第七十八話 警告
知人美女2名の声援付きで戦う。やる気が出ようというものだ。
ところが、そんな弘に降りかかる問題があった。
「はあ? バトルロイヤル?」
控え室に響き渡る弘の声。
タコ亜人のクラーク他何人かが弘に視線を向けてくるが、弘が見返すと目を逸らしてしまう。
(こいつら、何か知ってるのか?)
さかのぼること数分前。控え室に入った弘に対し、待ち構えていた闘技場係員が試合内容の説明をした。
それによると、弘を含めた4者で同時対戦するらしい。しかも、その相手が問題だ。以前、クラークから聞かされた闘技場の3強、サーペンター、アーマーライノス、レッサードラゴンが予定されていると係員は言う。
この無茶苦茶な組み合わせ、弘には何らかの思惑があるように思えてならない。
「なんかこう、俺のことを殺したくて殺したくてしかたがないって感じか?」
「答えられない」
「俺、言われた組み合わせの試合に出て、試合に勝ってただけだし? 一応、誰も死なせてないんだけど……それがいけなかったんか?」
「答えられない」
係員は同じセリフを繰り返すのみだ。
この対応にマジギレ寸前な弘であったが、よくよく見れば係員は申し訳なさそうな……あるいは、心苦しそうな顔をしている。
(対戦カードを決めるってな、普通に考えたら闘技場運営だよな? でも、運営側では俺に悪印象とか無い感じか?)
いや、目の前の係員だけが無関係で、運営側は弘を殺したがっているかもしれない。
考えれば考えるほど訳がわからなくなるので……弘は考えることをやめた。
誰にどんな思惑があろうとも、勝てばいいのである。
「よし、もういいや。そいつらを倒して、闘技場ともおさら……ば? あれ?」
弘は首をカクンと傾げた。
これまでに戦った試合数は6。規定上、お高い登録料を支払わない代わりに10試合を戦うことになっているが……。
「そいつら3体と戦うってことは、3試合分を戦うってことでいいんだよな?」
「本来なら1試合分として計上するが、今回は特別試合なので3試合分として扱うことになっている。賞金については、誰を倒したかにもよるが……増額する予定だ」
このことばかりはスラスラと答えてくれるので、弘は微妙な表情を作ったが、悪くない情報だとも思っていた。
この試合に勝てば、あと1試合で規定の試合数を達成できる。
(実質2回戦えばいいって話だ。この試合もバトルロイヤル式なら、立ち回り方次第で楽できそーだな。勝ち金も勝った分だけくれるみてーだし)
一転して機嫌の良くなった弘は、アイテム取り出しして用意してきたバスタードソードの手入れ……と言っても、布で拭くぐらいのことだが……を始めた。
説明役の係員は退室し、部屋に居るのは弘と十名ほどの闘技者のみ。
「竜やらサイやら入り乱れて喧嘩かぁ。大迫力だろうなぁ」
こういう大規模戦闘は、ゲームなどでは単独イベントとして見られることがあり、結構な盛り上がりを見せる。
ゲーム知識を参考とする弘は単純に面白がっていたが、他の闘技者から集まる気の毒そうな視線にはまるで気がつかないのだった。
◇◇◇◇
「私、闘技場に入るのって初めて!」
「いや~、もう……私だって初めてですよ」
賭け札販売所前でカレンがはしゃいでいる。その一方、傍らで立つシルビアは暗い顔をしていた。
光の神の信徒たる者、賭場に出入りするなど問題行為だ……というのが理由だ。
「あそこで賭け札を売ってるんですって!」
「はいはい……」
声を弾ませるカレンと、どうでも良い気分のシルビア。2人は販売所前まで移動すると、窓口上部……屋根に掲げられた対戦表示を見て言葉を失う。
サーペンター! アーマーライノス! そしてレッサードラゴン!
1体相手するだけでも軍隊が必要になりそうなメンツであり、最後のレッサードラゴンに至っては、その辺の領兵程度では刃が立ちそうもない。
そして、その中に混じって表示されているヒロシ・サワタリの名。
言うまでもなく、オッズは弘が最高率である。
「これ……どういうことなの?」
「試合形式はバトルロイヤルとなっていますから、4者入り乱れての乱戦になるということですね」
「そうじゃなくて!」
カレンが声をあげた。
カレンは現在、家督相続のための試練、その仕上げとして討伐対象のオーガーを探している。そのオーガーは確かに強力なモンスターであるが、今表示されている内の、アーマーライノスやレッサードラゴンより強いとは思えない。
(こんなのに混じって戦うだなんて……)
カレンの知るヒロシ・サワタリは、異世界転移者であり、武具召喚術を使う不思議な能力者だ。ジュディスから聞いた話では、かなりの怪力の持ち主でもあるらしい。
とはいえ、この対戦表示のとおりに戦ったとして勝つことができるか?
