぐと、彼は笑い出した。
「……何だ俺? 勝った後のことを考えてるじゃねーか。いやもう、なにそれ? 余裕か? 相手はドラゴンも混じった大物3体だぜ? アホすぎて笑っちまうわ」
この控え室には、試合を前にした他の闘技者が居る。場所柄、笑い声を抑えようとするのだが、肩が上下するのは堪えきれない。
大試合を前に笑い出した弘を、他の闘技者らが珍妙なモノを見る目で見てくる。
そんな中で、弘は1人愉快そうに笑い続けるのだった。
◇◇◇◇
闘技場に出た。
もうすっかり見慣れてしまったバトルフィールドを見回すと、観客席は大勢の人で埋まっている。今まで見た中では一番の大入りだ。
やはり、レッサードラゴン等でバトルロイヤルするというのが原因なのだろう。
(俺だって、こんな怪獣大決戦なら金払っても見たいものな)
ふと見ると、審判が先に入って立っているので、弘は一つ質問してみた。
「なあ? この試合だけどよ? 隠し武器とかはオーケーなのか?」
「隠し武器だと?」
よく見ると、ミノタウロスのバイケンと試合したときの審判である。
彼は弘の質問を受け、その視線を向けてきた。
今の弘は黒基調の衣服に、肩当てのない(これまでの試合で取れてしまっている)茶革鎧。革ブーツ。腰の左にバスタードソードという出で立ちだ。
これまでは鉄メリケンサックだけで戦ってきたが、バトルロイヤルだと聞いて使い慣れたバスタードソードを装備してきたのだ。
(試合形式が昨日ぐらいまでにわかってたら、もっと色々用意したんだけどな……)
現状、アイテム欄収納してある中で、武器として使用できそうな物と言えば、手槍に短弓、鉈と短刀ぐらいだろうか。
隠し武器について質問したのは、この試合で召喚武具を使う気でいるからだ。
大物モンスターを倒すときに決め手としてきた、スタン効果でトドメを刺す方法もガンガン使っていく気でいる。
(ここまで殺す気満々で来るってんなら、こっちだって遠慮はしねぇ。てゆうか、殺さずに勝つとか言ってる余裕ねーしな)
「ふむ……なにか武器を隠し持っているようには見えないが……まあ、かまわんだろう」
「え? そんな簡単にオーケーしていいんすか?」
思わず敬語になる弘に対し、審判は頷いて見せた。
「隠し持てる程度の武具なら、何を持ち出しても大差はないからな。試合開始前の紹介時に『武器の使用制限無し!』とか……そんな感じで宣言するとしよう」
随分と協力的だ。どういう風の吹き回しかと重ねて聞いたところ、どうやらクラークの話したとおり、地元の有力者の差し金で今回の試合形式を決められたらしい。
「早い話がバイケンの熱烈なファンが居て、そいつが地元の有力者なんだよ。まったく……何様のつもり何だか……」
闘技場自体は半民間施設なので、こういった客側の我が儘に振り回されるのは非常に不本意であるとのこと。
「隠し武器とか言い出すところを見ると、この試合がただのバトルロイヤルではないって知ってるんだな? まったく、誰が口を滑らせたのやら……まあ、お前さんが勝てるとは思わんが、せいぜい上手くやってくれ」
「そうさせて貰おう。あ、悪いけど、今回ばかりは相手のこと、殺しちまうかもよ?」
先に述べたとおり、相手が相手なので余裕がない。弘が試合姿勢について述べると、審判は苦笑しながら頷いた。
「妙に律儀なところがあるな。相手を死なせる? かまわんさ。ここは闘技場だ。人気のある奴もない奴も、強い奴も弱い奴も。み~んな、自分の命を賭け札に戦ってる」
……ズシン……
審判の背後、大型闘技者用の入場口から重い足音が聞こえてくる。
「負けて死ぬのは、ここでは当然なんだ。だから、そうやって相手を殺す気になったなら、少しは生き残る確率が上がるかもな」
そう言って審判が顎をしゃくって促すので、弘は大型闘技者用の入場口を見た。
通路の奥、闇の向こうから巨大な影が湧き出してくる。
影だと思ったのは、その体皮が黒一色だからだ。
巨大なクロサイ、アーマーライノスである。
命がけの試合なのに出場動機がアレです
半端者が柄にもなく理論武装してるわけですが、こんな調子で命がけの場に出るとどうなるか
次回に続く……ということで