カレンは難しいと思う。また、自分が戦ったとしても勝ちを得られるとは思えない。
(鎧の力でサーペンターは倒せると思う。でも、アーマーライノスには手こずるかも……)
巨大なクロサイ、アーマーライノスの装甲はドラゴンのウロコには及ばないが、それでも硬い。これを打ち破るのに時間がかかりそうで、その後のレッサードラゴンとの対戦では、戦闘中に鎧の使用限界が来ると思われる。
そうなったら、カレンはある程度の剣術が使えるだけの少女に過ぎない。いや、鎧の使用限界が来るということは、猛烈な負荷が表面化し、筋肉痛等で身動きが取れなくなるのだ。この状態でドラゴンと戦うなど、回りくどい自殺でしかなかった。
(そもそも、最初からレッサードラゴンとだけ戦ったとしても、勝てる見込みがあるかどうか……)
自分を当てはめても絶望的な展開が予想されるこの試合。弘はどう思っているのか……それがカレンとしては大いに気になる。本当なら、控え室に行って直接聞きたいぐらいなのだ。
「早く賭け札を買って、観客席に行きましょ!」
「え~? 賭け札を買うんですかぁ?」
シルビアが唇を尖らせてながら言った。子供のようだが、こういう仕草を彼女がするのは珍しい。なので、その珍しさにカレンは硬直する。
「うっ……か、賭け札を買わないと観客席に入れて貰えないじゃない。ほら、早く!」
聖職者として賭け札購入に躊躇いを感じているのだろうが、ここでグズられては試合が始まってしまうのだ。
シルビアの手を引くと、カレンは販売所の受け付けに進み出た。
そうして購入した賭け札は、カレンが弘札を銀貨1枚分で1枚。シルビアは弘札を銅貨10枚分で1枚である。銅貨10枚分1枚と言うのは、購入できる賭け札としては最低価格だ。
「シルビア……あなた、ねえ……」
「私は聖職者です。カレン様のお誘いで同行していますが、賭け札を買うなど一番安いモノで充分なんです!」
取り付く島もない。
だが、こうまで言われるとカレンとて気を悪くする。
「そんなに嫌なら、ギルドの宿で待ってるか、自由に行動してれば良かったのに……」
「お、お役目上、そういうわけにもいきませんから」
さすがに言い過ぎだったと反省したのか、シルビアが口調を柔らかくした。そして、子犬のような瞳で見上げてくるカレンから目を逸らすと、わざとらしく咳払いをする。
「とにかく賭け札は買いました。後はサワタリ殿の試合を見て、対大型モンスター戦の参考にでもしましょう」
◇◇◇◇
試合開始の数分前。
弘は控え室のベンチで座っている。
バスタードソードの手入れ(ボロ切れで拭くだけだが)も終わったし、他にすることが無くなっていたからだ。
そんなボウッとした状態の弘に、タコ亜人のクラークが話しかけてきた。
「よ、よお? 災難だな? あの3強の連中といっぺんに戦うだなんてよ」
「うん、まあ。ちょっとキツいけど、自分よりデカい奴が入り乱れて戦うんだろ? やり方はいくらでもあるさ」
とある1体の影に隠れてコソコソ動き、他の誰かが倒れるまで体力を温存するとか何とか。そういった方針を述べると、クラークは他の闘技者らと顔を見合わせた。
「あん?」
ベンチに腰掛けた状態で見上げると、他の闘技者らはクラークに対して「やめとけ」とでも言いたげに首を横に振っている。クラークはと言うと、闘技者らの仕草をジッと見ていたが、やがて弘に向き直り言った。
「お前……今からでも遅くはない。逃げた方がいいぞ?」
「は? なんで?」
彼が言うには、弘がミノタウロスのバイケンを倒した後、数試合目くらいまでは闘技場側の思惑が働いた『第一試合』が組まれていた。
思惑の内容は、第一試合の生贄に供したいというものだ。
「ぽっと出の奴に人気選手を倒されたからな。まあ面子の問題もあっただろうよ」
その後、弱くはないが並レベルの対戦相手が続いたのも、クラークが言うには闘技場側の思惑らしい。
「たまたまバイケンを倒せたんじゃなくて、実力で倒したのが認められた。後は、人気選手になる見込みがあった……ってところだな」
それに弘は、対戦相手を叩きのめしはするが殺しはしない。そこも評価されていたらしい。ちなみに、この弘の試合姿勢は他の闘技者らからも評判が良い。普通に戦う分には普通に相手をしてくれるし、殺すことまではされないからだ。
ここまで聞いた弘は、クラークを見つつ頬を指で掻いた。
「イイ話にしか聞こえねーけど。それがなんで『逃げた方がいい』ってことになるんだ?」
「以前にな、フラッと立ち寄り参加した奴が人気選手を倒してな……暫くしてから、闘技場のトップクラス複数と同時対戦させられたんだよ」
「そいつはどうなった?」
「死んだ」
弘は溜息をつく。つまりは、自分もそうなる可能性があるから、クラークはこの話をしてくれているのだ。
「俺がヤバい状況になってるってのは何となく理解できた。あんまし意味ねーかもしんないけど、理由については心当たり……ある?」
この質問を受け、クラークは弘の隣りに腰掛けている。
「証拠があるわけじゃないが、心当たりならあるぜ。さっきの昔話で死んだ奴。あいつに負けた人気闘技者に熱烈なファンが居たんだ」
そこで弘は、ようやく理解できたような気がした。
その熱烈なファンが、報復として複数トップクラスと戦わせ、立ち寄り参加者を死なせたのだ。
「けど、そんなことができるのか? だって『客』だろ?」
「さあな。大口の顧客だとか、地元の有力者だとか。そういう奴が手を回したら、闘技場側も動かざるを得ないんじゃないか?」
ふむ……と弘は唸る。
考えてみれば元の世界でだって、地元の政治家が我が儘を言い出したら、お堅いはずの役場が言われるままに動くことがあった。それと同じなのだろう。
話の内容が飲み込めたと見たクラークは、弘の肩に手を置いて言った。
「ヒロシよぉ? こいつはバトルロイヤルなんかじゃねぇ。3対1のリンチだ。逃げた方がいい」




